2 —15
目が覚めるとベッドの上だった。どこだっけ、ここ。明るい部屋は……、宿だ。
ドアががちゃりと開いて、ベルドが入ってくる。シャツにズボン、少しラフだが着替えたようだ。髪も少なからず整えられている。
彼は机の上にトレイを置いた。朝ごはんかな?
「ベルド」
「うわぁ」
ぎょっとして振り返る。あぁ、よかった。元気そうだ。
わたしはベッドからダイブして、ぽてぽてとベルドに駆け寄った。
「おはよー」
「おはよう。起きてたのか」
わたしを机の上に上げてくれる。トレイに乗っているのはパンと目玉焼き、ベーコンにトマト、紅茶。
「朝ごはん?」
「もう昼だけどな。寝過ぎたな、さすがに」
ぱくぱくと食べ始めるのはいつも通り。首にはスカーフが巻かれている。
「首の痕、消えた?」
「風呂に入ったらな」
ベルドは苦笑いを浮かべる。
「こすったら取れた。口紅か何かか」
わたしはベルドが眠っていた間の話をした。朝ごはんを食べながら、ベルドは静かに聞いた。
「俺はいいって言ったんだけどな」
「そういうの良くないと思うけど」
もちろん首を絞めることについて。
「別に減るもんじゃない。相手は武術のプロだし」
「ダメだよ! 何かあったらどうするの! 喉や頭が痛くなったりすることもあるし、脳に障害が残ることもあるんだよ!」
前世で失神するゲームをする子がいたのをわたしは知っている。んまー、お若い子は恐ろしいわぁとドン引きしながら記事を読んだのだ。色々騒がれてたからね。危ないことダメ。
ベルドはわたしをまじまじと眺めて、ふいと視線を逸らした。
「気をつける」
「次からこんな無茶ダメだからね! わたしは怒るからね! あとマキヨ嬢が泣くよ」
「……それはどうかな」
どういう意味だ、それは。いや、今はいいや。
「で、どうして首絞め?」
「幽霊が必要でな」
「あぁ、なんだっけ。お父さんの幽霊?」
そうとベルドはフォークを振った。
「マキヨ君を預かってもらったからな。マキヨ君が消えた理由を幽霊にやられましたって言うのは簡単だけど、お前無事じゃんって突っ込まれたら困る。だから痕だけ付けてもらおうかと」
「で、幽霊に襲われたって言ったんだね」
「そう。しかも俺はあの二人の父親にやられたって証言した。父親に会ったことのない俺が外見を知ってるはずないんだからな。これは幽霊、しかも探偵を入れたことに対する怒り、って話になってもおかしくないだろ。外でも内でもな」
ベルドの目的はよく分かんない。とりあえず、あのボウウェに協力する気はなくて、どちらかというとアストロにつくつもりなのは確かなようだ。ボウウェに対する逆風にしかならないことしてるわけだし。
「契約したのに大丈夫?」
「契約違反を初っ端からやってんのはあっちだからな。契約は反故だ。契約書はアストロ側に渡して来た。探偵を入れちゃいけないルールを破った証拠として」
「契約違反なんてあったんだぁ」
「ある。違反事項っていうのがつらつら書いてあるが、バカ息子は読まずにサインしたからな。俺に本当のことを言わないのはアウト」
こうなると、本格的にアストロ側だなぁ。
「これからどうするの?」
「マキヨ君を探すふり。ついでに印章探してるような顔をするか。印章のありかはもう知ってるから絶対に見つからないけどな」
「え、どこ?」
「そこまでは知らない。俺が知ってるのは大体のありかだから。普通に探しても出ない」
それってつまり。
「探す気ないってこと?」
「そうとも言う」
「怒られない?」
「マキヨ君が! って二言目には言うから」
「うざぁ」
「役にたたない執事くっつけて歩く方がうざいだろ」
思わず笑う。ベルドもマキヨ嬢もそうだけど、どうもわたしのものの言い方が移っちゃってるらしくて、うざいくらいは普通に言うんだよねぇ。
「で、具体的には何するの?」
「探してるふりも体力使うからな。二階の部屋でくつろぐか」
「それ、時間だけが無駄に過ぎてるやつ」
「そう。サボタージュ」
いい性格してる。ベルドは真面目そうに見えて、手を抜くとこ抜く器用なタイプだからうまくやるだろう。
わたしはお皿から転がり出そうなトマトを眺めながら尋ねる。
「その意図は?」
「諦めてくれるのが一番嬉しい。可能性はないだろうがな。あとはアストロ側に対する時間稼ぎと、印章探しを諦めなかった時の次の展開のためかな」
「諦めなさそー」
俺もそう思うとベルドは呆れた笑みを浮かべた。
「俺が明らかに印章を探さなきゃ、次は兄貴に罪を被せることを考え出すだろうな。一番手っ取り早いのは俺自身が殺されそうになることだろ。だから俺を襲わせる」
「……それ、大丈夫なやつ?」
「もちろん。印章が見つからないと困るから俺は殺せない」
計算高いのはいいけど。
「もう少し身体大事にして」
「……気をつけるよ」
そう言って、ベルドは最後のパンの一切れを口に入れた。




