暑い季節に涼やかな味を(3)
かあんと胸の中で鐘をつかれた心地で、アメリアははっと視線をあげた。見れば、いつもの人好きのする笑顔がマスターに戻っていた。目もきらきらと輝いていて、さっきまでの重圧は感じない。
「作ってくれるんですか!?」
「ああ、もちろん。目的達成のために君は自分で手段を考えた、その行動自体は評価するよ。僕は努力をする子は大好きだ。それに、せっかく手に入ったのだから、使わなければ損じゃあないか」
「やったぁ!」
ばねに弾かれたように椅子からはずみ立つ。そんなアメリアの額に、店主の指がぴしりと刺された。
「ただし、今後もあまりに火遊びが過ぎる場合は考え物だ。ああ、今日の場合は氷遊びか。とにかく……魔の力に捕らわれぬよう、重々気を付けるように」
再度の釘差しには黙って頷いた。警告は素直に受け止めよう、自分の身は大事だし、なにより愛想を尽かされ解雇されては困る。葉揺亭はただ一つの居場所なのだから。
マスターは紅茶の用意を始める。困ったとき迷ったときに使う茶葉はシネンス、汎用性の高さには定評がある。そう、珍しく悩みながらにポットの準備をしている。いかに卓越した技能の持ち主でも、初めての試みにはやはり慎重になるものだ。茶葉を掬い取るにも、普段の何倍も時間をかける。氷を溶かすと薄くなる事を考慮して、適切な量を計算しなければならない。
その間にアメリアへは一つ指示が飛んでいた。木槌とノミを工具箱から出して、ノミはよく洗っておくように、と。何に使うかはおおよそ検討が付いていたから、一切の汚れも無いよう念入りに洗浄した。
ぴかぴかの道具一式をマスターに手渡す。すると予想通り、氷を割り始めた。大きな塊だった氷は、みるみるうちに砕かれ、グラスやポットにつかえず入る大きさになる。まだ大ぶりの塊も残っていたが、既に必要な分は崩せた。茶ができたタイミングで一旦手を止めて、とりあえず、コランダーという金属製の水切り籠にまとめておいた。
蒸らし終わったポットを開けると、いつもよりも随分濃く、その代わり量が少ない紅茶が仕上がっている。そこに一粒の氷を落とし、すぐにマドラーで水流を起こす。静かに、優しく。熱くも弱い渦に巻かれながら、氷はみるみるうちに溶けてなくなった。ポットに触れてみると、少し温度が下がっている。
一つ、また一つと、様子を確認しながら氷を足していく。冷やし過ぎたり薄くなり過ぎたりは駄目だ。亭主が気を張り詰めると、店全体が緊張の糸で縛られたようになる。
頃合いかと思った所でマドラーで一滴手の上に取り、それを舌で見た。
「……よし、ひとまずこれくらいでいいだろう」
ふう、とマスターは肩の力を抜いた。温度は室温よりほんのわずかに冷たい程度、濃さはいつもより若干濃い目になっている。
今度は空のグラスへ氷を一杯に詰める。透明の上に透明が重なったその物体は、光を反射して輝き、そのままでも十分魅力的に見えた。ここにただの水を入れて飲むだけでも十分だし、エードを注いだら目が飛び出す程おいしそうだ。アメリアはきらきらと輝く目でグラスを眺めていた。
宝石箱のようなグラスに、できたての冷茶が注がれた。冷たいとは言えない温度だった茶液によって、氷は少し溶けてしまう。が、澄んだ琥珀色の液体には、一口大の氷の粒が涼しい空気を纏ってぷかぷかと浮いていた。アメリアの口から、思わず感嘆の音が漏れ出た。並ぶ二本のグラス。目の前にあるそれは、まさに自分が願ってやまなかったものである。
「きれい……」
「さあ、アメリア御所望の冷たい紅茶だ。どうぞ、召し上がれ」
促されると、アメリアは飛びつく様にグラスを手にした。硝子は手を滑らせそうになるほどに水滴を纏っていて、自身の清涼さをより雄弁に物語っている。
夢にまで見た魔法の茶を、彼女はついに口にした。マスターのつくる紅茶の華やかな香りが口の中に拡がる。それでいて、熱いものよりずっと喉に潤いを与えてくれる。素晴らしい、最高だ。
しかし気になる部分が一つ。舌を転がすと共に、アメリアは眉を八の字に下げた。
「あの……なんか、すごく渋いです。シロップをもらってもいいですか? あとミルクも……」
「構わないよ。色々試してみた方がいい」
そう言ってから、マスターは自分も試飲する。
「ふうむ、なるほどね、確かに冷えると随分味が変わる。これは茶葉の種類でも向き不向きがありそうだな。あとは香りの相性も――」
ぶつくさと一人で言いながら、次のポットを用意し始める。氷はまだ残っているから、納得いく仕上がりになるまで何度でも試すつもりだ。一度はまってしまうとどこまでも深くこだわり始める、マスターとはそういう人だ。
アメリアは主人の姿を見て、くすくすと笑みを漏らしていた。あれだけ魔法に対して不満げだったくせに、蓋を開けたら自分だって楽しそうじゃないか。
なお、冷たいミルクティはなかなか具合が良かった。気になっていた渋みもミルクのまろやかさでかなり相殺され、冷えているおかげでシロップの甘味が引き立っていた。もっとも、マスターにしたら「甘すぎる」と頭をかかえられそうだが。
だからもう、アメリアとしてはすでに満足、夢叶ったりの心地だった。そんな折、マスターの呟きが飛んでくる。
「あるいは、もう一手間かけた方がおいしいかもしれない」
「手間? どんなですか?」
「例えばうんと濃くしてから、エードみたいに水で割って調節するとか――そう、そうだ!」
見比べていた茶葉の缶を勢いよく作業台の上に置き、代わりに冷蔵庫の扉を開け一本の瓶を取り出す。首が長い細口の瓶は、コルク栓で固く封がしてあった。
「それって鉱泉水の、炭酸でぷちぷちする方のやつですよね」
「ああ。炭酸水で割って、ティ・スカッシュとしゃれ込もうか」
エードが果汁などを水割りにしたもので、スカッシュはそれを炭酸水割りに変えたものだ。飲みやすさは前者に劣るものの、刺激的な爽快感が癖になる一品である。
弾ける紅茶、かなり変わっていておもしろそうだ。マスターは無邪気な発想で新しい商品の試作にかかった。さっきよりも更に濃い紅茶液を作り、グラスの三分の一程度にとどめて注ぐ。その後、炭酸水を上から足す。気泡がグラスの中でしゅわしゅわと弾け、見るからに爽やかな印象を与える。隣で見ていたアメリアから、静かな歓声が上がった。
またきっちり二人分用意した。今回アメリアは予めシロップを入れている。そんな彼女をちらりと見てから、マスターは先んじてティ・スカッシュを口に含んだ。
実質水で薄めたことになったわけだが、しかし紅茶の気配はしっかりとしたものだ。それでいて炭酸の刺激にごまかされ、先のような舌をきゅっとさせる渋みはあまり目立たない。ただ、炭酸水独特の苦みや酸味が感じられる。そこまで悪いものではないが、これはアメリアが正解だ、少し甘味をつけた方がバランス良く感じられるだろう。
そしてマスターが睨んだ通りで、アメリアは一口飲むなり顔を輝かせていた。
「あっ、おいしい! 毎日でも飲みたいです、これ」
「いいね。これなら応用も利かせやすいし、毎日でも飽きさせない自信があるよ」
例えば果物を浮かべる、あるいは果汁も一緒に割ってしまう。ハーブにも相性のよさそうなものが色々とありそうだ。目まぐるしい発想が止まず、マスターはとうとう三つ目のポットを手に取った。だいぶ小さくなってはきたが、コランダーにはまだ氷は残っているから。
「えぇ、まだやるんですか?」
「ああ、次はミントを試してみるんだ。清涼感が合わさって、絶対に悪いようにはならないだろうし。ああ、一緒にオレンジを浮かべるのもいいかな。オレンジ・ミント、温かい紅茶でも非常に良い組み合わせだ」
「……楽しそうですね」
「うん」
まるで未来に満ち溢れた少年のような、腹の底からの笑顔だった。新しいものを考えるのはいつだって楽しくて仕方がない。冷たいお茶、実は以前より発想の中にあったもの。だが、葉揺亭で過ごす中では氷を手に入れる機会に恵まれず、実践できていなかったのだ。
そんな風に身内で愉しく盛り上がっているところ、葉揺亭の扉が開いた。すわ来客だと二人で同時に玄関先を見て、二人で同時に顔を綻ばせた。
逆光の中に浮かぶ姿。膨らむ部分は膨らんで、全体としてはすらりとしている体系が美しい。きっちり髪をまとめて、見るからに真面目そうな気配を漂わせている。そんな彼女はノスカリア一の大商会、ラスバーナ商会の会長秘書。
「ジェニー! ああ、全く、君は毎度毎度いい機会にやって来る! どうだい、今日だけの冷たい特別茶だ。おもしろいだろう?」
マスターは飲みかけのグラスと、コランダーの中の氷を客人に見せつけた。きっと黄色い声を上げてくれるに違いない。仕事柄、彼女も珍しいもの変わったものには目がないから。
が、マスターの予測は珍しく外れ、思ったほどの食いつきが得られなかった。ジェニーは苦笑して少し首を傾げたのみ。
「あらあら、氷? 冷蔵庫のアビラストーンでも割っちゃったの? 大変ねえ」
「……そうか、君にはさほど珍しくないか。ラスバーナの関係者じゃなあ」
「ごめんなさいね。お屋敷にはいつも氷があるから。……でも、もちろん頂くわ。マスターのお茶は別格だもの」
にっこりと笑いながら、ジェニーは珍しくカウンターの席へ着した。この席からはマスターの手仕事がよく見える。そのうち、もうすぐ無くなってしまいそうなコランダーの中身を見て、銀縁眼鏡をきらりと光らせた。頬杖をつき、作業中の店主に語り掛ける。
「それにしても、ねぇ、マスター。氷が欲しかったなら、私に言ってくれればよかったのに。会長のお屋敷、つまりうちの事務所でもあるんだけど、冷蔵庫に特大の一級品蒼晶石があるから一年中製氷ができるのよ。……特別に分けてもらえるように手配しましょうか?」
「わあ! それいいですね! マスター、お願いしましょうよ」
確かに氷が安定して手に入るなら願ったり叶ったりだ。しかし忘れてはいけない、ジェニーが商会の中核を担う人物であるということを。マスターは作業を一段落させると、不敵な笑みを浮かべた。
「その言い方、どうせ、手間料だなんだとお高くつくんだろう? 君の魂胆なんて見え透いているぞ、大商会の幹部様」
「もう、察しが良すぎて困るわ! 大丈夫よ、お安くしておきますわ。私とマスターの仲だから、特別に、ね。でも、ノスカリアで氷を合法なやり方で安定供給できるのは、現状うちぐらいですもの。その辺り真面目に天秤にかけてちょうだい。ここにしかない飲み物っていうのは、葉揺亭のうりにはならなくて?」
「……まったく、誰も彼も商売上手だな! よくもそう次々と思いつくよ」
マスターは舌を巻いた。万能だと自負しているが、商才だけは自分にない才覚だ。
はてさてどうしようかと、頭を抱えるように後頭部で手を組む。資金繰りに困っている訳ではないし、己の好奇心を満たすためには即決してしまっても問題無い。アメリアも喜び、その上彼女の火遊びも止むなら、対価としては安すぎるくらいだろう。だから問題は無いどころか、いいことずくめなのだが。理解しつつも即買ったと言えなかったのは。
「なんか、負けた気がしておもしろくないんだよなぁ」
漏れ出た心の声を耳にして、ジェニーは呆れに顔を引きつらせた。まさか、店の経営を握る主とあろうものが、損得勘定ではなく気分で取引を決めるとは。商売の世界で生き残るには生き馬の目を射抜くことが必要なはずなのに、理解出来ない。
アメリアも似たような気持ちでいて、女性陣が呆れ顔を見合わせた。それでも店主は変わらず、どうしようか、おもしろくないがと悩むばかり。
グラスに浮かんだ氷が溶けて揺れ、からりと涼しい魅惑的な響きを奏でた。
そんな冷たい紅茶事件から七日後。また一段と太陽が熱く眩しくなった、そんな日の葉揺亭にとある少女の感嘆の声が響く。
「すごーい! こんなの高台のお偉いさんの所でも見たことないよ」
と、称賛する対象は氷である。そして声の主は、アメリアの親友でもある人形師のレインだ。仕事柄、彼女は北の高台にある富裕層の邸宅にもよく出入りする。
結局、先日の取引はマスターが折れた。商談をつめた結果、まずは試験販売的なものとして、今の紅月季後半から次の無月季にかけての気温が高くなる間だけ取り扱ってみる様にした。
ラスバーナ商会が運んでくるのは板氷。それを綿や板を何層にも重ねた厚手の箱に納め保管、適宜砕いて使用する形だ。保冷箱には冷蔵庫と違って蒼晶石がついているわけでないが、氷自体が大きい塊であるため、材の断熱効果により二営業日はもたせられる。
アメリアがカウンターの外に引きずり出した大きな保冷箱を、少女二人で並んで覗いていた。顔の周りだけ空気が冷たい、なんだか神秘的な心地だ。はう、と感嘆の息が漏れる。
マスターがカウンターの中から忠告する。気が済んだのなら早く蓋をするように、でないと溶けてしまうから、と。そんな彼に、レインは期待の目を向けた。
「ね、ね、マスター。氷があるなら、一つ、できればでいいから作ってほしいものがあるんだけど……だめ、ですか?」
「そんなに畏まらなくても。何をご所望だい?」
「ソルベット。わかる?」
「……ああ、なんとなく。うん、できないこともないかな」
そう言う間にも、店主の脳内にはソルベットの完成図と、そこに至るまでの手順が閃く。大丈夫だ、できる。てっきり飲み物の要望だと思っていたから拍子抜けしただけだ。
レインは小さく喜びの声を上げた。まさか本当に作ってもらえるとは思わなかった、頼んでみるものだ、と。
さて、アメリアだけがかやの外。ソルベットって? まるで聞いた事がない。それなのに二人は常識のように語っている、少し寂しい。そんな今にも頬を膨らましそうなアメリアの気配を察して、レインが説明を始めた。
「ソルベットっていうのはね、氷のお菓子なんだ。簡単に言うと、ミルクとか果物とかを凍らせて食べる感じ」
「お菓子!?」
衝撃だった。氷が手元にあって、それで飲み物が冷たく飲めるだけでも驚きだったのに、さらにお菓子まで作れてしまうとは。
それにしても、毎度毎度レインには驚かされる。自分よりほんの二つ年上なだけなのに、ずっと色々な事を知っているから。
「レインさんはどこで勉強してくるんですか。私なんて、氷を手に入れる方法も思い浮かばなかったのに……」
「仕事のついでだよ。ソルベットはね、昔一回だけラスバーナのお屋敷で仕事した時に食べさせてもらったの。硝子の器に盛ったミルクとブドウのソルベット、とてもおいしかったから、作り方も教えてもらっちゃった」
レシピの肝の部分は至って単純で、好みに応じて用意した液体――果汁や砂糖で調味したミルクなど――を冷やして凍らせるだけ。だが、その冷やすのが一番難儀なのである。一般的な小さい冷蔵庫では凍るまで冷えない。だからレインは、自然に水が凍る寒い時期にのみ、儚き氷の菓子を楽しんでいた。
だが、外が寒い日に冷たいものを食べたいかと言われると、まったくもって肯定できない。あくまでも自然が織りなす季節の産物として味わっていただけで、本当は今時分の暑い頃に口にしたいものだ。熱を冷まし、乾いた体を潤おすのにぴったりなのだから。
感心していたアメリアが、ここでふと首を捻った。
「あれ? でも、それだと駄目じゃないですか。だって、水を凍らせることはできないですよ。これじゃ冷蔵庫とあんまり変わらないですもの」
「そうなんだけどね。でも、これだけの量の氷があれば、きっとマスターがなんとかしてくれる……と思う」
「なんとかしてみせるよ。僕を誰だと思っているんだ」
マスターは不敵な笑みを浮かべた。視線は作業台の方へ向いている。すでに調理で使うミルクと砂糖を計量し始めているのだ。ただ話には聞けど、実際に作るのは初めてである。うろ覚えな部分はレインに確認しなければならない。
「ミルクで作る時はタマゴを入れるんだったかな。その方が味が良いとかなんとか、昔聞いた記憶がある」
「そうそう。でも黄身だけでいいよ」
「わかった。じゃあ一回煮詰めるだけの時間はもらうよ。薬でもないし、生タマゴは嫌だろう」
「もう全部お任せしまーす。……あっ、それじゃ時間かかるよね」
「心配するな。最低限の量で仕掛けて、午後の公演には間に合わせる」
「さっすがマスター! ありがとう」
レインの不安が一つ解消された。今日は人形劇の日、午前と午後の決められた時間に上演をする。現在時刻としてはちょうど昼時、そろそろ残りの半日に備えて腹ごしらえもしておきたいところだ。
待ち時間の間に、レインはアメリアを誘って一旦外へ出ることにした。葉揺亭から南に少し行ったところに、昔から営業しているパン屋があったはずだ。まだ今なら何かしら商品が残っているだろう、と。
そして実際に、数は少なかったものの選べる程度にはパンが売っていた。レインは干しブドウの丸パン、アメリアはふわふわのミルクパンを買って、駆け足で帰って来た。一応マスターにも何か買ってこようかと提案したが、いらないと即答されたので、お土産はなしだ。
肩を弾ませ葉揺亭に戻ってくると、マスターが真剣な顔で手を動かしているのが見えた。二重にしたボウルの中身を柄の長い匙で混ぜている。
「順調ですか?」
「まあね。粗熱は取れたから、これから固めていくよ」
そう言って、内側にあたる小さなボウルを外し、外側の大きな方に溜まっていた水を捨てた。なお小さい方には、ティーカップに二杯分弱の乳白色の液体が入っている。ミルクに卵黄を加えて煮詰めた物だ。
マスターは氷の入った保冷箱を開け、空にしたボウルの八分目になるよう氷を入れた。板氷はもう全て砕かれていて、残りもわずかになっている。
あれで本当に凍るのだろうか、なかなかそう思えず、少女たちには不安が陰る。しかし、今は待つことしかできない。二人そろってカウンター席に陣取り、小腹を満たしつつ調理過程を見守る。
マスターが次にしたことは、作業台に置いてあった木の蓋つき容器を開き、中に入っていた白い粉状の物質をボウルの中の氷に振りかけることだった。この木の容器、普段の店で見かける物ではない。
レインが胡散臭げに顔をしかめ、アメリアに小声で尋ねた。
「何あれ、怪しい粉? 変な薬?」
「いいえ、あれはただの塩の容れ物ですよ。」
「塩!?」
「普段は奥のキッチンにが置いてあるんですけど」
レインがきょとんとした途端、マスターが二人の前に立ち、カウンター越しに塩氷が詰まったボウルを見せてくる。意味深ににやつく微笑みと共に。
「触ってみてごらん」
怪訝な面持ちの少女たちは、しかし促されるがまま手を伸ばし、氷の中に指を突っ込んだ。
――冷たい。いや、氷なのだから当たり前なのだが、いつもよりずっと、痛い位に冷たいのだ。まるでボウルの中だけが空気も凍てつくあの季節に通じているかのよう。長いことは入れていられず、二人ともひゅっと指を引っ込める。
塩を振っただけなのに、一体どうして。アメリアがはっとして声を上げた。まさか、ひょっとしてマスターも。




