絆の生まれる場所(2)
気を取り直して。レインは赤みの残る顔で咳払いをした。
「えっと、今日の本題に行かせてよね」
「本題?」
「そう。今日は、二人に贈り物がありまーす!」
レインはにこやかに宣言した。そして膝に乗せたバスケットの布を払い取って、中を二人に見せた。
バスケットの中には、小さなマスターとアメリアが居た。仲良く肩を寄せて手を取り合い、お行儀よくクッションの上に座っている。デフォルメを効かせているが特徴はよく捉えてあるし、顔つきから衣装も含め丁寧に作り込んでいる。アメリアのきらきらとした愛嬌は何倍にも増幅されているし、マスターの瀟洒な雰囲気は小さくなっても変わらない。
アメリアの黄色い歓声を聞きながら、レインは優しい手つきで人形を取り出し、それぞれを本人たちへ手渡した。それからカウンターに肘をかけ、得意げに笑った。
「いつも色々と助けてもらっちゃってるから、そのお礼だよ。大事にしてね」
「すごい、すごい! 最近ずっと忙しいって言ってたのは、これ作ってくれてたんですか!?」
「うん。なるべく他のことに影響でないようにって思ってたんだけど、やっぱり気持ちが入っちゃって。あっ、夜中に動き回ったりはしないから安心してね」
「これなら動き回ってもいいですよう。本物の私よりかわいいですもの」
「そんなことないよ。アメリアはお人形さんみたいにかわいらしいんだから、私はそのまま縮めただけ」
「ああ嬉しい……どうしましょう、マスター。一緒に飾っておきますか? それとも、汚れないようにしまっておきますか? ねえマスター?」
人形を自分の赤子のように愛おしげに抱きかかえながら、人形の宝石の目と同じだけ目を輝かせてアメリアは隣にいるマスターを仰ぎ見た。
そしてそのまま、少女は面食らって固まった。
マスターは両手で持った己の分身を見つめている。わずかに端の持ち上がった唇は喜びを示しているが、単語では表しきれない感慨をも含んでいた。そして細められた目はいつになく潤んでおり、やがて溜まった雫が瞬きと共に一滴こぼれた。
つうと頬を伝ったもの、マスター自信もその時初めて気づいた風にはっと眉を持ち上げた。そしてさりげなく袖で涙を拭った。
「……ありがとう、レイン」
いつものようににっと笑いながら、店主は軽く頭を下げた。レインも思いがけない反応に呆気に取られていたが、慌てて首を振ってすました笑みを浮かべた。
「あのう、マスター……」
「ああアメリア、置き場所のことだったね」
きゅっと人形を抱いて不安そうにしているアメリアへ、マスターは何事もなかったかのように向き直った。
「見えるところの方がいいだろう。こんな力作なんだ、僕たちだけの物にしておいてはもったいないし、とりあえずは――食器棚の上かな。あの位置なら、うっかり落としたり汚したりしないから」
気持ちよさそうに喋りながら、マスターは椅子を食器棚の前へ引っ張っていく。ほとんど天井までの高さがある棚だが、二つの人形を並んで置いておけるだけの隙間はあった。天板の縁に足を引っ掛けて腰かけさせてやれば、座りよく安定する。小さな二人は身を寄せ合うように並び、天から葉揺亭を見守る存在となった。
誰ともなく、いいね、という言葉が漏れた。
「――うん。ああやって、ずっと仲良くしててよね」
「あたり前ですよう! ね、マスター」
「ああ。本当に。ずっと、永久にって、心からそう思うよ」
店主は願い、目を細めた。
今日は僕からのおごりだ。そんな店主の提案を、レインははじめ「それじゃ私からのお礼にならないじゃん!」と固辞したが、結局甘んじて受けた。マスターが一歩も譲らず、あげく勝手にお茶の準備を始めてしまったから。
レインのお気に入りの紅茶は、メニュー上ではカカオ・ブレンドと銘されている。名前の通り、カカオという植物の種を粉末にし、茶葉に混ぜ込んで抽出するのだ。今日はその手運びに一際想いがこめられていた。なお先ほど取り出していた薬の材料は、まとめて別の引き出しへ一時退避させられていた。万が一が起きないように処置する、そこも店主の采配が光るところである。
マスターが仕事に打ち込む間、少女たちはおしゃべりに興じていた。この時期の話題は、もちろん不夜祭のことに決まっている。
「レインさんは不夜祭はどうするんですか? あのおっきい舞台で劇をやるんですか?」
「なーんにもやらないよ。だって、見て回る方が絶対楽しいもの」
「やっぱりそうですよねえ」
「そうだ、今年は一緒にお祭りに行かない? ほら、三日目のパレード!」
「わあ、行きましょう! 私、パレード見たことないんです」
不夜祭のクライマックスにあたる三日目の深夜には、神や英雄や精霊や偉人やを模した長大な隊列が、まばゆい光の松明を持ち東西南北と大通りを練り歩く。町中の闇を払ったあと時計塔広場に戻り、そこで日の出を迎えて祭りが終わる。すなわちこのパレードこそが、不夜祭で最も重要な催しなのだ。
ちら、と二人の少女は揃ってマスターを見た。祭事で明るく人も多いとはいえ真夜中の外出、しかも年端もいかない女の子二人っきりで。親代わりの彼が首を縦に振るかどうか。
マスターは顔をあげた。タイミングよく、ちょうど紅茶が仕上がったところであった。そして、彼の表情は柔らかかった。
「わかった、楽しんでおいで」
「いいんですか!? 本当に!?」
「でも気をつけてね、お祭りとは言え夜なんだからさ、普段の君が知る町と全然違う危険も潜んでいるだろう。必ず二人で一緒に居るように。――はい、レイン」
マスターが優しい手つきでポットを差し出した。にこにこと上機嫌である。
レインはティーセットを受け取った。ポットを手で包むように触れ、その熱を楽しむ。それからそっとカップに注げば、甘やかな紅茶の香りと共に芳醇なカカオの香りが立ちのぼった。心なしか、いつもより強く香る気がした。
熱々の紅茶へ息を吹きかけて、静かに一口。はあ、とレインは夢を見たかのように顔をとろけさせた。
「やっぱりマスターのが一番おいしい。なんでかなあ、やっぱり茶葉が普通に買えるのと違うの?」
「いや、茶葉自体は普通に君でも買える物だよ。それは『陸の船』で扱っている『カメラナ』に――」
「あああァーッ!」
アメリアの声がひっくり返った絶叫が葉揺亭に響いた。レインの持つカップが派手に波立ち、一際勢いよく跳ね上がった雫がカウンターにこぼれ落ちた。
マスターがクロスを持ってレインのもとへ回り込む。あわあわとしている店員へは、呆れと険しさが混じった言葉を渡す。
「アメリア、人前で大声で叫ぶんじゃない。一体どうしたんだ」
「大変なんですよ! 『カメラナ』の農園が洪水になっちゃって、しばらく手に入らないかもって『陸の船』の店主さんが言ってました。ごめんなさい、帰ったら一番に言わなきゃって思ってたのに……」
忘れていた。一回投げたから、すっかり頭の中から消していた。ごめんなさい、と二度も三度も縮めた肩の心の中で謝った。
聞かされたマスターは眉間に皺を寄せていた。レインの卓をさっと拭いて、自分の定位置へ戻りつつさらに考えこむ。
カメラナという茶葉は微かな甘さを持つ個性的なもの、特にブレンドには汎用性も高く重宝するのだが、その特徴ゆえに他の茶葉では代えが効かない。例えば最も一般的な味のシネンスに砂糖で甘みを足すとか、そういった単純なものではないのだ。そこがマスターの気に入っている部分でもあった。
作業台にある筒状の紅茶缶を開いてカメラナの残量を確かめると、マスターの眉間にはますます深い皺が寄った。缶の蓋を閉める音と、苦い吐息の音が重なった。
「だめですか」
「全然だめだ。あいにく予備は持っていないし。たまに使う葉ならともかく、カメラナはなあ……洪水だと復活まで年単位になるかもしれないからなあ……」
「他の場所にはないんですか?」
「同じ種類の木でも、育つ場所が違うと味が変わるからね。近いのは東方大陸のものだけど、こっちまで流通させてくれるかどうか」
はあ、とマスターは肩を落とし着席する。こめかみに手をやり解決策を思案する。
それを邪魔するように、かちゃりとカップをソーサーに置く音が響いた。レインが空のカップへポットから紅茶を注ぎつつ、それとなく提案する。
「ラスバーナのお店もあちこちのお茶を扱ってたりするんだよ。流通網も世界一、って感じだし」
「そうか、その手はありだな。商会が直接買い付けに行けなくても、現地の同業との繋がりでどうにかなるかもしれない。……ジェニーが来た時に相談だな」
マスターがふっとアメリアを見た。アメリアはよくわからないまま、しかし求められている気がして首を縦に振って見せた。
一方で事情を知らないレインは首を横に傾げた。
「誰の話してるの?」
「ジェニーさんは商会のお偉いさんなんです。会長の秘書さんです」
「へえぇー……そんな人も来てるんだ。意外とすごい人脈があるんだね」
素直な感心。それと同時に、素直な疑問も生じる。レインはカップ片手に頬杖をついた。
「それならさ、待ってないでこっちから行って来たら? 一大事なんでしょ?」
「ちょっと出かける事の方が、僕にとってはより大ごとだよ。アメリアに任せるには話が複雑になるし」
「えーと、外に出たら死ぬ病気だっけ」
「そんなところさ」
すまし顔で肩をすくめるマスターに、レインが冷めた目を向けた。
「マスターの嘘つき。この前外へ出てたじゃない。私の家に来た時」
「あれは夜だったから。僕がだめなのは、外の光にあたることだ」
「夜でも月光があるでしょ。それに、同じ格好で昼間も出かけたことあるってアメリアに聞いたけど」
「えぇ……喋ったの?」
マスターは戸惑い顔でアメリアを見た。彼女は完全にレインの味方だ、背中のおさげが暴れるほどに首を縦に振って肯定する。
「あんなフードじゃ顔の部分は丸見え、本当は意外と平気なんじゃないの」
「そりゃー……うん、ちょっとくらいなら平気だよ」
「じゃあ、ちょっと行って来たら? 外なのは移動の間だけでしょ」
「いや……あー、ラスバーナの事務所まで行くのは、ちょっと遠いし、わけが違って、そうだな――」
マスターが所在無げに手を組みながら、虚空に向かって目を逸らしている。うまい言い訳を探しているのは明らかだ。レインの刺すような視線にあてられながら黒い目がぐるりぐるりと泳ぎ回っている、アメリアはそれを見て、こっそりと笑っていた。こうも狼狽える店主は珍しい。いつもはこちらがうろたえさせられる側だから、余計にレインを応援したくなる。
その時、三度葉揺亭の玄関が開いた。これぞ好機とばかりに、マスターはレインの視線上から身を逸らす。助かった、というのが顔にありありと浮かんでいた。




