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二人が眠らされて訪れたあの部屋。あの部屋はどうやら秘密の執務室だったようだ。
アストロとの会見の際、槍を見たいと言って近づいたベルドは近くにいたマットに紙切れを渡していた。内容は話がしたいとだけ。
アストロから報告を受けて、ヴェリテがあの部屋に招待した。敵か味方か分からないけれど、真意を知りたかった。敵だった時のために、場所を特定されないように眠らせたわけだ。
一時的に覚醒したベルドは、ヴェリテを見て尋ねた。
『あなたは誰です?』
そりゃ分かるよね。おじいちゃんズプラスいちの修行をやっていれば。それは眠くても正常に働くほどの能力がつくらしい。
『あ、いや。あれか。そういえばここには軍人ばかりだ。お兄さんか』
マットは軍人、ウェッドは軍医だ。
どこで気付いたの?と尋ねたら、タイミングとしてはおばちゃんと最初に話した時だそうだ。
おばちゃんはこう言っていた。
『実質、次男のアストロ様しかいなかったのさ』
アストロとボウウェが双子でも、アストロが長男でボウウェが次男のはずだ。だが、おばちゃんはアストロを次男と呼んだ。ということは、長男がどこかにいることになる。最初は言い間違いかと思ったそうだ。
確信したのは、アストロと最初に会った時のことだったらしい。違和感のオンパレードだったようだ。
まずは槍。自分の得意武器である槍に興味があると話を振ったのに、食いつきが随分薄かったから妙な気がしたそうだ。そして触れることすら許した。
『記念の、何か業績を残してもらった槍だろ、あの装飾は。褒章だろ。大事な槍だから、敵対する部外者は触るなって怒る方が自然だ』
槍はアストロの物ではないのではないか、とベルドは推測した。
そして村で聞いた話。時折村人を助ける、槍を扱う『アストロ』。気さくだと話に聞いていたのに、本物の方が堅物感が強かった。
『少なくとも話し方は気さくじゃないだろ』
ベルドのこと、護衛殿とか貴殿ってずっと呼んでたしねぇ。堅苦しさは敵対しているからかと思ってたけど、アストロはそれが常だったのだ。
あとは本。わたしは読めなかったけど、明らかに武術に関する本はなかったんだそうだ。政治を専門に勉強していたアストロは、兄と違って文官系なのだろう。
そして、軍人のマット。わたしは傭兵かと思ったけど、姿勢の良いピシッとした立ち姿、短髪で厳しそうな表情、そして一時も気を緩めない姿勢は軍人。
槍といい、マットといい、やたら軍が絡む。本人は文官系なのにね。
いろいろな違和感を解消するには、むしろ槍を扱う同じような顔の軍人を一人、用意した方が自然だったのだ。例えば長男。軍に属していた長男がいたら。
そこまで考えていて、目の前に現れた男が双子じゃないと気付けば、残りは長男になってくるよね。
あっさりと長男であることを見抜いたベルドは、マキヨ嬢を預かって欲しいと願い出た。もしも印章が手に入らない場合、ボウウェが取る手段はベルドを利用するものだからだ。
つまり、誰かを殺す、もしくは殺人未遂事件をアストロの名前で起こすこと。そんなことになれば、マキヨ嬢が一番危ない。女性で戦う術もなく、しかもベルドの妻。マキヨ嬢に手を出されたらベルドは確実に怒るし、必ず告発する。
その展開を潰すためのマキヨ嬢の失踪。
マキヨ嬢を預かってもらう対価として、ベルドはボウウェのルール違反の契約書と印章へのヒントを置いていった。
まずベルドが部屋を見て言った言葉。
『なんだ。昔から決まってたのか』
『あなたが次期領主ですね。おめでとうございます』
秘密の部屋だと教えた直後、彼はそう言った。その部屋は知っているだけで価値がある部屋だったのだ。
だが印章がなければ次期領主と認めてもらえない。ヴェリテたちはその部屋を探しに探したが見つけられていなかった。
ベルドはエンデナ嬢に目を向けた。
『前領主から何か預かったりもらったりしませんでしたか。ネックレスのようなものとか。伝統的なものとか』
エンデナ嬢は首元のボタンを外した。鎖を引っ張り出てきたのはペンダントだった。丸い琥珀色のペンダントトップ。確かにそれはヴェリテのお母さん、つまり前領主が持っていたものだ。こうして印章を探させるくらいなんだから、そういうものが一つくらいあってもおかしくないだろうと思ったんだって。
次にベルドが目をつけたのが、机に固定された鏡だった。わたしが何あれと思ったやつ。布をかぶっていて、ヴェリテは別に違和感なく受け入れていたらしい。お母さんが使っていたものだと思っていたからだ。
ベルドは、固定した鏡は使いにくいだろうと指摘したそうだ。
それは分かる。大きさとしては三十センチくらいの楕円の鏡だ。この国の人はあまりお化粧しないみたいだけど、目にゴミとか抜けたまつ毛入ったとかって思ったら見るじゃない。
近づかなきゃいけないけど、机にくっついてる位置が椅子に腰掛けると少し遠い。手を伸ばせば届く距離だけど、固定されてちゃ引き寄せることもできない。鏡の角度を変えることしかできない鏡なのだ。
顔を軽くチェックするなら構わないかもしれないけど、そもそも仕事中に顔をチェックするかねぇ。どっちかっていうと、後ろに窓があるから、陽の光が差し込んで反射して眩しいなんてことになりかねない。
しかも机に固定された台座や鏡は古い。綺麗に掃除されて磨き込まれてはいたけれど、どう見ても古い。お母さんの時代に取り付けられたものではなかった。
鏡は眩しいだけで何もない、と思っていたヴェリテに対して、ベルドは触ってもいいですかと許可を求めた。眠くて聞いてないんじゃないかと思いながら許可すると、ベルドは紋章はないですかと聞いた直後に、机に彫り込んであったと勝手に解決していたらしい。多分眠くて聞いてない。
机に刻まれた家の紋章を眺めながら、ベルドはいとも簡単に鏡の部分を取り外した。残ったのは鏡を掲げていた台座。ペンダントをはめるようにできていた。
『これで光があたれば、どこか指し示すんじゃないですか。この台座、回るようだから、回してみてください。重要書類とかも出てくるかもしれませんね』
ヴェリテとしては、これは探偵を雇ったのと同じではないか、と考えたらしい。すると、ベルドは先回りして言った。
『印章を見つけてませんよ、俺は』
眠かったのか、言葉が雑。
そうしてベルドは、幽霊に襲われたと主張するために首を絞めてほしいと依頼。こういうところはちょっと直した方がいいと思う。これ以上悪いことが起こらないようにっていうのは大事かもしれないけど、自分をおとりにするところといい、目的のために自身を犠牲にする傾向が少々強いように思う。手段を問わないというか。
それはともかく、こうして、わたしが見たところに繋がったわけだ。




