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ベルドはいつから気付いていたのだろう。そう思って尋ねたわたしと同じように、叔父さんは考えたに違いない。
「最初から分かっていたんだろうな、お前なら」
「そういうわけでは。ベッドに血の痕があることが引っかかっただけです」
メリルアが殺された場所とは明らかに違うところにある血の痕。あのベッドを調べてるベルドは、探偵としてダメかもしれないと思ったんだった。疑って大変申し訳ないとは今でも思う。
「そしてあの館にいるはずの猫を一度も見なかったことでしょうか。窓は開いていましたが、あの雪の中を猫が逃げるとは考えにくい。密室ではありましたが鍵は外にあったわけですから、トリックに猫を利用したわけでもない。でも一度も見かけなかった」
「お前が館を訪れる前にでも逃げた、とは考えなかったのか」
「メリルアさんの部屋のシーツやソファには猫の毛はついていましたので。猫の毛は一日放っておくのはメリルアさんのルールに反するそうですから、その朝までは猫はいたということになります」
「猫の部屋とされる場所はなかったのか?」
「閉じ込めておったとか」
「特定の部屋はありませんでした。猫は朝方は元気ですから、洗濯物を頼むついでに探してみましたが見当たりませんでした」
隠れるところはたくさんある。でもディジエは夜、猫を確認せずに鍵をかけていた。確認しなくてもいいように猫を管理している存在がいたから。
「猫はジェナが世話をしていたと思われる証言がありました。部屋には猫の毛も。猫がいなくなったのなら、ジェナはメイド仲間に相談したでしょう。人が殺された時に、ということになるかもしれませんが、猫の世話も彼女の仕事の一部です。猫がいないと報告することは別におかしくないんです」
ジェナは何も言わなかったのだ。そのため、誰も猫を気にしていなかった。どこかにいるだろうと。
でも猫はどこにもいなかったのだ。
「猫、ねぇ。猫はどこにいたんだ」
「猫は一番最初の被害者です」
なるほどと叔父さんが興味深そうにわたしを見る。おじいちゃんたちはリラックスした表情で話を聞いていた。この三人はどうやらお兄ちゃんとは違い、ベルドの話を楽しんでいるようだ。
「メリルアさんが亡くなった流れをお話しましょう。午前中、メリルアさんはカナリアさんと喧嘩をしました。そして機嫌の悪くなった彼女はジェナに八つ当たりをしようと考えます。でもその前に、ルルさんへの嫌がらせが失敗したことを思い出したんでしょう。確実にジェナへ嫌がらせをするために、レイストから買ったナイフで猫を殺す。猫の名前はリル。そこにいるぬいぐるみの中身ですよ」
わたしに注目が集まる。やだ、照れちゃう。
「猫を殺すことがジェナへの嫌がらせになるのか?」
リル、とベルドが促した。わたしに発言権をくれるらしい。
「ジェナは一番の友達だったんだよ。わたしのお世話をしてくれるだけじゃなくて、一番可愛がってくれた。あの家のメイドさんたちはみんな親切だけど、一番好きだったから、ジェナの後をついて回ったり遊んでもらったりしたよ。ジェナが嬉しそうな顔するから。メリルアは性格最悪だからさ。すぐいじめるんだよ、メイドさんたちを。だから喜ばせたくて」
「かなりなついてたわけだな? しかし殺すまでするか? 夫人が大事にしている猫だったんじゃないのか」
「お姫様待遇っていうかな、特別の計らいはされてたよ。でもわたしはメリルアが嫌いだったから。嫌がらせばっかして、メイドさんたちを困らせるの見てたもん。あんなの嫌い。見たくない」
お兄ちゃんに妙に納得した顔をされた。どうしてだ。
おそらくはベルドもそれに気付いたのだろう。一瞬わたしを見たけど、そのまま続ける。
「リルを殺したのは、それがメリルアさんにも伝わっていたんでしょう。飼い主は自分なのに、メイドになついているのが許せなかった。だからジェナがあの家の中で一番大切にしているものを殺したんですよ」
わたしはあの日、ベッドの枕元でくつろいでいた。するとメリルアが突然身体を押さえつけて、わたしを刺したのだ。わたしは突然のことに驚いて逃げようとしたけれど、お腹に深く刺さったナイフの痛みと顔を押さえつけるメリルアの手で逃げられなかった。一度抜かれたナイフが首元に振り下ろされて。
「痛かったよ……」
マキヨ嬢が優しく頭を撫でてくれる。わたしはマキヨ嬢に抱きついた。
「ベッドに染み込むほどの枕元の血はリルのものです。リルを殺しておいて、メリルアさんはジェナを呼びつけた。シーツを替えろと。目的はもちろん、リルが死んでいるのを見せること。これがジェナには大変なショックだった」
シーツが汚れたから替えて。キツい口調でメリルアはそう言った。大人しく従おうとしたジェナは、首元にナイフの刺さったわたしの死体に気付いて顔色を変えた。
あの、絶望的な表情。
「ジェナは火事で実家を消失し、身寄りもいません。メイドをやめることもできない。メリルアさんはそれをいいことに、気分のままに振る舞いました。小さな嫌がらせはもちろん、暴言や暴力、それを毎日。どれほどジェナをいじめてもジェナは辞められないことを分かっているから」
あの日も朝からジェナを寒い窓の横に立たせていた。化粧をさせて、やることが遅いと罵る。髪型を整えさせて、この髪型は気に入らないとやり直させる。服を持ってこいと命令し、一度着てからこれじゃないと脱いで洗濯するように命じた。ハンガーを投げつけて次の服を持ってこいと怒鳴る。
機嫌が悪くなくてこれだ。何か聞き返そうものなら、馬鹿にしたようにはぁ?と尋ねて、どうしてこれくらい分からないのかと罵るのだ。降り積もる雪のように、ジェナには怒りやストレスが溜まっていたのだろう。
そしてそれは、わたしの死で限界点を超える。




