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わたしは宙に浮いていた。そして本体目掛けて飛び降りる。タイミングばっちり!男の目の前でわたしが再び入魂した。男の顔面めがけて腕を振り出す。パンチが当たる……!
ところで、ひょいと身体が引っ張られた。ベルドの手がわたしの身体を掴んでいた。
「離して! ベルド、せめて一発殴らせて!」
「黙ってろって言ったろ」
「黙ってたじゃん!」
ジタバタ暴れるわたしをベルドの手が封じた。
「飛ぶなって言った方がよかったのか? マキヨ君も離すなよ」
「私にリルを抑えられると思って?」
「まぁ無理か。暴れるなって」
わたしはまだベルドの兄にあたる男を殴ることを諦めていない。猛然と暴れる。
「なーぐーらーせーてー! ベルドとマキヨ嬢にあんな顔させといて!」
「事情は説明したろ」
「母親のいいなりになってるくせに兄貴ヅラしてんじゃねぇ!」
「どうにもならないこともあるんだよ。それに言うほど兄さんは兄貴ヅラしてないからな」
身体をベルドの腕で固定されてしまい、わたしは抜け出そうと腕を突っ張る。くぅ、マキヨ嬢とは力が違う。
呆然とする蝶ネクタイの兄。ソファにいる男が明るく笑った。
「面白いの連れてきたなぁ。ベルド、じいさんたちが離れで待ってるから、そっちで話聞こうか。ここじゃ茶も出ないし、出ても飲めたもんじゃないからな。それ連れて来い。マキヨ、お前も。フィーズ、お前も来い」
くそぉ……!これでも我慢したんだぞぉ!女がいたらベルドもマキヨ嬢も命が危ないかもしれないって言うから、絶対に動いちゃダメだし話しちゃダメって!
「我慢したじゃん! 何あの女! マキヨ嬢にまで口汚く罵って!」
「分ーかった、分かったから。静かにしてくれ」
ベルドがわたしの頭をぽんと軽く叩いた。そしてマキヨ嬢に手渡す。マキヨ嬢は私を抱いて歩き出す。部屋の外に出ると暴れるわけにはいかない。
「ぐやじい……」
マキヨ嬢の胸元にしがみつく。彼女の手がわたしの背中を優しく撫でた。
一度玄関から外に出る。そして馬車に乗って移動する。大豪邸だな!お城じゃん!あんなのがいる大豪邸なんて微塵も羨ましくないけどね!
「思ってたより沸点が低いのね」
わたしはマキヨ嬢を見上げた。彼女は少し笑っていた。
「低くないもん! 当然だもん!」
向かいに座ったベルドがため息をつく。なんだよぉ。
「説明しただろ。兄さんは庇ってくれてるんだよ」
「だって叩いたじゃん!」
「それくらいしないとあの人は納得しないし、今回のもぎりぎり及第点だよ。地下牢に放り込んで三日ほど飯抜きくらいはしたかっただろうさ」
「ハァ?! どうなってんの、この家!」
男がくすっと笑う。
「おチビちゃんの言う通りだな。ま、狂ってるってことさ」
「申し訳ございません」
フィーズが居心地悪そうに、でも素直に謝った。お前も被害者だものなぁと男が言う。
「お前の母親だが力はあちらの方があるからな。従うしかないのも辛い。今回も叩かず済ませれば足りないとゴネただろう。より痛いか苦しいものを要求してくるだろうからな」
「……そうなの?」
「そう。なんとかできるようなら、誰かがなんとかするさ。兄さんが俺を大っぴらに庇えば倍になって俺に来るから、俺とマキヨ君を守るためにあの人に合わせてくれてるだけ」
でも頬は少し赤い。とても納得できるものじゃない。悶々とする。するけど。
「……お兄さん、ごめんなさい。殴ろうとして」
「いや……」
フィーズは狼狽えながら答えた。そしてぽつりと呟く。
「感情豊かで暴力的なぬいぐるみだな……」




