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2 —18

 三日目の朝。


「実は思い出したことがあってな」


 ボウウェが言い出した。ベルドの予想通りの展開に、わたしは思わず呆れる。そんなに忠実に嫌なシナリオ、辿ってくれなくても。


「太陽を追え、の続きだ。森の小道にそれはある、という文言だ」


 もう色々と間違ってるけど、それはいいのかい?

 そして最早ベルドは突っ込まない。


「森というのは?」

「この館を出て、左手にある。私の森だ」


 お前の森じゃないけどな!家が所有する森だろうけどな!

 へぇとベルドが冷静な声で応じた。


「崖の上にあるんですね」

「そうだ。小道の先は崖だが、何かあるのかもしれん」

「じゃあちょっと調べてきましょう。妻の手がかりがあるかもしれませんし」


 二言目にはマキヨ嬢はやめないらしい。

 早々に二人を呆れさせて、ベルドは部屋を出た。ゆっくりステッキを揺らしながら玄関へと向かう。


 そこでアストロとマットに出会った。


「おや、まだいたのか、護衛殿は」

「妻が見つからないもので」

「貴殿が宿でおとなしくしていれば戻ってくるのではないか?」


 一応協力関係だってのに、皮肉っぽいなぁ。バレちゃいけないからだろうけど。

 ベルドは少し首を傾げた。


「探す方が性に合いますので。今日は森の方へ行こうかと。立ち入り禁止ではないですよね?」

「ヘイリオン家の領地には違いないが。何か探し物でも?」

「何か手がかりがないかなと思って」

「ないだろう。あんなところには」


 くぅ!つんけんしてるぅ!

 でも、ベルドは穏やかにそうですかと返した。


「まぁ、とりあえず行ってみますよ。お昼を食べた後にでも散歩がてら。もしかしたら何かが隠れているかもしれませんし。熊とかいませんよね?」

「熊はいないが」

「ならよかった。他の動物なら隠れていても対処できるかもしれませんから」

「あの森に動物は鳥や狐しかいないぞ」

「なら少しは安心です。では」


 何事もなく別れる。そっとわたしが覗いてみると、じっとりした目つきでファスティがこっちを見ていた。よっぽどホラーだ。


 その後、ベルドは用具屋さんに寄って、長いロープを手に入れた。用具屋さんはいろいろ取り揃えているらしく、いろんなロープがあったけど、丈夫そうな細めのロープを選んだ。捕まえる気しかないなぁ。

 わたしの鞄の持ち手にロープをかけて、森とは逆方向に歩き出す。宿を通り過ぎて、辿り着いたのは門だった。マキヨ嬢を置いて帰るわけにはいかないから帰るわけじゃないだろうけど、何するんだろ?


「おはよう」

「おや、探偵さん。大丈夫かい? それ」


 門番さんは首を指差す。大丈夫だよとベルドは笑って返した。


「ちょっと大変なことにはなってるけどね。ところで教えてほしいんだ。ボウウェさんの客って私たちだけだったかな?」


 うーん?と門番さんは唸り、台帳を取り上げた。


「いやぁ? 違ったよ。もう一人いたんだ。ボウウェ様に呼ばれたからってやつ。男でね、陰気なやつだったよ。あぁ、この名前だ」

「モディリ・ツッソ」


 誰だ、それ。ベルド並みに有名人なのか?


「誰だろうな、知らないな」


 有名じゃなかった。


 ベルドは門番さんに、その男がどんな男だったかを聞いて、門から立ち去った。宿を通り過ぎ、ぼそりと呟くのが聞こえる。


「良くて護衛、悪くて殺し屋」

「にゃーあ」


 それダメじゃない?焦って鳴いてみせる。ベルドはぽんぽんと鞄を叩いた。大丈夫ってことだろう。ほんとだろうね?


 その後もベルドは道草を食っていた。食料品店で少しの塩を買い、紙袋をポケットに入れる。畑にいたおじさんに話しかけて土をもらった。何するつもりなんだ。


「おや、探偵さん」


 おばちゃん、毎日話しかけてくるじゃん。まぁ、今は話題の人だろうから、話しかけたくもなるか。ベルドの方は迷惑そうでもない。おばちゃん親切だしね。


「やぁ、お姉さん」

「何してるんだい? 今日は館へ行かないのかい?」


 ベルドは首をすくめた。


「もう行って来たのさ。そしたら、ボウウェ様が印章のヒントの続きを思い出したって言うからさ」


 おばちゃんは眉を顰めた。


「そんな話、聞いたことないねぇ」

「森の小道に何かあるそうだよ。そう言われたら、私は見に行かなくちゃいけないじゃないか。森って何かあるのかい?」

「いや? 何もないよ、普通の森さ。あの森は旦那様がお好きでねぇ。散歩コースだったんだよ。森の先は崖になってて、そこから朝日を眺めるのがいいんだっておっしゃってたね」

「お姉さん、行ったことある?」

「あるよ。イチゴがなったりするからね。でも崖のところまでは行ったことないねぇ。結構高いし怖いんだよ」

「崖のところに行くまでって、道はどうなってる? 小道って聞いたけど。両方斜面?」

「道は狭くないよ。小道じゃないね。で、崖に向かって歩いた時はー、こう」


 おばちゃんは手でわちゃわちゃと示してみせる。


「右手側が傾斜の強い斜面……斜面というか絶壁っていうのかね。壁みたいになってて上がれなくなってる。左手側は下りだけど、なだらかな下りだから降りられはするよ。でも突然崖になるから落ちると危ないね」


 あのそこそこに広い道で落ちる人は見たことないけど、とおばちゃんは付け足した。


「子供くらいかねぇ。ふざけて落ちるのは。木が多いから引っかかるけどさ。どこか打つと危ないからねぇ。昔、旦那様と一緒にあの森に入った……、やんちゃだった坊ちゃんが落っこちて少し怪我をしてからは、あの森は小さな子供は入らないことになってるよ。崖があるしね」

「なるほどねぇ。行ってみるよ」

「気をつけてねぇ。あ、ちょっとちょっと」


 おばちゃんはベルドを引き留めた。


「知ってるかい? 今日、ボウウェが広場で発表を行うって通知を出してるんだ」

「それは知らなかった。なんだろうね」


 あー、ベルドを襲って犯人をアストロに仕立て上げる場かな?なんか婚約破棄を言い渡される悪役令嬢のパターンじゃん。わざわざそういう場を作ってやるやつ。なんならわたしが体験してみたかったやつだよ。

 いや、本来ならやってみたいと思わないだろうけど、わたしがしてる転生ってレアっていうか、幽霊だしさー。いかにもな転生やってないからさー。

 わたしが己の悲しき転生に思いを馳せている間も、おばちゃんとベルドの会話は続いている。


「大方ろくな話じゃないに決まってる。印章は見つかってないんだろう?」

「ないよ。アストロ様もまだみたいだ」

「嫌だねぇ」


 おばちゃんは憂鬱そうに顔を曇らせた。


「ボウウェが領主になると宣言した暁には、その場で反対派を粛清したりしそうだから」


 やりそう。すごくやりそう。


 実際、卒業パーティーやら舞踏会やらで婚約破棄される悪役令嬢なら、まだいいのかもしれない。突然、その場で物理的に首飛ばされないじゃん。

 でもボウウェの場合は我こそが領主なり、我に反対する者の首は切るって物理で首を飛ばしてくる可能性があるんだよな。そういう点ではボウウェの方がずっと悪質だ。

 そんなことしたら村の人たちは何も言えなくなる。ボウウェのことだから、税の取り立てとか天井なしにやるだろうし、村の人たちにとっては地獄と化すだろう。


 実は、とおばちゃんは声を低くする。


「ボウウェは前にも人を殺したんじゃないか、って言われていてね」

「そんなことが?」

「そうさ。でも証拠もないし、訓練中の事故として処理されてしまったから……」

「もしかして軍関係?」


 おばちゃんはびっくり!という顔をしてベルドを見た。


「どうして分かったんだい?」

「いや、館で槍を見たんだ。軍から褒章でもらう槍をね」

「あぁ、そうだったのかい。そう、そうなのさ。でも噂だし、これを話してるのが見つかると大変だからさ」


 おばちゃんがちらっと視線をベルドから外す。あー、少し離れたところでちょっと小綺麗で偉そうなオジサンが突っ立ってるなぁ。

 あれ、もしかしてベルドを見張ってる?にしては目立つけど……。


「何、大丈夫さ。必ず印章を見つけてくれるよ」


 おばちゃんを励まして別れる。

 あ、オジサンがついてくる。やっぱりベルドを見張ってるんだな。目立ってるけど。

 ベルドはオジサンを気にする様子もなく、ただ村を見て回った。なるほど、話を聞いてから村を見ると、確かに狼狽えたような顔の人たちが複数いる。ボウウェに対する懸念はしっかりあるようだ。


 こりゃあ、ボウウェを立たせることになったら一大事だ。絶対に阻止しなくては。


 こっそり鞄の蓋を耳で押し上げてベルドを見ると、ベルドはわたしの視線に気付いて少し笑った。

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