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絆の生まれる場所(3)

 今度の訪問者もこれまた馴染みの顔。マスターは中折れ帽を被った少年と、柔らかい物腰であいさつを交わす。


「こんにちは」

「やあ、アーフェン君。ちょうどいいところにきてくれた」

「え?」

「ああ、なんでもない。気にしないでくれ」


 つい本音を口に出した店主は、慌てて両手を振った。


 アーフェンは不思議そうに首を傾げて、それから初対面であるレインに軽く会釈をしてから、彼女の左隣の席へ腰を下ろした。ちょうど店主の目の前であり、かつ彼の定位置でもある。


「今日は何にする? また僕任せでいいかい?」

「ええ、おまかせで」

「じゃあ、今日は少し変わりどころにしようかな」


 そう言って、台に備え付けられた引き出しを開いた。ここには使う頻度が少ない茶葉が納められている。取り出したのは小ぶりの四角い紅茶缶だった。赤と黄の毒々しさすら感じさせる鮮やかな塗装が施された外観は、どことなく異文化を感じさせるものだ。


 マスターが茶を淹れ始めると、アーフェンはおもむろに視線を上へ動かした。そして食器棚の天辺で止まる。


「アメリアさん、あの人形はどうしたのですか? お二人にそっくりで素敵ですね」

「でしょう? レインさんが作ってくれたんですよ。あっ、はじめましてですよね。お隣の人がレインさんです」

「えっ、あなたが!」

「あはは……どうも」


 苦笑するレインを真正面から見ながら、アーフェンは信じられないと目を見開いている。


「すばらしい細工なので、てっきり熟年の職人が作ったものと思っていました。それがこんなに若い人だなんて。驚きました、本当に。世界にも通用する天才なのでは」

「いやいや誉め過ぎだよ。でも、ありがとうございます。えーっと……誰さんでしたっけ」

「ああ、申し遅れました。私はアーフェン=グラスランドと申します。葉揺亭にはよく来ますので、お見知りおきを」

「よ、よろしくお願いします。……あの、失礼ですが、どこか名の知れた家の方でしょうか」

「えっ」


 アーフェンが明らかに表情を濁らせた。だからレインは間髪入れずに謝罪に走った。


「気を悪くさせてごめんなさい。仕草とか、わざわざファミリーネームを名乗るとことか、いい家柄の人っぽかったので。すると、もしかしたら仕事の方で付き合いがあるかもしれないから」

「レインさん、アーフェンさんは異能者ギルドの人なんですよ」

「ギルドの? じゃあ、アビリスタなんだ。そっかー」

「『銀の灯燭』というところです。私は最近加わったばかりですが」

「ふーん。あっ、私は偏見とかないから気にしないで」


 レインは曖昧な笑みを浮かべてから、髪の毛を指でくるくるといじった。彼女自身もアビリスタだが、それは公表していない。察されるのはともかく、積極的に言いふらしたいとも思わないから、これ以上この話で膨らませたくはなかった。


 しかし、アーフェンという少年は空気を読むのがどうにも下手であった。レインの言葉には「そうですか」と安心したように笑って、それから爽やかな風を吹かせて言葉を続けた。彼なりに相手を立てようとした言葉を。


「仕事の方で付き合いがあるかもしれないという見立ては、あながち間違っていないかもしれませんね。これからそうなるかもしれません」

「どういうこと?」

「人形には古今東西、奇妙な話がつきものです。死んだ娘の霊が人形に宿り母のもとへ帰って来た、子供がおもちゃの人形を落としたら人形が悲鳴をあげた、そういった様々な話があらゆる書物に記されているのですよ。今の世でそのような正体不明の事件が起こったら、対処するのは我々アビリスタなのです。私たちがここで出会ったのも、何かの縁なのでしょう」

「……へぇー」


 レインの相槌は非常に冷たい。カップを掴んだ指がかすかに震えているし、逸らした目は笑っていない。自分の作った人形に命が宿って――その類の話はレインにとって地雷だ。それはアーフェン以外の三人ともが知っている。だから葉揺亭の空気自体が変になっているのだが、得意気に語る少年は察せない。


「だから、もし、仮にですが、あなたが製作した人形に――」

「アーフェン君、お話し中で悪いけど、どのカップがいいか選んでくれないかな」

「カップをですか?」

「そう。君はもう何度も来ているわけだから、棚を見て気になっている物があるんじゃないかと思ってさ。ああ、一番上の緑色のやつだけは出せない、あれはとあるお客の私品だからね。それ以外ならどれでもいい」


 マスターは自然体に言った。だが、紅茶も蒸らし終わりのこのタイミングで客にカップを選ばせるなど、葉揺亭では前例の無いことであった。ティーセットを客に合わせて用意するのもマスターの仕事であるし、もし客に選ばせるならティーポットも揃えてだ。


 アーフェンは特に疑問を抱いていない。では、と食器棚に目をやる。口元に手をやり、上から下までじっくり眺めて考える。


 その隙にマスターはレインとアメリアへ、流し目でウインクを送った。それで少女たちは胸をなで下ろしたのであった。


「ではマスター、上から二段目にある、赤い柄のカップでお願いします」

「ほう、なかなかお目が高い。あの緻密な絵付けは、それこそ熟年の職人の業さ」


 マスターは置きっぱなしになっていた椅子に乗り、アーフェンが悩んだ末に選んだカップを取って、さっそく湯に通して温めた。その間、アーフェンは黙って興味深げにマスターの手つきを眺めていた。目論見はうまくいったわけである。


 マスターは白いポットに、アーフェンが選んだ緻密なアラベスク柄のカップを合わせ、カウンターごしに提供した。受け取った少年は取りも直さずカップへ注ぐ。


 赤みがかった色合いはごく普通の紅茶のそれ。だが、ぷんと立ちのぼる香りは独特なものだった。


「これは、木の香りのような……いえ、煙臭い……?」

「なかなかの嗅覚だ。東の一部地域の製法でね、ある種の木の葉を燃やした煙でいぶして乾燥させるんだ。それで匂いが茶葉に付く」

「このようなものは初めてです」

「こっちの方にはほとんど出回っていないからね。土地の名からとった『セイジュス』って名前の希少品種として、たまに行商が持ってくるくらいだ」


 でも、と、マスターはからからと笑い、横の少女たちに目をやった。強い香りは隣の席へも漂っている。意図せず嗅いだ彼女たちは、揃って顔をしかめていた。


「希少である理由には、癖が強すぎて広く好まれないという側面もある。現にお二人はずいぶん気にいらないようだ」

「だって、薬っぽい臭いなんだもん」

「鼻の奥につんと来ました……」

「ハハハ。まあ、それがよくある意見さ」


 アーフェンは対照的にカップを顔に近づけて、稀有な紅茶の香りを吟味していた。別に無理をしているわけではない、素直な好奇心である。


 鼻で香りを味わった後は、いよいよ舌で。アーフェンはそっとカップに口をつける。静かに蒸気の立つ茶を、口の中で転がして大事に賞味する。


「あ。味は思ったより丸いですね。匂いで驚かされますけど、普通においしいですよ、これは」

「だろう? 香りがきついと思うなら、ミルクを加えるのも悪くない。ほどよい感じにとげが取れるんだ」

「なるほど。少しもらってもいいですか」


 言い切るが早いか、マスターはさっとミルクピッチャーを取り出して渡した。魔法のような早業だが、なんてことはなく、最初から傍に用意しておいただけである。葉揺亭に置いてある茶はすべて自身が飲んだ経験がある、どうすると一番おいしいのかは把握している。そして最も良い状態に整え客へ提供することこそ、店主たるものの務めだ。


 アメリアがマスターの前に置いてあったセイジュスの缶へ手を伸ばした。蓋をあけずに、しげしげと缶を眺める。異文化情緒が漂うデザインのこの缶は、今日初めて見る。『陸の船』に置いてあるのも見たことが無い。セイジュスという名も通常のメニューに載ってない。そういったものも、葉揺亭にはよくあるのだが。


「マスターは変わった物をたくさん持ってますよね。一体、どこで探してくるんですか」

「探してっていうか……人を伝って、手繰るようにといったところだろうか」

「たぐる?」

「縁の糸を。僕は基本的にここから動けないからね。人からもらったり、頼み込んで届けてもらったり。そりゃあ、たまには自分で動きもするけど、それは本当に必要な時だけ。たくさんの人の縁を頼りにすれば、ここに座っているだけでも、意外と遠くまで見えるし聞こえるんだよ」


 歌うようにのびやかに語ってから、ふっとマスターは笑った。そして三人の少年少女の顔を交互に見る。ほほえんではいるがまなざしは真剣で、見られた方は背筋を改めさせられた。


 それから、丁寧に言葉が紡がれる。


「よく覚えておきなさい、すべての物は繋がっている、と。ささいなことが、いつどんな形で自分に帰って来るかわからないものさ。だから、君たちも人の縁は大切にしなさい。小さなものでも構わないから。この先の未来、それに助けられる時が来る。必ずね」


 葉揺亭が静けさに包まれ、神妙な空気が立ち込める。いや、店主が説教くさい物言いをするのはいつものことなのだが、今日はどこかいつもと雰囲気が違った。


 最初に口を開いたのはレインであった。遠慮気味に、しかし直球に尋ねる。


「マスター……死ぬの?」

「は!?」

「だってさ、辞世の句みたいだったもん。『死ぬ前に若い者にこれだけは言っておくぞ!』みたいにさ」

「そう、そうですよ!」


 とアメリアも台に手をついて、マスターに向かって食らいついた。レインが来てアーフェンが来てで半分忘れかけていた不安が、完全に蘇って来た。


「さっきも変なこと言ってましたし! もう時間がないって。マスター、本当は、とっても悪い病気なんじゃないですか?」

「ええっ、まさか、そんな! そうだ、私のギルドの伝手で異能の治癒師を探してみますよ」


 深刻な顔をして店主を眺める若人たち、一方のマスターは、目をまん丸にして呆けていた。


「なんで僕が? まさか。僕が病気だなんて、誰が言った」

「そうやって嘘で私たちを心配させないように――」

「してない。僕は嘘をつかない。僕は死なないよ」


 そこまで言って、いや、と言葉をわずかに修正する。


「いや、いつかは死ぬ。うん、いつかはちゃんと死にたいものだ。でも、それは今すぐの話じゃない。僕にはまだまだ、やりたいことも、やらなくちゃいけないことも、色々とあるからね」

「色々って?」

「そうだな、たとえば……君たちみたいな若い子の幸せな未来を見守ること」


 聞き手は胡乱な顔をしているが、マスターは興が乗ったように笑った。


「僕が『葉揺亭』と名付けた理由を話したことはあったっけ」

「いいえ」

「玄関の蔦の葉が関係あるのかなーって思ってたけど」

「その通り。蔦がどのように生長するかは知っているだろう?」


 さすがに知っている、と三人共が思った。蔦はつるを四方八方へ伸ばして葉を茂らせる。長く広く複雑に、時には美的に、時には厄介者になりながら、様々な物を覆いつつ繁栄する。


「僕はね、人の縁、人の絆も蔦みたいなものだと思うんだ。延々と長く繋がり、自分でもわからないほど遠くまで広がっていく。僕はこの喫茶店が人の絆の育まれる場所であって欲しいと願って、象徴に蔦の葉を据えた。そして玄関の扉に刻んだ。もしあれが本物の蔦であると想像して、蔦の葉が茂った玄関扉を開いたらどうなる?」

「葉が揺れる、ということですか」

「そうだ。この店に入るには、誰もが同じように葉を揺らすこととなる。だから『葉揺亭』と名付けたのさ」


 マスターはぴっと人差し指を立て、きちっと締めて見せた。若者たちは初めて教えてもらった店の名の由来に感心している。ただ、レインは同時に思うところを指摘した。


「だったら本物の蔦をはわせればよかったのに。その方が様になるよ」

「そうすると手入れが大変じゃないか。頻繁に外にでなきゃいけないってのはごめんだね」

「玄関先じゃん!」

「外は外だ、同じだよ」


 腕を組んで言い張るマスターと、釈然としない様子でつっかかるレインと。既視感のある光景が流れる。


 その中でアメリアが急に破顔した。


「どうしたんですか、アメリアさん」

「いえ。なんだかいつものマスターだなって。心配して損しちゃった。よかったです」

「そうですね。私も安心しました。これからもマスターはご健在で、葉揺亭はあり続けて、だから、その、アメリアさんにも会えるという事なので」

「うふふ、そうですね。大事な縁です」


 アメリアは食器棚の上を見つめた。小さなマスターに寄り添って、小さな自分が居る。まるで葉揺亭の神様のようにこちらを見下ろして。


 数年前に葉揺亭のマスターに拾われて、今のアメリアがここに居る。確かにかけがえのない絆がこの場で生まれたのだ。それから葉揺亭で出会う人たちとの縁は、今でも脈々と広がりを見せている。相手がどんな人であるかなんて関係なく、色々な肩書きの、幅広い年齢の、多様な気質の知り合いが、今ではたくさんいるのだ。


 ――私の絆のつるは、どれくらい遠くまで続くのかしら。


 ノスカリアを覆い尽くして、それでも足りないとノスカリアの外まで届くのだろうか。海の向こうにある、突拍子もない匂いの紅茶の産地まで連なるのだろうか。想像すると楽しくなる。


 だからアメリアは願った。神様どうか葉揺亭が永遠にあるよう、優しく見守っていてください、と。

葉揺亭 本日のメニュー

「セイジュス」

東方大陸で生産されている紅茶の一種。生産流通量は少なく高価なため、もっぱら金持ちの高級嗜好品として取引される。

葉を乾燥させる際にとある樹木の葉を燃やした煙でいぶすことで、独特の芳香が茶葉に染み込む。これは薬くさいとも取れるやや強烈な一癖ある香り。

ただし味の方はそこまでキワモノではなく、かすかな甘味すら感じるまろやかな茶。

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