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異世界茶話(3)

「まずはこのお茶がつくられた時代。これね、神代のものなの。千年、二千年、いいえ、もっと古いのかしら? 気の遠くなるほど昔、神がこの世界を創ったすぐ後よ」

「……その論拠は?」

「実はね、神代文字が刻まれた石板が一緒になっていたの」

「君そんなもの読めたのか」

「いいえ。でも知り合い……っていうか、私の従弟がそういうの好きで」

「学者さんなんですか?」

「学者『崩れ』よ。小屋に引きこもってかび臭い本に埋もれて、何をしているかわかったものじゃない。別に成果を外に喧伝するわけでもないし、そもそも自活能力がないし……まったく、あの子を受け入れてくれた会長には感謝するしかないわ。知識ばかりあった所で――」


 その従弟とやらに対して溜まっているものが相当あるのだろう、ジェニーの愚痴が止まらない。どんどん話が脱線していく。


 マスターがわざとらしい咳ばらいをして遮った。


「本題は」

「ああ、ごめんなさい。つい」


 ジェニーが銀縁眼鏡の奥で弧を描きながら、顔の前で手を合わせた。そして、本題、石板に記されていた内容について話題を移した。


「ざっくり言うと、茶話会の報告書みたいなものだったの。お茶の種類と、お菓子や料理の名前。ただ固有名詞はよくわからない。だから具体的にどんなものなのかは、想像するしかないわ」

「古代のお菓子! 気になります」

「やっぱり気になる? 名前があがっていたのは三つだったわ。木苺の何か、それと何かの食材を、たぶんパンみたいなもので挟んだ――」


 マスターがこめかみに手をやり、はあ、とため息をついた。


「何かとか、たぶんとか、穴だらけじゃないか」

「もう、私に文句を言われても困るわ。これ以上どうやってもわからないって言うんだもの。それで、後の一つは七色の星砂糖、ですって。これは単語の意味を組み合わせてわかったみたい」

「星砂糖! なんだか、すごそうです。それに七色……そんなお菓子、見たことないですよ。絶対おいしいに決まってます」


 アメリアは豊かな想像力を働かせた。夜空に煌めく星の光が七色の結晶となって地上に降り注ぐ。そんな夜空の贈り物は、他のどんなお菓子より甘いに違いない。


 そこへジェニーが告げた。


「でもね、この手紙の送り先の人は星砂糖の事が嫌いらしいわ」

「ええ!? おいしくないんでしょうか、お砂糖なのに」

「どうかしら。味の好みは色々だし。単に甘いものが嫌いな人かもしれないわ」

「なるほど、マスターみたいな変わった人ですね」


 くるりと向いた二か所からの視線を、マスターは知らぬ顔で両手を開き受け流した。


 そんなことよりも、と、作業台に腕を置き、やや前のめり気味にジェニーに問うた。


「手紙ってなんだ。話が違う、記録が刻まれた石板じゃなかったのか?」

「その石板が現代でいう手紙なの。今ちょっと話した茶話会の記録も、人に宛てたもの。その後には、いかにも手紙らしい文章も刻まれていたわ。これから順番に話そうと思っていたのに」

「そういう重要な部分を先に教えてくれよ」

「大事な事を先に言ったら、話が盛り上がらないでしょ?」

「誰かへの手紙である事がもったいぶるほど大事なのか?」

「ええ、そうよ。そこが一番すごいのよ。まあ、とりあえず黙って聞いていてよ。手紙部分を読みあげるから」


 含蓄ある笑みを浮かべながら、ジェニーはジャケットの胸ポケットから四つ折りにした紙を取り出した。広げられた面には、長い文章が黒いインクでしたためられている。細やかで流麗な文字はジェニーのもの。従弟の翻訳したものを自身で書面としてまとめあげてきたのだろう。


 ジェニーはすっと小さく息を吸い、つらつらと文面を読み上げる。聴き手の耳に染み渡る落ち着いた声だ。


「『花も咲く時期ですね。久しぶりにご主人様たちとお茶会をする時間を取れました。とても楽しかったです。遠くに居るあなたにも、お茶飲み話をお裾分けしましょう』」


 顔も名前も性別すらわからぬ差出人。だが現代で蘇るその姿は、読み手の影響を受けてしとやかな娘の像を結んでいた。遥か古代に生きたその人は、果たしていかなる想いを石板に託したのか。


 ところが重要なところを前にして、ジェニーが目線を上げた。弁明するようなまなざしだ。


「これは前文で、ここからさっき話したお茶とかお菓子の紹介に続くの。さらにその後ろから始まる文章には、魔法がどうとか、研究がどうとか書いてあるらしいんだけど、ほとんど解読できなかった。だから実際の文章からは何行も飛ばして続きに行くわ」

「うわ、僕としてはそこが知りたいんだけど」

「言うと思った。でも残念、読めないものは読めないのよ。マスターが解読してくれるっていうならいいけど、さすがにそれは無理でしょ」


 さらっと言い放ってから、ジェニーは手紙の続きを流すに戻った。


「それで次ね。『どこにいるかもわからない貴方様。目を伏せて遠くの人となってしまった今でも、私たちはあなたの大切な友であることには変わりません。貴方がどこにいようとも私の心はお傍におります。ああ、忘れないでください! 心の絆はいかなる事があっても――』」

「ちょっと、ちょっと待ってくれ!」


 感極まって叫ぶような朗読になっていた所を、マスターはまたも強く静止した。


 止められた方は至極不機嫌な顔になった。何かしら、とぶっきらぼうにジェニーは言う。その横に居るアメリアも、何度も話の腰を折らないでほしいと口を尖らせていた。


 マスターは彼女らと対照的に、優しく丁寧に問いかけた。


「ねえ、ジェニー。まさか君、手紙の文面に勝手な解釈を混ぜていたりしないよね? 解読に難儀したわりには、ずいぶん、熱すぎるくらいに心がこもった文章なんだけど。君の想像で適当に翻訳しているのとは違うよね?」

「さっきも言ったけど、私にはあんなものは読めないから、改竄のしようがないわよ。従弟の翻訳したそのままだと、堅苦しすぎて全然それらしさがなかったから、ちょっと意訳をしたくらい。もちろん意味は変えていないから、怪しまずに聞いてちょうだい」

「そ、そう……」


 考えようによっては、それこそ改竄の他ならないのだが。ジェニーのあまりに強気な態度に、指摘をするのは無駄だと悟り、マスターは顔を引きつらせたまま口をつぐんだのだった。


 しかしこの調子では、ジェニーの情感極まった朗読劇が延々と続きそうだ。知りたいのは手紙を総括した内容、「一番すごい」と彼女が言い張るゆえんだけであるのに。


 とりあえず、全体がまとめられているだろう結びの部分を先に紹介してくれないか。マスターはそう希望した。するとジェニーはまたもなにか言いたげに眉をひそめたが、強く請われて、しぶしぶ頷いた。


「しょうがないわね。えーと……。じゃあ、ここから。『近頃現れる時空の裂け目は貴方様によるものと聞きました。だから私の心が貴方様のもとに届くと信じ、これを時空の裂け目に流します。ではまた。ルクノール様、心からお慕いしております。誰それより』」


 読み終わった余韻の中で、ジェニーは聞き手に向かって視線をちらつかせた。期待するものは、動揺や驚愕、あるいは歓喜、そう言いたげな表情だ。


 だがマスターはいたって冷静で、腕組み目を伏せている始末。おもしろくない反応である。


 一方のアメリアは、気持ちよくなるほど期待通りの反応を返してくれた。目を真ん丸に開ききらきらと輝かせ、興奮を押さえるように胸の前で二つの拳を握っている。それでジェニーを食い入るように見あげていた。


「ルクノール様……って神様じゃないですか」

「ええそうよ。この世界を創った、一番偉い神様。読み違えとかは無い。この手紙は、創世神ルクノールに宛てて書かれたものよ」

「これ書いた人、神様とお友だちって! すごいです! ああ……本当に居たんですねえ、ルクノール様。それに、このお茶、ルクノール様も紅茶を飲んでいたんですね。なんだか、ものすごく感動します」

「でしょ、すごいでしょう? 手紙がもうちょっと正確に読めれば、本当に歴史を大きく揺るがす事になるわ。もしかしたら、神ルクノールやその使徒たちがどこに住んでいたとか、どんな暮らしをしていたとか、どんな人柄だったのかとか、全部わかっちゃうかもしれないんだから」


 神たる者の実在を裏付け、その素顔に迫る一つの記録。異界から持ち帰った茶はそれそのものよりも、むしろ付属する文章にこそ価値があったのだ。石板の存在が公表されるだけでも、ルクノールの信徒たちは相当色めき立つだろう。良い方向か悪い方向かは別として。


 さらにジェニーの身分に寄せ商業的な見方をするならば、この白ブドウとマツリカの紅茶は前代未聞の価値を生むだろう。以前、場末の喫茶店が出していた神に絡めて外観を見立てただけの茶ですら、並ならぬ集客力を見せた。いわんや神が愛していた味を再現したとなれば。


 稀代の宝物が目の前に、さあどうしよう。ジェニーとアメリアが二人で盛り上がる。


 それを気にも留めずに、マスターは一人静かに飲みかけだった茶を味わっていた。


 あまりにもそっけない態度に、とうとうアメリアが声をかけた。


「マスター、今日は全然お話に乗ってこないんですね。神話や伝説はお好きなんじゃなかったですっけ?」

「まあ……。でも、僕は神だなんてこと信じていないから」


 ふっと皮肉めかして口角を上げ、また茶を一口。華やかな香りが体内で弾けた。


「ただ。静かに思いを馳せたい。過日、この茶を介して集った人々は、どんな茶話を繰り広げたのか。茶を贈った彼女がいかなる想いで筆をとったのか。じっとその心に浸りたい気分だ」


 一杯の茶の向こうには物語が必ずある。日々喫茶店の主として人々の姿を見守って来た男には、そんな確信めいた思いがあった。


 では、異世界より来たりし茶に託された物語とは。今や見ることすら叶わぬ時空の狭間のその先にありし情景だ、空想するより仕方がない。花と果実の甘い香りに包まれて、一人の娘は何を思う。行方知れずの相手に何を伝えようとした。その者はいかに生まれ、いかに暮らし、そしていかに死んでいったのか。


 みずみずしく爽やかな茶の香気に抱かれながら、現代を生きる者たちは、各々、時の向こうに思いを馳せる。


 しばらくの静けさの後、アメリアが控えめに口を開いた。


「なんだか、ちょっとだけこのお手紙を書いた人がかわいそうになりました」

「どうして?」

「だって、恋文みたいだったじゃないですか、これ。それを、見ず知らずの私たちに読まれちゃったんですもの。本当に届けたい相手、ルクノール様には、届かなかったのに」


 それは年頃の少女らしい思い。秘められた恋慕は幾千の夜を超えても実ることなく、おろか他人に暴露された。筆者が死者の国から見ていたら、今頃顔を真っ赤にしている最中だろう。


 あれだけ盛り上がっていたのが嘘のように、葉揺亭の小さな空間にはしんみりとした空気が漂っていた。窓に切り取られた晴天下の明るい風景すら、どことなく場違いである。


 ジェニーはすっかり火を消し、頬杖をついて物思いにふけっていた。そこへマスターが小さな紅茶缶を手渡した。


「さっき調合した茶葉だ。レシピも一緒につけておくよ。会長殿にもよろしく伝えておいてくれ」

「あ……。ありがとう。でも、あんな風に言われた後じゃ、ね」

「それは僕の考えと、アメリアの考えだ。でも、それを発見したのは君たちだ。だから所有者たる君たちが好きなようにすればいい。史上の大発見として発表するもよし、神の愛した茶だと売り出すもまたよし。どうするかは自由だよ」


 マスターは穏やかに笑っていた。


 選択を迫られたジェニーは、逆に困ったように微笑んでいた。


 それからしばらく一連の異世界騒動とは関係のない雑談をしてから、想いで重い茶葉を携え、ジェニーはしずしずと商会へと帰って行った。




 後日、ジェニーが葉揺亭にやってきた。今度は何も厄介なことを持ち込むことはなく、定位置のテーブルに着し、珈琲を傍らに書類仕事をするために。


 その時、ふと思い出したようにカウンターの内に居る二人に向かって言った。


「そうそう、例の紅茶のことなんだけど」

「異世界がどうこうのやつかい?」

「そう。うちで見つけたのと、マスターが再現してくれたのと、あの石板も全部一緒にして、西方大陸にあるルクノラム教の総本山へ持って行ってもらう事にしたの。そこでルクノール様への供物として捧げてもらうわ」

「ふうん。神話に楔を打ち込むのはやめたのかい?」

「ええ。惜しいは惜しいけど、人の大事な思い出を踏みにじりたくもないもの。会長とも相談して決めた事、後悔はないわよ」


 ふふっとジェニーは笑った。


 それを聞いてアメリアも顔をほころばせていた。


「今度はちゃんとルクノール様のところに届きますかねぇ。お手紙も、お茶も。マスターのお茶もおいしいから、ちゃんと飲んでもらいたいですね」

「大丈夫、きっと届くさ。それか、意外ともう届いた後なのかもしれないよ」

「えっ?」

「そうよね、相手は天上の神だもの。手紙の事も全部知っていて、私たちがあたふたしていたのも、全部笑って見ていたかもしれないわね」

「そうですね、神様ですものね。そうだといいですね!」


 遥か遠く高みにある神の世界にて、ルクノールと、あの手紙を書いた人が、優雅にお茶を楽しみながらこの世を見守っている。そんな想像をして、アメリアは屈託のない笑顔を咲かせた。

葉揺亭 本日のメニュー

「白ブドウとマツリカの紅茶」

紅茶に白ブドウとマツリカ(ジャスミン)の花を配合した一品。神代の味の再現とされる。

甘酸っぱくすっきりとした風味。気分をリフレッシュしながら贅沢な一時を楽しめる。

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