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男は眉を上げた。
「勝手に入ってくるな、ボウウェ」
「固いことを言うなよ、アストロ」
双子なんだね。なるほど、数秒先の兄ね。双子ってそんな差で生まれてくるものなのかという点で、わたしにはちょっと心配になるけど。玉突き事故起こりそうだけど大丈夫?
アストロの隣には女性が立っている。上品で綺麗な女の人でブルーの服を着た女性だった。首元を隠すデザインに膨らんだ袖、足元までのスカートはドレスを思わせる作りだ。この人はエンデナ嬢だろう。
そして机の斜め前には男性が。こちらは明らかに護衛だ。佩刀してるようだし、傭兵かな。髪は短くてガタイがいい。姿勢もいい。わたしたちを牽制するような目も鋭い。強そう。
アストロはわたしたちに目を向けた。
「その方々は?」
「護衛のベルドさんとその妻……マキヨ夫人だ」
マキヨ嬢の名前は覚えられなかったらしい。ファスティが囁いてるもん。
アストロは皮肉な笑みを浮かべた。
「護衛なのに妻を連れてくるのか? とんだ護衛だな」
ごもっとも!
ベルドは正直どうでもよさそうに、本棚を眺めていた。ぎっしり詰められた本。擦り切れている本もある。勉強家なんだね。
アストロは手元で書類に何か書き込んで処理して、紙の束の上に置いた。来客でも手を止めないのは、忙しいんだけど!迷惑なんだけど!ってことだろうか。ボウウェの机と対照的に、こちらは書類がたくさん置いてある。
「護衛殿」
呼びかけられて、ベルドはアストロに目を向けた。アストロは何故か一瞬怯んだけど、気を取り直したように尋ねた。
「何か?」
「いいえ。槍を扱われるのですか?」
唐突に話を変えられて、アストロはベルドのペースに飲まれて頷いた。
「まぁ……、得意ではあるが」
「見せてもらっても? 槍には興味があるので」
「構わんが」
傭兵の前をすーと通って槍に近づくベルド。傭兵が明らかに警戒している。
「触れても?」
「……持ち上げなければ構わんが」
なかなか立派な槍だ。いろいろ飾りがついていて、わたしが想像してたようなあっさりした槍じゃない。飾りかな、それとも実際使えるのかな。
ベルドは装飾がついた槍の真ん中あたりにそっと触れたようだった。手を引く。
「ありがとうございました」
なんだと言わんばかりのアストロ。ベルドは傭兵の前を通って戻ってきた。
「では」
もう用はないと言わんばかりにベルドは会釈する。マキヨ嬢を促して外に出た。
「今のは何かあるんですか?」
ボウウェに尋ねられて、ベルドはにっこり笑った。
「えぇ、少し細工を。あの槍を使おうとしたら、使用者が死ぬかもしれません」
「な、なんと。そんなことが」
嬉しそうな顔をするなよ。そんなの呪いの槍じゃん。どんな物騒な槍なんだよ。
しかし代わりにファスティは憂鬱な表情を浮かべた。こっちはこっちで何か魂胆があったらしい。
「では、どうしましょうか。今夕方ですからまだ幽霊は出ないでしょう。印章は『太陽が』……教えてくれるんでしたか? 導くんでしたか? いずれにせよ、太陽が出てないと見つかりませんね。私たちは村で夕食を取った後、こちらへ戻ることにします」
どうするって尋ねてるようで尋ねてない。ベルドは決定事項を伝えているだけだ。しかし、そうですねとボウウェは即答した。多分何も考えてない。
では一旦これで、とベルドは二人に挨拶して歩き出す。しっかりマキヨ嬢の手をつなぐのも忘れない。
やはり帰りも堂々と外に出る。途中、あの村のおばちゃんに会った。もしかしたら待ち伏せされていたのかもしれない。どうだった、と尋ねられる。
ベルドは案の定さと言った。
「護衛として働けと言われたよ」
「やっぱりねぇ。そういうことをすると思ったんだよぉ。アストロ様には会ったかい?」
「会わせてもらったけど、ほんの少しで話をする間もなかったよ。そういや双子なんだね。よく似ていて驚いたよ」
マキヨ嬢が少々呆れた顔をした。おじいちゃんズを見慣れてるのだし、珍しいわけでもないのだ。
「そうなんだよ。中身は全然違うからね! あのボウウェは狡賢くてねぇ。アストロ様になりすましたりするのさ。一度アストロ様のふりして娼館へ出入りして、問題を起こしてね。でもアストロ様はその時間、奥様といてボウウェだとバレちまってねぇ。奥様に叱られてたよ」
「へぇ。なかなか小賢しい」
「どうするんだい、あんたたち。ボウウェに関わると碌なことがないよ」
ベルドはいかにも困ったように笑った。
「そうだなぁ。とりあえず様子を見ることにするよ。ありがとう、お姉さん」
おばちゃんは嬉しそうに笑って、ついでに美味しい食堂みたいなところを教えてくれた。
街灯の少ない村だ。道もあまり明るくもない。明かりのある店は賑やかだけど、それ以外は虫の声が聞こえるくらいだ。
「なかなかにあのバカ息子は詰めが甘い」
ベルドが呟く。
「こうして俺たちが有利になるように動いているのに気付いてない」
「所詮村と思ってるのかもしれないわ。こちらとしては話が耳に入らない方がいいでしょう?」
「ま、俺も嘘は言ってないからな。耳に入ったところでしれっと言い訳すればいいだけだ。あの感じなら言い伏せることくらいできるだろ」
そうベルドが言った時だった。小走りの少年が駆け寄ってくる。ベルドは注目はするが警戒はしなかった。
「お兄さんにお手紙だよ」
「どうもありがとう」
受け取り際にチップを渡したらしい。手の中のコインに少年は驚いた顔をして、手品師みたいだと笑って立ち去った。
ベルドは少年から受け取った手紙に目を走らせる。表情は変わらない。淡々と、行こうかと歩き出す。
「何を食べようか」
「美味しいものがいいわ。リルは料理を見たら作り方が分かるかしら」
わたしはネットのレシピサイトじゃないんだからさ。苦笑しても顔には出ない。
夕食はわたしを机に乗せてのものになった。しかも汚さないように気をつかわれて、前掛けがわりにベルドのスカーフを着せてもらった。
マキヨ嬢が美味しいわ、これ何かしらと必死に分析するのを、わたしは笑いをこらえて眺めることになった。




