旅の魔法屋(1)
ノスカリアの時計塔広場にて定例で開かれる朝市には、行商人による出店も数多くなされる。初めて出会った良い感じの店も、それが最初で最後、もう二度と出会う事ができないなんてままある話。朝市に通うノスカリアの住民はそれをよく理解しているから、行商の店は特に人が集まりがちだ。今朝の市の一角でも、群を抜いて大きな人だかりができていた。
葉揺亭のアメリアも、変わった物を探して市をさまよっていた一人である。好奇心の塊である彼女が、異様な人だかりを見逃すはずがない。大人が作る黒山へ向かって恐れる事なく突き進み、輪の中へは入れないと思うやいなや、背伸びしてぴょんぴょん跳ねて人の肩の間から店を覗いた。
見えたのは、なんとまあ、アメリアよりも小さな女の子がお店を開いている光景だった。年の頃は十歳くらい。それが少しぶかぶかな旅人の装備に身を包み、一生懸命身振り手振りを交えながら、幼さがやや強い声音で目の前に並べた道具の説明をしている。その商品も、何に使うかわからないようなけったいな品々で、良く言えば普通にない珍品、悪く言えばがらくたばかり。しかし朝市に出店している以上、子供のお店屋さんごっこ、というわけではないはずだ。
高い声の説明が一度途切れると、興が失せたのか、前に居た人が少し掃けた。アメリアはすかさずその間を割って人だかりの前へと進んでいった。商品については近くで見ても印象が変わらない。木や石や金属の部品たちを組み上げた謎の物体だ。
思っていたほど売れ行きがよろしくないのだろう、店屋の娘はしゅんとしていた。それでも新しく現れたアメリアを見るなり、にぱっとあどけない笑みを浮かべて見せる。
「お姉さん、お姉さん、クシネのお道具見ていってほしいの! 魔法の道具なのーっ!」
「魔法!?」
アメリアは目を丸くした。この世の中において、魔法という言葉が使われるのはほとんど物語や神話伝承においてのみ。普通の人間に無い不思議な力のことは異能、アビラを使う人のことはアビリスタと呼ぶのが常識だ。現実で極当たり前のように魔法との言葉を使う人は、アメリアの知る限り、自分の主人ぐらいしか居なかった。
驚いたと同時に、新鮮さと親近感も覚えた。魔法の道具と言われれば、へんてこな物と思っていた品々も一気に魅力的になる。話だけでも、と思って、陳列台代わりに広げられた敷物の正面へしゃがみこんだ。
これぞ好機とばかりに、魔法屋の少女クシネは、身の丈に余っている袖と裾を引きずって前に出た。雑多に並べてある中から、一つの道具を手に取る。手のひらに乗る四角い木製台座の上に何かがそびえ立っているオブジェのようだ。ただ上部に黒い布がかけてあって、全体像がわからない。
「これは今日の一番の目玉なの! 光の音楽を奏でてくれる楽器なの。いくよ、せーの……えいっ!」
クシネが布をはぎ取った。隠れていたものは弧を描いた銀の棒だった。下端が台座に取り付けられ、上端には乳白色の宝石が埋め込まれていた。素材は美しいが造形はとても単純で、このまま飾るオブジェとしてはいささか物足りない。
だが、これは楽器だ。注目を集める中で宝石が光った。と思うと、たちまち銀の上端から下端へ光の直線が走る。それに並行するように、銀弧の内側に何本も何本も光線が現れた。
ああ、光のハープだ、と人だかりの誰かが口にした。朝日によって紡がれた光の弦は、きらきらと輝きながら独りでに軽快な旋律を奏で始めた。まるで太陽が演奏しているかのようだ。音色は繊細で美しい。幻想的なハープの唄声は耳にする者をみるみる魅了した。もちろん、アメリアも。
「これ、お店で流したらおもしろい、気がする」
「きっとそうなのー! お姉さん、お店の人なの?」
「そうなの。葉揺亭っていう喫茶店……わかりやすく言うと、お茶のお店です」
「お茶屋さん!?」
「うふふ。興味があったら来てくださいね」
「うんうん、気になるの。でも、とりあえず、クシネは魔法屋さん、お姉さんはお茶屋さん、お仕事頑張るの! それで、お姉さんどうするの? 買う? 今買うなら、特別に金貨二枚にしておくの! お姉さんすっごくかわいい人だから、特別なのー!」
金貨二枚、決して安い買い物ではないから二つ返事で「買います」と言えない。しかし、魔法の道具で、行商人で、特別だ。今すぐに買わなかったら、他の人が買われてしまいそうな空気もある。だが、金貨二枚。これで何日パンが食べられるかと思うと気が引ける。でも――。
「か、買います」
「わあっ! ありがとなのー!」
――特別だもの。全然惜しくない、特別に安いんだから、いい買い物よ。
自分のお小遣いが入った財布を出す。店に置くつもりとは言え、さすがに独断で店の運営費から出す勇気がなかった。もっともマスターの性格からすると、むしろこういう物を好んで、少なくとも文句は言わなさそうだが。
財布をひっくり返して金貨二枚分相当の金額を捻出し、代わりにクシネから布にくるんだハープを受け取った。展示してあった時とは違う大きな布を使って台座から全体を何重にも包んだ上で、端は手に提げて持ち帰れるように結わえてある。この心遣いが嬉しい。また商品を渡すときのクシネの太陽のような笑顔も、本当に気持ちの良いものだった。
まったく良い買い物をしたものだ。アメリアは布包みを大事に持ち、いつになくさっさと市めぐりを切り上げて、ほくほく顔で帰路についた。
「どうですかマスター。いいですよねぇ、これ」
アメリアは葉揺亭に戻るなり、早速戦利品を店主に披露した。宝石に光が当たれば音が鳴るという説明だったが、どうやら太陽光でないと駄目らしい。窓から遠いカウンター付近では、外で見た時より弦がぼんやりした物になってしまった。
それでも旋律は微かに流れている。弦と同じく朧げに、静かに。これはこれで逆に儚い美しさを感じ、味がある音楽になっていた。葉揺亭の雰囲気だと、ぽろんぽろん元気に鳴るよりもこの方がちょうどいいかもしれない。
気になるのはマスターの反応だったが、まあ予想通りのもので、ちらりと見せるなり興味津々に食いついた。小さな楽器に顔を寄せ、ふうむと唸りながら、骨董の真贋を鑑定するように細部までまじまじと眺めている。
「基本的にはコルカ・ミラの様式だが……これ大丈夫なのか。白と黒の力は外部に出さない掟だろう、盗品にしろ、自作品にしろ……うーん、よくできてはいる、しかし……」
マスターの独り言を聞きながら、アメリアは豆鉄砲を食ったような顔をした。詳しい事はよくわからないが、掟破り、つまり違法な品物だと。あのニコニコした明るさ満点の女の子が、そんな後ろ暗い怪しい物品を押し付けてくるとは思いたくないのだが。
マスターはハープを眺めながら、しばらく難しい顔をしていた。しかし最後にふむと息をついてからは、切り替えたように優しい面持ちになった。
「まあ、いいや」
「大丈夫なんですか?」
「どこかしらから文句があったとしても、どうにでもなるし、どうにかするさ。それ自体は無闇に騒々しいわけじゃないみたいだし、お店に置いていても構わないよ。日の傾きとか、天気でもかなり音が変わるから、しばらく楽しめるだろうさ」
「わあ、ありがとうございます!」
音が店の空気を損ねるから、と拒否される場合もあっただけに、喜びもひとしおだ。アメリアはハープの台座をわしづかみにし、早速窓辺に走った。
いささか乱雑な扱いだ。マスターが焦って声をかけた。
「アメリア。絶対に弦に触っちゃ駄目だよ。そこは強い力の塊になっているから、最悪、指がちぎれて落ちる。魔法道具の取り扱いは繊細かつ慎重に、それが基本中の基本だが、魔法屋は教えてくれなかったか?」
アメリアは凍りついた。今まさに太陽が紡いだ弦はどんな感触なのだろうか、と考えていた所だった。マスターに忠告されなければ間違いなく触っていた。
思い返しても、クシネは何も言っていなかった。使い方として習ったのは、光に当てると音が鳴るという事と、止める時は厚手の布をかけて保管してやればいいとの事だけ。他に注意されたのは、夜には鳴らない、という事ぐらいだ。
「……まあ、誰にでもうっかりはありますよね」
自分だって転んで果物を道にばらまいたり、熱湯の入ったケトルを落としてマスターに叱られたり、不注意は数えきれないほどやらかしてきた。より小さな子じゃ、なおさら失敗するだろう。アメリアはそう頷きながら、クシネへの恨み言は一切なしにして、うっとりとハープの音色に聞き入った。
天高く日が昇り、妖精が奏でるような繊細な音楽が流れる。そんな中、葉揺亭の扉が静かに開いた。
「はふー、迷子でしたの。お店の場所、わかりにくいですの……」
額の汗を拭いながら入って来たのはクシネだった。小さな体には不釣合いに大きな布袋を担いでいる。下手すれば、彼女自身よりも重いかもしれない。
「あっ、魔法屋さん」
「はああっ! よかったの、お姉さん居ましたの! クシネ、とっても大事な事を言い忘れたの!」
彼女は玄関先でぴょこぴょこ跳ねて存在を主張し、その後、大股でカウンター近くに居るアメリアのもとへ駆け寄ってくると、胸の前で手を握って力みながら、身を乗り出すように語りかけた。
「ぜぇーったいにっ、弦に触っちゃダメっなの! 手が切れちゃって危ないの! かすっただけでも火傷なの! お片付けの時、ものすごく気をつけてね、なの!」
あら、とアメリアが目を開いた。思わず笑みもこぼれる。
「クシネちゃんありがとう、わざわざ教えに来てくれて。でも、さっきマスターが気づいてくれたから、私は大丈夫だったわ」
「はひぃ!? 店長さん、見てわかったの!?」
「……まあね」
口をあんぐりさせているクシネにちらと一瞥くれると、店主はすぐに自分の手仕事へ戻った。なんの事はない、果物を切る際に使うナイフを研いでいる最中だったのだ。切れ味よく満点に研ぎあげるには、手元へ気持ちを集中していなければならない。
真剣なまなざしで口をつぐんでいる、こんな時にマスターを邪魔していけない。だから代わりにアメリアが自慢げに話して聞かせる事にした。
「私のマスターは魔法とか、歴史的なお話とか、そういうの、すごーく詳しいんですよ。魔法都市の、なんだっけ……コルカ・ミラ? に居たんですよ、ね? マスター……うん、きっとそうよ。その町で学者さんみたいに研究してたんです、たぶん、想像ですけど」
「はむぅ。それじゃ、クシネとおんなじなの!」
「えっ、そうなの!?」
「そうなの。クシネもコルカ・ミラで魔法を覚えたの! でも、こうやって旅に出てきちゃったのー!」
にゃははと笑う。元気のいい声だ。話していて楽しい、とアメリアは感じていた。
が、クシネは、アメリアよりもカウンターの方を気にしている。
「あっ。何か飲んでいきますか?」
「せっかくだからそうするの!」
クシネは笑いながら右手をまっすぐ挙げて見せた。
葉揺亭の椅子や机は、幼児が座る設計になっていない。だからクシネが椅子に座ったら足は床に届かなかったし、カウンターテーブルも高く使いづらそうになってしまった。しかし本人は苦ともなんとも思っていないらしく、楽しそうに両足をぶらぶらさせている。大きな荷物は隣の椅子へ置いている。子供一人まるごと入ってしまう巨大さだから、あたかもこういう形の生き物がのんびりくつろいでいるかのような光景だ。
クシネはカウンター上に広げたメニュー帳を、覆いかぶさるようにして眺めまわした。
「うーん、よくわからないの。お姉さんのおすすめはどれなの?」
「え。えーと……」
言い淀むアメリアを、クシネはあどけない顔つきで見つめてくる。果たしてこんな小さな子に紅茶のおいしさがわかるだろうか。少なくともアメリアが最初に飲んだ時――クシネとそれほど変わらない歳だった時には、良さがよくわからなかった。今ではマスターの仕込みもあって、すっかり大好物になっているが。
こんな時マスターはどう提案するか。助けを求めるように視線を向けても、まだナイフの方へ集中していて気付いてくれない。片目をつむって、ナイフの刃をじっと見て研ぎ具合を確認している。ここまでカウンターの状況を無視しているのはいっそ珍しい。
さて困った、自分で考えないと。アメリアは無意識に唇へ指を添え、むーんと唸る。
ふと、メニューの端っこ、お茶でない飲み物の欄に書かれている一品が思いついた。名前はエード。甘味を加えた果汁を鉱泉水、すなわち湧き水で割った飲み物だ。以前にレモンで作ってもらった事がある。甘酸っぱくてひんやり冷えたエードは喉を潤おすのにちょうどよく、お茶のように難しい違いもないし、なにより子供でも飲みやすい。
早速アメリアはそれを紹介した。
「おいしいの?」
「おいしいですよ」
「じゃあ、それにするの!」
「はい! じゃあ、あのぅ、マスター……」
「大丈夫。ずっと聞こえているから」
ようやくマスターは顔をあげ、にっと笑った。ちょうどナイフも仕上がったタイミングだったようで、作業台の所定位置に戻された。




