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そして、ベルドは夜中になって一人で出かけて行った。絶対に『わたし』をついてこさせるなよとマキヨ嬢に念を押して。
「猫について話がしたいとメモを渡しました。彼女は察しのいい女性でしたので、一人で待ってくれていましたよ。話をすると自首する気があると言うので、まずは周りに打ち明けることを勧めました」
「まぁ、妥当だな。そもそもお前は告発などせんからな」
「しませんね」
わたしはその話を聞いた時、ちょっと信じられなかった。自分の存在を棚に上げて何を言うんだと自分でも思ったけど。
ベルドが死神探偵と呼ばれるのは『ベルドが告発した犯人は死ぬから』なのだそうだ。
前世にいた探偵よろしく、「犯人はお前だァ!」などとベルドが言おうものなら、犯人は死を宣告されたようなものらしい。必ず死ぬ。犯人の死に関しては、殺人ではなく事故や自殺らしいが、死体が出てこないことが多いそうだ。
ただ一応ルールはあって、自首するとセーフ。ベルドが犯人に気付いた上で、別の人が犯人に気付いて告発するのもセーフ。でもベルドがその手法を説明した後に、別の人が犯人を告発するのはアウト。ベルドが犯人に自首を勧めているのを、犯人以外の誰かに知られるのもアウト。そしてこのルールは殺人及び殺人未遂のみ適応される。
だから契約書にあった、犯人を告発しないという文言は、今回のカナリアのように言外に犯人を死なせろと言ってくる輩に対抗するための手段のようだ。
今までに告発した犯人は何人かいるらしい。あまりいい顔をしてなかったから、ベルドの意志でなかったことは間違いない。
個人的に言うと、この話をベルド本人から聞いた時、少し妙な感じがした。
犯人に自首を勧めているのは分かる。自首する気があるなら、自首してもらった方がいいだろうしね。特にジェナのような子供なら。
でも……、なんていうのかな。ベルドが告発した犯人は死ぬというのは、もし本当に起こるのなら、もはや天罰じゃん。でもベルドは天罰を見ずに、無闇に信じるようなタイプではない。見たものが正しければ認めるような男だ。
なのに、ベルドは告発に関して心を砕いている節がある。わたしについてこさせるな、ということは、そのルールを守ろうということだろう。犯人以外に聞かれては困るということだろうから。
つまり『条件下でベルドが告発すれば犯人は死ぬ』というのは本当なのだ。だから誰かに聞かれないように注意を払い、犯人に自首を勧める。
でだ。ベルドが自首を勧める方針であるのは間違いないのに、何人かはベルドに告発されているわけだ。それはその殺人事件の犯人が、ベルドがどうしても許せない人か、自首する気がなかった人、ということになる。
まず、この数週間ベルドを見ていたけれど、殺人事件が舞い込んだことがない。というか、探偵を大々的に銘打って仕事をしているわけではなさそうだ。別に探偵の看板を掲げているわけでもない、家は普通のアパートの一室だし他に事務所があるわけでもない。こんなでどうやって殺人事件が舞い込むんだろう?
『ベルドの考えからはどうしても許せない人』についても謎だ。そもそもベルド自体、あまり感情的でない。感情の起伏がやや平坦なのだ。怒っても声を荒げて怒るようなタイプではない。普段の態度もそうだし、性格も告発するような性格には見えない。
こんな人が告発して人を死に追いやるか、といわれたら、違うような気がする。
こうして考えたら、なんだか死神探偵として知られているのも変な気がしてねぇ。死神探偵って名前としてインパクトが強いし、ベルドはいわゆるイケメンだから人気が出るのは理解できないでもないけど、看板も出さないのに、こんな噂になるのかな。
何か裏があり、彼はそれを知っている上で動いているような感じがしている。
死神探偵であることは不本意じゃないのかと思って聞いてみたら、自分は抑止力だと言っていた。つまり、『ベルドに告発されたら死ぬから、殺人を起こさない』という。割り切ってるらしい。
世間では、とお兄ちゃんが新聞を広げた。
「大変好意的に受け止められているな。使用人たちの境遇やら夫人からの日常的な嫌がらせが大々的に報じられた上で、なおかつジェナ嬢が天涯孤独の不幸な若い女性だと書かれているからな。ベルドが情をかけたのだと受け取ってるようだ」
「俺の名前は出さないでくださいねと言ったんですがね。こういうことになるので」
「証拠を提出しただろう。出たのは警察からだな」
ジェナはディジエとメイドたちに殺人を告白した。ディジエは話を聞いて、ちゃんと罪を償いましょうと言った。ルルたちもジェナを支えることを約束した。ジェナは大人しく頷いて、静かに頭を下げた。あの家は本当に使用人たちはまともだったのだ。
雪は止んでいたし、どうやらちゃんと助けを求めていたようで、しばらくすると道が通れるようになった。警察が来て詳しく事情を聞かれて、ベルドたちは本来の目的地に向かったのだが。
「人形の依頼人はレイストでした」
ご案内しますよと言い出すからなんだと思えば、レイストの館は近くにあったらしい。結構大きな館だった。使用人はメリルアのところとそんなに変わらない人数だけど、皆の顔つきがね。レイストはいい主人なのだと分かる。
見せてもらったぬいぐるみはミャーミャー鳴くタイプのやつだった。テディベアの耳を猫にした、みたいな作りをしていて、立たせることはできないけれど座らせることはできるタイプのやつ。手触りはいいけど目がボタンだし三毛猫だし、ちょっとこちらでは珍しい人形のようだ。
背中の縫い目をメイドさんに解いてもらって、音を出す機械を調べても特に異常はなかった。気まぐれに鳴いてただけらしい。マキヨ嬢も何も憑いていないと判断した。
『でもこれ、なかなか売れないんですよね。いります?』
『売れよ、売り物だろう』
ベルドがそう返すと、この時には随分仲良くなっていたレイストは笑ってマキヨ嬢にぬいぐるみを差し出した。マキヨ嬢は戸惑った顔で受け取った。
『ではお近づきの印に』
「で、こうなるのかね?」
おじいちゃんズが突っ込んだ。




