表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/145

人形師レインの憂鬱(4)

 その後。葉揺亭では空が白むまで黒幕を捕える作戦会議が行われた。マスターの推理を聞いたレインは顔を青くし、かつ激しく怒りもした。そんなふざけた話があるものか、と。だが結局のところ推理は推理だから、真実を知るためにも犯人を捕まえなければとの意志は一層固くなった。


 三人協力して念入りに策を巡らせた。至って単純で、しかし効果的な罠を。


 そして次の夜が訪れた。


「じゃあ……お休み、アメリア」

「ええ。レインさんも」


 レインの部屋は、アメリアと二人で丸一日を費やして片づけた結果、およそ元通りになっていた。横転していたベッドも元あったように。そして昨夜と同じように、二人は別々の部屋で体を横たえた。


 静かな時が流れていく。寝室にはレインの息づかいがかすかに響く。加えて隙間風の音、そして窓がカタカタと震える音も。窓がわずかに開いているのである。鍵がわりのフックを留めていないため、風に煽られるたびに、内と外を繋げる隙間を狭くとも確実に生み出していた。


 やがて紅の月が天頂に差しかかる頃。


 レインの寝室を覗く黒い影が、窓枠の下から生えるように現れた。そのままぴたと静止して、戸惑いを明らかにしていた。――いつもと窓の様子が違う。しばらくの間、黒い着衣を風にはためかせて立ち尽くしていた。


 やがて意を決したように、その者は揺らいでいる窓の片方に手をかけ、軽い力で手前に引いた。すると、窓は何の抵抗も無く開いて、あっという間に向こうとこちらが繋がった。


 来訪者は歓喜に打ち震えた。声を出すことが許されるなら、高笑いを併せていたに違いない。しかし無音のままで、次の行動に移る。


 通路はちょうど人間の頭一つ分ほどの幅。そこから、部屋の中へふわりと舞い込んだ。


 至極軽い音とともにレインの顔の隣へ着地する。そして枕を越え、窓の反対側を向いていた彼女の顔を覗きこむ。わずかな月明かりに浮かぶは憧れの麗しい顔。いつも(まみ)えるは、人の前に凛々しく立ち、強く雄弁に物語を紡ぐ姿であるが、今静かに目を伏せている様は、まるで愛しの姫君のそれだ。


 そのものはベッドの上で天井を仰ぎ見て、感無量、といった風に声無き声をあげた。


「『ああ、ようやくこの時が来た! 私の姫君よ、もう二度とその手を離しませんぞ。さあ、二人きりの理想の世界へ参りましょう!』」


 刹那、侵入者は跳び上がった。――わけがわからない、一体なぜ私の台詞が聞こえてきたのだ! その台詞を、その言葉を音にしてよいのは、レイン唯一人で。なのになぜ、この男の声は一体何者の。


 そして、劇の台詞を合図としてレインが跳ね起きた。ぱっちりと開いた目は、すぐ前に居る侵入者をまっすぐ捉えている。


 これぞ仕組んだ罠だった。うっかり窓を閉め忘れたふりをして、襲撃者が侵入して来るのを待ち構える。目を閉じていても眠ってなどいなかったし、第一、眠れるはずがない。


 侵入者は慌てて体を強張らせると、あたかも単なる物であるようにベッドの上に倒れた。が、既に時遅し。彼の正体を光の下に晒すべく、ランプが灯った。


 その時、彼は開かれたままの目で見た。光に照らし出される己の好敵手の姿、白い長衣を纏った魔法使いの姿を。つまりあの声の主は。奴にしてやられたのかと、無いはずの血が熱くなった。


 しかし――いや、違う。そう思い直す。あれは人間だ。白の魔法使いはあんなに大きなはずがない。自分と同じ――人形なのだから。


 その者――小さな人形である黒の魔法使いが色々と考えていると、突然、体が宙に浮いた。次に彼の視界に現れたのは、創造主であるレインの悲しそうな顔だった。


「なんで……」


 信じられない。その言葉はもはや声にならなかった。


 そして、左手に持ちあげた人形も何も答えない。あたりまえだ、人形に声はない、あってはならないのだから。


 レインは唇を噛んでベッドに腰掛けている。そこへ白い衣を着こんだ葉揺亭のマスターとアメリアが近寄ってきた。二人も同じ部屋で犯人の到来をじっと待っていた。アメリアは入口付近に、マスターは部屋の隅で、暗闇に張り付くようにしていたから、人形のまがい物の目では存在に気づくことができなかったのだ。


 マスターは、いつになく厳しい目で小さな魔法使いを見据えた。


「さて茶番劇はもう終わりだ。……動けるんだろう? 生ける人の形よ」

「嘘だよね⁉ だって、そんな、この子は操り人形で、糸が無ければ動けないもの! そうよ、きっと誰かが私の代わりに操って――」


 懇願にも近い叫びをレインはあげた。だが、希望の糸は空しく切られた。手の中にあった人形が激しくもがいた。人形師の意志に反する行動、驚いたレインはつい手を離してしまった。


 人形は膝の上から床へと転げ落ちる。床にたたきつけられた直後、彼はぎこちない動作ながらも自力で立ち上がった。己を咎めた男を仰ぎ、次いで、くるりと回って創造主たる少女を仰ぐ。


 レインは半狂乱になった。


「嘘だ、嘘だッ! 私は生き物を作るなんてしない! そんな恐ろしいこと、私は! 嫌ッ!」

「レインさん、しっかり! 大丈夫、大丈夫ですから」


 アメリアが混乱して暴れかけるレインをしかと抱きとめた。怯え震えるレインに、マスターが優しく説いた。


「レイン、君は自分で思っている以上に優秀な使い手なんだよ。君は無意識のうちに自分の能力を研ぎ澄まし、人形に生命力を蓄えさせてしまった。長い間一緒に居て、少しずつ、ね。なおかつ君が深い愛情を持っていたから、それに応えるように彼も心を育んだ。そして……」


 マスターは窓の外、夜空を見やった。


「紅月の魔力が道理を狂わせ、人形を自律させた。月の力を借り、彼は夜な夜な君に会いに来た」

「だけど、それならなんでこんなことに。……もしかして、私が、この子を売ってしまったから? それで嫌われたと思って、私を恨んだの?」


 レインはアメリアの肩口にてくぐもった声を上げた。まだ怯えがあるが、しかし目線は人形へ向いている。


 黒の魔法使いは首を横に振って答えた。その後も必死に何かを伝えようとしているが、声を持たない以上、表現することができない。


 見かねてマスターが呟いた。


「おまえ、文字は読めるか?」


 こくり、と人形が頷いた。


 わかった、と答えたマスターは隣室に出ていった。しばらくして、紙を一枚持って戻って来る。ベッドの上に拡げられたそれには、マスターの手で書かれた、ノスカリアで平時使われる文字が並べられていた。


 紙の前に置かれた途端、人形は嬉しそうに動き回り始めた。文字を一つずつ順に指し示し、たどたどしくも言葉を紡ぎあげていく。


『レイン。好き』

『帰る。レインと劇する』

『悪い魔法使い。できること。レインが教えてくれた魔法』

『ごめんね。気づいてほしかった。怪我。ごめんね』


 ごめんね。その言葉が何度も紡がれる。


 レインの頬を涙が伝った。すべては愛がためだった。離れたくない、それに気づいてほしかった。創造主である自分のためにこじらせた思いが彼に魔性の力を与え、脅威となるに至らしめた。


「……ごめんね。私も、気づいてあげられなくて。こんな事をさせて、ごめん……!」


 レインの掠れた声が響く。アメリアの腕を抜け出し、ベッドの上に居る人形を怪我のない左手で抱き寄せた。


 小さな彼とは駆け出しの頃から一緒だったのだ。昔はアビラの力を借りても今ほどには上手く動かせず、糸を絡ませて身動き取れなくしてしまったとか、舞台を飾る魔法の火で衣装を焦がしてしまったとか、あれこれと事故も起こした。その度に「ごめんね」と謝りながら糸を解き、壊れた部分を直し、そして再び同じ舞台に立って来た。人形を胸に抱いていると、思い出が次々と蘇る。


 右の腕で彼の体をしっかり抱え込んだまま、左手の指で彼の頭をなでてやる。すると人形も縋り付くように手を動かす。その意志のある生き物に等しい身動きを肌に感じ、レインは唇を噛んだ。


 そのまま手のひらを人形の頬からうなじに沿わせ、頭を包み込むようにし、彼とまっすぐ目を合わせた。


「本当にごめんなさい」


 次の瞬間、バキリ、と、鈍い音が響き渡った。耳をつんざく断末魔が、レインにははっきり聞こえた気がした。


 レインは震える左手を開いた。体から折り取られた人形の頭が、手のひらの上で無表情にこちらを見ている。フードの下にあって見えなかったその顔は、青い目をした若々しい男子の形。レインだけが知っていた、黒の魔法使いの素顔だ。


 体の側を押さえていた右腕の力もゆるんだ。衣装ごと胴体が落下する。床に四肢を投げ出した人形は、もうぴくりとも動かなかった。


 アメリアが感情的に叫んだ。


「レインさん! なんで……! なんでそんなこと!」

「人形は、人のかたちをしていても、所詮は物。それが自律して動いて、挙句の果てに心まで持ってしまったら、それはもう人形ではない。生き物なんだよ」

「だったらなおさらひどいです! それに、その子はレインさんのことが好きで……」

「私は人形師、操っていいのは人形だけ。生き物の命を握り込んで操るのは道に背くこと。それに、生き物を創り出すのは神様だけに許されたこと。私はこの世の禁忌を犯してしまった。気づかなかったとはいっても、いけないことをしてしまった。だったら、自分で責任を取らないと」

「でもッ!」


 アメリアは今にも掴みかからんとする勢いだった。が、実際に飛びかかるより先にマスターに捕まった。固く抱き寄せられ身動きが取れなくなる。しかし抵抗はしなかった。むしろ自分からマスターの胸にしがみついた。堪えきれずにあふれだした泣き声は、静かな部屋ではよく響く。


 マスターは胸に押し当てられたアメリアの頭をあやすように撫でてから、次いで、背を向け毅然と立っているもう一人の少女に語りかけた。


「レイン。君は立派だな。尊敬に値する」

「そんなこと、ないよ」


 後姿から放たれたのは自嘲気味な声音だった。語尾は消えいくが、あくまでも堂々とした覚悟の背中を見せている。


「じゃあ、片が付いたし、僕らは夜が明ける前に帰るとするよ。お邪魔したね、レイン」

「……とんでもない。ありがとう、二人とも」


 レインが首だけをひねってマスターの方を見た。微笑みを浮かべるよう作られた横顔で、目には雫が今にも溢れんばかりに溜まっていた。


 マスターは気づかないふりをして穏やかな笑みを返すと、アメリアの手を引きながら、己があるべき場所、葉揺亭へと戻って行った。




 夜の葉揺亭に明かりが灯っているのはこれで何夜目だろうか。そして温かいミルクの香りが漂っているのも、もうお決まりのようなものである。


 アメリアはカウンターの客席側に座っている。目を真っ赤に腫らしてうつむいたまま、時折しゃくりあげる様子もある。まだかすかに湯気が上がるカップには手を付けた形跡がなく、ミルクの液面には艶のない膜が張りつつあった。


 右隣の席には白いローブが引っかけられている。それを着ていた主は、カウンターを挟んだ向こう側で鍋を片し、黙々と店を閉める作業をしていた。


 一通り作業を終えたところで、白い長袖シャツ一枚のマスターは少女の左隣にやってきた。普段は座る事が無い客席の椅子に腰をすえ、カウンターの上に腕を預け、目線はまっすぐ前、本来ならば燕尾の自分が立っているはずの空間へ向いている。そのままの体勢で呟くように語った。


「何かを作り世に送り出した以上、作ったものへ対する責務は果たさなければならない。それが道理だ。レインは作り手としてやるべき後始末をやっただけ。責めてはいけないよ」

「わかってるんです……それに、レインさんが、決めた事だし……。だけど、あの子は生きてました。命を、奪ってしまったんですよ……! そんなのって、そんなのって……!」


 こぼれた涙がぽたぽたとカウンターを打ち、木目を濡らした。


 その姿を顧みる事はせず、マスターはカウンターの内を正面に見つめたままふうっと息を吐いて言葉を繋げた。


「僕はね、違うと思うんだ。彼はあくまでも人形だった。たとえ自律し動けたとしても、たとえ魂を宿していたとしても、だ。彼自身もそのつもりだったのだろう。だからこそ人形師の手の中に戻ろうとした。人形の行く末を握るのは人形師、一介の人形である自覚があったからこそ、彼はレインに己の命運を託した」


 あるいは始めから、人形として創造主に壊される結末を願っていたのではないだろうか。紛い物の生命を受けてしまった、そのことで苦悩したのは、彼自身も同じだったのではないだろうか。マスターはそう思いこそすれ、言語化はしなかった。ただの憶測であるし、いまや真相は闇の中である。


 アメリアは未だ小さな肩を震わせている。反応は無いが聞いているものとして、さらにマスターは語った。


「正解がある話じゃあないさ。道理を取るか、信念を貫くか、情を大事とするか、どれが正しいかは人によって違ってくる。僕だったら……あんな真似はできなかった。それが道理に反する事だとわかっていても」


 そうして後悔して、あるいは肯定して。迷い悩み進んで行くのは、自分で自分の運命を決められる人間の特権である。人の手にすべてをゆだね、操られるがままになる人形との違いだ。



 数日後。


 葉揺亭には日常が戻っていた。店主と店員の仲睦まじい空気の中、玄関が開く気配がすると、すぐさまアメリアの明るい挨拶が響く。


「いらっしゃいま……レインさん!?」

「やあ、レイン。元気そうだね」


 眩しい太陽の光に包まれながら現れたレインは、これまた普段通りの凛とした佇まいだった。にっと笑った顔色もすこぶるよく、憂悶の色は一切ない。長い黒髪は艶やかに整えられ、右手の包帯も少しばかり軽くなったようだ。


 レインはまずはその場で丁寧に頭を下げた。


「二人とも、その節は色々ありがとうございました。ほんと、ものすごく迷惑かけちゃって」

「迷惑だなんて。いつでも頼ってくれていいんだよ」

「あはは、じゃあ今後もよろしくお願いしまーす」


 暢気に笑っているレインに、カウンターから飛び出したアメリアが不安げに尋ねる。


「レインさん、これからどうするんですか……?」

「えっ? どうするもこうするも……何も変わらないよ。今まで通り。だって、私はしがない人形師、人形を作り操るしか能が無いわけだもん」


 レインは得意気に笑った。雲一つない、青空のような笑顔だった。いつかと違って無理している素振りはない。


「というわけでマスター、いつものちょうだい! とびきりおいしいやつね! 一仕事してきたところだから」

「おや、早速かい」

「うん。まあ、仕事と言ってもいいのかも微妙なんだけどさ」


 レインは苦笑した。


「あのね、例の魔法使い人形の持ち主になった人に謝って来たの。持ち主はあの人なのに、勝手に壊しちゃったわけだから。事情を話して、新しいのを作るってことで納得してもらったよ」

「アビラのことも打ち明けたのかい? 大丈夫だったのか」

「えっとね、その辺はちょっとだけ嘘ついちゃった。マスターの言ってた事を参考にして、紅い月のせいでおかしな現象が起こったらしい、って。普段から舞台でアビラストーンたくさん使っていたのも影響してるって、そんなような話をギルドの人に教えてもらったって説明をしたら、信じてくれたよ」

「それならいい。真実をすべて素直に伝える必要はないからね」

「本当にそれだよ。変な噂が立ったら、私も商売あがったりですごく困るもん。まあ、この話は、めでたしめでたし、それで、おしまい!」


 気丈な足取りでカウンターに陣取る。そんな堂々としたレインの姿は、以前よりも少し大きく見えた。

葉揺亭 本日のメニュー

「カモマイル・ミルクティ」

カモマイルを主体にしたハーブのブレンドティをミルクで煮だした茶。フローラルな香り。

心を落ち着け良質な睡眠を与えてくれる、癒し効果が強い。また蜂蜜との相性も良い。


「あったかミルク」

ほっとした気分になりたいならやはりこれ。葉揺亭では沸かさないようにじっくりと小鍋で温めている。

元々ほんのり甘みがあるが、砂糖あるいは蜂蜜をちょっぴり加えると更に温まる。


ノスカリア・食べものダイアリー 

「レモン・ジェリー」

レモンの果汁と花蜜をゼラチンで固めてつくった冷製の菓子。中にレモンの砂糖漬けを輪切りで封入してある。

固めの仕上がりで、甘酸っぱくてすっきりした味。砂糖漬けレモンの皮は少し苦いが、丸ごと食べられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ