トイレかくれんぼ
梅雨の季節の筈なのに、なかなかに晴天が続いている。これはこれでありがたいのだが、中途半端に湿気が高いせいで気持ちがわるい。こんな時はエアコンをガンガンに効かせながらテレビを見るに限る。
ちなみに私の腕の中には、三歳の我が子がウトウトと気持ちよさそうに船を漕いでいた。テレビの音量はギリギリ聞こえるくらい。テレビの中では、シロクマのリポーターが公園で子供に水鉄砲で虐められている映像が流れている。
『このクソガキ共! っていうか最近の水鉄砲性能いいな!』
もう夏本番みたいなテレビ番組だ。そんなテレビを見ながら、今年の夏はどこか遊びに行こうかと考えていると、突然背後から肩を叩かれた。
今家には私と息子と犬しか居ない筈。そして犬はいびきをかきながらベッドで寝むりこけている。ならば誰だと恐る恐る振り向くと、そこには友人の清彦君が。
「……え? なんでいんの?」
「遊びに来たぜ」
「いや、インターホンくらい鳴らせや、びびったわ」
びっくりし過ぎて、私の腕の中で船を漕いでいた息子も起きてしまった。ちょっとぐずり出してしまう。すると清彦は息子の目の前で変顔をしてあやしつつ
「トイレかくれんぼで来たから、そもそも玄関通ってないのよ」
「……あ? 何だそれ」
「トイレかくれんぼ。知らない? 電気消して真っ暗なトイレで十秒数えて、もういいかい? っていうとドアの向こうから家主の声が聞こえるのよ。もういいよって」
なんだそれ、ホラーか? 怖すぎるんだが。
「んで、トイレのドアから出ると……そこはその声の主の家なのよ。それで来た」
いや、それで来たって……あるわけ無いだろ、そんな怪奇現象。
「あ、ちなみに家主はかくれんぼの鬼で、見つかると戻れなくなるから。もうかくれんぼ出来なくなるのよ」
はぁ……そうですか。じゃあ君はもうかくれんぼ終了してるんだな。
「というわけでチャレンジしてみな、この子は見ててあげるから」
「はぁ? いやだよ、意味わからんし」
「いいからいいから」
半ば無理やりに息子を奪われ、そのまま意味わからんかくれんぼをさせられる私。何なんだ一体。
電気の消えたトイレの中に入り、そのまま言われた通りに十秒数える。
「いーち、にーい、さーん……」
何してんだ私。まあいい、さっさと終えてアイス食べよう、そうしよう。
「じゅーう。もういいかいー」
超適当な棒読みでそう言い放つと、トイレのドアの向こうから清彦の声が。もういいよーとか聞こえてくる。あの野郎、完全に遊んでやがる。しばいてやろう。
「おい、清彦、お前マジでふざけん……あれ?」
ここ何処だ。私の家じゃない。トイレから出ると、そこは見覚えのある廊下。そうだ、ここは清彦の家の筈だ、間違いない。私の元へ、清彦が飼っている猫が寄ってきた。間違いなく、清彦の猫。
「どうなってんの……」
私の足に絡みつく猫をひきずりながらリビングへと行くと、そこにはソファーに座る清彦の姿。そして私に気が付くと、驚いた顔で見てくる。
「お前……なにしてんの? どうやって来たんだよ。え? 玄関開けた?」
「いや、何言ってんの? トイレかくれんぼで来たんじゃん」
「……トイレかくれんぼってなんだよ」
……何言ってんだコイツ。お前が教えてきたんだろうが。
「お前疲れてるんじゃ……っていうか、子供は? お前一人?」
「……いや、あの子は清彦が……」
そこで気が付いた。今、私の目の前に居るのが……清彦だ。
「清彦……トイレ借りるね」
「あ、あぁ、別にいいけど……」
そこで再び十秒数え、もういいかい、と言い放つ。しかし一向に「もういいよ」とは聞こえてこない。
『家主に見つかると、もうかくれんぼ出来なくなっちゃうからね』
あの清彦はそう言っていた。
どうしよう……戻れない。
今、息子の面倒を見ているのは……
完