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晴れ舞台は貴人の茶会で(7)

 シユが御する一頭立ての軽快な馬車に乗せられて、アメリアは風に吹かれるままかしこまっていた。そうしている内に、あっという間にノスカリアの町へ帰り着いた。歩き慣れた大通りの景色だが、馬車上から眺めるのは初めてだ。目線の高さが違うと、いつもと違う町並に感じられる。普段は見上げて遠く感じる二階の窓が近く、歩き行く人々が大人も子供も小さく見えた。


 街を東へ、時計塔の下や商店街も通り抜け、ほぼ東端から別れる道から北へなだらかな坂を上る。目指す先は高台の上、その頂きにあるラスバーナの屋敷だ。同じ町の中だが、アメリアは近隣へ足を運んだことがなかった。身分不相応でとても近寄れないと思っていたから。


 そして、実際に目の当たりにしても感想は同じだった。門番が開いた黒鉄の門扉をくぐった先、広々とした前庭の奥に三階建ての洋館がある。横にも奥にも広く堂々とした佇まいは下町育ちを圧倒させる。暗いレンガの外観には、クロチェアの華やかな城館とはまた違う、厳とした風情が漂っている。


「……すごいですね」

「そう? 緊張しなくていいからね。きっと、思っている感じと違うだろうし」

「えっ」

「商会の事務所や物置なんかも兼ねているから。なんて言うか……混沌としている、かな」


 よく分からないぞ、そう思ったのも束の間、玄関前で屋敷から出て来て鉢合わせた男を見て、なんとなく納得した。しわくちゃの紳士服のジャケットを羽織っただらしない格好をしていて、サシャの顔を見ても「ああ、お嬢。うっす」と、とても使用人とは思えない適当な挨拶をして去って行った。


 そして招かれて入った屋敷の中は、想像以上に賑々しかった。入って目の前の玄関ホールで職人と買い付け担当が商品の山を前に、ああでもないこうでもないとやり取りしている。その横をメイドが掃除道具を持って通り過ぎる。どこかの部屋から喧々と数字を読み上げる声も響いて来て、襟の整った服を纏った男女があっちこっちと走り回っている。立派な内装以外、ノスカリアの町の雑踏に居るのと気持ち的に大差がなかった。


 そんな状況だから、使用人たちがずらりと並んでお出迎え、なんてイベントは無かったし、サシャの方も特にもったいぶるでもなく歩いて行く。アメリアを先導しながら、彼女は従者らしい仕事を一人で全部こなしていたシユに言いつけた。


「シユ、マルロットに事情を伝えて、ありあわせの簡単なものでいいから一式用意してもらって」

「承知いたしました。どこへお運びすれば?」

「バルコニーに」


 と快活な笑みで言いながら、サシャは一人で玄関ホールの階段へと足を進めていく。アメリアは遅れないように付いて行った。


 ゆるく曲線を描く階段を登りながら、アメリアは思い立った。


「あの、私もお手伝いした方がいいですか?」


 するとサシャは足を止めて、きょとんとした顔で振り返った。


「なんで? あなたは私のお客様なのよ」


 ――そうだった。アメリアは引きつった笑みを浮かべた。もはや職業病だ、自分が客側の扱いをされる事に違和感があってしかたない。今日の仕事は終わったのだと、再度自分に言い聞かせ、アメリアは先を行く令嬢に続いた。


 案内されたのは広いバルコニーだった。屋敷の三階の南側に位置しており、ちょうどノスカリアの街が一望できる方角だ。アメリアは目を見張った。


「ちょっとだけ待っていて。テーブルに敷くクロスを取って来るから」


 それだけ言い残し、サシャは風のように姿を消した。


 バルコニーには手すり付きの椅子が三脚と、丸いテーブルが一つ。使いこなされた風合いで、しかしそれが逆に温かみを感じた。


 アメリアは椅子には座らず、バルコニーの縁へ行った。胸の位置にある手摺に肘を置き、ノスカリアの街を眺める。


「こんなにちっちゃくなっちゃうんだ」


 あんなに広い町だと思っていたのに、こうして一望するとおもちゃのよう。高台より下にある家々はおろか、あの時計塔ですら迫力が少なくなる。両の手のひらを伸ばせば、その上に町全体がすとんと収まってしまった。


 ここから葉揺亭は見えるだろうかと、冷える風に吹かれながら南西の方角を見やった。しかし、崖のふもとの小さな店を視認することはできなかった。高台の大きな屋敷たちと切り立った崖の影に埋もれてしまっている。残念だ、でも少しだけ安心した。もし見えてしまったら、自分の過ごして来た場所の小ささに切なさを感じただろうから。


「何かおもしろいものは見えた?」


 アメリアは声に振り返った。いつの間にかサシャが戻って来ていた。しわの無い真っ白なクロスをテーブルに広げながら、顔だけをアメリアに向けている。


「特別なものはないです。でも、いつもはこんな景色見られないので、感動しました」

「そう。だけどね、ノスカリアの街は眺めるよりも歩いた方が楽しいと思う」


 サシャが肩をすくめて笑った。違いない、とアメリアも頷いた。


「気が済んだら、こちらへ座って」


 アメリアは促されるがまま、サシャが引いた椅子へ腰を降ろした。そうすると、肩にふわりと何かが触れる。びっくりして振り返ると、サシャが若草色のショールをかけてくれたのだった。三角形のショールの端が胸元で結ばれる。風の吹きつけるバルコニーでこの温もりはありがたい。


 ありがたいのだが、飾り編みの施されたこのショール、相当高級なものだろう。こんなものを自分が借りて、汚してしまったらどうしたらいいのか。そもそも、サシャはなぜここまで手厚くしてくれるのか。今日知り合ったばかりだというのに。少し不安になる。


「あの、サシャお嬢さま――」

「サシャでいいよ。あなたにお嬢様って呼ばれるのは、なんだかむずがゆいもの」

「え、ええ?」

「……まあ、私の気のもちようの問題ね。ごめんなさい、あまり深く考えないで。好きなように呼んでちょうだい」

「はあ……」


 ソムニが「変わった人」と評したのも、あながち的外れではないかもしれない。アメリアはそう感じた。



 ややしてシユがやってきた。ワゴンに茶器やら菓子やら茶会の必需品を一式乗せてきて、二人の前に着々と並べていく。金で縁取られたティーポットと揃いのカップ、ミルクと砂糖もそれぞれ白陶器のポットに用意されている。


 そして菓子。クロチェアの茶会でも見た三段スタンドがテーブルの中央に設置され、最下段は一口大のパンが何種類も盛り合わせられ、中段にはナッツのクッキーと珈琲色のケイク、それにベリーとリンゴのジャムを挟んだビスケットが宝石箱のように並べられている。最上段には白いクリームと小さな赤い木の実、そして食用花のあしらわれたタルトが陣取っている。


 アメリアはごくりと唾を飲み込んだ。これがありあわせ? とんでもない。一週間分のおやつが一気に出てきたようなものだ。嬉しい幸せを通り越して、いっそめまいに倒れそう。


 並んだ菓子にはサシャも意外そうな顔をしていた。困惑気味に眉を寄せてシユを仰ぎ見る。


「ねえ、この時間で用意するには手が込み過ぎてない? 量も多いし。マルロットどうしちゃったの?」

「いやー、お嬢様がお友だちを連れて来たと伝えたら、皆さまいつになく張り切ってくださいまして。次から次に出してくれましたよ」

「……そう。それなら、いいけど」


 極当たり前のように出た「お友だち」の言葉に、アメリア目をぱちくりさせていた。相手方は意に介さず、話を続けていた。


「えーと、一応形式通りにメニューの紹介をしましょうか?」

「必要ない。堅苦しくしないで」


 サシャは喋りたそうにうずうずしている従者を無視して、自分でティーポットをワゴンから取った。アメリアのカップも並べて注いでくれる。アメリアは小さく頭を下げてサシャからカップを受け取った。


 これはまた随分濃い色の紅茶だ。アセムに近いが、それにしては香りが弱い。


 まず一口静かにすすってみる。見かけどおり強い風味だ。しかし癖は一切なく、素直で飲みやすい。


「知らない味」


 アメリアは無意識に呟いていた。少なくとも葉揺亭には無い茶である。


 そこへ、我が世が来たとばかりにシユがすかさず口をはさんだ。


「それはですね、西の大陸の新興茶園の紅茶なのですよ! まだまだ流通量は少ない貴重な茶葉でございまして。お口に合うかどうかはさて置き、もの珍しさを感じて頂きたいかと存じます、ええ、ええ!」


 あんまり嬉しそうに語ってみせたものだから、アメリアにも笑顔が移る。


「大丈夫です、ちゃんと美味しいですよ」

「ああ、よかった! マルロット殿にも申し訳が立ちます。実は無理を言って出してもらったので……」

「さすがねシユ。良い計らいをしてくれる」


 そう言ってサシャは紅茶を一口含んでから、アメリアに向き直った。


「さっき何かを聞きたがっていたみたいだけれど」


 軽く首を傾げたサシャの淡い茶色の目がアメリアを見つめた。


 アメリアはぴんと背筋を伸ばし、カップを置いてテーブルに手のひらを重ね、先ほど投げ損ねていた疑問を飛ばした。


「あの、お嬢……サシャさんは、どうして私をこんな風に扱ってくれるのですか」

「そうねえ――あなたが一生懸命だから放っておけなかった、それに面白そうな子だったから。それじゃ答えにならないかしら」

「で、でも。私、別に面白い話なんてできないですし……サシャさんのお友だちになったら失礼な、本当に普通の人間なんです」

「まだ肩書きなんて気にしているの? 私は敬うべきは敬うし、慕うべきは慕う。私があなたを家に招いた、あなたは受け入れて一緒に来てくれた。それだけの事、誰に対して失礼になるのかしら」


 言葉尻を軽く上げてサシャは言い切り、その手を焼き菓子へと伸ばした。空いている左手でアメリアを促す。言われるがままにアメリアはパンへと手を伸ばした。


 見た目には重量感があるが、触れるとふわりと柔らかい。そんな丸いパンを半分に割ると、中からリンゴの甘煮がこぼれ出て来た。クロスを汚さぬよう慌てて手で受け止めて、そのまま口へと運ぶ。べたつく手もぺろりと舐めて――しまった! ぴたと動きを止めたアメリアの顔にうっすらと紅が差す。行儀が良いとは言えない。案の定サシャの笑い声が聞こえてきて、穴があったら入りたい気分になった。


「かわいらしい」

「はう……」

「それでいて一人で立ち上がる強さがあって。頑張って、一途で、一生懸命で……私はそういう子大好きよ」


 裏のない笑顔で言われ、アメリアの顔はリンゴに負けじと赤くなった。きゅうと縮こまりながら口にしたパンは、優しく甘い味わいであった。



 思い思いに茶菓子をつまみながら、サシャが尋ねてアメリアが答える、そんな調子で茶会は続いた。話す事はお互いの日常や、ノスカリアの好きな所や、周りの人たちのおもしろおかしい話、それから今日の事とソムニへの愚痴なんかも飛び出して、そのたびに二人はころころと表情を変えていた。最初は縮んでいたアメリアの心もどんどんほぐれていった。


 緊張がなくなったため、アメリアの菓子をつまむ手も止まらなくなっていた。お腹が空いていたのもあるが、単純にどれもこれもおいしくてたまらない。マスターは肯定しないが、甘い菓子があるとより紅茶のおいしさも引き立つと思っている。もしも自分の店を持つなら、ぜひお菓子も一緒に出したいものだ。ふわりと考えて、アメリアは温かな気持ちになった。


 アメリアがティーカップを置いた所で、サシャが小さな指差しを交えて問うた。


「そのブローチ」

「ああ、これですか。不思議な色できれいですよね、って私が言うのも変ですけど」

「その言い方、あなたの物ではないの?」

「今朝マスターにもらったばかりなんです。私が弱気になっていたから、勇気をくれるお守りにってくれたんですよ」


 増えたばかりの宝物を誇らしげに指で摘まむ。少し傾けると乳白の雲の中に虹が輝いて、神秘的な美しさを放つ。それだけではない、ここにはマスターからの想いが詰まっている。だから見ているだけでも温かで、思わず口元が緩んできた。


「仲良しなのね、あなたのマスターと」

「はい! それに私にとって両親みたいなものですから」

「みたいって……本当の親御さんは?」

「あっ、その、色々あって。私、全然知らないんです、本当の両親のこと」


 アメリアは切なげに笑った。


 別に隠している訳ではないのだが。ノスカリアに来てから、葉揺亭以前の自分の事を語った事はほとんど無かった。今のサシャと同じように何気なく質問して、今みたいにアメリアが答えると、だいたいは聞いた方が気まずい顔をして慌てて話題を変えてしまうから。相手が喜ばない話をあえてする必要もない、自分としても必要がないなら話さなくていい湿った話だ。だから今日も笑ってごまかして、古い話は埃をかぶらせたまま通り過ぎて行くと思った。


 だが、サシャは何も言わなかった。引きもせず寄りもせず、ただ色素の薄い目でアメリアを真っ直ぐ見ているのみ。話したければ話せばいいし、嫌なら口を閉ざせばいい、そうアメリアに選択をゆだねている。どちらにしてもきちんと受け止める、と。


 ――ああ、本当に、マスターによく似ている。


 アメリアは思った。だから埃を被っていた小汚い思い出を取り出して、サシャに見せる事にした。かつてマスターにそうしたように。


「私は、ずっと孤児院で育ちました。お父さんとお母さんは私が産まれてすぐに死んじゃった、院長先生からはそう聞かされていました。……今は嘘なんじゃないかって思ってますけど」


 アメリアは思わず遠くを見る。太陽はいつの間にかずいぶん低くなっていて、影という影を長く伸ばし地へ落としていた。暗い中で切れ切れの断片を拾い集めるように記憶を辿りながら、アメリアは昔話を始めた。


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