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天衣無縫の人形師(2)

 玄関入って両脇、窓辺には四人掛けのテーブル席が設えてあるが、これは自由に位置を動かせる。レインの指示の下、マスターがテーブルを店の真ん中近くへ動かして、即席の演台とした。両腕を広げたより少し狭い程度の広さだ。


「少し窮屈じゃないか? もう一脚出そうか」

「大丈夫だよ、時計塔でもこれくらいの台を使ってるから」


 そしてレインは四角鞄を机の上に寝せて、開いた。中に詰められた人形を、丁寧に一体ずつ取り出す。


 また、鞄そのものも舞台装置になる。裏地に青空や森が描かれた布が張ってあり、開いて立てると、さながら絵本を一ページ切り取ったかのようだ。


 最後に観客側から向かって左手に、塔を模したはりぼてが設置された。童話的な幻想世界を切り取って来たかのような、柔らかい印象につくられている。


 すべて整っているのを指さし確認して、レインは軽く息を整えた。それから、椅子に座って並んでいる二人の観客に告げる。


「じゃあ、アメリアが気に入ったってシーン、やるね」


 ぱちんとウインクを見せてから、レインは背景の裏に引っ込んだ。


 ややして、二種の人形が画面両脇に現れる。右手に繋がるは四足で紫色の竜の人形、左手には十人の兵隊の人形を連ねたもの。木製のコントローラーを介し、さらに直接手指にくくられた糸も多い。少しでも油断をすれば、複雑に絡んで解けなくなりそうだ。


 一呼吸おいて、彼女は朗々とした声で物語を始めた。いつもと違って途中からだ、そのため即興でつくったあらすじを、しかし淀みなく唱える。


「これはある王国の物語。魔法の森の奥にある天の塔、そこには邪竜が住んでいました。ある日のことです。この竜が城を襲って、光の姫をさらってしまいました。……ああ、このままでは、世界が闇に閉ざされてしまう! 姫を救うため、王子が王国の戦士たちと共に、竜の討伐へ向かうのでした」


 言い切るとレインは大きく右手を上げた。動きに呼応して、紫の竜が塔の上に舞い降りる。顔つきは厳めしく、翼を広げて強靭さをアピールする。他の人形に比べてやや写実的な造りをしてあるのも効果し、小さくても迫力は十分だ。


 そこへ兵士たちが進んでいく。一糸乱れぬ行進で、各々武器を振り振り、塔へと攻め込む。


 邪竜は見逃さない。大きくかぶりを振り、翼をはためかせて地上に舞い降りた。


 ある物は剣、ある者は槍、後尾の兵は弓矢を携え、隊列は恐れることなく巨竜へ真っ直ぐ突っ込む。


 邪竜は長い尻尾で寄せ手を薙ぎ払った。いともたやすく兵隊の前列が吹き飛ばされた。倒れた兵たちは腕一本も動かない。残った者たちが慌てふためいている。


 竜の攻勢は止まない。今度は鋭い爪で残った兵士を次々なぎ倒し、最後の一人にはとがった牙で噛みついた。


「ぐっはっは。お前ら人間ごときで我に勝てるものかあ」


 レインが目一杯どすを利かせて竜の言葉を代弁する。一方で右手を器用に動かして、糸を指ではじいたり、くくったり。すると糸につながれた竜が大きく胸を張り、身振り手振りで勝利を謳う。その所作は本当に生きているように滑らかだ。


 そんな竜が見せる鋭い視線の先には、散々な状態で倒れ伏す兵士たち。まったく身動きしない者、立ち上がろうとして力尽きる者、怯えて逃げ出そうとする者。各々恐れ慄く光景は、糸一本でつながる人形だということを忘れさせる生々しさ。観覧者にも並ならぬ緊迫感を覚えさせる。


 ――見事だ。


 レインの人形劇を初めて見たマスターも、すっかり感心しきっていた。口元に手を当てて、特異な観察眼で技術をしっかり視る。


「待て! 次はこの私が相手だ!」


 レインが勇ましい声でぴしゃりと言い放つ。同時に左手をはけ、力尽きた兵士たちを瞬時に舞台の外へと回収した。


 そこから手の糸をさっと入れ替え、新しい人形、剣を持った王子を登場させる。肩より纏う青いマントが、無いはずの風になびいている。


 レインが左手の人差し指で、王子の手につながった糸を引っ張った。応じて天高く剣が掲げられ、勇敢そのものの勢いで竜に飛びかかっていった。


 が、いともたやすく鉤爪の手で振り払われる。王子の体が大きな弧を描いて宙に舞った。


 それでも王子は諦めない。片膝をついて着地すると、すぐにまた突撃。何度も繰り返し、竜の身体を突いたり、頭を狙ったり。


 一進一退の攻防の末、王子は邪竜のひっかき攻撃をかいくぐって、その背に飛び乗った。


「姫をさらった邪竜め! これでとどめだ!」


 情感極まった叫びと共に、王子は力の限り剣を竜の心臓に突き立てた。竜は悲鳴を上げながら、大きくのけ反ってもんどりうつ。その勢いで王子は地面に転がされた。


 背中に剣が刺さった瀕死状態のまま、竜は体を這いずって逃げ出した。舞台の外へ裏へと消えていく。王子はそれを見守ってから、


「姫! いますぐ参ります!」


凛々しく言って、塔の中へ入って行った。


「……はい、ここまで! 続きが気になるあなたは、時計塔の下へ来てちょうだいね! 約束だよ!」


 レインが得意気な笑顔を見せてしめくくる。そこで二人の観客は立ち上がって惜しみない拍手を送った。


「どう、マスター? 結構すごいでしょ」


 自信満面のレインはマスターに迫る。褒めて褒めて、そして、勢いで本公演の方も見に来てよ。そんな心の声が顔に書いてあった。


 しかし肝心のマスターは、なにやら不敵な笑みを浮かべていた。


「確かに思った以上だった。なるほど、上手くやっている。君は……人形に魔法をかけているな? 今まで君がそうだとは気が付かなかったが」


 途端、レインは音を立てて息を飲み、怯んだ。さっきまでの押せ押せの空気が完全に消えた。


 しかしどこか腑に落ちない気配も醸す。マルともバツとも言いきれない、採点に困る、そんな悩ましげに。


「……魔法?」

「違うのかい? 僕の見たてじゃ、あれを純粋な指の動きだけで捌くには無理があるんだが。糸を媒介し魔力を送り込み、人形の関節部を魔法的な力で細やかに操作している、それならばあれだけ複雑な動きも可能だ」

「えーっと、そういう感じのアビラなら、うん、使っているけど」


 一応の肯定を見せつつも、レインは煮え切らない顔をしていた。


 アビラ。一部の人が持つ特殊能力、すなわち異能の事が、今日では一般的にそう呼ばれている。


 しかしかつては、そうした力は「魔法」と呼ばれていたのだ。現代イオニアンで魔法や魔法使いといった呼称が用いられるのは、歴史神話や物語の中でか、あるいは特別な地域や民族においてのみ。


 ただ厳密に定義するならば、異能(アビラ)使いと魔法使いの間には違いがある。一つの異能に特化し個性を優先するのが異能使い、通称アビリスタ。一人であらゆる力を使う万能性を持つのが魔法使い。だが、普通に暮らすには意識する意味がないのが現実である。


 つまり、レインが中途半端な態度になってしまった原因は、マスターがあえて魔法と呼んだせい。


「わざわざ魔法って言うのに、何か意味ある?」

「えっ。ああ、何と言うか、その方が口に馴染むから、かな」

「馴染む? じゃあ深い意味は無いんだよね」

「うん、別に。口をついただけさ」


 レインはまだ多少訝しんでいたが、最後は納得したように頷いた。葉揺亭のマスターは歴史や神話伝説に詳しい、いつも書物と向き合っている人だ、常連にはそう認知されている。紙の中に暮らしているような人ならば、魔法呼びの方が馴染むのも不思議ではないだろう。


 一方で好奇心の塊であるアメリアは、そんな言葉のあやなんて細かい事は気にも留めない。はあっと目と口を真ん丸にして、わっとレインに飛びつき手を握る。レインのびっくりした顔はまったく見えていないらしい。神のごとき尊いものを手にしたように、友の手をさすりなでまわした。


「レインさん、アビリスタだったんですね。そんなの、私、ぜんっぜん知らなかったです! すごいです、かっこいいです。そっか、この手が……はあ、素敵」

「ありがと。でも、アメリア、あんまり人には言わないでね。内緒にしてる事だから」

「ええっ。別に秘密にしなくても」

「まあ、ばれたら仕方ないんだけど、そういうのを気にする人って大勢居るし。無闇に広めない方が自分のためだよ。もちろんアメリアのためにも、ね」


 レインは表情を曇らせた。


 アビリスタは異端の存在である。政府からして法で区別し蔑んでいる、である以上、一般市民にも存在自体を嫌悪する人が少なくない。実際に暴力的なアビラを見せびらかしたがる使い手が多く、忌避されても仕方がない側面もあるのだが。


 ここノスカリアは歴史の流れから、比較的アビリスタが許容されている都市だ。それでも振る舞いに気を付けなければ、厳しい批判を浴び検挙されるのが実態だ。たとえ平和的な能力であっても、大々的にアビラに理解があると喧伝するのは、自ら危険を呼び込むのと同義である。


 だから、今のレインがマスターを見る目には、平素にはない怯えがあった。アビリスタであるとわざわざ目の前で指摘するなんて、もしや、自分を糾弾するつもりなのではないか、と。


 もちろん杞憂であるのだが。マスターはレインの気持ちを察して、おどけるように両肩を上げて見せた。


「僕は気にしないよ。君のような魔法の使い方なら――」

「アビラね」

「まあ、言い方はなんでもいいけど。とにかく、僕は君みたいに平和的に力を使う人は好きだ。むしろ、そうやって自分の才能を活かさずどうするんだと思う。魔ほ……ええっと、アビラの扱い方も含めて、君の劇は素晴らしかった。人形自体の造りもそう、さらに動きが自然で、現実的で、だけど物語的誇張も忘れていない。素晴らしい人形師だ」

「よかったあ。マスター、ありがとう」


 レインの顔にいつもの健気な笑顔が戻って来た。年相応の、アメリアとさほど変わらない、純真で無邪気な笑顔だ。


「ふう。じゃあ、劇の話はこれでおしまいね。お茶の続きにしたいな」

「わかった。少し濃くなったと思うから、お湯を差そうか?」

「濃いままでいいよ、ミルクを入れるから。……あっ、そうそうマスター、いつも通りのミント一枚もね!」

「あのマスター。私も同じの飲みたいです!」

「はい、はい。ちょっと待っててくれ」

「じゃあ、その間にテーブル片付けちゃうね」


 レインは広げた店をしまい始めた。操り人形に、舞台装置、全部まとめて鞄に詰めて、ぱちんと金具で留めれば、人形師の仕事はおしまいだ。漂わせているアビラの残り香も、あっという間に茶の匂いで上書きされるだろう。


 マスターが穏やかな気持ちで手仕事を進める。その間にも、他愛の無い会話で盛り上がるアメリアとレイン二人分の笑い声が、切り取られた小さな世界を彩っていた。

葉揺亭 本日のメニュー

「カカオ・ブレンド」

ノスカリアより北方、海を越えた熱帯の島々に産するカカオ豆の粉末をブレンドした紅茶。

ストレートで飲めばほろ苦さ立つ大人の味わい。ミルクを加えればまろやかで深みのある味わいに。

追加のアレンジでミントを加えるのも良し、オレンジも意外と相性は悪くない。

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