37
「おいでと手招きすると意思疎通はできたので、ついてきてもらいました。すると、いつの間にかレイストさんにもらった人形に入っていて」
せめて人形に取り憑けないかとやってみた結果だね、それ。ついて行ったはいいものの、できることはほぼ変わらなかったもんね。
猫だったことを思い出してから気付いたけど、わたしは人の形を取ってはいたものの、考え方は猫に近かったようだ。ノブが開けられないのも、今まではジェナが開けてくれと要求していたものだったからだと思う。扉が通り抜けられないのも、どうやらそれは通り抜けられないものと理解しているからっぽい。お嬢様体質が身について離れなかったために、お嬢様タイプの幽霊に成り果ててしまったのだ。
「勝手に音が鳴るようになって」
しゃべれないかと調整した結果だね。音を鳴らす機構は喉とは違うけれど、どうやらこの猫の人形、元は歌ったり喋ったりもできるタイプの猫だったらしく、色々音を出せることに気付いた。
「呪いの人形だな」
「そ、その時点ではねぇ……。こんなにおしゃべり上手じゃなかったから」
叔父さんに反論できない……。確かに喋り始めは声を出すだけでいっぱいで、それを聞いたマキヨ嬢を怖がらせたのは間違いない。
「気付くと動くようになっていました」
動けないかと頑張った結果です、はい。ちなみに、飛んだり跳ねたりはびょーん以外にはできない。歩くことと登ることはできるんだけどねぇ。
「呪いの人形だな」
やめて、お兄ちゃんメモしないで!
「そして飛ぶようになりまして」
「それはぁ……もはや呪いの人形としてはアクティブすぎるの」
「ロマンはあるがな」
おじいちゃんズに戸惑われてしまった。
「しかし猫がこう流暢に喋るものか?」
この叔父さん、すごく良くできた叔父さんだなぁ。気付かなくていいところに気付く。勘がいい。
「リルが言うには、もう一つ前の記憶があるそうですよ」
ベルドが言いにくそうに言った。ま、これは他にないレアケースだろうから、説明もしにくいかな。
「もう一つ前?」
「猫の前です。人だったそうですよ」
「生まれ変わり、ということだろうか」
「そだね!」
お兄ちゃんがおぉ、とたじろぐ。勢いがありすぎたのかもしれない。
「最初の記憶は人だったそうです。そして別の世界の人だったと」
「別の世界? たとえばどういった?」
「えーと、いろいろ? すごい機械がいっぱいあって、うーんと、すごく便利だけど悪いこともいっぱいあって」
兄弟のことはよく覚えてるんだけどねぇ。覚えてることに偏りがあるのよねぇ。猫を経てるから。猫だって三年かそこらだけどさ。子猫のうちに死んでるんだけど。
あと、説明しづらいよね!いろいろ。
「電話持ち歩いたり、遠くの映像が見られたりした」
「要領を得ないな」
「詳しく聞けばなんとなく、今のものに通じるものもありますよ。車とか鉄道とかね。人だった頃のリルにとっては、この国は外国のようです。マキヨ君と祖国が同じらしいですから。そしてリルにとってこの世界は昔の世界らしい」
「見た目がね、そうだね。服装とか」
ベルドの指が緩んだのをいいことに、わたしはそっと身体をずらした。わたしの存在を忘れた頃に登るのが今一番楽しいのだ。
「元が人で、生まれ変わって猫になり、殺されてしまったのか」
「そして呪いの人形に。だが中身は人なわけだな」
くぅ、否定できない。確かに他の人から見れば呪いの人形には違いない……。呪いの人形がこんなにおしゃべりでアクティブかどうかはさておき。
ふぅんと叔父さんは腕を組んだ。おじいちゃんズに視線を向ける。
「どうしますか」
「ロデリドはどう思う」
「そうですねぇ」
えっ、なになに?なんの話?
気付くとマキヨ嬢がひどく硬い表情をしていた。ぎゅっと手を握りしめている。
「悪くはないと思いますがね」
「ふむ。ベルド、マキヨ、リルをどうするか考えているかの?」
「マキヨから聞こうか」
おじいちゃんズに話を振られたマキヨ嬢は勢い込んで言った。
「わ、私は! そばに置いても大丈夫だと思います。悪意のある子ではありませんから」
「だが呪いの人形には違いない」
えっ、有害だからってこと?お祓いとかする?そんなことしなくても飛び出しはするよ?成仏はしないけど。
もしかして、わたしが思ってたよりここにいちゃいけないの?
思わずベルドを見上げたら、彼もわたしを見ていた。わたしの頭を撫でる。
「ベルドはどうだ」
お兄ちゃんに尋ねられて、ベルドはきっぱりと言い切った。
「俺たちの手元にいる間は無害です。だからリルが嫌になるまで付き合いますよ。俺もマキヨ君も割と気が合うんで」
「わーん、ベルドもマキヨ嬢もだーいすき!」
両手を上げると、即座にがしっと顔を掴まれた。
「分かったから。飛ぶな」
飛ぶ気はなかったんだけどなぁ、気持ちは飛びそうなくらい嬉しいけど。
叔父さんはほんの少し、目元を和らげた。
「ではベルドたちに任せよう。リル、よろしくな」
「はぁい!」
咄嗟に出た返事は間抜けすぎたのかもしれない。お兄ちゃんが完全に気の緩んだ顔をした。




