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「疲れたな。眠い」

「雪の中歩いたもの。それからのこれだもの」

「部屋に戻って問題が発生したら対応できる自信がないな」


 二人がゆっくり歩くのについていく。

 わたしはここからどうすればいいのだろう。メリルアの部屋の鍵はかかってるし、そもそも遺体の横で眠りたくはない。あれ、わたしって寝られるのだろうか。幽霊って寝ないもの?

 大体幽霊なのに寝ようとしているところが間違っている気がする。幽霊って夜が本領発揮の時間帯なのでは?もしかしてわたしが扉を透過できなかったのは、夜じゃなかったからという可能性もあるのでは。


 鍵を取り出すベルドの横、わたしは慎重に扉に触れた。さっきは頭から行ったのがいけなかったのだ。とりあえず手で試してみるのがいいよね?グーで扉に殴りかかる。

 その瞬間、扉が開いた。わたしは勢いよく空振りし、前のめりに突っ込んだ。びたんとカーペットの床に倒れ伏す。ひどい。

 ふふふとマキヨ嬢が笑うのが聞こえた。見てたな?


「なんだ? マキヨ君」

「何もないわ」


 誤魔化してくれるの優しい。

 わたしは起き上がり、ソファに八つ当たりのチョップをかます。ソファの感触がわたしの手を弾き返した。これはダメなのでは。やはりザコなのか。それがいけないのか。


 幽霊ドッキリやるならクローゼットの隙間から覗くとか、そういうのがやりたいんだけどなぁ。開いていないクローゼットに蹴りを入れる。これもわたしの足が痛いだけで終わった。

 大体さ、幽霊なのに痛いって何?本体ないのに、なんで痛み感じちゃってるのか。こう、お札とか聖水とかで苦しむ幽霊みたいなのは見たことある。どういう程度かは分からないけど、それなりに苦しいとか痛いはあるのかもしれない。

 でも頭ぶつけるコケる蹴るで痛いは幽霊ぽくない。せめて幽霊らしいことがしたい。今のところ幽霊らしさゼロじゃないか。


 念力とかでクローゼットが開けばいいのに。こう、手をかざしてスイーとかしないの?しないな。しないのは分かってるよ、もはや。


 わたしは飛び上がってクローゼットの引き手にぶらさがった。これはできる。でもさ、問題はここからなのよ。

 開かないんだよねぇ!足を突っ張ってみるけどダメ。ドアノブもそうだけど、ものがピクリとも動かないんだよねぇ!なんで?前世ではドアノブくらいは開けられたよ?


 諦めて床に落ちる。むしろ前世より劣化してるのでは。ここまでお嬢様タイプに特化しているとは……。


 わたしが格闘している間にマキヨ嬢はお風呂へ行ったのか、ベルドが一人で暖炉前のソファに座っていた。ネクタイとシャツは緩められていて、うつらうつらと船を漕いでいる。顔がいいから絵になる。


 これ、幽霊実力者なら格好の餌食なのに!足元に座ってるだけでびっくりさせられるのに!


 試しに足元に座ってみる。机の下の足元を覗くと人がいるっていいよね。驚かせる方はわくわくするけど、驚かされる方は黒いぺかぺかの大きめの虫が出た時みたいな反応するよね。前世で妹にやった時はそうだった。ヒッ、って言って固まってた。後からものすごく文句を言われたけれど。


 そういえば、わたしも死体を見つけた時、悲鳴は出なかったなぁ。いや、悲鳴を上げたところで、だーれも聞いてくれないんだけど。

 心の底から驚くと悲鳴どころじゃないと思うんだよね。映画やドラマ、アニメなんかだとそれはそれは綺麗な悲鳴をあげるから、よくそんな綺麗な悲鳴がと感心してたんだよ。わたしだったら、さぞ汚い悲鳴が出るだろうと思ってたのに、悲鳴は出ないと今回のことで分かった。

 今回のわたしの場合、ここが乙女ゲームかなんかの世界に転生したと思い込んでたから反応できなかったのかもしれないけど。まさか死体があるとは思わないし。密室だとも思ってないし。自分が幽霊だと考えもしなかったから。


 今日の全員の証言の中に悲鳴を聞いた、という証言は出なかった。やはり殺した人が鍵を閉めていったのだろうか。


 黒髪をタオルで一つにまとめたマキヨ嬢が部屋に戻ってきた。ネグリジェ姿だ、可愛い。お人形さんみたいな彼女は、そっと後ろからベルドを覗き込む。


「ベルド」


 ん?と小さく声を上げて目を開けたベルドが、驚いたように足を引っ込めた。え?なぁに?


「どうしたの?」

「……いや、今何か見えたなと思って」


 マキヨ嬢がわたしを見る。


「足元に座ってるわ」


 ベルドは片手で耳に触れるようにした後、ため息をついて手を下ろした。わたしの方に顔を向けて視線を落とす。


「あぁ……。女の子ね。ちょっと見えたな、俺にも」

「……驚いた?」

「まぁ、そりゃビックリしたけど。……風呂入ってくる」


 え?え!やったぁ!わたしが幽霊としての初仕事を!わーい!

 諸手を挙げて立ち上がったわたしを見て、マキヨ嬢が仕方ないなぁというような苦笑いを浮かべた。


「おいで、おチビちゃん。一緒に寝ましょう。あんまりベルドを驚かせちゃダメよ」


 寝られるか分かんないけど、この部屋でできることなんてないしねぇ。外出られないんだから。

 ところでベルドは一緒に寝るのか?荷物が二人分、この部屋にあるけど。


「犯人が入ってきても対応できるように、ベルドとはいつも同室よ。私がベッドを占領することになってるから、あなたもこっちね」


 わたしの視線に気付いたらしいマキヨ嬢が説明してくれる。彼女に誘われて掛け布団の中に入った。さすがお嬢様体質、掛け布団もちゃんと被れる。暖かさはないけどね。

 そしてわたしは気付く。奇しくもお布団に潜む、を達成した。

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