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時はざまの宝物(2)

 お茶を飲みながら、アーフェンは「時忘れの箱庭」で見た物に関してアメリアに語り始めた。彼にとっては大興奮ものの冒険譚、話さずには居られなかったのだ。喜んで聴いてくれる相手なら、なお。マスターも彼の話の邪魔はしなかった。


 アーフェン達が森の荒屋の玄関に入ったら、中は外観とは明らかに不釣合な、石造りかつ広大な建物になっていた。目の前の広間には見たことのない紋章が描かれたタペストリーが下げられていて、彫刻の施された太い柱が天井を支えていた。周囲は静まり返っていて、空気はひんやりとしていた。


 広間はいくつかの部屋へ接続していた。自分たちが出て来たのも、そうした部屋への扉の一つだった。帰って来られたのは、来た扉を閉めないようにしたからだったのかもしれない。


 広間に並ぶ部屋を、少年たちは各自手分けして探検した。その一つ、鍵の掛かっていた扉をアーフェンは自分の能力で通り抜け、その先でティーセットを見つけた。この部屋には他にも、金の冠や銀の仮面、翡翠や琥珀の装飾品などなど、あらゆる財宝が棚に並べられていた。まるで蒐集品を陳列し、見せびらかすように。


 ちなみに、今現在ティーセットが収められている箱は、ノスカリアへ帰ってから街の木工職人に拵えてもらった物だ。実際には他の品々と同じように、裸のままで輝きを見せつけて棚に展示されていた。


「――結局の所、あれは古代の貴族の王城だったのでしょう。マスターの話にも納得ができます。私が入ったのは宝物庫でしたが、他の部屋では私の仲間が武器や鎧、羊皮紙に書かれた手紙のような物、楽器なんかも見つけました。皆、好きな物を色々と持ち帰りましたよ」

「それって泥棒じゃないんですか? お城だってわかっていたのに」

「しかし誰も居ませんでした。どこかに隠れている風でもなく。それに『時忘れの箱庭』に行ける事は、神より贈り物として与えられた幸運な事象なので、そこで見つけた物に関しても、神から個人への贈り物と見なしてよいとの事です」

「神様が言ったんですか?」

「いえ、それは……。冒険者の間での暗黙の了解ですよ。遺跡や秘境の探検成果は早い者勝ちなのです」


 アーフェンはポットから二杯目の紅茶を注ぎながら、軽く肩をすくめて眉を下げた。


「きっとアメリアさんだって、同じ状況だったら手を出さずには居られないですよ」

「……たぶん、そうですけど」


 想像する。誰も居ない廃墟の城、金銀財宝が目の前にある。周りの人たちはみんな嬉々として宝を持って帰る。そんな中で自分だけ我慢していられるだろうか? そんなはずがない。もちろん良心が躊躇いを生むけれども、最終的に勝てる気がしない。


 アメリアはばつの悪さをあらわにし、マスターを振り返った。すると彼は椅子に深く背を預けたまま、ふっと笑った。


「いいんじゃないかな。そもそも普通の次元の話ではない、法も倫理も別として考えるべきだ。そのままでは時の狭間に埋もれて消えてしまう物なのだ、それよりも、後代に脈々と存在を示した方が浮かばれるだろう」


 きっぱりとした言い方だった。マスターはアメリアにとっての神様に等しい、そんな人がこう断言してくれると、良心の呵責も消え去った。アーフェンに向き直って、自信をもって彼の行いを肯定できた。


「ただ、ね」


 横からマスターが呟いた。


「宝物と一緒に、古の怨念が時はざまに眠っている事も十分にあり得る。あちらから物を持ち出せば、それらも一緒に連れて来てしまうかもしれない。いや、もう来ているのかも。……その覚悟はできているかな?」


 アメリアは目を丸くして口を覆った。カウンターの向かいから、アーフェンの小さく短い悲鳴が聞こえた。二人して青い顔で葉揺亭の中をきょろきょろと見回す。今のところ、おかしな影はないが。


 くっくとマスターが笑いを噛み殺す音が響いた。


「おもしろいな君たちは、勇気があるのかないのか」

「もうっ、またマスターは私たちに意地悪してっ!」

「別に嘘をついた訳じゃない、可能性の話をしただけだ。そして、ここには何もいやしない。僕がここに居る限り、君たちに危険が及ぶのを見逃したりしないさ、絶対に。安心しなよ」


 マスターはひじ掛けに手をつき、心の底から得意気に笑っていた。


 アーフェンは落ち着かない顔をしていたが、何も言い返さずにカップ半杯の最後の紅茶を飲み干した。そしてなおもそわそわとした雰囲気を醸しつつ、どこか遠慮がちにアメリアを見た。


「あの、アメリアさん」

「なんですか?」

「今の話の後で言うのも苦しい部分があるのですが……よければ、ギルドへ見に来ませんか? 他に持ち帰った宝物も。今ならまだ売り払われていませんから」

「行きます!」


 即答だった。怨念がどうだ? そんなものマスターの冗談だ、一瞬で頭から吹き飛んだ。そんなくだらない事で古代の宝物を拝見するまたとない機会を逃したくない。さらに異能者ギルドに遊びに行くなんて、こんなに楽しい話があるだろうか。


 しかし、気になるのは。アメリアはおずおずとマスターの方へ向いた。アーフェンも同じようにした。


 店主は二人の方を向いたまま、少しだけ目を細めて何やら考え込んでいる。表情からは胸中を計る事はできない。


 しばらく沈黙が場を支配した。時計の針がかちりと音を立てて動いた。そして、マスターは短く息を吐いて言った。


「まあ、他所に行かれるよりはいいか。でもアメリア、それだけは君が片づけてくれ」


 それ、と指さしたのはアーフェンのティーセットである。すでに飲み切っているから洗うだけ、まったく難しい条件ではない。元よりアーフェンの私物だから、店を出るなら返さなければならないのだし。


 アメリアは快活な返事をして、弾かれたように行動した。もちろん、ティーセットに傷をつけないよう細心の注意を払いながら。茶葉を捨て、綺麗に洗い上げ、水滴を柔らかいクロスで拭い、箱へ元通り戻す。蓋を閉めたら完了だ。アメリアは思わず破顔してアーフェンを見た。彼も帽子のつばに手を添え、はにかんだように微笑んだ。


 では、早速。アメリアはエプロンを外して、カウンターの外へと飛び出そうとした。その背中に、マスターのあっけらかんとした声が刺さった。


「ああ、でも、アメリア、十分に気を付けてね。彼のギルドの頭領は鋭い爪牙の持ち主だ。粗相をしてみろ、おっかない銀の牙で噛みつかれるぞ」

「は、はあ……?」

「わからなければそれで良い。いってらっしゃい、楽しんでおいで」


 アーフェンの所属するギルド「銀の灯燭」は、ノスカリアの南西エリアにあり、葉揺亭からは南へ向かう事となる。アメリアとアーフェンは二人並んで歩いていた。


 アーフェンは浮かれた顔をしている。そしてアメリアにとっても同じく楽しいお出かけのはずではあるが、どうにも心が濁っていた。その原因は、出かける間際のマスターの言葉だ。おそらくいつものようにからかって来ただけだろう。しかし、冗談ではなかったとしたら。


「……あのう、アーフェンさん」

「どうしましたか?」

「アーフェンさんの所のリーダーさんって、猛獣か何かなんですか?」

「たまに。いえ、割と結構」

「ええっ!?」


 アメリアは驚きのあまり足を止めた。アーフェンも二歩先で止まり、振り返る。彼は苦笑いと共に口を開いた。


「普段は人間ですよ、安心してください。気さくな人です」

「あ、ああ。そっか、アビリスタだからですね。そういう変身する力の人、って事ですよね。びっくりした……」

「その通りです。まったく、マスターも人が悪いですよね。そう言えばいいのに」

「ほんと、本っ当にそうですよ!」


 アメリアはぷんと頬を膨らませ歩みを再開した。心なしか先ほどよりも足が速い。アーフェンも慌てて足を速める。そして、アメリアの愚痴を聞く。


「マスターったら、いっつも変な事を言って私をからかって」

「私もよく巻き込まれますね」

「そのくせ、私がちょっと悪戯するとすぐに怒るし。仕返しして来るし。大人気ないです、マスター」

「確かにそうかもしれませんが……放置されるよりは、構ってもらえる方が良いと思いますよ」

「でもちょっと過保護すぎるんですよ、マスターは」

「それだけ心配なのでしょう、アメリアさんに悪い事が起こらないか、悪い人が寄って来ないかって。アメリアさんは、ほら……そう、すごく、かわいいですから」


 と、口ごもりながら言ってから、アーフェンは気恥ずかしそうに顔を背けた。箱を抱える手にぎゅっと力がこもる。心なしか頬も赤い。


 アメリアは彼に目もくれず、むうと口を尖らせていた。


「私だって、いつまでも子供じゃないんです。マスターに守ってもらえなくたって、もう自分で色々な事ができるんです!」


 アメリアは自分を勇気づけるように、えいっと拳を振り上げた。そうだ、マスターの代わりにお茶は出せる、喫茶店の仕事もかなりできる。家事だってほとんど一人でやっているし、世の中のルールもだいぶわかっている。若く健康な体だ、行こうと思えばどこにだって行けるはず。


 ただし、マスターが許しさえしてくれれば。そしてそれが、アメリアにとっての一番大きな障害だ。どれだけねだっても、葉揺亭の主が作った籠から遠く逃してもらえる気がしない。


 もしも、無理矢理逃げ出そうとしたら? 隙はたくさんある、やれば意外と簡単にできるのではないかとアメリアは考えていた。それこそ今日みたいにちょっと出かけて来るような顔をして、そのまま二度と葉揺亭へ戻らなければよいだけだ。


 しかし。それを気安く実行できる程、アメリアは冷たい人間ではなかった。


「……アーフェンさん。聞いてもいいですか」

「はい?」

「本当のお家に帰りたくなったりはしないんですか?」

「全然。今がとても楽しいので。そりゃ少しは……世話をしてくれた使用人や母には、悪い事をしたと多少は思っていますけれど」


 声を小さくしながらも、アーフェンは確かに罪悪感を口にした。


 そう、罪悪感、それだ。両親と不仲であったアーフェンでさえ感じるなら、マスターに大事にされてきたアメリアの場合はなおさら重くのしかかる。


 マスターの事は大好きだ、葉揺亭の事も大好きだ。もちろん、やって来る一期一会のお客さんも、仲のいい常連さんも、買い物で関係を持つ人たちも、このノスカリアの街自体も。だから、アメリアにはアーフェンのようにすべてを投げ捨てて去る事はできなかった。


 しかし、この堂々巡りがもうどれだけ続いているか。いい加減、覚悟を決めないといけない。大事な宝だからと言われて、いつまでも籠に閉じ込められっぱなしで居る由は無いと、マスターにはっきり伝えなければならない。


 そんなアメリアの心の曇りは、顔にもすっかり表れていた。


「アメリアさん、どうしたんですか。どこか具合でも悪いのですか?」

「いえ、ちょっと考え事です」

「私でよければ相談に乗りますから、悩みなら言ってください!」


 食い気味にアーフェンが返して来て、アメリアは困ったように笑った。


「あはは、ありがとうございます。大したことじゃないんですけど……それじゃあ、聞いてくれますか?」

「なんでしょう」

「もしノスカリアの思い出を宝箱に詰めて未来に残すなら、何を詰めればいいのかなって、考えていたんです」

「それは……」

「もしもの話ですよ? ずっと未来の世界で、アーフェンさん達みたいに、昔のノスカリアで宝探しをする人が出たとしたら、その時に何があれば嬉しいかなって」

「ああ、そう言う事ですか。とても楽しい想像ですけど、ええ、考え込んでしまうのもわかります。そうですね、まずはやっぱり、アメリアさんが自分に価値があると思う物から順番に――」


 アーフェンは楽しそうに話しかけてくる。彼は話好きだ、空想に乗ってどこまでもよく喋ってくれる。ギルドに着くまで、アメリアは彼の話に耳を傾けて、時々相槌を打つだけでよいだろう。少しだけ、申し訳なさは感じるが。


 ――でも、私、嘘はついていない。


 そう、大事な思い出を宝の箱に詰めて、まだ見ぬ未来へと進む覚悟をアメリアは決めたのである。


 動き出さないと何も変わらない、だから旅立つ準備を進めて、完成したらその時にマスターに打ち明けようと。隣の家で少年のように、行く先にどんな未来が待っていようとも足を進める、その覚悟を。


ノスカリア・食べものダイアリー

「フィダー」

川魚由来の魚粉を塩と植物油で練ったペースト。

調味料として、保存のきくタンパク源として、幅広い料理に活用されている。

雑多な魚で作られる安価なものから、素材の選定にこだわり味を追求した高級品まで色々な種類がある。

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