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どういうことなの、これ。
人の気配がなくなったのをしっかり確認して、わたしは小さな声で呼びかけてみる。
「ベルド」
ん、と気付いたように声がした。ベルドが起き上がる。
「ベルド、怪我は?」
「リルか」
声がめちゃくちゃ眠そう。呂律が怪しい。懐中電灯がついて、パッと明るくなる。こんなでも今まで暗闇で動いていたから十分明るく感じる。
ベルドはわたしの鞄を首から外すと、持ち手の部分を手に絡めるようにして持った。落とさないようにしようとしているみたい。そのままふらふらと立ち上がり、少々よろけながら歩き出す。
「階段? 気をつけてね」
「あぁ、うん」
ヒヤヒヤしながら階段を降りるのを見守る。すんごい揺れる。酔わない身体でよかった。
階段を降りたベルドは、一直線にボウウェの部屋に向かった。体当たりするようにしてドアを開ける。勢い余って床に崩れ落ちた。わぁ、あっかるい!
「先生! どうされましたか!」
只事ではないと思ったのだろう。流石に焦ったようなボウウェの声。
「幽霊が……妻が連れて行かれて……!」
めっちゃ嘘ついてるじゃん。
「このぬいぐるみしか……。私は首を絞められて……。男でした……」
「男ならアストロ様の関係の方では?」
ファスティが冷静に尋ねる。ていうか、介抱しろよ。
ベルドはかすかに首を振った。
「分かりません。顔は、見ましたが。頬に黒子のある男性でした。メガネをかけていて恰幅のいい……」
この言葉に二人は青ざめる。
「まさか……父上……」
ファスティが慌てて写真立てを持ってくる。
「この男か?」
「あぁ、そうです、……この男です!」
ボウウェの目がベルドの首を見ているようだ。
「手形がある……」
ひぃと声を上げて、二人ともベルドから離れた。ベルドは肩で息をしながら、必死に言う。
「とりあえず、夜は外に出ない方がいいでしょう。私は……一度戻ります。妻が、宿に帰っているかも、しれませんから」
ベルドはよろよろと立ち上がり、部屋を辞した。しかしあの二人、全然助けねぇな!どっちも屑じゃん!
壁を頼りに、ベルドはふらつきながら歩き出す。館の敷地外へ出て数歩、思わずという風に座り込んだ。
「ベルド」
「眠いだけだから。大丈夫」
それでも鞄から見上げるベルドの表情は辛そうなんだよ。どうにかしてあげたいけど……。
「もし。大丈夫ですか?」
あれ!この人!ウェッドじゃん!
ベルドも驚いたのか、ちょっとウェッドを眺めて沈黙した。
「……あぁ、はい」
「具合が悪そうですから、医者へ連れて行ってあげましょう。おおい、そこの人。ちょっと手伝ってくれないか」
近くの店から人が走ってくる。どうしたんだいと声をかけてくれた。ウェッドが説明をしている間に、ベルドは目を閉じてしまった。
「あれぇ、どうしたんだい?」
あら、この声はおばちゃんだな。
「男に、襲われたんだ。頬にホクロがあって、眼鏡をかけた、恰幅のいい男だった」
ベルドが答えると、おばちゃんの息を吸う音がした。
「それは旦那様じゃないか……!」
「首を絞められて、出ていけと」
「なんてことだい! そういえばあんた、奥さんはどうしたの」
「気がつくとこのぬいぐるみしか。もしかして、宿に戻っていないかと、思って」
まぁまぁなんてこととおばちゃんは高い声で言った。ウェッドが冷静に尋ねる。
「これから医者に連れて行きます。弱られているようなので。医者はどちらですか」
「あたしが案内してあげるよ! タルディ、後ろから支えておあげ」
おばちゃんとタルディは結局、診療所までついてきてくれた。医者とウェッドが話している内容を聞いている。もちろんわたしも聞いているわけだけど。ウェッドはどうやら観光客らしく、元医者なのだそうだ。
「あぁ、本当だ。首を絞められた跡がありますね」
若い医者はベルドの首を検めて言った。おっと、ウェッドの技術ってすごいじゃん。医者騙してるよ。あ、もしくは医者もグルなのかもしれないけど。
おばちゃんとタルディが息を詰めて見守る中、他は手に怪我をしている程度で、辛そうなのは疲労だろうと言われた。確かに昨日は寝台列車だし、バカ息子はバカ息子だし、さっきまで眠いの我慢して歩いてたから疲労は疲労だろうけど。
ベルドはここに来てからはずっと眠っている。黒い髪が乱れていて、疲れているように見える。額に浮いた汗をウェッドが拭ってくれた。
こういう時はわたしは無力だ。見ていることしかできない。何もしてあげられないのは人でも同じかもしれないけど、近くにいることすらできない。大丈夫とベルドが言ったから大丈夫なんだろうけど……。本当に大丈夫かなぁ。落ち込むなぁ。
鞄の中でいじけるわたしにはできることなんてない。もう寝る!ぬいぐるみのふりをしながら、わたしは目を閉じた。




