5
ベルドは壺から離れると、小さなクッションの乗った小さな台の前に座り込む。さっきから、どうもこの人落ち着きがない。とりあえず触ってみないと気が済まないのか、小さなクッションの端を摘んで矯めつ眇めつしている。手袋をしているとはいえ、遠慮のない触り方だ。
そもそもこの世界、科学捜査はあるのだろうか。二人とも手袋はしているけれど、特にベルドは触り放題だし、もしかして現場を保存しなければならないとかいうルールはないのではないだろうか。
まぁ、科学捜査があったとして、この雪では外部とも連絡は取れても来られないだろうけど。この人たちも雪で遭難しかけたくらいなのだから。
わたしは仕方なくソファから立ち上がる。血で汚れた鏡台を覗き込むベルドの横で、殺された女を見た。これがわたしかぁ……。
クローゼットの服に間違いない巨体。背も高かったようだ。前世のわたしなら負けたかもしれない。首からはじまり、胸から腹にかけて滅多刺し。くびれのないだらりとしたドレスも血にまみれ穴が開いている。凶器は見当たらない。白いシーツが腹の辺りから下にかかっているけれど、それも血まみれで穴が。その周りには散らばった化粧品。
あと顔こっわ。自分だから言うけど。
「なかなか立派な椅子だ」
ベルドの独り言で観察を止める。ベルドは鏡台の前に置いてある椅子に腰掛けていた。
「血が鏡に飛んでいるから、座っている状態で首か胸にこう、刃物が突き刺さったんだろう。で、一度抜いて鏡に血が飛び散る」
マキヨ嬢が静かに寄って来て、ベルドの後ろに立った。ベルドの首に後ろから両手を掛ける。
「こうかしら」
「それでは絞殺になるな」
ふぅんとマキヨ嬢は美しく微笑んだ。血塗られた鏡の中で見ると、肩口から少し顔を出す彼女はそこそこに怖い。ベルドの方は動じてないから、どうやらこれは平常運転のようだ。
「夫人は倒れる。床についた椅子の跡と散らばった化粧品からすると、右に倒れて、あぁ、そうか。倒れたのは右だったけど、左に逃げようとしたのか。そのドアが近いから。そこを滅多刺しにする。シーツは返り血を避けるために被せて刺したかな。マキヨ君、シーツを広げるのを手伝ってくれるか?」
いいわよとマキヨ嬢はベルドの首から手を離した。
シーツを広げてみる。多数の穴と血。おや、大判のタオルが出てきた。タオルの端から血まみれになっている。ベルドはあぁとうんの間のような、納得したようなしないような曖昧な声を上げた。
「何か?」
「いや……、あれだなと思って」
「あれね」
二人はあれで分かるかもしれないが、わたしには全く分からない。二人だけの世界で話をされたら困るなと思っていたら、マキヨ嬢が首を傾げた。
「どういうことかしら?」
マキヨ嬢も分かってなかった。
ベルドがシーツの端の方、多数の穴と血から離れたところにある血痕を指差した。
「この血、妙だなと思って」
「こっちの大きいのと変わらなく見えるわ」
「見た目はな。でもベッドにも血があるんだ、この部分」
ベッドを指差す。どれどれ?本当だ、確かにベッドにも血の痕がある。枕元に近いけれど、随分と端だ。
「シーツがベッドの上に乗っている状態で、血のついた犯人が手を置いた、とかかしら?」
「これだけシーツで返り血対策してる犯人だ。凶器を抜く時には、そのタオルを使ったんじゃないか。しかも後ろから手を回して。なら、そんなに血はついてないはずだ。血がついていたとしても手を置く理由もないし、ここまで染みないように思う。結構な血の量だけどな」
確かに結構な量ではある。染みは小さくない。
「シーツに用事があるんだったらシーツだけ剥ぎ取ればいいし、シーツを掴むなら足元じゃないか?わざわざ枕元まで行く理由はなんだろう」
確かにわたしは一度右に倒れている。ベッドでいえば足元方向。そして鏡台近くの扉の方が近いと思い、そちらへ向かう。ベッドでいえば枕元方向。とはいえ、進めるほど進めずに滅多刺しにされる。だから最終的な位置はほぼベッドの足元近い場所の横、になるわけだ。確かにシーツを取るなら足元の方からめくり取るだろう。枕元に血痕があるのはおかしい。
「足元のその毛布が邪魔だったのか?でもわざわざこんな端っこまで来て剥がさなくてもいいはずだけど」
広げていたシーツを床にそっと置くと、ベルドはベッド横にある小さなサイドチェストを開けた。鍵の束を取り出してくる。鍵は小さいのから大きいのまで様々、みっしりと鈴なりについている。多くね?
「鍵はここに入ってた。これを取りに来たのか……。でも鍵に血はついてない」
「犯人が怪我でもしたのかしら」
「ベッドに染みるまで怪我した箇所を置いておく理由はなんだろう」
「分からないわ」




