暑い季節に涼やかな味を(4)
「もしかして、これも魔法ですか!?」
「考え方によってはそうなるが、正しき意味の魔法として騒ぐほど特別なことではない。ただの自然現象の一つ、同じようにやれば君たちでも同じ状態にできる」
「えっと、その前に氷が手に入らないんだけれど」
「ごもっとも」
マスターは苦笑し、冷却用のボウルを引っ込めた。
退けておいた小さなボウルを氷の上に乗せる。そして、再び匙を使い中の乳液をかき混ぜ始めた。金属同士がぶつかり、かしゃかしゃと激しい音が鳴る。
そのまましばらく混ぜ続け、最初は勢いの良かった手つきも、徐々に動きが鈍って来た。店主は微笑みを崩さないが、たまに手を休めている姿を見るに、なかなか苦しいらしい。
少女たちは代わる代わる首を伸ばしてカウンターの中を覗く。するとどうだ、先ほどまではさらさらの液体だったボウルの中身が、どろりとした硬さのある状態に変化しているではないか。そして時を経るごとに固体化が進んでいく。代わりに外のボウルの氷が水に還っていくのも観察できた。
やがて、マスターは大きくボウルの中を一周混ぜ、手を止めた。こんなものだろうと納得した顔を見せ、完成品を小皿に盛る。ほんのり黄色みがかった白色の小山が、光をきらきらと反射させた。
待ちきれないとうずうずしている娘たちに、できたてのソルベットが供される。
「さあ、溶けない内に召し上がれ」
アメリアとレインの目の前に置かれたソルベット。こぢんまりとした物なのに、いっそ神々しいまでの佇まい。この魅惑に勝てようものか。二人は言葉を交わすこともなくスプーンを手に飛びつく。
ソルベットを口に含むと、頭の中に吹雪が起こったかのような冷感が響いた。そして涼しさを享受する一方で、ソルベットは体温でほどけるように溶けていき、じわりと甘みを口内に広げる。ミルクの中に意外とタマゴの風味が強く感じられる。だが、生臭さはない。マスターのやること、臭み消しになる材料もきちんと加えたのだ。
次の一口は溶ける前に噛んでみる。しゃりしゃりとした食感が心地よく歯に響く。あまり他にない、不思議な感じだ。
「そう、これこれ! いいなあ、家でも作りたいなあ」
レインは大満足といった風だ。自然の力で固めたものより柔らかくておいしい、そうマスターを絶賛する。
満足したのはアメリアも同じ。一言で言うならば、未知の衝撃だった。この涼やかな味をずっと楽しんでいたい。だが、あれよあれよという間に溶けてなくなってしまうから、急いで食べざるを得ない。ああ、なんと儚き氷の菓子だろうか。
あっという間に皿は空っぽに。はっと時間を見れば、約束通り、午後の人形劇にきちんと間に合う頃合いだった。
「完璧だろ?」
マスターがにやりと笑った。
それから、レインは大きな鞄を抱えて仕事へ向かった。午後からも頑張れそうだと、再度店主に礼を言って。
一方アメリアは、皿に溶けて残ったソルベットの液を、名残惜し気にスプーンでいじっていた。そして、ねだるように呟く。
「なんだか、もう一個の『ブドウのソルベット』ってのも気になります。すごぉーく」
「まあ、ブドウの果汁を凍らせたものだろうさ。だから味は果物そのまま。実に想像がつきやすい」
「そのう、マスター……」
「あいにく、うちの氷室はもう空っぽだ」
店主は肩をすくめてみせた。保冷箱の在庫もかなり少ないし、ボウルの氷もほぼ水に戻りかけている。もう一勝負には耐えられまい。
だが、無いと言われると余計に気になってしまう。先の氷騒動の時とまったく同じ気持ちだ。ブドウの、果物のソルベット。マスターの言う通り想像はつくが、しかし、実際に見てみなければ本当に正しいかわからないではないか。
アメリアの頭に一つの影がよぎる。葉揺亭に氷をもたらすきっかけとなったあの子ならきっと。そして同時に、心に刺された棘がちくりと痛みを引き起こす。店主からの警告と言う名の棘だ。
ちらりとマスターを盗み見る。彼は調理の後片付けに勤しんでいた。穏やかな空気を纏って、汚れた道具類を丁寧に洗い上げている。先日の説教の時の寒々しい表情は、やっぱり何かの見間違いだったのではと思えてしまう。
アメリアはふいと席を立った。控えめな感じでマスターの近くに寄りながら、人差し指同士を付き合わせ、ねだる。
「マスター、私、ちょっとだけお出かけしてきてもいいですか?」
「いいけれど、どこへ? レインの所かい?」
「はい。それと、お話しをしていたら、果物が食べたくなったので。……今の季節だと、モモとかが良いですかね」
「ああ、そうだね」
「じゃあ商店街の果物屋さんに行って、それからお仕事の終わったレインさんの所に行って、一緒にモモを食べることにします。遅くなると思います。だって、えーと、お話しがきっと盛り上がるから」
「そうかい。……気を付けてね。月が昇る前には必ず帰っておいでよ。今夜の月も燃えるように紅いだろうから」
「はい!」
アメリアは内心で小躍りした。企んでいることはばれなかったようだ。いくら博識な店主でも、人の心の声を聞くなんてことはできまい、表面さえ取り繕ってしまえばこちらのもの。嘘が上手でない自分でも、どうにでもなるものだ。
とびきりの笑顔で、いってきます、と一言。それだけ残し、アメリアは風のように駆け出していった。
マスターがその後ろ姿を見据える視線は、決して優しいだけのものではなかった。彼女が恐れる深淵の闇を映した目が、行く先にあるもの諸共に刺ささんとするかのごとく空気を貫いていた。だが、有頂天の少女が後ろを振り向くはずがなく、それに気づくよしもなかった。
「……それでまたクシネの所に来たの?」
「お願いします」
アメリアがモモの入った籠を突き出し、にこやかな顔で頭を下げた。後ろにはレインもくっついている。午後の人形劇はすべての公演を無事に終えた後で、もう時間の制約はない。
ここは魔法屋クシネが宿泊している宿屋である。先日よりもさらに生活感が増した小部屋の中で、クシネは呆れたとばかりに腰に手を当て、訪問客を見あげて告げた。
「なんというか、懲りない人だねえ。この前は店長さんに怒られなかったの?」
「べ、別に大丈夫でしたよ?」
と言いつつも、心臓はどきんと跳ねるし、目はあわあわと泳ぐし。クシネの疑うような視線が頬に刺さる。
だが、魔法屋は一転、ふっと笑うと、いつものように元気よく宣言した。
「凍らせるのなんて簡単なの! かっちこちにしてみせるの!」
「じゃあ、さっそく果汁を絞って――」
「もうっ、そんな面倒な方法なんて無しなの。そのまま凍らせれば早いし、どうせ同じ事なの」
「同じなのかしら……」
「大体同じだよ、アメリア。やりやすいようにやってもらおうよ」
「話がわかるお姉さんなのー!」
ソルベットを知っているレインが言うならば、と、アメリアはモモをそのままクシネに渡した。
なるほど、この方が早いとクシネが言った通りだった。この前、無から氷を精製した時よりもずっと早く手続きが済んだ。かご盛りのモモは、杖を振って短い呪文一つ唱えるだけで冷たい塊と化した。早い分凍り方が甘いということもなく、むしろ固すぎて歯が立たないから少し溶けるのを待つはめになった。
魔法の詠唱を目の当たりにする。アメリアにとっては二度目の経験だったが、神秘の力はまったく飽きを覚えず感動的だった。今日は短かったせいか、心身に大きな異常を来たすことも無かった。少し耳がざわざわしたくらいである。
そしてレインもまた呪文に対して感心めいた色を隠さずにいた。彼女とて、人形を操る異能の力を持っている。しかしアビリスタの異能と魔法とは少々趣が異なるものだ。一例を挙げるなら、アビリスタが一点特化の能力であるのに対し、魔法使いの術は多岐に富み万能性が高いという特徴がある。
「すごいなあ。私も使えるようにならないかな」
「んー……お姉さんはもしかしてアビリスタ?」
「えっ、見てわかるの?」
「うん。だって魔力の流れが綺麗なの。別に目で見えるわけじゃないけれど、これって魔法使い同士だとなんとなくわかるものなのー」
クシネは得意気に笑った。胸を張って、まるで先生にでもなったように語りだす。
「魔力の使い方をわかっているアビリスタさんなら、コルカ・ミラ式の魔法も基礎はすぐにできるようになるの。体系がしっかりできあがっているからなの。でもでも、世界の理に働きかけて自在に操れるようになるには、とっても、とーってもたくさんの時間と才能が必要なの。呪文や魔法陣や、その他色々の術式を意味まで覚えて、自分に合うように組み立てていかなければいけないの。そうなって初めて、真の魔法使いになれるの」
「なんだか難しそうだね……」
「そう思うかどうかはお姉さん次第なの。頑張ればどんな事でもできるもの、なの!」
レインは割と本気で悩んでいた。とはいえ彼女が思う魔法の術とは至極つつましやかなだ。炊事や掃除を指一本、買い物だって空をひとっ飛びしてあっという間。これで日々の暮らしが楽になる、そんな具合だ。
じゃあ私はどう? と、アメリアは聞こうとして、止めた。そもそもアビリスタじゃないから今の話は対象外。クシネも誘いをかけて来ようとしないのだから、つまり、残念ながらそういう事なのだろう。自分でいつでも水や果物を凍らせられたら楽だけど、こればかりはしかたない。
そして魔法使いになれるかなれないとは別に、一つ、クシネの発言で気になる事があった。
「ねえクシネちゃん。その、魔法で操る『世界の理』って、一体なんなの? 前にマスターも言ってましたけど、全然意味がわからなくて」
「店長さんも? んふふふふ……理、そうだねぇ、どう説明したものか、なの」
魔法少女は悦に入ったように語り始めた。
「簡単に言うと、みんなが『あたりまえ』って思っているようなことなの。雨が降るとか、物が燃えて灰になるとかの現象、山とか海とかの自然そのもの。寒さで水が凍るのもそうなの。もっともっと深く突き詰めると、歳を取るとか、生きるとか死ぬとか、そういうことも理で決まっていることになるの。時間、空間、生命、精神……まあ、この辺をどう扱うかは人によるけど、クシネは全部『理』だと思っているの。要するに、世界そのものの事って思ってもらってもいいの」
勢いよく語られる内容を、質問した方はわからないなりに必死で聞いていた。講釈はまだ止まず、畳みかけるようにやってくる。
「はじめは理に逆らわないようにやるの。だってその方が簡単だから。でもそれができるようになると、どんどん難しいことに挑戦したくなるの。夢はどんどんおっきくなるものなの、究めていくと当り前なの」
例えば暑い日に氷を作ったり、あるいは、四季の花を一斉に咲かせたり。理に少し逆らった不自然なことを起こせるようになれば、それなりに熟練した魔法使いと言えよう。更に道を究めれば、理自体を不可逆に破壊するような、もっと大きな変化を世に与えることができる。大地を隆起陥没させたり、海を割ったり、果てには星を降らせたり。ここまで来れば、もはや普通の人間からは神の所業にしか見えまい。
「――でも、それで終わりじゃないの。理を超越することに挑めば、最後に当たる壁があるの。これを越えるのは、魔法使いじゃなくても、人間なら誰もが思う夢なの」
「なんですか?」
「時間と生命の理を破ること。つまり、不老不死なの!」
「あっ……」
「なになにアメリアのお姉ちゃん、なにか思うところあるの!? 聞かせて欲しいの!」
「いえ、前にお客さんが『不老不死は夢だー』みたいなこと言ってたの思い出して」
「お客さんが」
「ええ。もちろん、すぐに諦めてましたけれど。だって、そんなのできるわけないですものねえ、魔法使いだって人間ですし、だから無理だーって」
乾いた笑いが口から洩れる。
少しだけ、ほんの少しだけ嘘をついた。確かに不老不死になりたがったオーベルという常連が居たわけだが、そもそも言い出すきっかけを作ったのは、マスターが「不老不死になれるかもしれない」と言って煎じた悪魔の薬だった。そう、アメリアが真に思い起こしたのはマスターの姿である。他にも色々と言っていた。魔法は悠久の時を生きる魔人が使う法術で、魔法の力で魔人は桁外れの生命力を持つとかなんとか。
クシネは目をらんらんと輝かせている。アメリアが続きを話すのを待っているのだ。だが、これ以上は語ってはいけない、そんな気がしてならない。クシネがどうというよりは、またマスターの逆鱗に触れかねないから。隠していてもばれる時はばれる。
「ねえ、二人とも。魔法の話はもういいよ、色々難しそうだし、私はやめた。それより、モモはそろそろ食べられないのかな」
「そうでした、忘れてました!」
「あーあーしまったの! せっかく凍らせたのに、今度はドロドロに溶けちゃうの! そうなったらクシネも悲しいの」
籠の上で露を纏った桃色の果実。慌てて触れて確認してみれば、表面は既に解凍されていた。だが上辺だけで、芯はまだしっかりと固まっている。食すにはちょうどよい頃合いだ。
レインの話では、ソルベットらしく食べるなら、皿に載せてスプーンなりフォークなりで潰した方がいいそうだ。しかし食器類は揃っていない。このまま丸かじりすることになった。
それでも十分、特別な食べ物になっていた。先のミルクのソルベットよりも硬く、冷気がキンと歯に刺さる。だが、さくさくとした食感と、口の中で弾けるようなみずみずしい果汁は、普通のモモと別格のおいしさを感じさせる要素となった。
一個、二個、とかごが空になるまで手が止まらない。その間、雑談も挟みつつ、だ。だが、先ほどのように魔法がどうこうという話はしなかった。そもそもレインとクシネは初対面であるから、各々紹介に明け暮れていた。アビリスタと魔法使いで少し通じ合う部分があるために、その業界でよくある苦労話や喜び楽しみの共有で大いに盛り上がっていた。アメリアもそれをおもしろおかしく聞いていた。
少女たちの他愛も無い日常会話。その平穏な時間はあっという間に過ぎ、いつしか陽が落ち始めていた。まずい、とアメリアが跳び上がった。急いで帰らないと日が暮れる。暗くなってから帰ったら、またマスターが機嫌を損ねるだろう。お説教はもう嫌だ。
レインも腰を上げた。楽しい談話会は、これにてお開き。
クシネは笑顔で手を振っていた。見送られながら、小さな部屋を出る二人。レインが先、アメリアが後だ。
アメリアが扉を閉めようとした瞬間、部屋の中から服が引っ張られた。そしてクシネが声を抑えて話しかけてきた。
「……ねえアメリアのお姉ちゃん、店長さんに伝えてほしいことがあるの。いい?」
「なんでしょうか」
「『素知らぬふりで仮面を被り、綺麗潔白を装って、その本性を知られないようにしているものはなーんだ』って。それをそのまま。覚えた?」
「ええと、覚えますから、もう一回」
クシネはゆっくりと謎かけを繰り返す。アメリアは心の中で復唱して、どうにかそのまま丸暗記した。
「ちなみに答えはなんですか?」
「それは店長さんに聞くといいの! あの方ならきっとわかってくれますから……じゃあね、なのー!」
にたりと笑って、クシネはアメリアに再度手を振った。
「――それをあの魔法屋が?」
アメリアは頷いた。忘れないように帰り道でも何回も唱えながら来た言伝、そのままマスターに伝えた。答えはマスターが知っているとも言っていた、ここまでも正確に。
マスターは閉店作業を進めていた手を止めて、ふむと考え込む。しばらく眉間に皺を寄せていた。そして答えるべき言葉が見つかるやいなや、ふっと顔を明るくした。
「うん、よし。答えは『二つの月』だ」
「月? どうしてですか?」
「イオニアンの空に輝く紅白二つの月。知らぬ者が見たら、どちらも同じ美しい光の源に見えるだろう。だが、二つの本質はまったく違う。紅い月は自ら輝き人を魅せ、白い月は太陽の光でのみ美しさを保てる。こんなことを知っている人間が、一体世界に何人いるだろうか。つまり人は『月』という名の仮面に騙されて、あれらの性質の違いを理解しようとしないのさ。これを月側の視点にしたら、謎かけの答えにならないかな」
「……はあ」
本当に正解なのかどうなのか、アメリアには判断がつかなかった。でもマスターが言うのだからそうなのだろう。
「それで、結局月の話がどうしたっていうんですか。それとも、謎かけ遊びでも流行っているんですかね?」
「さあ。僕にも意図はさっぱりだ。まあ、構ってほしかったんじゃないかな。まだ幼いんだからさ」
アメリアははっとなった。一人で生きていける天才魔女、実力があるとはいえ、実際は自分よりもはるかに子供じゃないか。
「そうですよね。いつもは一人ですもの、寂しいに決まってますよね」
自分だったらどうだろう。誰かに構ってもらいたい、そう思うに決まっている。知らない人だらけの旅先でできた絆なら、それに縋ろうとするのも不思議ではない。野良の子猫が通りすがりの人に気まぐれでじゃれつくように。
――そうよ、私はあの子の友だちだもの。
友情は氷のようにすぐ溶けてなくなる絆であってはならないはず。クシネの寂しさを紛らわせるのは自分だ。よし、これからも、今日みたいに遊びに行ってあげよう。
そう決意した矢先であった。
「それよりアメリア。……僕、警告はしたよね」
重圧のある物言いが、アメリアの肝を冷やした。
「しまった……」
うかつだった。今日はレインのもとへ行くと言って出かけたのだ。その嘘自体もそうだし、目的もばれたに違いない。また魔法の場に立ち会ったことも、全部なにもかもお見通しだろう。
アメリアはおずおずとマスターの背中を見た。彼は背を向けて、食器棚の陶磁器に薄手の布をかけている。これは夜間の塵避けのためだ。
心細げに胸元で指先を付き合わせ、いつマスターが振り向くかと戦々恐々しながら、必死で言い訳を考える。もちろん、口先での言い合いで敵うはずがないと知っている。だが、叱咤の視線に無言で耐えることもできない。
やがて、はあ、とマスターの大きな溜息が聞こえた。アメリアはびくんと肩を震わせた。
店主は踏み台から降りると、くるりとアメリアの方へと振り返った。すっかりおびえ切っていた少女だったが、マスターの表情は思ったものとはずいぶん違う。怒っているというよりは、呆れて茶化しているようなものだ。過日の威圧感はどこにもない。
「まったく、とんだ不良娘だな。もうどうなっても知らないよ?」
「ど、どうなるって言うんですか」
「そうだね。昔からよく言うのは、火遊び……この場合は危ない真似をするって意味でね。そういう事をすると、おねしょをするって言うんだよね。あーあ、もう大きいのに……恥ずかしいなあ、アメリアは。明日が楽しみだ、アメリアがこの歳でおねしょするなんて、みんながおかしがってくれるぞ」
脳が凍り付いたようにあっけにとられていたアメリア。やがて氷が溶け、マスターの言葉を飲みこむと、とたんに火が付いたように顔を赤くした。
「もう! 変なこと言わないでください! おねしょなんて、しませんっ! 馬鹿にしないでください! からかってるんですか!?」
羞恥心にぷるぷると震えぴいぴいとわめきたてるアメリアを傍目に、マスターはにっこりと笑った。
「そう、からかっているんだよ。僕だって構ってもらえないと寂しいんだもの。あんな風にアメリアが出て行っちゃったら、僕一人じゃないか。外のことばっかり構って、僕のことを放っておくのはいいのかなぁ。寂しいな、僕は」
寂しい、寂しい。むすっとした顔で突っ立っているアメリアに対して、笑いながらそう嘯いて、マスターは一人で掃除を続けたのだった。わざとらしく楽しげな鼻歌なんて唄いながら。
「もうっ、マスターのばかっ!」
そう言って、アメリアはマスターの背中を軽くぽかんと叩くと、店の裏へと去っていく。
「ねえアメリア」
「今度はなんですか!?」
「冷たいものをたくさん食べたのだから、お腹を壊さないように。夕食は温かい物を食べなよ。それと、寝る前にはちゃんとトイレに行くように。僕は冗談は言うけど、嘘はつかないからね」
「……はい」
優しい忠告はすとんと胸に落ちる。反発しようと思わない。特に寝る前のトイレは忘れないようにしよう、心に固く誓った。だって、朝起きたら本当にシーツがびしょびしょだったら。暑い季節だが、そんな理由で涼しさを味わうのは勘弁だ。
葉揺亭 本日のメニュー
「冷たい紅茶」
暑い季節にちょうどいい、氷で冷やした紅茶。茶葉は普段のものと同じだが種類によっては渋みが強めになってしまうものもある。
澄んだきれいな見た目にするには氷で一気に冷却してやるのがポイント。もっとも、濁っても味は変わらないが。
「ティ・スカッシュ」
濃く出した紅茶を炭酸水で割った飲み物。暑い日に氷を浮かべて飲むと爽快感が心地よい。
少し甘さがついていたほうが飲みやすい。紅茶を冷やす前に予め砂糖を溶かすか、後からシロップを加えるか。
他にも果物のスライスやベリー類を浮かべたり、香りのついたお茶で作ったり、アレンジも多様に出来る。
ノスカリア・食べものダイアリー
「ドラード」
小麦粉の生地を鉄板で丸型にきつね色になるまで焼き、その生地二枚で具材を挟んで食べる、ノスカリアで一般的なおやつ。
パンよりももう少ししっとりとした生地が特徴だ。
具材はジャムが最も一般的だが、それ以外にも、乾酪や蜂蜜、果物、発酵乳など、色々なものが挟まれる。
「ソルベット」
ミルクや果汁など液体を凍らせ、その凍ったままを食べる氷菓。上手く作るには凍らせて固まり切る前に何度か混ぜる事。
またミルクで作る場合は、卵黄と砂糖とを加えて軽く煮詰めた方がよい。もしバニラなど香料があるなら少しだけ加えると、乳や卵の生臭さがわかりづらくなるので良い。
果物で作る場合は、果汁を絞ったり、果肉を潰したりするのが通例だ。




