月なき夜の眠らない町(5)
いかなる悲劇があろうとも、不夜祭が中止になる事は無い。誰かの企画のもと劇場で上演される芝居とは違うのだ、言わば全住民にとっての通過儀礼、例年必ず執り行わなければ夜が明けないのである。破壊された出店や舞台をどうするかはそれぞれの管理者の判断によるが、少なくとも夜明けに向けたパレードは必ず実行される。
不夜祭最終日。アメリアは日高くしてベッドにもぐりこみ、二度目の睡眠をとっていた。良い夢を見ているのか、うっすらとほほえんで、なんの不安もない寝顔を明るい私室で晒していた。
もちろん葉揺亭は営業中である。が、今日は不夜祭のパレードの方が大事だ。夜通し起きて祭りの終わりを見届けるためには、絶対に眠気に負けるわけにはいかない。だったら先に寝だめしておこう。そんな安直な発想でマスターに頼み込み、彼の失笑と引き換えに大手を振って昼寝をする権利を得たのだ。
今日はアメリアがレインを家まで迎えに行く約束だ。待たせてはいけないと気持ちがはやる。急いで皺のないワンピースに着替えて、髪をといて三つ編みに結って、鏡に向かいニイっと笑って顔を確認してから、意気揚々と部屋を出た。
軽快なリズムを刻みながら階段を降りて、廊下を跳ねて店へと飛びこんで、マスターの後ろを通り過ぎながら適当に挨拶して、カウンターからぴょいと飛び出す。
しかし勢いは玄関までは届かず、マスターに呼び止められた。
「待ってアメリア。ちょっとおいで」
「もうっ、なんですか。レインさんが待ってるんですよ」
「待たせるほどじゃない。すぐに終わる」
そう笑いながらマスターの方からも歩み寄ってくる。そして背中を向けて立つように指示される。
言われた通りにじっとしていると、背中に流した金色の三つ編みが優しい手つきで持ち上げられた。毛先を束ねるリボンを一度ほどいて、少ししてから結びなおされた。そうして手が離される。何が変わったか? ほんの少しだけ頭にかかる重量が増したような気がする。
「はい、終わり」
頭の上から降って来たにこやかな声の直後、アメリアは自分で髪を前に引き寄せて確かめた。
蝶のように結ばれた桃色のリボン、自分で留めた時より形が整っている。それだけでなく、もとは飾りがないリボンだったのに、鳥の卵のような玉石が結び目のところに留まっていた。
この乳白色の石は見覚えがある、先日マスターがこしらえた飴玉もどきだ。ただ前と違って大きめになっているし、形も歪みない球へと進化していた。それをビーズにしてリボンを通したのだ。
さらにもう一点進化している。あの時の光は明滅していたが、今日は安定して優しく灯り続けている。夜の暗がりに居れば、星を頭につけているように見えるだろうか。
「マスター、これ!」
「せっかくのお祭りだから。今度はちゃんと、夜明けまで維持できるようにしたからね」
マスターは茶目っ気のあるウインクを見せた。
アメリアは自分の三つ編みを胸に抱いた。ぽっと心に灯がともったような心地だ。こんな素敵な物をつくるマスターのことをこの前は不審者呼ばわりしてごめんなさい、内心で素直に謝っておく。
「マスター、ありがとうございます。はぁぁ……素敵です」
「たいしたことじゃないよ。じゃあ、楽しんでおいで。また明日の朝に会おう」
「はい! マスターも、えーと、お祭りだからって無理しないでくださいね」
「無理って?」
「だって、マスターは昨日も一昨日も寝ていないじゃないですか。明かりの番だって言って」
「ああ、そんな事か。大丈夫だよアメリア、必要ならちゃんと休むさ。いつもと同じだ」
「絶対ですよ。じゃあ行ってきます!」
言い残して駆け出していく足は、翼が生えたかのように軽かった。
レインの家は十字の大通りで区切った南東の区域にあり、葉揺亭から最短距離で目指すと広場を通り抜けることになる。が、昨日の今日では一人で広場に行くのに抵抗があった。だからアメリアは、まずは南へ、その後東へと、大通りを二回またぐかたちの大回りで夕暮れのノスカリアを駆けていた。
途中でふと街角の掲示板が目についた。これは広いノスカリアの要所要所に設置され、特に政府が、住民に知らしめたい告示を張り出し、効率よく情報を広めるために使われるものだ。
掲示物の多くは風雨にさらされ劣化しつつある。しかし一枚だけ真新しい張り紙が板の中央にあった。
アメリアは一旦足を止めて、堅苦しい筆致で書かれた文字を読んだ。
『布告。不夜祭の期間中にその力を行使せしめた全てのアビリスタは目的に問わず重罪に処する。またその者がギルドに所属する場合は、連帯責任として当該ギルドの活動停止を命ず。ただし治安局所属官、および政府より許諾を受けた興行は、特例として処分対象より除外する。以上。ノスカリア地方元首、イルシオ=クロチェア』
ふうむ、なるほど、と、アメリアは腰に手を当てうんうんと頷いた。どう考えても昨夜の事件のせいだ。あれは治安を守る政府には許しかねる事だったらしい。愚か者への最終通告、そんな脅しにも近い告示に見えるが、実際にとんでもない目にあった当事者としては当たり前の処置だと思った。
しかし少しだけ、かわいそうだとも思う。すべてのアビリスタが力を悪用するわけではないのに。現に今立っていられるのは、異能の力に救われたからであるし。
「――いけない、いけない! 急がないと」
アメリアは頭にまとわりつき始めたもやを、三つ編みを振り回して払った。マスターじゃあるまいし、楽しい祭りの日にまで難しい問題を持ち込んで悩みたくはない。
一つ深呼吸した後、ワンピースの丸い襟を正し、再び待ち人のもとへと走り出した。視界の端を流れる屋根の向こうにたたずむ時計塔には、昨日のことは嘘のようにきらめきが戻っている。
ちょうど日の入りの頃にレインの家へ到着した。彼女は既に外で待機していた。まずは軽く手を振りあい、合流したらまず商店街へ向かう事にした。
レインの手首には昨日の魔法屋謹製ブレスレットがはめられていた。ちゃんとクシネに言われた通り、昼の間は陽の光にあててあったのだろう。歩みを進めると共に夜が降りてくるが、同時に黄色の輝きが強さを増していく。
ただ彼女たちのもとで今宵光る石は一つではない。レインがアメリアの背中で小さく跳ねる光に目を留めた。
「あれ? アメリア、その髪飾りどうしたの? 光ってるじゃん」
「マスターが今日くれたんです」
「そうなんだ。いいね、かわいい。よく似合ってるよ」
「えへ、ありがとうございます」
続けてどうやって作ったの、と聞かれなかった事にアメリアは安堵した。マスターが魔法使いよろしく不思議な材料をこねくり回しているのは、彼との間の大事な秘密なのだから。
二人でやってきた商店街は常にノスカリアで一番賑やかな場所として名高いが、今宵はまた格別である。無闇に狂乱するような雰囲気も無く、とても居心地のいい騒がしさだ。
祭りを楽しむ人のうねりの中で、襟の詰まった制服を着た治安隊がやたらと目立っていた。抱えた緊迫感も満ちる喧噪にはそぐわないもの、彼らの周りでは自然と人の流れが割れる。もっとも彼らとて好きで市民を威圧しているわけでなく、昨日の大騒動を受けての次第だから、場違いだと責められる由はない。
もちろん鉄仮面に白ローブのヴィジラも巡回している。こちらは極少数の精鋭、商店街に居るのは一人か二人かだが、やはり圧倒的な異質感によって数以上に人目を引く。一般の治安隊の厳しい空気と相まって、一般人に溶け込み大人しくしているアビリスタにも多大な牽制力を与えていた。
ただし少女たちには何一つ後ろめたい事はない。警備の目なんて気にせず、祭りをひたすら楽しめばいいのである。
町を歩くと胃に訴えかける芳しい香りが方々から漂う。祭りに対する食べ物屋のはりきりが鼻から伝わってくる。目を向けると食堂や酒場はどこも満席。いつもより豪勢な料理が忙しなく大皿で運ばれ、テーブルに付くものはみな笑顔が絶えない。
そんな光景を流し見ながら、アメリアたちは食べ歩きに適した露店巡りをしていた。もとよりノスカリアの食は、忙しなく行動を続ける職業人のために、片手で掴んで食べられる料理に強みがあるのだ。こうした祭事の時などは、平時よりさらに趣向が凝らされて飽きさせることがない。
燃え盛る薪火で焼き上げられたパンに、薄切りにした塩漬け肉とタマネギスライスを挟んで食べる。
夕方に届いたばかりだと言う川魚は、豪快に串焼きにして食べる。
水に浮かべて売られているラクボクとは、一つ一つ味が違う不思議な果物だ。アメリアがかじったら、土でも食べたかと思うような泥臭さがあって思わず吐き出した。口を押えながらレインを振り向けば、彼女も青い顔。聞けば、甘いくせに噛めば噛むほど石鹸の臭いが出てきたと。揃いも揃った大はずれっぷりに、二人は腹を抱えて笑った。
口直しのドラードで食道楽は打ち切って、今の二人は旅商人の露店を見ていた。
明かりに映える色硝子の細工品は西から来たものらしい。アメリアは翡翠色の一輪挿しを見つめている。これで店のカウンターに花を飾ったらどうだろうか、そんな想像にふけりながら眺めていた。
ふと、隣にいたレインが、遠くの誰かに手を振っている気配がした。誰だろうと見やると、相手はアメリアのまったく知らない女性たち。四人組で、ひらひらと風に流れる様な衣装を纏っている、そしてやたら肌の露出が多い。髪飾りに首飾りに濃い化粧と、揃って派手に飾り立てているのも印象的だ。
「お知り合いですか?」
「うん。『虹色の太陽』ってギルドの娘たちだよ。興行専門の異能者ギルドなんだ」
「へえ。さすがレインさん、顔が広いんですね」
「まあ、広い意味じゃ同業者だからね。……実は前にギルドに誘われたこともあるんだ。断っちゃったけど」
「ええ? なんで」
「一人の方が気楽だもの」
レインは肩をすくめた。
そうこう言っているうちに、派手な女たちが近寄ってきた。アメリアには軽く会釈だけして、レインと親しげに会話を始める。最近はどうだ、レインはどうして舞台に出ないのか、この前のあの演出はどうやったのだ、そんな芸能に関わるお喋りを。
アメリアはお門違い、聞いていてもまったくわからない。所在なくその場に立って、手持ちぶさたに周りを観察し始めた。
父親に肩車されている子ども、赤ら顔で肩を組むおやじたち、宝石で着飾った貴婦人、人、人、人の雑踏だ。それでも、揃いも揃って笑顔だから気持ちがよい。治安隊も影のない人の隣では空気になって通り過ぎるのみ。
すると際だって異質なのが、無表情な鉄仮面を被ったヴィジラの存在だ。今も一人、通りの向こうから冷徹な気配と共に歩いてきて、周りの意気を自然に静めさせていた。
アメリアははっとした。今来ているあのヴィジラは、昨日自分を救助したその人だ。ローブでも隠し切れない背格好と仮面の形状が――実は突起のあるなしや目口の穴の大きさに個人差がある――昨夜の人と一致する。長身で重力を感じさせない歩みも、やはり見覚えがあるものだ。
「――ごめん、アメリア、放置しちゃった」
「あっ、いえいえ、大丈夫です」
「広場の舞台さ、今日の昼に一生懸命直して元通りなんだって。それで次はみんなの演舞があるって。すごいんだよ、今から見に行こうよ」
レインも踊り子の面々も目を輝かせて笑いかけて来る。
アメリアは意味をなさない声を漏らしながら、ちらちらと通りの方へ目を泳がせた。視界の端にとらえた白い影の人は、広場と逆の方向に歩いて行ってしまう。
――でも、気になるし。
人差し指同士を付き合わせながら、アメリアは視線を泳がせる。ややして口角を上げ、考えながらレインに告げた。
「えっと、私、ちょっと喉が渇いちゃって。どこかで飲み物を買ってから行きます。でも近くになさそうだから……レインさんは、みなさんと一緒に先に行ってください」
「いいよ、それなら私もついていくよ。一人じゃ危ないじゃん」
「だ、大丈夫です! 今日は平和そうですし、広場もすぐですから! 一人で平気です」
「でもアメリア」
「私のことは気にしないでお話を続けてください。じゃあ、ちょっと行ってきます。広場の舞台ですよね、すぐに行きます!」
「気を使わせちゃってごめんね。じゃあ、先に行ってるよ。気をつけてね」
レインは両手を合わせて顔の前にあげてから、踊り子の女たちに混じって広場の方へと向かっていった。
友の背中が人ごみに消えるのを確認して、アメリアは深呼吸した。そして彼女たちとは逆方向へ歩き出した。
喉が渇いたのはあながち嘘ではないし、演舞だってもちろん気になっている。だが、それ以上にまず見たいのは、あの仮面の向こうにある正体だ。自分の予想が当たっているのか間違っているのか、影は早く照らしてはっきりさせておきたかった。
人の海を割って悠然と歩くヴィジラの後ろへ、アメリアは息を切らせ駆け寄った。見れば、白い衣の裾がわずかに焦げている。昨夜の火を起こした犯人を鎮圧したのも彼だったのだろうか。
近寄って来た足音に反応して、ヴィジラが振り向いた。仮面の暗い眼窩は高い位置からにらみつけるようなものだが、アメリアはまったく怯まなかった。小さな手で白い衣をきゅっと掴み、引っ張る。できる限り不安げに。
「た、助けてください! むこうの路地の奥に、変な、気持ちの悪い化け物が居て! 私、すごく、すぅごく怖くて……一緒に来てください!」
劇団員顔負けの名演技――とアメリア自身は思っている――で訴えかける内容は、もちろんでたらめだ。
まずはこっそり耳をそばだてていた近くの人々が少しざわつく。あれは昨日の子じゃないか、また不運な目に遭っているのか、といったささやき声も聞こえて来た。
そしてヴィジラもなんとなく戸惑ったような空気を醸した。しかし市民の安全を確保するのが彼らの責務であり、こう助けを求められては振り払う選択肢はない。ヴィジラは手の動きでアメリアに案内するよう促した。
アメリアは持ち上げられた袖を引っ張って、ほとんど走るように歩き出した。目についた道を適当に曲がってとにかく人の少ない方へ行き、やがて人がすれ違うのもやっとな細い路地へと入りこんだ。
灯火の届かない路地の奥は暗さが勝る。二、三歩踏み込んだところでアメリアはちらりと後ろを振り返り、まずは近くに誰も居ないことを確認した。そして急に一人で走って先にある建物の隙間を覗いて、わざとらしく長い悲鳴をあげてから、また猛ダッシュでヴィジラのところへ戻り、怯えた風に胸へ飛び込んだ。
「まだ、まだ居ましたよ! あそこで……ちっちゃいけど牙があって、爪も長くて、『がおー』ってするんですっ! 怖ぁい!」
ヴィジラがアメリアを退かそうと肩に手を置いた。それでアメリアは自分から彼の背後に回り込んだ。縋り付く先を背中に変えて、そのままぴったりとくっついて路地の奥へ進んだ。
隙間を覗きこむ。だが真っ暗闇だ。さっきアメリアが一人で覗いた時もそうだった。
「下です、下の方ですよ……あの、背が高いから、屈まないと見えないかもですよ」
アメリアは誘導をしつつ、自分の手を持ち上げ身構えた。心臓がどきどきして息も荒くなるが、ここは静かに我慢だ。
そしてヴィジラが身を屈めたと同時に、アメリアは行動を起こした。頭の後ろから手を伸ばして仮面を掴み、フードごと勢いよくはぎ取った。
が、アメリアの手が冷たい面に触れた瞬間、ヴィジラが振り向きざまに手刀を抜いた。それは戦闘狂のアビリスタですら対応できるかどうかの素早さであり、一般人の少女にどうにかできるはずもなかった。ぶつかる寸前に力は抜かれたが、惰性の勢いだけでもかなりのもの。アメリアはびっくり顔のまま突き倒され、子犬のような声と共に硬い地面へ背中から転んだ。
すり向けた肘がじくじくと痛む。背中もあざの一つくらいできているかもしれない。それでもアメリアは手に掴んだ物をぎゅっと離さなかった。
仰向けになったまま、手にある物を高く掲げて確認する。路地の入口からさしこむ弱い光を反射して、主をなくした鈍色の仮面が重厚に輝いていた。それを見て、アメリアの目も輝いた。
アメリアは弾かれたように体を起こし、ヴィジラの正体を確認した。それは疑惑を事実へと変える、アメリアの期待していた通りのものだった。
うつむき加減になって両腕を顔の前に出し、必死で顔を隠している青年が居る。しかし脱げたフードの下から現れた青色の長い髪は、隠しきれずに肩に流れて正体の動かぬ証左となっていた。
「やっぱり、ティーザさんだったんですね!」
アメリアが興奮して叫んだ。すると青年、ティーザ=ディヴィジョンは逃げるように背を向けた。頭を抱えたまま建物の隙間に半分体をつっこみ物陰に隠れようとしているが、それには少し狭すぎた。
アメリアは彼の背中に詰め寄ると、目をきらきらとさせてまくし立てる。
「昨日はありがとうございました! あれ、なんだったんですか!? あんなとこ、どうやって走ってたんですか!? ものすごく――」
「アメリア、話はまた今度聞いてやる。だから盗ったものを返してくれ。人に見られたら互いにまずい」
「でも、だって、すごかったですもの! 魔法が使えるって言っても、あんなことまでできるだなんて、私全然思わなかったし、それに――」
「アメリア、わかった、わかったから。不夜祭が終わったらちゃんと話すから……とにかく今は勘弁してくれ……」
あんまり弱り切った声を漏らすものだから、アメリアも少し興奮状態から覚めた。後ろ手に伸ばされた手に仮面を渡す。
「じゃあ、約束ですよ。お祭りが終わったら、お話してくださいね」
返事はうめくような曖昧なものだった。そんなことより仮面を取り返す方が大事なのだ。ほとんどひったくるように取ると、フードも併せて元通りに装着しなおした。
現実問題として、ヴィジラが素顔を晒すとはアメリアが考えているよりもずっと深刻なのである。法からして異能が排他的扱いを受ける中で、異能に関わらず政府によって身分を保証されるヴィジラはある種の特権階級である。堂々と素性を明かして活動すれば、他のアビリスタから嫉妬や嫌悪の対象になって、いらぬトラブルを引き起こす。そんな衝突を未然に防ぐため、ヴィジラには正体の秘匿が義務付けられている。
しかも今朝方に元首からアビリスタへ厳しい活動制限の通告があったばかり。それにも関わらず政府側が掟破りをしたと発覚すれば、市井のアビリスタがここぞとばかりに叩く的になると容易に予想がつく。政府側の目線からしても、昨夜に続きヴィジラの不祥事が重なるのはよからぬこと。
ティーザは髪の毛一本外に出ていないことを確認してから、ようやくアメリアの方をかえりみた。仮面の暗闇の向こうで冷徹な視線がアメリアを見下ろした。
「誰にも言うなよ。絶対に。お前自身のためにも、だ」
「もちろんですよ、私、約束は守ります。あっ……その、マスターにも秘密にした方がいいですよね、やっぱり。当たり前ですよね」
アメリアは遠慮気味に上目づかいでたずねた。するとティーザはわずかに首を傾けた。鉄仮面の下できょとんとしているのが透けて見えた。
「いや? あいつは知っているぞ?」
「は!? え、そんなの、聞いてないです! ほんとですか!?」
「でもなければ、馬鹿みたいに過保護なあいつが、平気な顔してお前を遊びに行かせるものか」
「だけど、昨日だって一言も……そんな素振りも、全然なかったし」
「俺は、てっきりお前は聞いているものだと思っていた。あいつは『うっかり』が意外と多いから。だからこんな馬鹿な真似をしたと思ったんだが……」
はあ、と溜息まじりに言い切る。その後、ティーザはアメリアの頭に軽く手を置いた。
「いいなアメリア。二度とやるなよ。人違いなら殺されるかもしれん」
「……ごめんなさい。でも、ティーザさんを間違えたりしないです」
「絶対はない。俺の方だって次も手加減できるとは限らん。……怪我はどうだ」
「ほんのちょっと擦りむいただけです。平気です」
「ならいいが。突き飛ばして悪かった」
ティーザはアメリアの頭を軽くなでると、そのまま早足で路地を出ていった。アメリアはその背中をぽけっと見送った。
知りたかった事をちゃんと知る事ができた。なのに心にはまだ引っかかりが残っていた。それはマスターの件。
「……マスター、教えてくれてもよかったのに」
いや、秘密厳守なのだから口をつぐむのは当然である、それはわかっている。しかしマスターと自分は家族だ、信頼しあっていて――昔のことは別としても――お互い同じ事を知っていると思っていた。実際にアメリアは日々あった出来事をなんでもマスターに話して来たのだし。
別に秘密にされていたのが腹立たしいわけではない。もし行動を起こさなかったら、アメリアは救命の使に礼を言うことすらできなかった。近しい仲の相手だったのに、次に何食わぬ顔で会う羽目になっていた。そんな寂しいことを平気でさせるなんて、マスターもひどいではないか、そうむかっ腹が立つのだ。
路地の隙間から空を仰ぐ。周りの世界はいつもの月夜よりずっと明るい、天の星をも目立たなくさせている。だけど自分が立つ場所だけが異常に暗い。不意に恐怖を覚えて、アメリアは走って狭い路地から抜け出した。




