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叔父さん、ロデリドが顎に手をやって髭を撫でながら、マキヨ嬢を眺めた。すごく大物感溢れる振る舞いだけど、顔も渋い系オジ様で全体的に貫禄があるから似合う。
売り出し中のアイドルを品定めする大物プロデューサー、とちょっと考えて、それにしては貫禄がありすぎると否定した。娘を着せ替え人形にして満足な政治家……、こっちの方が合ってるかもしれない。いや、でも顔が似ているわけじゃないからなぁ。飲み屋の荒れまくってたおねーちゃんを一流の彼女に仕立てた政治家……。
「何か不埒なことを考えているわね?リル」
「えっ!ナンデモナイヨー」
マキヨ嬢の肩まで登りきったわたしは彼女の頭に手を置く。やはり目指すなら頭のテッペンだよね!
「そもそもだ。どうして連れてきたんだ。猫の幽霊だったわけだろう」
「マキヨ君の助言で、そうした方がいいと」
ベルドはそう言い捨ててお茶に口をつけた。あれ、ベルドも所作は綺麗だぁ。家ではそうでもなかったけどなぁ。
「リルは」
マキヨ嬢は少し考えるようにして首を傾げた。思わぬ動きにわたしは滑り落ちる。テッペンが!遠のくだろうが!
「幽霊の状態だと少女の形を取っていました。自分が猫であるという記憶も自覚もなかったらしいので。本来ならこの時点でおかしいのです。猫なら猫の幽霊にしかならないはずなので。まれに人と融合している動物もいますが、どちらにしろレアなケースなんです」
「まぁ……、人の姿をする斬新な猫であることは間違いないな」
お兄ちゃん、言葉を選んでくれてありがとう。要するに変な幽霊だし変な猫だし変な少女なんだよね。
「見ていると、やっていることは幼い子供そのものでしたし、私はてっきり幼いうちに死んだ子供だろうと思っていました。それならそれで放っておいたのですが、そのままにしたら良くないのではと思えることがありまして」
マキヨ嬢の手がわたしのしっぽを掴んで引っ張る。ウェーイ!やめてけれー。前に進めなーい。鼻がいい突起だったので手を掛ける。わたしの手では細かいところは掴めない。手のひらは滑り止めみたいな布地だけど、ほぼ挟むしかできないのだ。
「ご覧のとおり、いたずら好きなのですよね」
「えっ、そんなことなくなーい?」
「どっちなの、それ。大いにあるわ」
マキヨ嬢は顔にへばりつくわたしを引っぺがした。足を組んで座っていたベルドに押し付ける。
「幽霊の状態でもベルドを驚かせて喜んでいました」
「お前、見えたっけ?」
「俺は見えないですよ。疲れて寝込んでいたのを、起こされた一瞬だけ見えたんです。足元に黒い服の小さい女の子が座ってましたよ」
腕を登ろうとするわたしを捕まえて、膝に座らせる。身体をがっちり掴まれてしまったから、さすがに諦めた。ベルドは力強いんだよなぁ。
ようやく落ち着いたわたしを見ながら、マキヨ嬢は無表情に口を開いた。
「あの時、少し危ういなと思いました。ベルドが驚いたのを、両手を上げて喜んでいたので。幽霊としての自覚はあるけれど、認識してもらいたい気持ちもあるってことだから」
「まぁ、寂しかったよねー」
「それもあると思うけど。いたずらをして認識されると喜ぶ子は悪霊になりかねないので」
「ひでぇ! そんな理由だったの?」
わたしも知らなかったんだけど!ベルド、片手で口元隠してるけど半笑いなの分かってるからな!覚えてろ?
「リルは力の使い方を知らなかったけれど、ものを動かしたり壊したり、人前に現れたりっていう素質も今後出てこないとも限らないわ。それができるようになった時、驚いてほしくて人を困らせるくらいのことをしてもおかしくないのよ。そういう子はエスカレートすることもあるわ」
それに、とマキヨ嬢は静かな笑顔を消した。
「ジェナさんに見えてしまったら。リルだと気付かれてしまったら、ジェナさんが死を望むことになったかもしれないもの。それだけは避けたくて」
そっか。マキヨ嬢が見えるから二人にまとわりついてたけど、ジェナに見えることも先の可能性としてはあったのか。




