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葉揺亭の休日(1)

 朝だ、窓の向こうから小鳥の声がやかましく聞こえる。アメリアは身づくろいをしながらそれを聞いているが、まだ半分夢の中、覇気のない寝ぼけ眼をしていた。


 とろとろとした動きで服を着替え、髪をとかし、三つ編みに結って。終わる頃になっても、まだぱちっとした目つきにならない。遊んでいた鳥も、もう次へ行ってしまったのに。


 そのままアメリアは自室を出ると、ゆっくりと階段を降りた。いつもよりさらに寝坊な時間だとわかっている。が、急ぐつもりはまったく起こらない。


 そして店への扉を開けた。見えた空間には明かりが灯らず、窓には幕がかかっていて、朝だというにひどく暗かった。そして、ひんやりとしている。音も一切なかった。もちろん人の気配も。


 先日も似たような風景を目にした。マスターが体調を崩した、あの日だ。その時は暗い店を見るなり、冷や水を浴びせられたように目がさえたが、今日はそんな事もない。どうせマスターもゆっくり眠っているのだろう、そうのんびりと構えていられる。


 そう、今日は珍しい、葉揺亭の休業日なのだ。


『明日は休みにするから、よろしく』


 昨日マスターからそう言われた時にアメリアも初めて知った。休日なんて久しぶり過ぎて、驚いたものだ。


 朝だというにすっかり寝静まっている店内を見る。と、作業台の上にメモが置いてあることに気づいた。マスターの流れるような筆遣いの文字が、麗しく並んでいる。


『ノスカリアの外へお茶の買い付けに行ってきます。明日の朝までには戻るから心配しないで。君も自由に過ごしてくれればいいけれど、くれぐれも約束は破らないように』


 約束とは、危なげな人や場所には近づくな、町の外には出るな、夜は一人で出歩くな、という外出三箇条とでも言うべきものだ。親が子供に言いつける、ごくごく普通の内容である。アメリアも今まで破った事はない。


 わざわざ言われなくてもわかっていますとも。そんな風に口をとがらせて、アメリアはメモを置いた。


 が、はっと目を丸くして再びメモをひっつかむ。


「ま、マスターが外出ぅ!?」


 二度見ても間違いなくそう書いてある。まるで空から飴が降ってくる目にあったような、休業よりももっと珍しく驚くべき事柄だ。残っていた眠気も全部吹き飛んだ。


 いや、外出自体はこれが初めてではない。やむを得ない用事で、完全防備の上で出かけて行く姿を何度か見た事がある。ただそれは諸々の手続きで政務所へ呼び出されたとか、ハンター翁にかなり特殊な植物の採集を頼みに行ったとか、すべてノスカリアの町の中で済む用事であり、出かけて行ってもすぐに帰って来ていた。


 ノスカリアの外へ行く、そうはっきり言って居なくなったのは、アメリアが知る数年間で初めての事である。とんでもない大事件だ。


「……それなら一緒に連れて行ってほしかったなあ」


 驚きの波が去ってからやって来た感想はそんなものだった。再び口をとがらせて、アメリアはメモをそっと置いた。



 さて、丸一日好きにしていい休息日だ。労働者ならば手放しで喜ぶべきなのだろう。が、アメリアはさほど嬉しさを見せず、むしろ困っていた。と言うのも、アメリアにとって葉揺亭の店員として立つ事は生活そのものであって、それを取り上げられてしまうと、どんな顔をして居ればいいのかわからない。


 とりあえず、パンとミルクで腹ごしらえをする。今日の曜日を確認して、何か町でおもしろい催しはなかっただろうかと考えながら。が、この地陸(ちりく)の日には特別アメリアの関心を引く行事はない。


 それでもとりあえず家を出る事にした。誰もいない葉揺亭で一日じっとしていてもつまらない。


 ただ町に繰り出したはいいものの、特に行くあては決めていなかった。赤い屋根の家々が並ぶ道なりに、緑色のワンピースの裾をひらつかせ、アメリアはゆっくり歩く。


 商店通り、広場、時計塔――広いノスカリアの街を頭の中で一周巡る。が、なかなか妙案が浮かばい。せっかくの休日なのだから、普段とは違う所に足を運んでみたいものだが。


 いっそこっそり町の外へ行ってみようか。門が見える範囲までなら、ほとんど町の中として差支えないのでは。一瞬そんな風に魔がさしたが、すぐに首を横に振った。誰が見ているかわからないし、どこからマスターへ情報が流れるかもしれない。居ないとわかれば即座に約束を破った、こんな事で失望されるのは嫌だ。


 それでも何か、どんな小さな事でもいいから特別な事をしたい。色々と考えて、ひらめいた。


 それは友だちの家へ遊びに行くこと。相手は人形師のレイン=リオネッタだ。いつも会うのは屋外での人形劇や、彼女の方から店に来てくれた時ばかりで、アメリアから訪ねた事がない。彼女の家の場所自体は知っている。場合によっては仕事中にいきなり押しかけてしまう形になるが、嫌な顔をされないだろうか。少しだけどきどきしながら、アメリアはレインの家がある南東の方角へと足を向けた。



 突然の来訪客に、レインはやはり驚きを見せた。しかしすぐに破顔して、アメリアを快く迎え入れてくれた。


 レインの家は工房も兼ねている。案内された部屋には、棚にも机にも人形の素材や色々な道具、それと完成品の操り人形が所狭しと並んでいた。整理整頓はなされているが、いかんせん物が多すぎてごちゃごちゃして見える。しかし、不思議とその光景が落ち着く。


 レインは広いテーブルの上に散らかしていた人形の部品を、かき抱くようにして隅に集めた。それから椅子の上に築かれていた布の山を床にどけ、アメリアに着席を促した。


「ごめんね、きりのいいところまでは続けさせてよ」


 レインはそう言うとアメリアの対面に座って、途中だった仕事を再開した。白木の頭部を手に取り、鼻の形や目の周りなど、細部を削って整形している。目を細め、神経を集中させる。そんな彼女の手で産み出されている人形は、時計塔の劇で披露しているものよりも写実的で、精巧さにも磨きがかかっている。


 その巧な手にアメリアから熱視線が浴びせられていた。ほう、と惚れこむように、一つの作品が生み出されていく様子を見守っていた。


 しばらく続いた沈黙を破ったのは、意外にもレインの方であった。


「お店が休みって言ってたけど、どうしたの? 珍しい」

「マスターが出かけていっちゃったんです」

「えぇ?」


 レインはすっとんきょうな声と共に顔を上げた。アメリアの目を真っ直ぐに見て、ぱちくりとまばたきを繰り返した。

 

 それから、またゆっくりと視線を落とす。小さく仕切られている道具箱から、緑色の宝石……いや、硝子玉でできた目玉を取りだした。レインの手の中に居る小さな人にぴったりの大きさだ。


 人形をつくる手は決して止めない。しかし、口だけはアメリアに対して動かす。


「あの出不精なマスターが外出ねえ。うーん、そんな事が起こるなんて、こりゃ太陽が爆発するかもしれないなあ」

「マスターだって、たまには出かけることありますよう。……数えるほどしか見たことないですけど」

「ふーん。『外に出たら死ぬ』はどこいったんだろう。私の劇も見に来られないくらい重い病気らしいのに」

「それなんですけどー……」


 アメリアはテーブルの上に身を乗り出して、なんとなく声をひそめた。レインも囁きに興味深々とばかりに耳を向けて前のめりになる。


「ものすごくしっかり着込めば、外に出ても大丈夫みたいなんですよ」

「あー……光がどうこうだから、そうだろうね。小さな声で言う事でもないよ」

「ただ、どう見ても怪しい、危ない人にしか見えないから、あんまり人に見せたくないんです。あれはきっとそういう事です。恥ずかしいんですよ、マスターも」


 アメリアがかつて見た時は、足の爪先まで隠す長い丈で、袖も手首をすっぽり隠すほどに長い、白い厚手のローブを纏っていた。さらにフードも顔の半分が隠れるほど深く被って、目もろくに見えなかった。そして手には黒い手袋を着用し、一切の肌をあらわにするものかという強い意志が見て取れた。暑い日でも寒い日でも関係なかった。そんな風貌で黙って店を出ていく背中からは、どうにも近寄り難い空気が放たれていたものである。中身が優しいマスターだとわかっていても、だ。何も知らない町の人々が見たら、はてさて何だと思うやら。


 それを懇々と説明すれば、レインが肩を震わせた。


「アハハ、それ、私の劇で『悪い魔法使い』がする格好そのままだよ」


 そう言ってレインは部屋の隅にあるチェストへ目線を投げた。そこには劇で使う操り人形たちの一部が集合していた。紫色の大きな竜の隣に、黒いフード付きローブの人物が鎮座している。なるほど、色は違えどいつか見たマスターそっくりだ。


 悪い魔法使い。その人形にはまったマスターの顔が、いかにも邪悪な表情をしてグハハハハとどすの利いた笑い声を放つ。そんな様を想像して、アメリアは失笑した。似合わなさ過ぎて滑稽だ。


 その向かいで、レインは笑みをこぼしながらも、手つきは慎重に人形へ目をはめ込んでいた。手の中で産まれた緑色の目をした美しい女性と、正面切って向かい合う。


「よーし、順調!」


 満足そうに笑って、息をついた。


 レインは手早く目の前の道具を片づけ、これもテーブルの隅へと寄せ、そして椅子から立ち上がる。


「アメリア、お茶にしよっか。私はマスターほど上手じゃないけどね」

「いえいえ、そんな事ないですよう。レインさんのお茶もきっとおいしいです」

「ありがとう。お菓子はショートブレッドでいい?」

「はい! なんでも嬉しいです!」


 料理はレインの趣味でもある。だからもちろん、作り置きしてある菓子も手製だ。家庭料理にしては凝っているレシピも豊富に知っている。商売柄、料理人を抱えるような富豪の屋敷へ行く事も多く、その際に雑談ついでに教授してもらうのだ。


 レインはしばらく隣の部屋にあるキッチンへ引っ込むと、やがてトレイを持って戻ってきた。青い花柄のティーセットと、同じ絵柄の皿に盛られたショートブレッドとが机の上に並べられた。


 さて、少女たちの慎ましやかな茶話会の始まりである。


 まずは色の濃いお茶を一口。紅茶特有の華やかな芳香が口の中に広がる。一般家庭で飲む分にはかなり上等なものだ。だが、なるほど、葉揺亭で出てくる紅茶に比べると、どこか違うような。


 レインはやれやれとばかりに長い息を吐き出した。


「やっぱり、マスターのみたいな繊細で複雑な感じが出ないんだよねえ。何が違うのかなあ、不思議」

「そんなこと言いますけど、ちゃんとおいしいですよ」


 嘘偽りない賛辞をしながら、アメリアはお菓子にも手を伸ばした。紅茶は甘味と相性がよく、どちらのおいしさも引き立ててくれるものだ。生憎マスターが甘味嫌いであるから、葉揺亭ではメニューとして扱っていないが。


 きつね色のショートブレッドをかじる。ほろほろと崩れる食感と共に、幸せな甘い味も広がった。口をもごもごさせて、アメリアは顔をとろけさせた。


「おいしいでふ」

「ありがとう」

「これ、どうやって作るんですか?」

「バタールの実の脂を練るでしょ。そこに砂糖と塩を一つまみ入れて、よーく混ぜるでしょ。そうしたらそこに小麦粉も混ぜて、形を作って、焼くだけ。この前のフルーツ・ケイクに比べたら、ずっと簡単だよ。また作り方書いてあげよっか?」

「わあ! お願いします!」


 アメリアの返事は早かった。マスターに頼らず、自分でお菓子がつくれるようになったら、毎日食べられるようになる。毎日が最高に幸せなティータイムではないか。


 レインが手近な紙きれにささっとレシピを書く。受け取ったアメリアは、汚さない内にワンピースのポケットにしまった。紅茶を飲んで口を潤おし、幸せ心地にほっと一息もらす。


 ふと、レインの背後にある棚に目が留まった。眩しい白に視線が吸い込まれたのだ。


 その正体は、腕に収まるような小さな人にぴったりな大きさの純白のドレスだった。全体的に豪奢な雰囲気を醸しており、大量のフリルがあしらわれているのが一番の特徴だ。段の多いスカートの裾が地に向けて大きく開いているのも印象的である。


「きれいなドレスですね」

「ああ、あれね。依頼品なの。とあるお嬢様の婚礼の式典に飾りたいんだって。人形の顔もできるだけそっくりにしてほしいって頼まれたよ」

「へぇ……すごいですね」

「先に胴体の方だけ完成させたんだけど、あの衣装を縫うだけでだいぶ時間取られちゃってさ。だからいま大慌てで頭の製作中」


 そう苦笑しながら、視線をさっき構っていた人形の娘に落とした。頬の盛り上がった柔らかい表情を見せる彼女には、しかしまだ後頭部や髪の存在が欠けていた。


 アメリアは眉を下げた。知らなかったとはいえ、ずいぶん忙しい所へ押しかけて邪魔をしてしまった。


 だがレインは嫌な顔一つせず、むしろ笑っている。


「そんな、気にしないでいいよ。良いものをつくるには、休憩も大事なの。とても集中力がもたないから。……って頭じゃわかってるんだけど、一人でずっとやってるとさ、ついついそういうのないがしろにしちゃうんだよね。だから、アメリアが来てくれたの、すごく嬉しかったんだ。解放された感じで」


 机に両肘をついて肩を揺らすと、力の抜けたレインの肩にさらさらの黒髪がこぼれた。


 アメリアはそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。ただの幸運だったにせよ、喜んでもらえたら何よりだ。


 そして、ふと気づいた。


「もしかして、マスターもそうなんでしょうか。私なんて居なくても一人でお店ができるのに、私の事をずっと置いてくれているのは」

「きっとそうだよ。案外寂しがりやなんじゃないかな、接客の仕事をするくらいなんだもの。奥さんも居ないし、あの感じだと交友関係もすごく狭いだろうし」


 ふふっとレインは笑って、紅茶をすすった。そのカップを片手にしたまま、澄んだ瞳をアメリアに向ける。


「だってさ、アメリアにとっても、ただの雇い主の店主さんってだけじゃないでしょ。一緒の家に住んでるんだし」

「ええ。なんというか……お父さんとかお母さんとか、そういう人です」

「それ両方って、変じゃない?」

「うーん……でも、実際どっちもって感じですもの。私、自分の本当の家族の事、全然覚えてないですし」


 レインが喉を詰まらせたように表情を強張らせた。


「あっ、そっか。そうだったね。なんか、ごめん……」

「いえいえ、いいんです。気にしてないですから」


 アメリアは持前のあっけらかんとした笑顔を向けた。


 本当ではない家族。そのはじまりは、去り過ぎたある雨の日の事。ノスカリアの町に居場所を求めて独りさまよっていたブロンドの少女は、思いがけず葉揺亭のマスターと出会った。その時少女は何も持っていなかった。そんな少女に、彼は言った。


『求めるものは何でも与えよう。さあ、君はこの私に一体何を望む?』


 少女は飢えていたから食べるものを求めた。だったらこれを食べなさいと、男はスープとミルクティを差し出した。


 少女は生きるために仕事を探していた。だったらここで働けば良い、と男は言った。


 少女は物心ついたころより孤児院に居て、頼る親類も帰る家も無かった。だったらここの空き部屋に住んで自分を頼れば問題ない、と男は笑った。


 そうして今日の葉揺亭のアメリアがここに居る。店主と店員であり、疑似的な家族。それがマスターとの関係だ。


 レインがショートブレッドをかじりながら、なんとなしに呟いた。


「やっぱり、ちょっとだけ羨ましいな、アメリアの事」

「えっ。何がですか?」

「家族が居るって事が。いつでもすぐに頼れる人が居るって、心強いもん」

「レインさんも……一人だと、寂しいんですか?」

「うーん、寂しいはちょっと違うかなあ。静かな家なんてもう慣れちゃったし、それに、厳密には一人じゃないしね」


 レインはにっと笑いながら、部屋のあちこちに居る人形たちを見渡した。


「私にとってはみんな自分の子供みたいなものだよ。中には私が小さい時からずっと一緒の子も居て、そういう子は兄弟とか友だち感覚。そうそう、みんな名前もちゃんとあるんだよ。例えばあの子はレーヴェ、その隣はアスタ、向こうの竜はジャ=カオンって言うんだ」

「名前……」

「そう。名前をつけると個性が出てきて、一つ一つの人形を大事にできる。人間と同じで、人形だって同じ物は二つとないんだから。これ、父さんの受け売りだけどね」


 レインは零れて来た髪を耳にかけながら、得意気に笑った。


 一方アメリアは神妙な顔をしている。机に置いたカップを両手で包み込むように掴んで、じっと考え込んでいる。急にどうしたんだ、レインが訊ねると、アメリアは氷が解けたように困り顔で微笑んだ。


「私、マスターのお名前、知らないんですよねえ……」

「ええっ!? なんで? 変だよ、それ」

「やっぱり、そうですかね」

「だって一緒に暮らしてるんでしょ? そうすると仕事じゃない時は、名前で呼ぶものじゃない? と言うか、そうしてるものだと思ってた」

「ずーっと『マスター』です。初めて会った時から、今まで。特に不便もなかったですし、そういえば、聞いてみようとも思わなかったです」

「不便って……まあ、確かにそうだけど。でも、聞いた事くらいはあるでしょ。お客さんとか、友だちとか、誰かしらが名前で呼ぶ機会はあるはず」


 アメリアはぷるぷると頭を横に振った。本当に聞いた事がない、聞いていたらさすがに忘れない。客はみな、初めてやって来た人でも、店主さんと呼び、名前を聞こうなんてしない。かく言うアメリア自身、常連客がマスター呼ばわりするのを傍で見ていて「この人の事はそうやって呼ぶものだ」と習った口だ。


 そしてマスターの側もわざわざ名乗る事はしないのだ。葉揺亭で店主と呼べば一人しかおらず、それで通じるのだからいい、という考えなのだろう。


 では、マスターの個人的な知人なら、店主呼ばわりはしないのではないか。レインが言う通り、それが普通の感覚だ。ところが、アメリアが知る限りではそれも一切ない。そもそも絶対数が少ないから断言はできないけれども。


 代表してヴィクターの場合を挙げる。彼は葉揺亭が開店する前から、マスターと知り合いであったらしい。が、名前で呼びかける事はしない。アメリアに喋りかけてくるときは「あの人」だし、直接呼ぶときは「あんた」などとぞんざいに。あるいは茶化すようにマスターと呼ぶか。性格上そうなるのだろうか。一応ヴィクター以外の知り合いも居るが、やはり似たようなものである。


 そんなわけでマスターの名は絶対に聞いた事がない。アメリアは自信満面に断言した。


 今度はレインが神妙になる番であった。むうと唸って、腕を組んで、天井を見上げる。


「なーんか、とっても怪しいなあ」

「そうですか?」

「うん。もしかしたらさ、名前がばれたら困る有名人なのかもよー?」

「有名人」

「どこかのお偉いさんで、色々なしがらみにうんざりして全部を捨てて人生をやり直しているとか。昔の王族とか。それかー……何か悪い事して逃げて来たから、隠れて暮らさなきゃいけないとか?」

「悪い事……」

「もちろん冗談だよ! 全然そんな悪い人じゃないのは、アメリアが一番よくわかってるでしょ」


 アメリアの知っているマスターは。いつも優しくて落ち着いていて、穏やかに微笑んでいて、とても頭がよくておしゃべりで、時々むかっとさせられることもあるけれど、誰よりも信頼できる家族だ。アメリアはレインの問いかけに、胸を張って大きく頷いた。


 すっきりした所でティーカップを持ち上げた。ほどよく冷めた紅茶はついごくごくと飲んでしまう。


 空のカップを置いたところで、レインが声をかけてきた。


「もう一杯淹れようか? 今度はシナモン・ティとかどう?」

「嬉しいです、けど……レインさん、お仕事はいいんですか?」

「私ももう昼前はお休み! 午後から頑張るよ」


 レインは屈託なく笑ってキッチンへと発つ。足取りは軽く、楽しそうであった。


 数多の人形に見守られながら、少女たちの休日の茶会はまだまだ続いていくだろう。とりとめなくくだらない雑談に興じる、有意義な時間が。


 ノスカリアの空は雲一つない快晴で、レインの家も室内だというのに、同じくらい明るい雰囲気が支配していた。

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