商会秘書と無名の茶
空の八割にうっすら雲がかかる柔らかな陽ざしの日。葉揺亭の窓辺のテーブル席に、一人の女性の姿があった。
彼女が向かう机の上には大量の書類が積まれている。一つ取って目を通し、ささっとペンを走らせて何ぞ書き加えては、元とは別の山に置く。そうしてまた新たな文書を一枚取って、書き、重ね、その繰り返し。細い銀縁眼鏡の奥に光る目は真剣そのもの。たまに珈琲のカップに手を伸ばすとき以外、緩むことを知らない。
知らない人が見れば、仕事熱心な女史だ感心感心、などと思うだろう。そしてそれはなんら間違いのない事実でもある。
ただ、おそらく誰も信じないだろうが、今日彼女は、休日の一時として葉揺亭に来ているのである。
彼女の名はジェニー=ウィーザダム。商業と交易の都市ノスカリアきっての大商会である「ラスバーナ商会」の会長秘書を務める女性だ。銀色の髪をきっちりとまとめ上げ、型の整った服を着こなし、姿勢はぴんと伸びている。集中している時も常に口元だけは柔らかく笑んでおり人当たりが良い印象を与える、それも商会秘書の仕事柄必要な技なのだろう。
ジェニーはご覧の通り、とかく仕事熱心だ。普段は会長に付き従い商会の経営に携わる。たまの休養日にも、分厚い書類鞄は常に手放さず、街を巡っては商売に繋がる話が無いか探し回る。そして足を休めがてら喫茶店に入ると、今度は書類の処理にのめり込む。傍から見ると心配になる働きぶりだが、本人に言わせると、これくらい普通の事だ、と。
葉揺亭の二人はそんなジェニーの振る舞いに慣れきっていた。自分の世界に居る彼女に構う事はない。せせこましくペンを走らせる音を聞き流しながら、カウンターの内で小さな談笑に励んでいた。
「マスター、おかわりちょうだい」
そんな声がジェニーからかかると、マスターもきちんと反応を示す。了解、と砕けた返事をしながら、さっと椅子を立つ。
ジェニーのお決まりの飲み物は珈琲だ。葉揺亭の珈琲は彼女のためだけにあると言っても過言ではない、消費量のうち八割が彼女の胃に収まっている。
葉揺亭では自家焙煎の豆を、注文が入る度に必要な量だけ挽いて使っている。舶来のハンドミルに一人分の豆を入れてハンドルを回せば、あっという間に粉になる。それを布製のフィルターに入れて、サーバーで受けたところにポットの熱湯を少しずつ注ぐ。紅茶とは勝手が違うが、マスターは手慣れたものだった。
これら珈琲用の道具はすべて、ジェニー自身が商会の伝手を使い、はるか熱帯の島より取り寄せてくれたものだ。と言うのも、ノスカリアがある南方大陸では「珈琲」と言う飲み物が、本来とは違う黄金草という植物の根を煎じた飲み物になり代わっているのためだ。ゆえに珈琲豆を適切に処理する道具が手に入らなかったのである。
豆を使った珈琲を出すと決めた葉揺亭では、最初は既存の道具で工夫してしのいでいた。豆を挽くには棒で叩いていたし、抽出の際に粉を入れるフィルターは、手持ちタイプのストレイナーに布を張って代用していた。後者はまだしも、前者は難がありすぎた。時間がかかるし、均質にならないし、なにより見た目が格好悪い。
それをジェニーが見かねて、あるいは単にいい売り込み先を見つけたと思って、珈琲の道具を買わないか、と商談を持ちかけて来たのだった。三年ほど前の思い出である。
――初めて来た頃からジェニーはああだった、変わらないな彼女は。
サーバーに落とし切った珈琲をカップに注ぎながら、マスターはふっと思った。椅子に座れば書類仕事、隙あらば商談をもちこむ。頭の中はいつだって、自分が働く商会の事でいっぱいなのだ。少し休む時間すらも惜しい、そんな風に。
「――はい、アメリア。慌てなくていいから、ゆっくり、こぼさないように運んでね」
「はーい。いつも言わなくても、わかってますよう」
マスターは銀のトレーに珈琲のカップを乗せ、アメリアに渡した。
できあがった飲み物をテーブルまで給仕するのは、アメリアの仕事である。はじめの頃は手がぷるぷると震え、一歩進むのにも時間をかけていた。挙句カップをひっくり返したことも幾度となくあった。
数年経った今では、そんな事しでかさない。湯気立ちのぼるぴかぴかのカップを、冷める間もなくお客さんの所へ。銀盤を片手で支えるのも簡単にできる。
アメリアは珈琲を、テーブルの上で書類に侵食されていない場所を探してそっと置いた。このスペースが、今日は一際狭い気がする。
「お仕事、忙しいんですか?」
「ええ、とっても。休んでいる暇もないわ」
「それは駄目です。ちゃんとお休みしないと」
「忙しい方が良いものよ。時間は限られているんだから、無駄づかいはできないわ。密度を上げて色々な事を進めていかないと、もったいないもの」
ジェニーは湯気たつカップを手に取りながら、大人の余裕ある笑みを見せた。
さて、アメリアという少女はとても単純だ。何か琴線に触れる事があると、一瞬で感化される。いまジェニーの発言を聞いて、「仕事をたくさんする女の人はかっこいい」と思った。すると次にはすぐ、自分もそうなりたいとの憧れを噴出させる。
アメリアはマスターのところへ走った。隣に立った瞬間に、息荒くして頼みこむ。
「マスター、私もたくさん仕事したいです! もっと色々頼んでください、今すぐ」
「もう十分だ、アメリア。君はかわいいのが仕事だもの」
「そうじゃないです」
「そうでいいんだよ。君は別に、何もしなくたって大丈夫。そのままの君でここに居てくれ。それが一番大事な仕事だ」
「本当にそれが仕事ですか?」
「うん。最初からそういう事で雇ったんじゃあないか、忘れたのかい?」
マスターは苦笑しながら、宥めるようにアメリアの頭をぽんぽんと叩いた。
なんだか、うまくやりこめられてしまったような気がする。アメリアはむうと口を尖らせた。けれど、それ以上は何も言わなかった。カウンターの内側に置いてある自分の椅子を引き、腰を降ろす。
やりとりを遠目で見ていたジェニーが小さく笑った。続けて、助言めいた横槍を入れてくる。
「ねえマスター、やる気のある子の気持ちを摘んだらいけないわ。アメリアちゃんの事を甘やかしたいのもわかるけど、そういうやり方はよくないんじゃない?」
「甘やかしてるつもりはないけど……わざわざ頼むような事が無いのは事実だし」
マスターは黒い髪をゆるくかき上げながら、やんわりとジェニーに反論した。
「僕としては、あんまり仕事を詰めすぎるのはどうかと思うよ。君が言った通り、時間は限られている。だからこそ、せせこましく働くのみで消費するのはもったいない」
「あら。そう言うマスターだって、一年中お店に立っているじゃない。立派に働いているわ」
「趣味の延長みたいな店だもの、君とはまるでわけが違う」
「じゃあ、私は仕事が趣味だわ」
銀縁眼鏡の向こうで、茶目っけ混じりの目がきらきら光った。これに強く言い返すのは無粋だろう。マスターはやれやれと肩をすくめた。
「まあ、君が良いのなら構わないけどさ。たまには仕事を忘れて、息抜きした方がいいと思うよ、本当に」
「息抜きならしているじゃない、ほら、珈琲飲んでる。今日もおいしいわよ、マスター。私、この店大好きだわ」
「そりゃ、どうも」
マスターは苦笑いして、折れた。さすがに大商会の会長秘書となると口がうまい。
それから少し静かな時間が流れて。
不意にジェニーが顔を上げた。使いこなされたペンを置き、マスターの方へ向く。
「そうよ、忘れていた。マスター、ちょっと聞いてちょうだい」
「なんだ。また何か売り込むつもりなら引っ込めてくれ、聞く気はないから」
「ひどいわね、いつも押し売りしているみたいじゃない。うちはそんな事しないわ」
むっとして言うジェニーに、マスターは内心どうだろうと疑念を呈した。
確かに強引に売りつけられることはない。しかし、ジェニーはとにかく売り込みがうまいのだ。あれがあると便利だ、彼女が来店している時にそんな気配をみじんでも醸すと、これ商機と見なされて、営業が始まる。珈琲用具をはじめ、実際に売買になった事がもう何度あっただろうか。言葉巧みに取引の方向へ誘導するのは、される方には押し売りと大差ない、とマスターは感じている。
ありありと見せつけられる警戒を解くために、ジェニーは「売り買いの話じゃないわよ」と笑った。それから鞄を漁って一つの物を取り出すと、カウンターまで歩いて来た。
手にしているのは、木の皮を加工して作った筒状のいれものだ。ジェニーが蓋をあけると、中に入っていたのは、なんと紅茶の茶葉だった。
とたんマスターの関心が天をつき、目が光る。だが、表向き平静は保って、ジェニーの言葉を待った。
「これ、試飲させてもらえない? それに、ぜひマスターにも飲んでみてもらいたいのよ」
「なんだい、これ。どういう経緯のものなんだ?」
「行商が売っていたの。バーナ山脈中腹のデジーランだって。聞かない産地だから、試しに買ってみたんだけど」
「その言い方だと怪しい代物だな。雑な樹から取った、紛い物の線すら有り売る。バーナ山脈なら東端のアグナスが良質な産地だが……さあ、これはどうかなあ。製茶がずいぶん荒いし、それに――」
マスターはぶつくさ言いながら、細めた目で品定めをする。
その彼をアメリアが見ていた。茶のことになれば無比の店主、自分はその足元にも及ばない。ただただ憧れる、そんな目で。
マスターが何をを悩んでいるのか、アメリアには独り言を聞いてもよく理解できなかった。デジーランは知っている、紅茶の種類だ。どっちかと言えば高級な方に入る。そこまでは若い知識でもわかった。しかし。
「どこの、とかでそんなに違うんですか?」
「違う。全然違うよ」
即答だった。同時にぐるりとマスターの首がこちらを向く。目はぎらぎらと燃えている。反射的にアメリアはたじろいだ。ついでに内心舌を出す――だめなスイッチを、入れちゃった。
マスターは水を得たりと熱弁をふるい始めた。
「土地によって気候が変わる、そうなれば当然、同じ種類の樹だとしても育ち方が変わる。日の長さ、風の吹き方、水の質、土の状態、あるいは触れる人の手や、虫がつくとかつかないとか、ありとあらゆる要素が入り混じって、一つの紅茶の風味をつくり上げるんだ。だから、離れた土地でまったく同じものができあがるはずがない。この世界広しと言えど、鏡で映したみたいに何もかもが等しく揃う場所なんて存在しないんだ。ゆえに、どこで生産された茶葉かの情報は、紅茶を扱うにあたって常に重きを置かなければならない。さらに加えるなら、各土地における嗜好性の問題もあって……」
はっ、とマスターの言葉が止まった。気がつけば、自分の姿勢はずいぶん前のめり。真正面からもろに言葉の嵐をぶつけたアメリアは固まっていて、あたかも頭からはしゅうしゅうと煙を昇らせているかのよう。ジェニーですら、カウンターを挟んで引き気味の苦笑いを見せている。
好きなことになると言葉が溢れて止まらない、一方的に語って、相手の聞く様子はどこ吹く風。これが自他ともに認める、マスターの悪い癖だ。常連たちは皆、一度はこの嵐のような語り口を浴びている。逆にこれを嫌悪しないからこそ、常連になれると言うべきか。
ばつの悪そうな咳払いをして、マスターは穏やかな微笑をつくった。姿勢も真っすぐの状態へ戻す。
気を取り直して。マスターはぴっと人差し指を立てた。
「じゃあ実際に飲み比べてみようか。そうすればわかるさ」
しばしの後。作業台の上には、二つのポットと六つのカップが、すべて同じ形の白い物で揃えてあった。比べるなら他の要素は完全に揃えなければ意味がない。例えばカップの色柄が違うと、視覚の印象が味の感じ方を変えてしまう。
紅茶もきっかりと同じ時間蒸らした。両手を使って同時にカップに注ぐ。大量の注文にも対応できる技だが、葉揺亭で普段活用する場面は無い。
二種類の紅茶を各人の前に配り、マスターは手で示しながら説明する。
「右に置いたのが、店で使っているアグナスのデジーランだ。そして左がジェニーの持ってきたやつ」
真っ白のカップに湛えられた液体は、どちらも淡く赤みがかった紅茶である。
「同じですよう」
「いいや、そんなことない。アメリア、ちゃんと見るんだよ、色味が全然違うだろう?」
「全然ではないわよマスター。とても微妙な違い。見た目はなかなかいい雰囲気よね。問題は口当たりだけど」
わかっている風の大人二人に触発されて、アメリアは難しい顔をカップに近づけた。じっと、視線で湯を沸かせそうなほどに熱く見つめる。
微妙な違いだと言われて、それを意識しながら改めて見たところ、わずかながらジェニーが持ってきた物の方が濃い色をしている……ような気がする。アメリアにはこれが限界だった。わかった瞬間に集中力が切れ、ふうっと息が漏れる。
見た目はともかく、しかし味はどうだろう。もしかしたら、そちらは雲泥の差があるかもしれない。アメリアは気を取り直して、先に口をつけている大人たちにならって、自分も紅茶を飲んでみた。
感じるのは――紅茶の味。ふわっと香りがあって、少しだけ苦い感じがして、しかしどこか遠くで甘いような気がする。そんな、いつもマスターが入れてくれるおいしい紅茶の味だ。
そして、二つの違い。それは、だめだ、アメリアはさっぱりわからなかった。
アメリアは眉を寄せてマスターとジェニーを仰ぎ見た。しかし、彼らは彼らでカップを手に渋い顔をしている。
「何だろう、ずいぶん粗削りって言えばいいのかな。繊細さが足りない。かと言って、個性と呼べるほど尖ってもいない。何か一つでも秀でていればまだしも……これは……」
「正直、いまひとつよねえ」
共に舌の鍛えられた二人である。真面目に品評会をさせれば、厳しい意見になってしまうのも致し方なし。
と、マスターの目がアメリアに向いた。
「アメリア、君はどう思う?」
「えっ、えっと……」
尊敬する主から期待のまなざしが降り注ぐ。全然わからない、とは言いづらい。大人の仲間入りをするなら何か違いを見つけて、気の利いた事を言わないと。アメリアは慌てて、もう一口ずつ茶を含んだ。
しかし、わからないものはわからなかった。どちらも紅茶、それに違いは無い。
困ったアメリアは、愛想笑いを浮かべてマスターを見あげた。
「えーっと……マスターの淹れるお茶は、全部おいしいですね」
はにかむ少女を前にした一瞬の間。それから、マスターとジェニーが揃って失笑した。
「アメリア。それは、僕にとっては最高の答えだ。ありがとう」
マスターは嬉しそうにアメリアの頭を撫でまわした。少し照れくさくて、アメリアは顔を下げた。
和やかな空気に包まれたところで、マスターが小さく咳払いをして、ささやかな品評会を締めくくる。
「まあ、今は残念なものだったが、下地としては十分だ。もしかしたら十年先、二十年先には、名産地に育っているかもしれない。葉を摘み製茶をする人間も、樹そのものも、成長して変わっていくからね」
マスターはジェニーの持つ筒を見た。葉を摘み、茶に仕上げ、立派な入れ物に詰めて市場に出た。そこには必ず人の意志がある。この茶を広めたいという誰かの強い意志が。
前に進む意志が潰えなければ、成長が止まることは無い。始まったばかりだから不出来で当然、歩みを止めさえしなければ、未来の先には実りが待っているだろう。
マスターはちらりとアメリアを見た。青い目の少女は、無垢な眼差しで自分を見ている。彼女だってそうだ。今は何もわからずとも、いつかきっと一人前になる時が来るだろう。それがいつかなのかは彼女次第だが、亭主の見立てでは、まだまだ当分先になりそうである。
こぼしそうになった笑い声を喉で殺しながら、今度はジェニーに向き直る。
「物事がゆっくり変わり行くのを眺めながら、のんびりと待つのもまた良いものさ。だからジェニー、君もあんまりあくせくしないで、ゆったり構えて仕事をしたらどうかな」
伝えたかったのはそれだった。
葉揺亭での時間を客人がどう使うか、マスターはあまり気にしない。一人で仕事をしようが、大勢で喋りに来ようが、どちらもこの場所、自分の居る店を求めてきてくれたには違いないからだ。
ただし時間に追い立てられるような姿を見ていると、少し心配になってしまう。肩に力を入れっぱなしでは疲れるし、度が過ぎれば倒れてしまう。マスターはそういう人間を何人も見てきた。
自分の手が届く所では、回避できる悲劇は回避させてやりたい。いいや、客を守るのは店主の務めだ。マスターはそう考えている。
マスターが真摯に見つめる中、ふうん、とジェニーは思案するような息を漏らした。
「ゆっくりゆとりを持って? 確かに、それも大事かしらね」
ジェニーは軽く肩をすくめてみせる。軽い調子の彼女には、いつもより愛嬌がにじんでいた。
マスターはにっと口角を上げた。
「わかってくれて嬉しいよ。今みたいに、肩の力を抜いている君の方が、ずっと素敵だ」
「いやね、マスターったら。アメリアちゃんの真似しておだてても、私はなんにも出さないわよ?」
「そういうつもりじゃないさ。僕の本心」
マスターは得意気にウインクしてみせた。
何がそんなにおもしろかったのやら、ジェニーはカウンターに突っ伏して、けらけらと笑い転げている。あまり見たことのない姿だ。アメリアまでもがつられて笑っている。
「良い事だ」
マスターはしみじみ呟いた。難しい事は忘れ、どうでもいい事で笑っていられる平和で穏やかな時間。なんと幸せだろうか。
笑いの波が去って、ジェニーが力の抜けた顔を上げた。ずれた眼鏡を直しながら、マスターに向かって微笑みを向ける。まだ息が少し切れていて、肩が小さく上下している。
「それで、紅茶の達人のマスターから見たら、この紅茶、長い目を見て投資する価値、あると思う?」
「ちょっと……なんだよ、結局仕事の話にしてしまうのか」
「当然よ。ぼーっとして機会を逃したら損失でしょう。……あ、マスター、珈琲のおかわりも頂ける?」
いたずらっぽく笑って、ジェニーは元のテーブルに戻っていく。
マスターは額を打った。あれは、いわゆる職業病というやつだ。しかも、とびきり重症の。一筋縄では治せる気がしない。
「ねえ、アメリア。僕もまだまだだよね」
「なにが、ですか? マスターはすごい人ですよ?」
「……うん、ありがと」
紅茶と言葉で人の心を動かす、それには自信があったのだが。しかしこの結果、まるであの無名の茶と同じで、手ごわい相手には通用しない、と。
どうやら自分もまだまだ店主として発展途上らしい。マスターは苦味引き立つ珈琲豆を挽きながら苦笑した。
葉揺亭 本日のメニュー
「デジーラン」
イオニアンの紅茶は茶樹の種類で大別されるが、その中でも世界各地で高級品と扱われる種がこのデジーランである。
一般的に淡めの水色と繊細かつ豊かな味、香を持つが、それは産地によって大きく異なる。そのため紅茶好きの間で語る時には、産地の名まで付けるのが常。
色や香りを楽しむために、ストレートで飲むのがおすすめ。
「珈琲」
本来イオニアンにおいては熱帯地域で生産消費される嗜好飲料を指す。残念ながらノスカリア近辺にはこの珈琲は流通せず、豆ですらない代用珈琲と置き換わっている。
葉揺亭では本来の珈琲豆に類縁な植物を独自で手配し、限りなく本物に近い珈琲を提供している。
紅茶の渋みとは違うタイプの、がつんとくる苦味と深みのある焙煎香が特徴的で、好きな者はとことん常飲する。




