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閑かな日の話(1)

 この日は朝から雨がしとしとと降っていた。こんな天気だと人は最低限の外出しかしない、ゆえに繁華街から遠い葉揺亭では客入りがまったく見込めない。


 その事を逆に好機とし、葉揺亭では所有している物品の一斉点検が行われていた。茶の材料を主に、普段引き出しや戸棚にしまい込まれている物をすべて出して、在庫量や状態の確認、不要物の処分などを実施する。本腰を入れてやると作業台の上を埋め尽くしてしまい呈茶に支障が出るため、今日みたいな客が来ない日が好都合なのだ。


「マスター、この黒っぽい粉はなんですか」

「海藻の粉末。どうにも使いこなせないんだよね。お茶にするより、料理に入れてしまった方がいいかもしれない」

「ふうん。じゃあ、こっちの茶色っぽいのは?」

「東の大陸でガノって呼ばれる茸の仲間だよ。向こうでは万病に効く薬だって言われている。けど、かなり苦いし、なかなか使う場面はないんだよね」


 マスターはアメリアの手にした瓶を見て肩をすくめた。順々に見ているのは、埃をかぶっている瓶や、手垢のついていない缶、黄ばんだ紙の包みなど、普段滅多に出てこない品々。取り揃えて店に置いてあるが、大半は持て余しているのが実情だ。一方で貴重な物も多く、あっさり捨てるには気後れする。確認をして傷んだり虫が湧いたりしていなければ、とりあえず残しておくようにしていた。いつの日か使う時が来るかもしれない、と。結局のところ今も昔もそうだから、たまの大掃除が必要な程に物が溜まってしまうのだが。


 ともあれ、点検を終えた物から引き出しに戻していく。今マスターに正体を聞いた二種の瓶を片し、アメリアは次に錫色の布を縫い合わせた巾着袋へ興味を示した。重量感があって、握ると小石をこすりあわせたような音がする。


 絞られた口を開いてみると、茶色の種子らしき粒が詰め込まれていた。数粒を手のひらに出してよく眺める。これによく似たものを知っている、そうだ、料理に使う胡椒の実だ。


 香辛料も茶のアクセントに使えるし、そうでなくとも料理に役立つ。使い道があるのだ、しまい込んでおくのはもったいないではないか。アメリアがそう口をとがらせかけると、先にマスターがちらりと一瞥くれたと同時に苦み走った声を上げた。


「あー、それか……。どうしよう、ルルーに全部あげちゃおうかな」

「なんでルルーさんなんですか?」


 ルルーとは、某異能者ギルドに所属する亜人の娘で、時折葉揺亭にやってくる馴染みの客の一人である。男性顔負けの勝気な性格で、料理をするとか茶を創作するとかいった事とは無縁そうだ。そんな彼女をわざわざ指名したのには、相応に理由があるはずである。


 マスターはふっと口角をあげた。


「この実はね、彼女たち深緑の民が辛味の素として料理によく使うんだ。『ザンシュザクシュ』って呼んでいるね」

「普通の胡椒とは違うんですか?」

「仲間ではあるけど、だいぶ風味は違う。栽培はされていないしね。もとは樹林の奥地に自生するもので、その辺りは深緑の民の縄張りになっているわけだから、ノスカリアでも入手困難な代物だ。だから深緑の民くらいしか使わないだろうってわけさ」

「へえぇ。地味だけど、そんなに貴重品なんですね」

「でも、僕も絶対に使わないからなあ」

「じゃあ私が欲しいです。試しにお料理に使ってみます」

「別にいいけど、かなり癖が強いよ?」


 そう言ってマスターはニヤリと笑みながらまな板を引き出し、ザンシュザクシュを一粒その上に転がして、スプーンの背で押しつぶした。粉々になった破片は、やはり挽いた胡椒に似ている。これを味見してみるよう、アメリアは指示された。


 辛いとはもうわかっているから、そのまま舐めるのには抵抗がある。しかもあのマスターをして癖が強いなんて言わせるものだから相当なのだろう。正直嫌だ。しかしまあ、食べてみない事には実際の味はわからない。勇気を出して、つまんだ粒を舌に乗せてみる。


 瞬間、舌上で刺激が爆発した。神経に障るその辛さは、普通に使う胡椒の質とはまるで違う。あれは例えば火が燃える熱さに近しい辛味の感覚だが、このザンシュザクシュとやらは、びりびりと痺れるような刺激を与えて来る。ちょっと他に類を見ない感じだ。


 自然と涙が溢れて来た。マスターが黙って差しだしてきた水を、奪い取るようにして飲み下した。丹念に舌を洗濯しながらだ。


「ね?」

「……駄目です、これ。まだ痺れてますもの。やだぁ」

「僕もあまり好きじゃないんだ。感覚がおかしくなる」

「こんなの、ほんとに食べ物に使うんですか」

「上手に使えばおいしいらしいけどねえ……人間と亜人では感覚も違うしさ。うん、よし、やっぱりルルーにあげてしまおう。あの娘が料理をするかは別だけどね。というわけで、どこか目につきやすいところに置いといてくれ」


 元の引き出しに片してしまえば、また存在を忘れて死蔵品になりかねない。アメリアはちょっと考えて、店の売上金を入れる所に並べて置いた。ここならお客が来るたびに目にするから、渡しそびれる事もないだろう。


 こんな具合に、要るのか要らないのかわからない物が山ほど出てくる。ザンシュザクシュのように、これは植物の実だ胡椒の仲間だなどと、目で見ておおよその正体と用途が想像できる物はまだいい方。一体正体が何なのか、なんのために喫茶店に置いてあるのか、皆目見当がつかない物品も多い。いちいちマスターに確認して、ついでに余談をして、そんな風だから作業台もなかなか片付かないでいた。


 アメリアは次に、くしゃくしゃに包まれた紙の塊をほどいた。すると中から現れたのは綺麗な結晶体であった。粗削りでごつごつしているが、透明感が強く、自ら光り輝いているようにすら見える。また所々が鮮やかな青色に染まっているのが目を見張るほどに美しい。


 はああっ、と感嘆の息が漏れる。これは宝石の一種だろう。すると、当然気になるのは。


「ちょっとマスター。なんで宝石がこんな所に雑にしまわれているんですか。もっと大事にしてくださいよ」

「宝石? どこに? そんな物あったっけ」

「ほら、これですよ」

「ああ! それ、塩だよ、塩」

「塩!? 塩が青いんですか!?」

「場合によっては」


 マスターは片目を瞑ってみせてから、楽しそうに語りだす。


 高山にて採掘される岩塩には色が付くものがある。茶色だったり桃色だったり、産地によってはこのように綺麗な青色になる。色付きとはいえ塩は塩、水に触れたら溶けてしまうから、いくら綺麗でも、宝石と同様に扱うのは到底無理だ。たまに取り出してほれぼれと眺めて楽しむか、アメリアみたいな純粋な者に高価な宝石だと夢を見させるくらいが関の山。


「満足したら綺麗に包んでおいてね。湿気に弱いからさ」

「あ……はい。ちょうど雨が降ってますしね」


 はあ、と溜息ひとつ。宝石ではなかった、少し残念だ。そもそもなぜ塩の塊があるのかという疑問もある。まさかお茶に入れるわけでもあるまいし。眺めるだけと言い張るなら、蒐集箱に入れて自分の部屋に飾っておけばいいものを。


 だが、その疑問を口はしない。予想がついて、あえて聞く事でもない。マスターは常々、葉揺亭の営業そのものが趣味だとうそぶいている。だから岩塩が茶の材料に混ざって置かれているのも大して意味はなく、単純に個人の持ち物と店の財産を分けていないだけ。


 持ち主に言われた通り、岩塩は元通りに包んで元通りにしまっておく。包み方に関しては、元通りどころか元よりずっときれいな包み方だったが。


 さて、次は。岩塩と似たような、くしゃくしゃの紙包みがもう一つある。しまってあった場所も同じだ。だったら、これも同じように綺麗で珍しい物が出てくるに違いない。心が無意識に高鳴った。


 が、秘められていた物を開いたとき、少女の口から湧き起ったのは一つの悲鳴であった。


「む、虫! 虫死んでる! 何か生えてて!」


 ぽいと放り出された物体は、からからに干からびて、触手状の物体を無数に節から生やした甲虫の死骸だった。別に虫がとりわけ苦手ということではないが。美しいものを期待して代わりに虫の骸が出てきたら、しかもその体から気色の悪い物が突き出していたら、心臓が止まる思いをするのはアメリアだけじゃないだろう。


 マスターはくっくと笑いながら、作業台に転がった虫のミイラをそうっと丁寧につまみ上げた。


「なんなんですかそれ!?」

「さっきのガノと似た様なものだよ。由来も、使い道もね」

「じゃあ、薬なんですか!? それが!?」

「僕は飲まないけどね、必要ないし。ああ、将来お金に困ったら薬屋へ売りに行くといいよ。結構な珍品だから良い値段が付くだろう」


 金だって自分には必要ないものだけど、などと笑いながら、マスターは虫草を再封した。そうしてきっちり元の場所にしまい込む。


 アメリアはお金になる珍しい物だとの事実だけを頭の片隅にとどめ、他には何も見なかった事にした。変に意識すると夢にまで出てきそうだ。あの虫の姿をした化け物に追っかけられる、そんな悪夢は見たくない。一刻も早く忘れよう。


 ともあれ、在庫改めを続けていく。たまに傷んだものや汚損した物が出てくるから、くず入れに投げ込み処分する。その度にマスターが心苦しそうな顔をするが、アメリアは見ないふりをした。何もかも捨てられないをいつまでも続けていたら、いずれは店の許容量を超えてしまう。客を迎えるこの店までもが彼の私室のようになってしまうのは、ごめんだ。



 時には痛い目を見ながら、確認を進めていく。そんな中でまた一つ、アメリアが一目で気に入るものが現れた。見るなり目は太陽のようにきらめき、頬には花が咲いた。


 手にした小瓶には薄桃色の花が入っている。がくごと切り取ってあり、乾いているせいだろうか、つぼみのように丸まった姿になっている。また、葉の欠片も一緒に納められていた。普段使いの材料にも、こうした花の素材は数点ある。だがこれほど優しい桃色の花はない。


「マスター、マスター。これ、どうして外に出しておかないんです? 綺麗じゃないですか、使わないのもったいないです。それとも、また実は花じゃなくてへんてこりんな物で……とかって話ですか」


 そういうわけじゃないけれど、と言いおいて、マスターは渋い顔で首を横に振った。


「チェリーの仲間の花なんだけど、お茶にするにはかなり弱いんだ。紅茶はもちろん、ハーブティとして合わせても他のものに負けてしまう。香り自体もかなり独特だし、さすがに扱い使いづらくてね」

「えぇ……マスターがそこまで言うなんて……」

「なんなら試しに飲んでみるかい? うん、お茶を淹れられるだけのスペースはできたし、ちょうどいいから少し休憩にしよう」


 わあっ、と少女のきらきらした歓声が上がった。

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