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 ディジエが部屋の隅にあった木製の椅子を引き出してくる。三人は椅子に腰掛けたけど、わたしはどうしよう。座るところはー、ないな。そもそもここで飲み食いは普段しないのだろう。このテーブルはできたものを並べるだけに使っているのかもしれない。


 立ってるかぁと思っていたら、マキヨ嬢と目が合った。あれ、見えてる?首を傾げたら、彼女はぽんぽんと膝を叩いた。え?座っていいの?

 彼女の膝に上がる。マキヨ嬢はわたしが彼女の膝に座ったのを確認すると、すいと視線を逸らした。


「何かいる?」


 ベルドの問いに、マキヨ嬢はそうねと頷いた。


「可愛い子がいるの。ずっとついてきてる」

「え? え、オバケかい?」


 ベルドとマキヨ嬢、そしてディジエには聞かなかったけれどディジエの前にもマグカップが置かれる。中を覗き込むとホットミルクのようだった。いいなぁ。


「悪い子ではないので、大丈夫です」

「……奥様の幽霊では。散々な証言をしましたが大丈夫でしょうか」

「分かりません。顔立ちがぼんやりしているので、メリルアさんの幽霊とは限りません」


 奥様の幽霊ですよー。でもそうか、わたしは覚えてないからなんとも思ってないけど、めちゃくちゃ目の前で悪口言われてたことになるよねぇ。ただただ申し訳ないっていう感想しかなかったけれど。


「ぼんやりしてるのに可愛いのかい?」


 半信半疑な口調だ。まぁそうだよね。わたしも自分が幽霊でなければ信じたかどうか。


「少し間抜けな子で。ドアに頭ぶつけてたから」


 な、なんてことだ……。見られてたなんて。

 わたしは恥ずかしいけれど、穏やかな笑いが起こった。


「いずれははっきりするのですか?」

「はっきりすることもあります。自覚が甘いと、こういうことになるみたいで」


 自覚が甘い……?あぁ、そうか。わたし、メリルアの時の記憶がないから。なんか話聞いた後だと記憶ない方が幸せなんじゃって思うけど。


「黒い服の子供ですね」

「黒い服?」

「子供? 奥様が子供の頃の姿になってるってことはあるのかい?」


 マキヨ嬢はマグカップで手を温めるようにしながら、そうですねと答えた。


「死んだ時と姿形が変わる人はいます。変わらない人もいますが。それでも、変わる人は全く別人になってしまうことはありません」

「というと?」


 マキヨ嬢はそうですねと軽く頬に手を当てる。


「亡くなった人の子供時代に戻っている、ということはありますが、その人が憧れていた人の姿をしていることはありません。あくまで亡くなったその人の姿なんです」

「あぁ、どうあったって本人なのですね」

「はい。でも服装や年齢は変わることがあります。生前持っていた服や関係していた格好、たとえば生業に関わる服装だったり、一着しかない大事なドレスのように心を残した服を着ていたりしますから。お気に入りの服だったり、一番楽しかった頃の年齢だったり、こうありたいという姿なのだろうと思います。ただ、不幸な亡くなり方をした方の中には、こういう姿でしかいられない、という方もいらっしゃいますから、人それぞれです」

「子供の頃に亡くなってしまった子は、大人の姿にはなるんだろうか?」


 エスタの問いかけに、マキヨ嬢は首を傾げた。


「どうでしょう。さすがに子供は子供のままのことが多いですね。大人は子供の姿を取ることもありますが」

「では奥様は、子供の頃がいい時代だったのでしょうね」


 ディジエが意外そうに呟く。

 わたしとしては、子供の姿をしてたから転生したって喜んじゃったんだけどね。ぬか喜びだったよね。


「まぁ、この家で死んだ人って、直近は奥様だけだしねぇ」

「昔の所有者まで辿ると亡くなった人はいるかもしれませんが、そこまで聞いたことないですね」


 しかし案外と幽霊を簡単に信じるんだなぁ。マキヨ嬢は霊媒師として有名なのかもしれない。


 それまで黙ってミルクを飲んでいたベルドが、一瞬の話の切れ目を掬うように口を開く。


「ところでエスタさん。今日……もう昨日になりましたけど、昨日の午後、二階へ行きましたか?」


 エスタはきょとんとする。


「いや? あたしは二階へは行かないよ。奥様の食事はあの子たちが持っていくし用事がないしね。どうしてだい?」

「いえ、レイストさんがあなたが二階から降りてくるのを見た、と。見間違いかもしれませんね」

「そうじゃないかい? あたしは基本台所だよ。どうしても誰も手が空いてない時に鐘が鳴ったら、仕方なく奥様のところへ行くけど。昨日はそんなこともなかったから」


 なるほどと言ってベルドは天井近くを見た。呼び出し用の鐘がいくつか並んでいる。あれが鳴るのかぁ。見逃したけど、部屋のどこかにスイッチみたいなものがあったのかもしれない。


「あの鐘が鳴るんですね?」

「そうだよ。使用人ホールにもあるから、二重に鳴って五月蝿いのさ」

「誰の手が空いているというのは、どうやって知るんですか?」


 エスタはふくよかな可愛い手をふわふわと上下させた。


「みんな、お互いこの時間は何の仕事をしてるって、大体把握してるのさ。この時間はあの子たちが忙しいなと思ったらあたしが行くし、あたしが忙しい時はあの子たちが手伝ってくれるよ」


 穏やかな笑みを浮かべる。本当にメイドさんたちは仲がいいのだろう。


 少し心癒されたわたしの横で、ベルドは立ち上がった。


「ご馳走様でした。今まで飲んだホットミルクの中で一番美味しかった。お酒ですか?」

「隠し味でね。よく眠れるよ」


 おやすみと挨拶して台所を出る。部屋へ帰るのかしらと思ったら、あと一箇所だけと言ってベルドは洗濯室に入った。置いてあったくしゃくしゃの白いシーツを広げる。


「汚れてないな」

「でも奥様が汚れていると言うと『汚れている』になるんですよ」


 心底困ったようにディジエが言う。ごめんねぇ、ほんと。


「猫の毛がついてる、とかでも汚れているになります?」

「猫は奥様お気に入りですので、ベッドに乗ろうが椅子に乗ろうが、毛がついていようと汚れているにはなりませんね。粗相をするような猫じゃありませんから、猫関係では大方、汚れているにはならないと思いますよ」

「その割には猫の毛が少ないですね」

「ジェナが猫の毛繕いをしてやって出た毛や猫がソファに座ってついた毛が、一日中ついているのは許されないようですので。ジェナが猫の毛をつけているのも怒られることがあります。黒い服なので目立つと」


 謎理屈なのは間違いない。あるよね、そういう謎理屈。そもそもメリルアはお前がやるのはダメだが私はやっていい、というタイプのようだから、謎理屈し放題だっただろう。


 ベルドは洗濯室を見回して、なるほどねぇと呟いた。とても眠そうな顔をして洗濯カゴを覗く。黒い服が何着か入っているようだ。


「皆さんの服は明日洗濯するんですか?」

「えぇ、明日の朝集めます。本当なら夜のうちに洗って、温室に干すんですけどね。明日は遅くなっていいと旦那様が言ってくださったので、今日は特別です」

「ほぅ。じゃあ私たちも明日の朝にでもお願いしていいですか?」

「もちろんです。どうぞごゆっくり」


 ベルドはここで一枚の毛布を借りた。ディジエとはおやすみを言って別れる。少々真夜中のツアーではあったけれど、ベルドは明日の朝の段取りを確認したかっただけなのかもしれない。

 マキヨ嬢が大あくびをする。ベルドも続けてあくびをした。

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