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おしゃべりカラスの末路(2)

「なんだよなんだよ、冷めてんなあ! あのラスバーナのお家騒動だぞ!? なんで黙ってられるんだ、それでもノスカリア魂のあふれるノスカリア人か!」

「会長はまだご健在だろう、勝手に憶測で後継の話をするなんて失礼だ」

「憶測って言うけどな、ラスバーナのこういう話が新聞として堂々出て来るってだけでとんでもないことなんだぞ。あいつら情報もきっちり統制してっからな、下手なゴシップ書いたらえらい目に遭うんだ。それが、これだぞ!」


 オーベルが新聞のタイトルをバシバシと手で叩く。もちろん本当に大商会で内部分裂が起これば、結果いかんでノスカリアの未来が大きく変わるから、住民として注目しなければならない一大事である。本当だったのならば。


 しかし、片や眉唾物の噂話には興味が無く世間から浮いている男、片や定住しない根無し草の男。オーベルがいかに熱っぽく演説しても、反応は無風も同然であった。


 萎えたオーベルが、ちぇっ、と言い捨てて新聞を放った。むすっとしたまま紅茶で口を湿らせる。飲んでいる間は無言だった。


 しかしカップが空になった途端、また火が付いたようにうきうきと話し始めた。


「じゃあこっちだ! もう一件の方! ほれ、例の『悪魔』の懸賞金の話だけどよお――」


 ヴィクターがマスターに意味ありげな視線をやった。マスターの方はわずかに目を細めただけで、頬杖をつきオーベルの話を聞く姿勢を保っている。


「これがなんと、撤回されるって言うんだ。治安局の重役から漏れて来た話で、正式には二、三日の内に政府から告知されるってよ」

「それがどうして号外を出すほどの事なんだ?」


 言いながらマスターは新聞を受け取ろうと手を差し出した。が、今度は渡してもらえなかった。現物を読ませれば、また鼻で噂話と笑っておしまいにする気だろう、つまらん奴め。そんな意志がオーベルから透けて見えていた。


「いいか。悪魔に殺されたのは中央から来た役人だった」

「それはもう聞いた、知っている」

「それで懸賞金つきの悪魔討伐を掲げたのはノスカリアの地方政府、つーかクロチェア公だったんだ。ところがどっこい、これを撤回しろって中央から命令が来たと。ノスカリア側は面子に関わるってんでだいぶ反論したが、従わせられたらしい」

「……そいつは確かに妙な話だ。中央の方が率先して報復措置を取りそうだが」


 反応したのはヴィクターだった。オーベルがぐるりと体を回転させる。


「だろ、だろ!? ノスカリアにとって一大事だってわかるだろ! 別に中央に迷惑かける話じゃないのに一々口出してくるってのも変な話だしよぉ、事件が起こった時に来ていた中央の連中もとっとと引き上げて行ったらしいしよ。まったく、臭い臭い!」

「つーか、単純に懸賞金撤回だなんてされたら荒れるぜ? その筋じゃあ、悪魔狩りして政府から大金せしめるって盛り上がってんだ」

「おうよ、政府の懸賞案件ってのは異能者ギルドのガス抜きも兼ねているからなあ。おあずけ喰らってキレた奴らが二次災害起こさなきゃいいが」


 客席でやいのやいのと盛り上がっている様を尻目に、マスターは静かに立ち上がった。その話をここでしてくれるな、無闇に首を突っ込むなとは、オーベルが初報を持って来た時にも釘を刺したのだが、すっかり忘れられているらしい。かと言って、今あらためた所で二人とも聞きやしないだろう。諦めるしかない。


 マスターは店名のプレートを玄関先へ引っかけて、そしてわざとゆっくり戻って来る。噂話を喋り散らすのはろくなことにならない、それをわからせるにはどうしたらいいか考えながら。


 そして定位置に戻って来ても、まだオーベルとヴィクターは話に興じていた。どんどん熱が増してきて、声の大きさも比例している。はあ、とマスターはため息をついた。


「オーベルさん、ヴィクター、もう少し落ち着いたらどうだ。声が大きいよ」

「落ち着いてなんか居られるか! やっぱりよう、これは中央政府の陰謀だって! 間違いないってよ! だからおまえさんも……」


 オーベルが急に黙ったのは、マスターの背後にあるドアが開いたから。男たちが三人ともそちらを見る。そこには、青い目をきらきらとさせたアメリアが居た。


「おはようございます、皆さん楽しそうですね! あっ、ヴィクターさんまで!」

「おう、おはよう、アメリアちゃん」


 ヴィクターはのんきに手を振っていた。


「皆さん、なんのお話をしていたんですか? 陰謀って、なんですか?」


 無邪気な問いかけに、初めて客席の二人がしまったという顔をした。


 ――ほら見ろ、ろくな事にならないじゃないか!


 マスターは内心で唸りつつ、しかし表面にはおくびにも出さず、にこやかにアメリアへ話しかけた。


「アメリア、今日はなんだか早いじゃあないか。どうしたんだい?」

「楽しそうな声が聞こえて来たから目が覚めてしまって。私も混じりたいなあって思ったから、急ぎました!」

「だから三つ編みが乱れているんだな。リボンもほどけそうだ」

「ああっ!」


 アメリアはあわあわと背中に手を回し、その場で髪留めのリボンを結び直した。ふう、と安心したように息をつく。


「直りましたか?」

「うん。大丈夫、いつものかわいいアメリアだ」

「ありがとうございます。それで、陰謀って、なんのことですか?」


 マスターは張り付けたほほ笑みのまま、内心で汗を垂れ流した。どうしよう、話題逸らしに失敗した。


 その時、客席からオーベルが咳払いで横槍を入れて来た。彼は髭をさすりながら、隣のヴィクターはカウンターに肘をついてにやにやと笑いながら、マスターの出方をうかがっていた。


「あー、なんだ、アメリアちゃん。陰謀ってのはよぉ、そこのマスターみたいによ、何考えてるかよくわかんない奴の頭の中にある悪だくみの事さ」

「えっ。マスター、悪だくみしてるんですか!?」

「違うよ。陰謀というのは、今のオーベルさんみたいに、ある事ない事適当に言って、他人のことを陥れようとする事さ。僕は悪だくみなんかしていない」

「で、ですよね! マスターは悪い事はしないですもの。変な事はたくさんしますけど」


 オーベルとヴィクターが揃って吹き出した。さすがにマスターは苛立ちに眉をひそめ、腕を組んで二人を見据えた。


「君たちは本当に。陰謀だとか噂話だとか、他人を蔑む話がそんなにお好きかい?」

「蔑んじゃいねぇけどよ」

「あんたが超弩級の変人なのは事実じゃあないか」

「口が過ぎるぞ、ヴィクター」


 ぴしゃりと反論を遮ってから、マスターは人差し指を立てて話し始める。


「じゃあ、僕からも一つ話をしよう。みんな大好きな昔話さ。本当か作り話か、判断は君たちに任せるよ。昔々、とある町に――」

「おいおい、おっさん相手に童話かよ」

「たまにはいいものだよ。昔、ある町にカラスがいた。そのカラスは大変頭がよくて記憶力に富み、おまけに人の言葉を流暢に話すこともできた。それで――」

「マスター、すいません」


 アメリアが挙手して話を中断した。むっつりとしているマスターに構わず話しかける。


「そのお話は長くなりますか?」

「少しだけ」

「じゃあ、後ろでお茶を淹れていてもいいですか? 私、お腹がすきました」

「どうぞ」


 アメリアはさっそく食器棚からポットを降ろし、今朝はどの紅茶にしようか缶を見て選ぶ。その中でふと、マスターの手元へ視線が行った。


「あれっ、マスター、今日はまだ何も飲んでいないんですか?」

「うん」

「じゃあ一緒に作っちゃいますね」

「お願いするよ」


 なかなか話を始められないもどかしさに、返事も粗末になった。マスターは一つ咳払いをすると、カウンター向かいの二人へ改めて物語を始めた。


「そのカラスはとてもおしゃべりだった。人の家の窓に止まって盗み聞きした内緒話を近所にひろめたり、時には国の機密を暴露したり。もちろん悪事ばかりではなく、貧乏人に宝の在り処を教えたり、迷子に寄り添って家族のもとへ送り届けたり、良い事もたくさんしていた。だからカラスは色々な人に注目されていて、カラス自身もそれに鼻高々だった――」


 一度脚光を浴びて快感に思ってしまうと、さらなるを注目求めるのは誰しもそうだ。カラスはひたすら人間受けが良い話を求めて東奔西走し、大小あらゆる噂を人に広めて回った。もちろん人の怒りを買うこともあったが、それ以上に、カラスの噂話をおもしろがる大衆の圧が強く、カラスの身はそんな大衆たちに守られていた。


 どんな話を広めたら、完全に人間の心を引き付けられるだろうか。ずっと考えていて、ある日、カラスはひらめいた。決して人間には知ることが出来ない世界の真実を教えてあげたのなら、全人類から賞賛されるに決まっている、と。


 そしてカラスはその旨を町の人々に伝え、数多の好奇心に見送られながら旅路へ飛び立った。向かう先は、妖精の女王の住処であった。


 天を衝く険しい山脈に囲まれた深く暗い森林の中央、年中霧と時化に見舞われる湖に、優美な妖精たちの王城がある。その話自体は人間たちにも有名であったが、険しすぎる道のりで、人間の身では絶対にたどり着けない秘境でもあった。ゆえに人間たちにとって妖精の女王は、嘘か真かわからない伝説の存在であった。その妖精の女王が実在する証拠と共に、どんな生活をしているのかつぶさに語って聞かせれば、心を奪われない人間は居ないだろう。


 カラスは山も森も湖も飛び越えて、妖精の城へとたどり着いた。疲れきった体で秘境に迷い込んだ旅ガラスを装えば、妖精の門番たちは憐れんで城へ迎え入れてくれ、まずは女王にお礼を言わせてくれと伝えれば、その願いも簡単に叶った。


 ところが、いざ謁見した女王は、華やかで美しい人の世の噂話にあるような妖精の姿ではなく、干からびたミイラのような四肢と、ぎょろつく目が三つもある、醜い怪物の姿だった。そう、人間が空想する妖精の女王の姿はしょせん空想で、これが妖精の女王の真実だった。


 驚き動転したカラスは急いで逃げ帰ろうとした。ところが、女王と同じくらい醜い手下たちに捕まり、女王の前へ突き出されたのである。


 女王は姿こそ醜くも、心は優しく慈悲に満ちていた。泣きわめくカラスの命乞いを聞き入れて、城の外へ帰してやることにした。


 しかしながら、このおしゃべりカラスを外に出しては、城で見た物をつぶさに人へ広めてしまうのは女王の目にも明らかだった。自分の本性を喋られて人の夢を壊してしまうのは悲しいし、妖精たちを怪物扱いした人間が攻めて来たら大変だ。女王は困ってしまい、どうしたらカラスの命を取らずに黙らせられるかを考えた――。


「――かくして、おしゃべりカラスは灼熱の湯で舌を焼かれてしまった。命は助けてもらい町へ逃げ帰ったものの、喋れないただのカラスになんて誰も見向きをしなかった。そして、元来カラスの口の軽さを恨んでいた者たちに(くび)り殺されてしまいましたとさ。……君たちも、噂話に躍起になるあまりカラスと同じ末路をたどらないよう気を付けて」


 マスターは静かに語り終えると、神妙な顔で閉口している客たちに意味深な笑みを向けながら、習慣のまま手元に置いてあったカップを取って口につけた。


「熱ッつ!」


 突き放したカップの紅茶が時化にあったように荒波を立てた。もう片手でひりひりとする口を押さえる。


「ごめんなさいマスター、だって、今できたばかりですもの!」

「うん、君は悪くない……」


 思い切り油断していた自分の失敗だ。それにしたって実に締まらない、最悪なタイミングだ。ああ、とげんなりした息を吐く。


 案の定と言うべきか、オーベルとヴィクターは揃って人を心底馬鹿にする大笑いに震えていた。


「さっすが俺たちのマスターだぜ、話の落ちの付け方が最高だ!」

「いやー、自分で自分の舌を焼いてちゃ世話ねぇな!」


 楽しそうな笑い声をマスターは不愉快そうに聞いていた。今朝は一体どこでかじ取りを間違えてしまったか。しかめ面のまま、しかし気分を改めるべく、紅茶を頼った。今度はしっかり息を吹きかけてから口にする。


 だが、気分が改まるどころか、眉間の皺が逆に深まった。


「……苦い。なんだこれは」

「えっ?」

「妙に濃い。何をしたんだ、アメリア」

「いえ、別に、普通にアセムの紅茶を淹れただけですよ?」


 アメリアがきょとんとする。それを傍目にマスターは彼女が使ったティーポットの確認に向かった。


「私とマスターの分で二人分だから、茶葉の量も二倍です」

「二倍の二倍が入っているな」


 ティーポットの中ぎゅう詰めに膨らんだ茶葉を見せる。するとアメリアはぴゃっと短い悲鳴をあげて口をおさえた。


「わ、私、マスターのお話に夢中になってて、たぶん数をかぞえ間違えました。覚えてないんですけど……そういうことですよね、これは」

「そうだね」


 いつものマスターならばここで、大事な時は作業へ集中しなさい、などとはっきり悪い所を指摘したものだが、今日はとても言えなかった。ついさっき油断して失敗したのはこちらも同じ。悩まし気にこめかみを押さえる。


「アメリア。お互い、おしゃべりにかまけて大失敗しないよう気をつけよう」

「はい。カラスさんにならないように、気をつけます」


 そして二人でやたら濃い紅茶を飲んだ。今朝一番の目覚まし代わりの一杯は、苦く渋い戒めの味だった。


葉揺亭 スペシャルメニュー

「飲み過ぎた朝の珈琲」

豆を使わない、黄金草の根を煎じた代用珈琲と二日酔いに効くシネイラという薬草を混ぜたもの。

シネイラ単独のハーブティだと苦味が気になるが、もともと苦味のある飲み物に混ぜれば問題なく飲める。

また珈琲や紅茶は胃を荒らすともされるが、黄金草の珈琲はそう言った作用もほとんどないので、その意味でも酒宴の後に適している。

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