2 —19
ステッキをふりふり、ベルドはようやく森に向かった。
森は明るくて綺麗なところだった。そこそこ人の手が入っているみたいで、道はちゃんと整備されていた。舗装はされてないけどね。
今の季節は夏だから緑が豊かだ。木陰が揺れて、ざぁっと葉っぱが音を立てた。
「綺麗なとこだねー」
小声で話しかけてみると、そうだなという返事。
「風が気持ちいいし木陰が涼しいな」
その辺はわたしじゃ分からない。でも前世があるから気持ちは分かる。
「来るぞ。静かにな、リル」
「うぃー」
本当に奇声しか発しないなと呆れた声が降ってくる。その直後だ。
「ベルド殿」
「どうされました?」
すーごい普通の槍持ってるけどボウウェだろうなぁ。もう一人はすごいフルフェイスな鎧着てるけど、ファスティかなぁ。こっちも槍持ってるけど。
ベルドはわざとらしく首を傾げた。
「えーっと、アストロ様ですか?」
「そうだ、アストロだ」
そういう名乗りはせんだろ、普通。
「何か御用ですか?」
「お前には死んでもらおうと思ってな」
それ言うなら余計に名乗らんだろ。アストロなら間抜けすぎる。
ベルドは自称アストロの顔に何かを投げつけて走り出す。今まで歩いていた方向とは逆、来た道を戻る形だ。
うぐあぁーと大袈裟な叫び声とリアクションでうずくまる自称アストロを残し、フルフェイス鎧が追いかけてくる。いかにも久しぶりに走った感満載で、走るのもちょっと遅い。あれ、暑いだろうなぁ。重そうだし、がっしょんがっしょんしてるし。大変そう。
そう思って見ていたら、ベルドが急ブレーキをかけた。驚いたわたしは前を見る。がきんという音がして、見上げた先には男がいた。ベルドのステッキが男の持っている剣を受け止めている。さっきの音はそれだ。
「こっちに隠れていて正解だったな」
「出遅れただけじゃなかったのか……」
男は若干たじろいだ。図星らしい。
剣を突き放し、ベルドは間を取る。再び切り掛かってくる男の剣の柄を狙ってステッキで受け止め、勢いよく下げさせる。わぁ、すごいすごい!今のどうやったの?相手の手首にステッキを引っ掛けて下ろさせたように見えたけど。
男も驚いたのか、慌てたように剣を取り落とした。その間にベルドは身を翻して走り出した。
まだ遠くにいたフルフェイス鎧。戻ってくるベルドに慌てたらしく、槍を取り落として及び腰で拾い上げ、なんとか構える。突き出された槍をステッキでいなし、ベルドは彼を放って走り去った。あー、また追いかけないといけないねぇ。走り回されて可哀想。
出遅れた男は必死に追いかけてくる。向かう先で自称アストロが何人かの人に囲まれている。出遅れた男は……、あ!男が何か構えてる!
「んにゃー!」
わたしが声を上げると、ベルドは後ろを振り返って飛んできたものを避けた。投げた何かは崖の方へと飛んでいく。ベルドは足を止めて男に対峙した。
が、今度は男がベルドの後ろを見て逃げ出した。その直後、ものすごい勢いでマットが追いかけていった。あー、今度は追いかけられる側だし、相手が悪い。
「ベルド殿」
あ、これはアストロか。槍を持っているし、ちゃんと鎧も着ている。
「ボウウェ様は捕まえましたか?」
「もちろん。殺人未遂で逮捕した」
「目は洗ってあげてくださいね。土と塩、痛いと思いますので」
「ウェッドが処置しますから大丈夫ですよ」
マットに取り押さえられて、出遅れた男がジタバタしている。取り押さえられたらしい。
「あの先で、暑そうな鎧の方がいますので。どなたか存じ上げませんが。……アストロ様は、……いや。ウェッドさんを貸してくださいますか。今まで通りの感じで」
「構わないよ」
「援軍は来ますよね?」
「それはもちろん」
「あなたはマットさんといてください」
ベルドは歩き出す。道の奥の方へだ。何するつもりかしら。
ひょこっとわたしが顔を出すと、ベルドは人差し指を唇に当てた。誰かいるってこと?
自称アストロ……ボウウェに襲われる前のように、ベルドは穏やかな雰囲気で歩いている。汗一つかいてないから、さっきの襲撃がなかったんじゃと思えるくらいだ。今日はシャツも長袖だし、日差しも強いし暑いはずなんだけど。できる男前は違うね。
唐突にベルドは立ち止まる。
「これ以上行くと、崖に近くなってしまいますから」
斜面に呼びかけた。
「私に何か御用ですか?」
足元を滑らせながら斜面から上がって来たのは、ファスティだった。鎧の人ってファスティじゃなかったんだ。
「僕は分かってたんだからな!」
持っている剣を構えて、ファスティが叫ぶ。
「貴様が裏切り者だと、あの方に散々忠告したのに!」
聞いてもらえなかったかな。
「貴様も貴様だ! ボウウェ様に目をかけてもらっておきながら、ボウウェ様を裏切るとは! 契約書まで交わしておきながら」
「契約を破ったのはそっちですよ」
ベルドは冷ややかに言った。
「依頼人が嘘をつくのは違反と契約書に書いてあります。頭っから嘘をついていたのはそっちでしょうに」
「しかしボウウェ様に目をかけてもらっておきながら」
「どの辺が目をかけてもらったのかが不明ですね。具合が悪いのに介抱しない程度の存在じゃないですか」
根に持ってるじゃん。
ファスティが切り掛かってくる。ベルドはステッキで受け止めた。う、うわぁ、なんか近い!怖い!さっきの人は上から切り掛かってきたけど、ファスティはなんか横からくるじゃん!
ベルドはステッキで剣をはね上げる。ファスティが押されて下がる。でもまた切り掛かってくる、怖いよぅ!
「ファスティ!」
後ろから呼びかけたのは……アストロか?アストロだなぁ。ボウウェの姿も少し離れたところにある。ファスティは振り向かないけど。何人か、人を連れて来てくれたみたいだ。ウェッドの姿もある。
「何やっている! やめろ! もうボウウェは捕まえた」
突如、人々がざわめいた。
走ってくるのはボウウェだ。彼はアストロに見向きもせず、こちらに走って来た。ファスティが切り掛かってきて見えなくなる。ベルドは剣を受け止める。
そこからはゆっくりに見えた。ボウウェを追って走ってくる人々、ボウウェはすぐ近くにいて、ナイフを持っている。後ろからファスティに体当たりをした。剣がずれて、わたしの目の前に迫る。刃先が!刺さっちゃう!怖いよ!
刃先はわたしの目の前で止まった。ベルドの左手が剣を掴んでいるのが見えた。
助かった……!
そう思ったのに、ボウウェは止まらなかった。ファスティごと、ベルドを押したのだ。ボウウェが血走った目で、憎々しげに叫んだ。
「役立たずが!」
ふわっと身体が浮いた。青い空が見えて、大きな木が遠ざかる。
「ふぉぇぇぇぇぇえええええ!」
わたしは落ちる恐怖に叫んだ。




