晴れ舞台は貴人の茶会で(1)
がたがたと揺れる二輪馬車の座席にて、アメリアは深い息を吐き出した。普段なら周りを流れていく明るい緑の丘陵の風景を喜んで眺めるが、今はそんな気持ちになれず、ずっと俯いたままでいる。
何度も見た自分の格好をもう一度確認した。本日の装いは、足元が真新しい革の靴で、下は細身の黒ズボン、そして白い長袖シャツに真っ黒のベスト。ベストの後ろ裾が鳥の尾のように長く垂らしてあるところまで、敬愛する店主そっくりそのままである。これは親友レインが仕立ててくれた特別の衣装だ。髪型も服装に合わせ、ひっつめてお団子にしている。自分で見ても普段の印象と違い過ぎて、本当に葉揺亭のアメリアか疑わしくなるほど。
――ああ、一体どうしてこんなことに。
アメリアは再び嘆きの息を吐いた。手が左胸に留めたブローチを無意識に包む。
はてさて何がどうしたのか。発端を語るならば、週一つと日を四つ分、時間を過去へ遡る事となる。
* * *
天気が良い昼下がり、外に出れば少し冷涼な風を感じるものの、葉揺亭にはそんなことは無関係の暖かく和やかな日であった。
ところが窓の向こうに大きな箱馬車が登場した途端、得も言われぬ渋みが走った。ここは袋小路にあって、店の前を通過する普通の馬車なんて居ない。かつ馬車が通る事を考えていない狭い道幅の中へ無理やり車を進めてくる強引な人物には、心当たりが一つしかない。
「おやおや、久しぶりに来たか、ソムニ嬢。本当に諦めの悪いお嬢さんだ」
「半年……はまだ経ってないですか。あんなことがあったのに、よく来れますよね」
アメリアは心底呆れていた。葉揺亭の主に並ならぬ恋慕を抱くソムニ=クロチェア、彼女が癇癪を爆発させた某日の事件は、記憶に鮮明に刻まれている。さすがのソムニでもばつが悪かったのだろう、以来長らく現れなかった。だが、時間の経過で再び恋心の方が優勢になったらしい。
マスターに勧められずとも、アメリアは面倒そうに奥へと退避した。そのカウンターの内側の扉が閉まるのと、玄関の扉が開くのと、ほぼ同時であった。
静かに開けられた玄関扉を黒服の従者が白い手袋の手で押さえている。顔は外を向いて、主の登場を待っている。
おや、とマスターは眉を上げた。従者がいつもの人物と違う。ソムニについてくる者よりもずっと老練の男だ。
馬車の乗降口から降りて来た人影も、どこからどう見ても若き娘のそれでは無かった。大きくなびく外套を纏った、堂々たる佇まいの男性だ。
誰だ、いや、あれはソムニの父だ。ノスカリア地域の名門であるクロチェア家の当主であり、現政府下でも統治を任された若き元首たる、イルシオ=クロチェアその人。察した瞬間にマスターの顔が警戒心にこわばった。
「失礼する」
はきはきとした耳心地のいい声が店内に届いた。整った身なりには立場相応の威厳があると同時に、若々しく爽やかな印象も強い。初めて見えたが、なるほど、人の上に立つ器である。マスターは一目で見定めた。
と、その時。歩み寄ってくるクロチェア公の後ろから、得意気に鼻を高くするソムニの顔がひょっこりとのぞいた。そして不意に目があってしまったマスターに、小さな投げキスを飛ばしてきた。やはりと言うべきか、先日の騒動も全然身に沁みていない。
ともあれソムニに構っている暇はない。カウンターの前に立ったクロチェア公に、マスターはひとまず丁寧にお辞儀をした。
「無礼を承知でお尋ねしますが、ノスカリア地方元首、イルシオ=クロチェア公でしょうか」
「いかにも。日頃よりこちらで娘が世話になっていると聞いております。シエンツからも話を聞きました。先日は我が娘がひどい無礼を働いたようで、申し訳ない」
クロチェア公は嘘偽りのない謝意を示し、頭を低くしようとした。だからマスターは慌てて止めた。人の上に立つ者がそう簡単に下の者に頭を下げるべきではない、そう言い含めながら。
さて、この辺りでカウンター内の扉がそっと隙間を作った。聞き耳を立てた店内に漂う奇妙な空気感で、いつものソムニ襲来と違う事がアメリアにも伝わっていた。隙間からのぞき込んだ一対の青い眼が、ソムニと並ぶ威風堂々たる男の姿を見て真ん丸になった。いつか遠目で見たクロチェア公、それが目の前に居る。
もう一度引っ込もうかとためらった。しかし、クロチェア公と目があってしまったから、アメリアは会釈をしつつおっかなびっくり出て来た。そろそろと静かに歩み出て、マスターの影に張り付くよう背後に控えた。そうするやいなやソムニが苦虫を噛みつぶしたような顔になったが、注目する者は皆無だった。
さまざまな思いの視線が交錯する中、マスターは腰を低くしクロチェア公へ探りを入れた。
「まさか、そんな過去の些事の詫びのために来たとおっしゃるわけではないでしょう? 目的が他にあるのではないでしょうか」
「話の早い方だ。実は貴殿にお願いしたい事が一つあり、こうして参上しました」
マスターは怪訝に目を細めた。高みに居る者がわざわざ下々に「お願い」だなんて、良い予感がまったくしない。
相手の緊張を他所に、クロチェア公の方は一段と若々しく、青少年のような恐れなき快活な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「翌週の天黎の日、我が家で一つ豪勢な茶会を主催します。貴殿の腕を見込み、ぜひノスカリアの最高峰の茶師として招きたいと考えております。もちろん、相応の報酬は用意させていただきます。どうか引き受けていただきますよう、よろしくお願い申し上げます」
丁重だが有無を言わせない調子の言葉だった。マスターが大口を開けて固まった。
間の抜けた顔の主とは対照的に、アメリアは歓喜に満ちた声を上げた。
「すごいじゃないですか、マスター! マスターが一番すごいお茶屋さんって、クロチェア公が認めてくれたんですよ!」
賛辞を浴びせながら、石像になっている店主の服を引っ張ってぐわんぐわんと揺らしている。
また、今回はアメリアとソムニの意見が初めて一致した。ずっと父の後ろに居たソムニが「その通り!」と興奮して叫び、前に飛び出して来た。
「そう、これはとても光栄な事ですわよ! クロチェア家の美しい庭園で開く、とても大きな社交会! ノスカリアの旧家の方はもちろん、ミスクの皆さままでわざわざこちらに出向いてくださり、私たちの――」
「ソムニ、君は黙っていなさい。約束しただろう」
クロチェア公がやや厳しい口調で言いながら、ソムニの肩に手を添え脇に避けた。
マスターは目を白黒させながら、稀に見る狼狽ぶりを晒していた。こめかみに手を添えながら、悩ましげな音を上げている。軽く首を横に振って、それから崩れるように台上に両手をつくと、迫るような早口でクロチェア公に問い返した。
「待ってくれ、もしかして、政府命令で僕を無理やり公の場へ引っ張り出すつもりか? いや、もっと……そう、例えば、中枢のお偉方が要請して来たとか、そんな裏はないだろうね……?」
「まさかそんな。確かに招待客には政府の関係者も多いですが、会自体は我が家が私的に開くものです。今も元首としてではなく、一つの家を守る一人の男として来ております。貴殿の事はソムニとシエンツから推薦を受けました。ソムニはともかく、シエンツが食の分野で人を褒めるなど稀なこと、故に貴殿の腕は間違いないと判断しました」
「……それなら良かった」
マスターは胸をなでおろして、表情を緩めた。いつも通りの静かな横柄さも取り戻して、返す刀でクロチェア公にきっぱりと言い放った。
「政府命令でないなら強制力もあるまい。申し訳ないけれど、お断りさせていただくよ」
ええっ、と女子二人分のどよめきが上がった。それだけでなく、当然ながらクロチェア公も表情を濁らせた。断られるとは欠片も思っていなかったらしい。
「なぜだ?」
「事情があって、僕は外へ出られない。その……体があまり丈夫ではないんだ。太陽の下は苦手で。ソムニ嬢の話だと、庭園が会場になるのだろう? そんな所、僕には無理だ」
「そうおっしゃられるなら、室内に席を設けるように変更します。もちろん、万一に備えて医師と薬師も侍らせますとも」
クロチェア公の目は厳として店主を捉えている。視線も姿勢もまったくぶれないし、圧が強い。
これは、何がなんでも己の意志を貫こうとする類の人間だ。そう判断してマスターは内心舌打ちした。口先だけで言い逃れるには最も厄介なタイプの相手だ。
だが、それをどうにかするしかない。葉揺亭の主が大舞台に立つ、そんな事は望まないし望ましくない。頑なに意志を貫く類の人間であるのはこちらも同じ。
「他所に行って店を空けるわけにもいかない。僕が居なければ、葉揺亭は葉揺亭でなくなってしまう」
「一日すら休みにはできませんか? 休業の補償はしましょう。屋敷はノスカリア郊外にありますので、たった一日だけ割いてくだされば良いのだが」
「時間だけじゃなくて道のりも問題だ。郊外だなんて、普通の人間には何ともなくても、僕は歩き慣れていないから、人より辛い道のりになる。それと、僕は怖がりなんだ。ふらりと出歩いて、なにかに襲われでもしたら……とても困る」
「そんな問題は些細なこと。こちらから馬車で迎えを寄越します」
「それでも――」
なお続くマスターの強引な言い訳を、クロチェア公は一つ一つ着実に潰していく。途中で呆れて匙を投げる屁理屈のような言い訳も、真面目な顔を保ったまま論理的に返してくる。
問答が極まると、マスターの額には人知れず冷や汗が滲んでいた。さすがクロチェア公、伊達に政治家として名を馳せていない、参った。最後はこじつけも思いつかなくなった。
「すまない。なんと言われても僕にはできないよ。外部の茶師を招きたいのなら、他をあたってくれないか」
ただひたすら丁重に、しかしきっぱりと宣言した。
どうしても? どうしても。そんなやりとりが二度三度と繰り返され、堂々巡りになる。
そして一人が業を煮やして、感情を爆発させた。話し合っていた当人たちではなく、後ろにいたソムニが。クロチェア公の外套を押しのけて、カウンターに両手をつきマスターに息荒く迫る。
「どうして断るの!? 拒否権はありません、受けてくださいまし! マスターが居なければ、わたくしの婚――」
「ソムニ、頼むから黙っていてくれ!」
クロチェア公が慌ててソムニの口を塞いだ。初めて態度が揺らいで、焦りを見せた。その隙はほんのわずかな間であったものの、マスターの慧眼は見逃さなかった。
「はっはあ。つまりあなた方は、大それた茶会の場で『婚約者』とでも皆に紹介してしまえば、なし崩しで縁談が成立すると、そういうおつもりだったのですか」
「まさかそんな! そんなのは娘の勝手な妄言で――」
「そうですわよ、マスター! 婚礼の会にすれば、皆の祝福を――」
「ソムニ! ああ、申し訳ない。本当に、そんな無礼な真似はしません。そのようなことあってはならない、クロチェア家の名が傷つく」
くたびれた様相で、はあ、と公は深い息を吐いた。彼とて嘘は言っていない、ソムニが一人で暴走しているだけ。マスターもそれは見抜いていたものの、あえてフォローはせず口を閉ざした。
「我が方に邪な目的は一切ありません。今回ばかりはどうしても極めて腕が優れた茶師を招きたい、その一心です」
「それ自体に裏の目的があるのでは。貴家にもお抱えの茶師くらい居るはず、そうでなくても、信頼する執事に呈茶くらい任せられるだろう。それなのに、なぜ僕をわざわざ?」
「単純な理由です。招待客は舌の肥えた者たちで、かつ私より上の立場である。これを満足にもてなすには、専門の者である方が望ましい」
「なるほど。つまり、会の出来いかんで進退が決まると。失敗しても外の者に責任を押し付ければ、家名を汚さずに済む」
「そこまでは考えておりません。あなたの腕は間違いない、必ず成功させると承知しています」
真っ直ぐな目にマスターはうめいた。
「勘弁していただきたい。話を受けても僕には利益が何もない。過分な財貨は必要ないし、名誉なんてもっと要らない」
「人脈ではどうか」
「一番嫌な物だ。僕は政治にも権力争いにも巻き込まれたくはない」
「政治家ではなく商人なら。茶会にはラスバーナ商会の会長をお招きしています」
聞こえた名前に、マスターはぴくりと耳をとがらせた。ノスカリアの経済を牛耳る大商会の。
「ラスバーナの会長だって?」
「はい。ノスカリアにおいてラスバーナが持つ影響力は、ともすれば政府よりも大きい。彼の者と直の縁ができるなら、こと嗜好品を商材とする貴殿には得がたい良縁となると思いますが」
「こともあろうに元首が、政府の権威が一商家に劣ると言ってしまっていいのか?」
「貴殿は政治に巻き込まれたくないのでは?」
含むものがあるクロチェア公の目つきに、マスターは閉口して手を口元にやった。商会の会長を招いた、それ自体には政治的意図があるようだ。であれば公の指摘通り、それに介入しようとは思わない。
だが、ラスバーナの会長が居る茶会というのは好都合かもしれない。それはクロチェア公の思い描く駆け引きとは違うが。既にマスターの頭の中には、折衷案が一つ浮かびかけていて、いかに通すかを熟考していた。
クロチェア公の控え目なしたり顔に向かいながらしばし黙した後、マスターはちらりと背後にいるアメリアへ目線をやった。きょとんと小首を傾げた少女に小さくほほえみを見せてから、マスターは襟を正して再びクロチェア公へ向き直った。
「わかった、そこまで言うなら引き受けてもいい。ただし二つ条件がある」
「どうすれば?」
「一つ。葉揺亭が外に出張するのは今回が最初で最後、僕たちは二度とクロチェア家の門をくぐらない」
「わかった。貴殿らの意志を尊重しよう、約束する」
これにソムニが顔を白くした。息が切れた魚のように口をぱくつかせているのは悲鳴も出せないのか、それとも言いつけを守って出さないのか。
クロチェア公は首を振って、気にせずに続けてくれと促した。店主は大きく頷くと、人差し指をぴんと立てて堂々と宣言した。
「もう一つ。出向するのは僕ではなく、アメリアだ。彼女に看板を背負ってやってもらう」
あらゆるものが一瞬ぴたと動きを止めた。
「いや……失礼ですが、お嬢さんは見習いでは?」
「まったく問題はない。クロチェア公が求めておられるのは、裏方としての茶師なのだろう? それならアメリアでも十分務まる」
「しかし……」
「初対面にも関わらず僕には無条件で信頼を置く、それなのに、僕が信頼する彼女は信用できませんか? いいでしょう、失敗した時は僕が責任を負う。首を切り落とすでも、磔にして火であぶるも、この身は好きなようにしてくれ」
「ま、待ってくれ、そのような冗談を――」
「冗談なものか。僕は嘘をつかないし約束も破らない、この命にかけて誓おう。ここまで含めて二つの条件だ。後はあなたが飲むか飲まないか、だ」
クロチェア公は気圧されていた。そんな彼に、マスターは肩をすくめながら続けた。
「返答は早くしてくれ。そろそろ営業に支障が出てきているから」
言いながら、向かって右の窓を手のひらで指し示す。見ると、年若き常連の二人――レインとアーフェンの頭が窓の縁からおっかなびっくり、しかし好奇心にまみれた顔で覗いていた。中の人らと目が合うと、二人とも「しまった」と引っ込んでしまったが。
クロチェア公は少し悩まし気な目をした後、小さく咳払いした。
「わかりました。そこまで言うのでしたら、貴殿の提示する条件のままで構わないから、ぜひ引き受けていただきたい」
「ご理解いただき感謝します。それでは、こちらも茶会が成功するよう尽力します」
マスターは手を差し出し、遠慮がちに手を出した公と固く握手をした。
ここでようやくアメリアが思考を追いつかせて、建屋を震わせるような大きな悲鳴を上げたのだった。
* * *
何度思い出してもひどい仕打ちじゃあないか、溜め息しか出ない。こっちの気持ちや意見は全然聞かずにマスター一人で勝手に決めて。まだ一人で店番すらしたことないのにいきなり看板を背負わされ、一人で外で仕事をして来いだなんて。もちろんクロチェア公が帰った後、マスターに散々文句を言った上で辞退の意を伝えたが、大丈夫だ君ならできる、立派な晴舞台だ、いい勉強になるよ、などと聞こえの良い言葉の後、決まったのだからやるしかないよと突き放された。
「マスターの馬鹿……」
悪態をついたその声は不安に沈んでいた。
もちろんマスターは仕込みをしっかりしてくれた。猶予は十四日間、その間にもう一度基礎から押さえ直し、客との会話の仕方――主に貴族相手に必要な言葉遣いや挨拶、それから簡単な茶の解説もできるように。礼儀作法全般から見栄えのする立ち居振る舞いなど、大勢の人前に立っても恥をかかないために必要な事を広く鍛えてくれた。
しかし、知識はつけられても経験はどうしようもなかった。マスターだけでなく常連たちに練習相手になってもらったが、たった十四日間の話である。彼らからは高評価をもらっているものの、なんと言っても常連、甘い目線で見た場合だ。果たして本当に実力がついたのか、アメリア自身、自分は飲み込みがいい方ではないと認めている。
今日までの間、アメリアは何度も何度も不安を口にして、その都度マスターに優しく宥めてもらった。もちろん自分でも前向きになろうとして、何度も自分を励ました。大丈夫、マスターが認めてくれている、と。だが、晴舞台が迫るほど、緊張の方が上回って来た。
ふと、尻の下に響いてくる馬車の足取りの雰囲気が少し変わった。はっと顔を上げると、なだらかな丘を登る私道へと入っていた。向かう先の頂上に、荘厳な屋敷がある。町にある普通の屋敷ではなく、歴史深い古城を思わせる外観だ。
いよいよだ、いよいよ戦地に来てしまったのだ。アメリアは無意識に息を荒くして、思わず左胸を押さえた。胸に輝くブローチの下で心臓がけたたましく音を立てている。このまま死んでしまうんじゃないかと不安にかられる。一人で馬車に揺られて放り出された場所で、誰にも助けてもらえず独りぼっちで――
「大丈夫、大丈夫よ。私には、マスターがついている」
アメリアは左胸に止めた盾型のブローチを掴み、しかと握った。このブローチは出発直前にマスターがくれた。
『これはお守りだ。僕が昔使っていた物だ、僕の魂が宿っている、そう思ってくれ』
そう言って左胸に留めてくれたブローチには、乳白色に虹色の光を溶かしたような不思議な色合いの宝石がはめ込まれている。表面は光を良く反射するようにカットされていて、下の土台となる銀の面にも細かい彫刻がなされているようだが、宝石の光に邪魔されて彫刻の模様は見て取れない。ただ、とても綺麗だと思った。
『政府の人は所属を示す胸章をつけているだろう? あれの代わりだ。君は僕の葉揺亭のアメリアだって一目でわかる印だよ。君がどこに居たって僕は傍についている、だから安心して行ってらっしゃい。そして、いつもと違う世界を見ることを目一杯楽しんでおいで』
「――マスターだけじゃなくて、みんな応援してくれている。レインさんだってお仕事放り出してこの服作ってくれたんだし、アーフェンさんだって政府の偉い人が見ても恥ずかしく思わないって言ってくれたし――」
息を整えながら、アメリアは声に出して縁ある皆のことを思い出す。皆、大丈夫だって笑顔で送り出してくれた。
「――マスターが言ったんですもの、困ったらラスバーナの会長さんを頼れば助けてくれるって。それに、会長さんが居るなら絶対にジェニーさんが会場に居るって」
ラスバーナ商会の会長が招待客で居る、それが決め手だったとマスターは白状していた。会長と葉揺亭の間に面識は無いが、会長の秘書であるジェニー=ウィーザダムは葉揺亭の常連だ。普段の様子からして、ジェニーは会長の行く場所どこにでも付いていくから、今回も茶会の場に控えているに違いない。見知った人が一人居るだけでも気は安らぐし、ジェニーの性格なら、アメリアが困った事態に陥っていたら的確な助け船を出してくれる。アメリア自身も、そこには同意しかなかった。
「大丈夫。みんなが背中を押してくれる。だから、私、頑張るしかない。マスターの代わりに、葉揺亭の看板を背負って立たないと」
アメリアはなけなしの勇気を奮い立たせて、深く息を吐き出した。そしてぴしゃりと自分の頬を打った。
思い切って面を上げる。決意と覚悟に緊張というスパイスが一振り加わった、そんな表情をして、馬車が向かう華やぐ茶会の会場を真っすぐに見据えた。




