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月なき夜の眠らない町(2)

 そうして迎えた不夜祭当日。日没と同時に明かりが灯り始める。通り沿いに並べられた燭台に火がくべられ、たいまつを掲げた鼓笛隊が行き来し、祭りの幕開けを知らせて廻る。


 ノスカリアのシンボルたる時計塔の外壁には数珠つなぎにされた光源石がしだれており、頂点では大きな炎がこうこうと燃やされている。あたかも闇夜の旅人を導く灯台だ。この炎は、三日三晩絶やさずに燃やされ続けるしきたりだ。


 そして時計塔広場は、まばゆい光と無数の人で満たされていた。塔のたもとには広い舞台が設営され、派手な装いの踊り子たちが音楽隊の演奏に乗せ、激しい動きの舞いを披露している。それを見ながら人々は酒をのんだり食に勤しんだり。今日の広場には、普段は見かけない食べ物の屋台も数多い。


 そんな宵の口の広場にアメリアも居た。レインと一緒に出かける約束をしたのは三日目だが、その時まで家でおあずけなんて、とてもやって居られなかった。行くのは広場までで大通りを通る、普段寝る時間より遅くならないうちに帰ってくる、人気(ひとけ)の少ない場所へは行かない、という約束をマスターと交わして、今宵は一人で出かけてきた。本命は三日目の夜明けのパレードだから、初日は軽く見物する程度のつもりで。


 しかし浮つく雑踏にもまれていると、自然と気分が高揚して来る、財布の紐も緩む。そしていつの間にか、手に木の皮で作られたカップが握られていた。これは屋台で買った「セルキ」という食べ物、塩と酢につけられた丸い実の野菜で、ノスカリアでは定番の酒のつまみだ。だから逆に、アメリアの日常ではあまりなじみがない。


 物珍しさと好奇心で食べてみたのだが、予想ほどおいしいと思わなかった。ゴリゴリとした食感と濃い味はともかく、鼻に抜ける発酵臭に苦手意識を抱いた。お酒を飲める大人たちにはこれがおいしいのだろうか、それとも食べ慣れればおいしく思えるのだろうか。アメリアは首を傾げつつ、セルキをつまみ歩いていく。


 前を通りかった屋台に目を向けると、知っている顔が店番をしていた。炎のゆらめきに照らされる赤毛と尖った耳、そしてはつらつとした笑顔。亜人である深緑(しんりょく)の民の女性、ルルーだ。一緒に居る二人の男たちは異能者ギルドの仲間だろう。簡単に作った石のかまどに網を渡して、薪の炎でなにぞの串焼きを調理している。


「ルルーさん」

「おっ、アメリアちゃん! なにさ、一人なの? 一緒にお店やる?」


 ルルーはけらけらと笑い声をあげた。生来とんがっている耳が、いつもよりなおピンと伸びているような。見ているだけのこちらが楽しくなるほどの上機嫌だが、喋るたびに酒臭さを感じる。顔が妙に赤いのは、炎に向かっているせいではなかったらしい。


 ルルーは片方の手で透明の酒が入った長いグラスを傾けつつ、もう一方で後ろの壺に漬けられた串を取り出しては、火の上へ並べている。多少無理な姿勢になっても、決して酒を置こうとしない。


 ところで一体なんの焼き物なのだろうか。近くでよく見ても、アメリアには正体がわからなかった。少なくとも野菜ではない。肉、いや、ふっくらとした感じは魚に近いような。やたら濃い色のソースがたっぷりからめてあって、どうにも実体をつかませない。


「これ、なんなんですか?」

「おっ、食べる? 食べる? そのセルキ一粒と交換はどう?」

「ええ!? それじゃあルルーさんが損しちゃう……」

「いーの、あたしは今それが無性に食べたいのだ――もらいっ!」


 と、ルルーは風のように軽い身動きで、アメリアの手元から一粒のセルキを串で刺して奪い取った。


 明らかに釣り合わないとはアメリアでもわかる。しかし困惑顔とは対照に、ルルー本人はごりごりとかみ砕く音を立てながらとても幸せそうに酒を煽っていた。後ろでは、男たちが慣れたことのように苦笑している。


 気持ちのいい笑顔で息を吐くと、ルルーは眼の前の網の上から、しっかり焦げ目のついた一本を取った。


「ほら、これ食べな! 深緑の民のあたしが焼いたんだ、食べごろ間違いなしだよ!」

「は、はあ。ありがとうございます」


 口にする前に、謎の串焼きをもう一度眼前で観察する。


 片面は皮だ。鱗をそぎ落とした魚のよう。しかし身は、ふっくらしつつも鶏のようにしっかりとしている。


 異質なのは見た目より匂いの方である。焦げだけでなく、もっと直接食欲を刺激するいい香りがするのだが、今までに食べたことが無いもの。たっぷりかけられた照りのあるソースが特別なものなのだろう。


 アメリアはどきどきしながらも、勢いよくかぶりついた。


 甘辛い、というのが一番に来た感想だった。色々な果物に塩気と、舌にびりっと来るスパイスを混ぜて煮詰めたような、形容するならそんな印象だ。これはソースの味である。


 本体は淡白な味であった。そして食感も、見た目通り肉とも魚ともつかない中間的なものだった。ある程度の大きさで脆く崩れるが、その塊自体は歯ごたえがある。皮はかなりしっかりしており、下ごしらえで切れ込みを入れてくれていなかったら食べにくかっただろう。


 ルルーがにんまりと笑った。


「どう? おいしいでしょ」

「はい! でも、なんだかあんまり食べ慣れない味です、不思議」

「そりゃそうよ、あたしら深緑の民秘伝のソースだもの。平原じゃ、まず食べられないよ」


 したり顔で胸を叩く。ルルーの言うには、森の果物や野草、果菜などをごちゃ混ぜにして壺に詰め、葉っぱのたくさんついた木の枝をかぶせてしばらく放置しておくと、特に調理する必要もなく自然にできるものだと。


 アメリアは食べかけの串焼きを見て、感動の息を漏らした。


「すごい。神様がソースを作ってくれるんですかねぇ」

「そんな感じね。あたしらは、精霊様って言うけどねー」


 ふふんと笑うルルーはどこか誇らしげだった。


 甘辛い一串を平らげるのはあっという間だった。けふ、と胃の空気を抜きながら、手についたソースをぺろりと舐めて終わり。異文化の味もなかなかいいものだ。


 それにしても。結局なにを今食べたのか、最後までとうとうわからなかった。


「ルルーさん、おいしかったんですけど、これお肉なんですか? お魚ですか?」

「イルルコルルよ」

「いる……?」 


 おそらく深緑の民の言葉だろうが、どうにも彼女たちの使う名詞はぐんにゃりして覚えにくいし、ぴんと来ない。アメリアは小首を傾げた。


 空舞う疑問符を見かねてか、後ろにいた男の片方が「これだよ」と言って、イルルコルルとやらを手にぶら下げて屋台の前まで持ってきてくれた。


 その瞬間、少女の甲高い悲鳴が喧噪の広場に響きわたった。


「ヘ、ヘビ……! おっきいヘビ!」

「いや、これ、どっちかっていうと足無しトカゲじゃないかい、腹が太いし。ねえ、ルルーの姐さん」

「だからイルルコルルだって。大丈夫よ、毒もないし、顔以外は全然怖くないし」


 と言われても、その顔が怖いのだ。小さな頭に不釣合いのぎょろ目、それと長い牙、大の男が胸の高さで頭を掴んで、尻尾の先は膝の下まで届く長さ、腹回りの太さは男の腕より太く、鱗は汚い色でぬらぬらしている。町の中でもたまに見かけるヘビがかわいく思える、一言で言うなら、モンスターじゃないか。


 一応おいしかったし、なにより貴重な経験だった。でも奇怪な生き物がぶらぶらと揺れているのを見れば見るほど、胃の中がぐるぐるしてくる。


「あ、ありがとうございます。こんなだったんですね、おいしかったです。じゃあ、私、そろそろ行きますね」

「えー、もっとゆっくりしていきなよー」

「だって……遅くなるとマスターに怒られちゃいますし。あっ、セルキは全部あげます。お礼です」

「わ、ありがとう! じゃあもう一本食べてく?」

「いえもうお腹いっぱいで。本当にありがとうございました、じゃあまた! 葉揺亭にもいらしてくださいね」


 アメリアは少し引きつった笑顔で礼を言い、屋台を離れた。屋台の三人は毒のない笑顔で見送ってくれた。



 

 帰ると言ってしまった手前、あまり広場をふらふらしていてルルーたちに再び見つかったらきまりが悪い。そのためアメリアは葉揺亭へ帰る方向へ足を返しつつ、道すがらにある出店を眺めて歩いた。でも、もう食べ物はたくさんだ。


 別に祭りの魅力は食べ物ばかりではない。ここぞとばかりに品物を持ち込み店を開く商人はたくさんいる。交易都市でも普段は見られないような、東西南北の変わった品々が並ぶのが年に一度のこの日だ。


 アメリアの足がまた止まったのは、地面に広げた大きな布一枚の上で木工細工を売っている出店だった。売り手は二十歳そこそこの若い男だ。親しみやすい雰囲気で、手製の品を売るべく遠い山間の村からやってきたと自分のことを教えてくれた。


 なるほど、手作り。アメリアが惹かれたのは並ぶ木工細工の奇抜なデザインであった。たとえば鳥と猪が融合したような空想生物の置物であったり、わざと歪ませた形の大皿であったり。


「あ……これ、いいかも。――おいくらですか?」


 と、アメリアが手に取ったのは一つのマグカップであった。よくあるティーカップより縦に長く深いから、たくさんお茶を飲む人にちょうど良いサイズだ。


 そしてそのデザインは。早い話が、鶏の頭をそのままマグカップにしてある。持ち手はトサカの形で、反対側にくちばしと肉だれが突き出している。側面にはぎょろりとした目が彫られていて、非常に写実的だが、お世辞にもかわいいとは言えない。


 アメリア自身がこのデザインを気に入ったわけではない。マスターへのお土産だ。変わった物が好きな人だから、単純に綺麗な物や食品なんかより気に入ってくれそうだ。それに、四六時中お茶を飲んでいるマスターには、このサイズのマグカップがうってつけじゃないか。普段の倍は入るだろう。


 手製の品が気に入ってもらえたと非常に嬉しそうにしている青年へ代金を払い、アメリアはいかつい鶏の頭を抱いて、意気揚々と葉揺亭への帰路へついた。


 今日は無数の街灯に照らされて夜道が明るい、歩いていて不安はなかった。加えて松明を持った治安隊も、普段より盛んに巡回しているから頼もしいことこの上ない。


 大通りを離れて住宅街に入り込み、いつもの十字路までやって来た。あの角を右へ曲がれば自分の家だ。


 だがそこで、ふと前方の風景に違和感を覚えた。


 西の方角。これだけ町が光に溢れているのに、少し先には真っ暗な一帯がある。葉揺亭から西にあるのは、そうだ、スラム街だ。


 アメリアは光の中に浮かぶ闇を見つめなんとも言えない気持ちを抱きながら、しかし、ぶいと目を背けて、小走りで自分の家へと向かった。


 葉揺亭にも不夜祭らしく明かりが灯され、カーテンの隙間から光が漏れていた。そして蔦の葉扉の向こうには、昼間と変わらない明るい空間が待っていた。壁の光源石のランプもいつもより強い光で灯され、いつの間に用意したのか、テーブルとカウンターにはコップ型のキャンドルホルダーが置かれていた。


 そして、店主の声がふんわりと通った。


「おかえりアメリア。外は楽しかったかい?」

「はい! マスター、ちゃんと明るくして待っててくれたんですね」

「あたり前だよ。不夜祭なんだろう? 光があってこそだ」


 マスターは穏やかな笑い声をあげた。椅子に座って、右手に紅茶のカップ、左手に分厚く古びた書物、すっかりおなじみの体勢でくつろいでいる。カウンターに近寄れば、切ったばかりレモンの爽やかな匂いが漂っていた。


「あ、そうだ。マスター、これお土産です!」


 とん、と例の鶏マグカップを台上に置く。


 店主は木彫りの目と同じぐらいに自分の目をを丸くし、けったいな代物をしげしげと眺める。そして、ふふっと吹き出した。


「こりゃ奇天烈な。どこかの伝統品か? いやあ、しかし、よく見つけたなあ」

「未来の大芸術家さんらしいですよ」

「なるほど、鬼才あらわる、って所かな。ありがとう、喜んで使わせてもらおうじゃないか」


 新しいおもちゃをもらった子供のように目を輝かせ、マグカップを手でいじり回す。口も底も、彫の線の一本までくまなく見て、最後は満足そうにそっと自席の手元へ置いた。木の鶏も心なしか嬉しそうだった。


「アメリア、今日はもう休みなさい。どうせ明日も明後日も行くんだろう? はしゃいでばかりじゃ、身が持たないぞ」

「はい、もちろんですよ! ……マスターは?」

「僕は灯りの番をしておくよ。だから、君は安心して寝なさい」


 そう言って店主はしずしずと茶を喫す。


 アメリアは小首を傾げた。キャンドルホルダーのそれは別だが、葉揺亭のメインの灯りは光源石によるもので、目を離しても火事になることはないし、魔力切れでもしない限り途中で絶えることもない。基本的に寝ずの番など不要だ。


 おかしいなと考えた末にいたった結論は、マスターだってなんだかんだ祭りに乗りたいのだ、という推測である。昨日まで熱心にやっていた怪しい作業も、今日はまったく持ち出すそぶりがないし。


 ふふっとアメリアは笑んだ。


「マスター、素直じゃないですね」

「今更そんなことを言うのかい?」

「いいえ、知ってましたけど。ちょっと意地悪なの」

「……ほらほら、くだらないこと言ってないで休みなさい。祭りの本番はまだ明後日なんだろう」

「はーい。じゃあ、マスター。おやすみなさあい!」


 そう言ってアメリアは奥へと下がり、自室への階段を登った。マスターの言う通り、まだ不夜祭は始まったばかりなのだ。最初から全力ではしゃいでいては体が持たない。


 ただ、気になるのは。


「……そう言うマスターはいつ寝るのかしら」


 昼は店の番をして、夜は灯りの番をする。不夜祭は三日も続くのに。それこそ身が持たなさそうだが。階段を上った所で腕を組み、うむむと唸る。


「だけど、マスターがいいって言うなら、いいんですよね」


 アメリアはこくこくと頷いた。そして三つ編みを留めるリボンを解きながら、ぐっと伸びをして自室へと飛び込んだのだった。


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