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 ベルドとマキヨは馬車に揺られていた。


 二人ともきちんとした格好をしている。ベルドは黒に近い焦茶色の髪を撫で付け、後ろに流している。白いドレスシャツに濃い紺色のネクタイ、黒っぽいベスト。暗いグレーのスーツにグレーのアルスターコートを着て座っている。手袋をはめ、帽子は傍に置かれていた。


 一方、マキヨはフリルのついたブラウスに首元にはリボン、海老茶色の上着に足元まで隠れるスカート、そしてブーツ。暖かそうな黒のケープを羽織っている。黒い長い髪は結い上げられ、その上には顔を隠したいと言わんばかりの帽子。そして膝には猫のぬいぐるみ。


 ぬいぐるみは三毛猫のようだ。目は色違いのボタン、鼻はピンク色のガラスパーツがついており口元は刺繍。手足をだらりとさせたそれを、レースの黒い手袋をしたマキヨの手が支えて膝に座らせている。


 二人の間に重苦しい空気が満ちている。ベルドは無表情に外を眺めている。マキヨはまっすぐ前を見ている。やはり無表情だ。

 窓の外を車が走っていった。馬車は立派な門を通り過ぎる。


「黙っててくれよ、頼むから」


 ベルドがマキヨを見ずに言う。マキヨはそっと視線を落とした。


 馬車はしばらくして止まった。

 置いてあった帽子を被ると、ベルドはため息をつく。馬車を先に降りたベルドは、マキヨに手を差し伸べた。


「どうぞ、お嬢様」


 ふぅと一つ深呼吸して、マキヨは指先をベルドの手に乗せた。その指先をベルドが握った。



ーーーーーーーーーー



 その館は大豪邸だった。ナイマーの館が霞むくらいの広さと豪華さ。城と言っても過言ではない。


 上着と帽子をメイドに渡すと、執事について二人は歩き出す。長い廊下はチリ一つなく、置いてある装飾品はやたら立派だ。

 階段を上がる。広さの十分ある階段は、手すりはもちろん子柱まで凝った装飾だ。


 三階の奥の部屋を執事はノックした。入れ、と男の声が応じる。

 中は執務室のようだった。立派な机の前に男が一人、座っている。机に似合わない、三十代前半ほどの男だ。ベルドと同じように正装しているが、蝶ネクタイをつけているからかお坊ちゃんぽい雰囲気がある。金髪を撫で付けて眼鏡をかけている。少し神経質そうな印象を抱かせる男だ。


 応接のソファには二人。男が一人、女が一人。どちらも五十代ほどに見える。

 男も同じく正装だ。しかし笑みを浮かべるその顔は髭を蓄えていて、少々ワイルドさがある。黒い髪に白いものが混じり渋さを増していた。

 女はまるで見せつけるように着飾っていた。今の時代にそぐわない濃い赤のバッスルスカート。大きなイヤリング。金色の髪はアップにし、これ見よがしに真珠の飾りをつけている。首元だけは地味な涙型のネックレス。もしここが大広間だったら、今からパーティでも始まるのかと思っただろう。


 蝶ネクタイの男はベルドをちらりと見ると、報告しろと言った。ベルドはその鮮やかな色の瞳を上げずに応じる。


「猫の人形は誤作動で鳴っているだけでした。持ち主は気味が悪いので持っていたくないとのことでしたので、引き取ってまいりました。マキヨが持っているのがその人形です」

「その人形の処分は」

「こちらでいたします」

「ではこれは、どういうことかしら?」


 女がゆっくり立ち上がる。手にしているのは新聞だ。『犯人は自首、死神探偵が説得』と見出しが踊っている。

 ベルドはまっすぐ前を見たまま、動かずに答えた。


「新聞に書かれてあるとおりです。猫の人形についての依頼者の元へ向かう途中、雪により道を見失い、ポジタリア家に助けを求めたところ、殺人事件が起こっていました。ポジタリア家当主の依頼により、調査を引き受けました」


 契約書を示す。執事が受け取り、男に渡した。


「間違いないようだ」


 女は机へと歩み寄り、男が置いた契約書を眺めた。そして何気なく言う。


「そのまま二人で遭難してもよかったのにね」

「……断れば良い話だっただろう」

「それもそうね。フィーズの言う通りだわ」


 黙るベルドに女は視線を移した。


「まぁいいわ。報酬を受け取りなさい」


 女は紙幣を一枚、机の上からつまみ上げる。指をこれ見よがしに離した。紙幣は床に落ちる。

 ベルドは顔色も変えずに跪いて紙幣に手を伸ばした。紙幣に指が触れた瞬間、女はその指を踏みつける。


「迷惑なのよ。勝手な真似をするのはやめてもらいたいものだわ」

「努力いたします」


 ぎりっと音がしそうなくらい、女は歯を食いしばり顔を歪める。ベルドを見下した。


「本当に気持ちの悪い目ね」

「義姉上」


 ソファに座っていた男が声を上げる。ソファにふんぞりかえるような体勢で女を見ている。


「ベルドもよーく理解してるでしょう。今回は雪で遭難しかけているんですからねぇ、不可抗力ですよ。次からは大雪の時期に山中の館に向かわせるのをやめた方がいいですねぇ。死神の名は、どうやら一方だけではなさそうだ」


 女は指を踏んだ爪先に体重をかけた。ベルドは表情を変えない。


「そのせいでフィーズの貴重な時間がこのクズに浪費させられるのよ」

「フィーズの貴重な時間が今、無駄に浪費させられていますが、それはよろしいので?」

「ふん。口の減らない男ね。フィーズ、ベルドに対する罰はどうしましょうね? もちろん必要よね? ウォルダール家の恥なのだから」


 蝶ネクタイの男は一瞬、口をつぐんだ。そして立ち上がった。女を横にどかせる。


「では一度叩いて分からせておきましょう」

「そうね。それがいいわ」


 ベルドが静かに立ち上がる。男は平手でベルドの頬を打った。高い音が響いた。

 にんまりと笑った女はベルドに新聞を叩きつけて、扉に向けて歩き出した。執事が扉を開ける。女は通りすがりにマキヨを見下した。


「早く出ていって頂戴ね。女狐が」


 マキヨが俯くのを見ると、満足そうに女と執事は出ていった。

 ベルドは無言で蝶ネクタイの男に紙幣を差し出した。ため息をついて、男が紙幣を受け取る。


「わざわざ机に置けと言うから、どうせ碌でもないことしか考えていないのだろうと思ったが。怪我は」

「大丈夫です」

「ならいいが。いや、冷やした方がいいか」


 そう言って男がドアに視線を向けた時だ。


「びょーん!」


 突拍子もない鈴のような声が響き、マキヨの手の中にいたぬいぐるみが豪速球よろしく男に向けて飛び出した。

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