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「堪忍袋の緒が切れたのね」


 マキヨ嬢が呟いた。その表現がぴったりだと思う。


「ジェナがメリルアさんを殺すことを決意したのは、その時で間違いない。けど、彼女はすぐには行動を移さなかった」


 立ち尽くしたジェナに、メリルアは早くしなさいよと笑った。ジェナは無表情にシーツを捲って、そのシーツでわたしを包み込んだ。部屋を出て階段を降りる。


 彼女は洗濯室ではなく自室へと向かった。シーツとわたしを置き、ジェナは机から紙を取り出した。彼女は手紙を書かないけれど、ルルがくれるのをため込んでいたのだ。

 エプロンを外し、紙を床の上に広げてわたしを乗せる。首元に刺さったナイフを紙で押さえながら静かに抜いてくれたのだ。血の大半は紙に吸われていったが、床を少々汚してしまった。ジェナは気にする様子はなかったけれど。


「回収したシーツは血のついた面を内側にたたみ、新しいもののように見せかけます。血で濡れた紙とナイフを内側に隠してね」


 部屋を出て行ったジェナは白いシーツを持って戻ってきた。


「トイレか風呂で手を洗ったのでしょう。そして新しいシーツを持ってきて広げます。汚れないように気をつけながら使ったように見せかけて、エプロンをつけて洗濯場へ持っていく」


 戻ってきた彼女はエプロンを外し、たたんだシーツを持って出かけて行った。


「クロヴィスさんが証言していました。『かわいそうに、休憩前だっただろうに』と。クロヴィスさんがそう思ったのは、ジェナがエプロンをしていなかったからです。ただこれは普通に考えておかしい。ルルさんの証言から、その後もジェナが働いていたことが窺えますから」

「白いエプロンが汚れたら困るもの。二枚しかないから」


 黒い服なら少々メリルアの血がついても分かるまい。

 メリルアは風紀委員みたいな女で、人の服装にはうるさかった。エプロンをしていなかったら怒られる。現にあの時も怒られそうになったのだ。普段のジェナなら、エプロンなしに彼女の部屋に行くはずがなかった。ジェナは猫の血がついたと言い訳してメリルアを黙らせたけど、本当は返り血対策だった。


「戻ってシーツを置くと、髪が乱れていると指摘します。メリルアさんは自分では整えません。鏡台の前にメリルアさんを座らせると、無駄に高い椅子なのでジェナの身長では満足に手が届かなくなります。いつも台を使っていたそうです」


 わたしはその光景を見たことがある。ジェナはわたしに謝ってクッションを除けて、その台を使っていた。最初はわたしの寝床になる予定の台だったから。

 案の定メリルアに苦言を呈されていたけれど、わたしが台に寄り付かないのを見てメリルアも結局使用するのを許可した。そうしないとジェナにはメリルアの頭のてっぺんには手が届かないのだし。

 まぁ、いつものよくある言いがかりの一つだった。何にでも一つ文句をつけなきゃ気が済まない女だったのだ。


「後ろから服を汚さないようするためのタオルをかけるふりをしながら、隠し持っていたナイフで喉を一突きにする。ジェナがシーツをとって被せる間にメリルアさんが台に触れたようです。鏡台の椅子の後ろにあった台の足を。裏に近い場所だったのでジェナは気付きませんでした。自分が触ったわけではないので、気付かなかったのでしょう。そして逃げようとするメリルアさんにシーツをかぶせ、滅多刺しにした」


 鏡台の椅子の後ろにあった台の裏まで確認しないのはジェナらしい。細かいことに気がつくようで、ちょっと抜けてるところもあったのだ。


「彼女はある程度タオルで手を拭くと、向かいの風呂で手を洗い、ナイフを持って隣の部屋へ向かいます。ナイフを入れ替え、部屋に戻って使っていた台を戻しました。隠して持ってきていた血のついた紙を燃やし、においを気にして窓を開けます。木箱にナイフを仕舞おうとしてクッションに気付き、これを取り除いて暖炉で燃やすとナイフを入れて外に出る」

「木箱を持ったまま出ると見つかるんじゃないのか?」

「ジェナはちゃんと誰がどの辺にいるかを把握していました。特に確実なのはクロヴィスですから、居間側に降りなければいいと考えたようです。見つかりそうなら、一階の応接に隠そうと思っていたようですよ」


 その時間、エスタはナイマーとカナリアのご飯に付き合っていた。使用人ホールにはルルが。シェリエはクロヴィスとレイストに、お昼をどこで食べるか伺いを立てていた。ディジエは雪かき。ジェナは台所前を通って、誰にも見つからずに戻ってきた。箱を抱えて。

 ジェナはメイド服を脱ぐとナイフで切り裂き、わたしを包んで木箱の中へ入れた。ナイフと一緒に。残った布で床を拭いて掃除し、そして新しいメイド服を着て、温室へ向かう。温室用の作業箱に木箱を隠して。


「葬送か」

「埋めたのだな」

「はい。朝、ルルさんの洗濯物を干すのを手伝った時に、庭の一角の掘り返された跡に気付きまして。掘り返しておきました。猫の死体と未使用のナイフの入った木箱と、木箱の下からは血の染み込んだメイド服が切り裂いた状態で出てきました」


 証拠だ。黒い布地は調べればメイド服だとバレてしまう。ジェナの服は洗濯物の中になかった。もう着ている一着しか持っていないから。

 何より彼女のサイズは他の人のものより小さいのだ。繋ぎ合わせればすぐに分かってしまう。


「服を入れなければバレなかったのではないか? 直接庭に埋めてもよかっただろうに」


 叔父さんはベルドを試すように言う。ベルドは微かに苦笑いを浮かべた。


「彼女は最初から木箱を棺にするつもりでした。クッションはナイフの形をしていて他のものが入らないと思って取ってしまったそうです。服を入れたのは、リルが寒そうだったからだそうですよ」


 優しい子なんだよなぁ。人を殺すのはいけないことだけど、いい子なんだよ。こんなことになるなんて。やるせない気持ちになる。


「ナイフはどうして入れ替えたかの?」

「そのまま入れたらよかったのに」

「『あの人の血のついたものを、リルのお墓に入れたくなくて』と言っていました。クロヴィスさんがナイフを購入したことを偶々聞いていた彼女は、クロヴィスさんのナイフと入れ替えることを思いついたようです」


 メリルアに対しては、あんなに無表情で無感情に見えたのに。やっぱりどんな人でも気持ちがあるものなぁ。ああ見えて、すごく嫌だったし許せなかったのだろう。


 朝イチに箱を掘り返し、中身を確認していたベルドは凶器を探していた。凶器が見つかった後は、念のために他の証拠を探していたようだ。ジェナの部屋で見つけた猫の毛は、ダメ押しのようなものだったらしい。

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