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白花の幻想茶話(1)

「知ってる? すごい占い師が来てるって話」


 時計塔前での定例の人形劇を終えたレインが、見に来ていたアメリアにこんな事を言った。


「すごいってどんな『すごい』ですか?」


 舞台に散らせた紙吹雪の掃除を手伝いながら、アメリアは聞き返した。


「どんなって、よく当たるって事に決まってるじゃん。占いなんだもん」

「わかんないですよ? すごい変な服着てるって事かもしれないし、すごい動きが早いとかかも」

「アメリアのそういう発想は嫌いじゃないよ」


 レインは肩を揺らしながら、凄腕の占い師の詳細を教えてくれた。彼女も劇の合間に人伝で聞いた事らしいが、それによると、昨日から貸し店屋――ノスカリアの商店街にある、旅商人に商売の場を貸す所だ――の軒先で占いの店を開いている。他所の大陸から来た風で、胡散臭い雰囲気も漂っている。

が、ある男が試すように見てもらった「占いが終わってから、商店街を一往復するまでに起こる事」を細かな事象までも見事に言い当てたそうだ。それで、これは本物だと一気に評判が広まった。


「なんだか占いって言うか、未来予知みたいですね」

「何でもいいよ。そんなに当たるなら、ちょっと見てもらいたくない?」

「はい」

「アメリアだったら何を占ってもらう?」

「えーっと……未来」

「そうじゃなくて、もっと具体的に! 結婚相手とか、自分が病気しないかとか」

「じゃあレインさんは何を見てもらうんですか?」

「内緒!」

「それじゃあ、私も内緒です」


 二人は顔を見合わせて笑った。



 人形劇の跡を無事片づけて、レインとアメリアは別れた。そしてアメリアは一人で噂の占い師のもとを目指していた。もちろんレインも誘ったが、彼女は「明日にするよ」と断った。レインにとって人形劇こそ自分の本業だ、当たるかどうかの娯楽的な占いよりも劇を着実に改良させるための反省会が優先される。仕事に対して真摯なのだ。


 人でにぎわう商店通りを東へ進み、ほどなくして貸し店屋が見えて来た。


「うわぁ……混んでる!」


 店先にできた人だかりは道まで突出し、後ろの方の人間は爪先立ちで覗き込む始末。貸し店屋の入り口も塞いでしまっていて、中から出て来た行商の男がうんざりと人をかき分けて去って行く。貸し店屋の主も人の整理をしようとしているが、熱狂する群衆にはなす術もなし。アメリアにとってしばしば通りかかる場所であるが、こんな事になっているのは初めて見た。


 アメリアも人山の縁につき、足が震える程に背伸びする。ざわめく大人たちの肩と胴の合間遠くにやっと占い師らしき姿が見えた。若い大人の男性で、やや小柄な体躯に引きずるような焦げ茶色の長衣を着ている。その丈が余る袖を振り乱す大きな身振り手振りを交え、対面で椅子に座る客相手に片言で話している。二人の間には木箱をひっくり返した台が置いてあり、その上に紙きれだの色のついた石だの、占いに使うと思われる道具が色々とある。


 ――確かにちょっと怪しい感じかも。でも、あの人、魔法使いなんじゃないかしら。


 アメリアの頭に浮かんでいたのは、不夜祭の頃に会った小さな魔女の友だちクシネの姿。雰囲気が似ている。彼女もだぼだぼのローブを着て、大げさな身振りで人懐っこく魔法屋を営んでいた。彼女に関してはもう少し言葉が上手であったから、胡散臭さはあまりなかったが。


 ぜひお近づきになりたい所だが、この状況、占ってもらうのはなかなか難しそうである。今終わった女性が立ち上がると、間髪入れずに黒山の中から次の希望者が躍り出て空いた椅子に座ってしまう。取り囲む数十の人間は野次馬と鑑定希望者の見分けがつかず、順番にお行儀よく待てる雰囲気ではない。


 アメリアはため息をこぼし、ひとまず輪を離れた。もう一刻もすれば日が傾き始める、時計塔の鐘が鳴れば人の波も引くだろう、それからもう一度来てみよう。


 だからと言って、葉揺亭まで帰ってから再び出て来るのは少し面倒である。アメリアは心の中でマスターに謝りつつ、商店通りをさらに東へ進んだ。ノスカリアが誇る巨大商店街は、こう時間を潰したい時にうってつけなのだ。



 やがて空が柔らかい茜色に染まり始めた頃。


 アメリアはウェレ・フロラという花を片手に、貸し店屋の方へと歩いていた。釣り竿のようにしなる茎に、薄紅色のラッパ型の花が鈴なりになっている、雪の季節の終わりを告げる花だ。今年初めて売っているのを見つけ、買ってしまった。アメリアは花を一粒むしり、その根元を口に含んだ。ウェレ・フロラの蜜を吸うのもまた、この時季の風物詩である。来週になれば、石畳の上に人々が捨てた数多の花弁が散り、ノスカリアの道が花色に染まるだろう。


 ただ、今はまだ悪目立ちする。そんな気がして、空になった花を頭に差した。髪飾りとしては少し地味であるものの、気分としてはずっと晴れやかになる。実際、アメリアの足取りはどんどん軽くなり、やがて無意識に駆け出した。


 そして戻って来た貸し店屋には、思った通り、先ほどの人だかりが消えていた。


 ところが。人垣だけでなく、店先にあった椅子や机も取り払われている。そして店先で腕を組んで清々したような顔で立っている占い師。足元には小さな荷袋が置いてあり、今にもそれを持って歩きだしそうで――まずい! アメリアは慌てて占い師の前に飛び込んだ。


「あっ、あっ、あのっ。占いっ、今日は、終わりですか!?」


 突然現れた肩で息をする少女に、占い師はまず度肝を抜かれたように両手を挙げた。ぎょっとした顔のままアメリアの言葉を反芻して噛み砕き、意味を理解したら、異邦の占術師は眉を下げて顔の前で手を合わせた。


「ごめんなさいよ! 自分、すぐ、人と会う約束。だから、さっきで終わり」

「じゃあ、明日の朝ですか?」

「この町もう最後。上様、主……や、師匠。人遣い荒い、すぐ次へ。この仕事はちょっとだけ」


 占い師は手振りを交えて軽妙な口調で語った。表情も大きく作り、気さくさをアピールしている。


 しかし、アメリアは頭の上に重い鍋が続々と降って来たような気分だった。ああ、なんということだ、みすみす機会を逃してしまった。こんな事だと知っていたら、さっきの人ごみをかき分けていたのに。そんな風に自分の選択を後悔するも、しかし起こった過去を変えるなどできようか。


 アメリアはすっかり意気消沈し淀んだ空気を纏っていた。垂れた頭から、萎れかけのウェレ・フロラの花が落ちた。


「あっ、だめ、しっかり!」


 占い師がおたおたと声をかける。気絶していると思われたのだろう、アメリアの肩が軽く揺さぶられた。アメリアはすいません、と漏らすも、まだ落胆から立ち直れないでいる。


 はあ、と占い師は嘆息し、頭をかいた。


「時間あれば、あなたの未来見られた。師匠、時間に面倒なの。ごめんなさいよ」

「いえ、ちょっとがっかりしただけです……」

「ちょっと……あっ、そうだ!」


 占い師の男はぽんと手を叩き、しゃがんで荷袋を漁った。がちゃがちゃと音を立てて底から引っ張り出したのは木製のカード入れだった。蓋を開けて中から厚紙の札を一枚取り出す。アメリアに見せられた面には、形容しがたいアシメントリーな紋様が書かれていた。


「枕の下に置く、寝る。夢に未来映る。遠いかもしれない、近いかもしれない。夢を掴むか? あなた次第よ」


 異邦の男はアメリアに札を握らせる。そして、「じゃ、いい夢を!」と言い残し、長衣の袖を翻して足早に去ろうとした。


 しかし、アメリアが慌ててその裾を捕まえた。占い師は怪訝な顔で振り返った。アメリアは悪戯顔に近い笑みを浮かべ、右手の人差し指と中指とを立てて見せつけた。二、と。


「二枚ください。もう一枚。友だちにもあげたいんです」

「いいよ。ただし、有料」


 親友を気遣った交渉は無事成立し、アメリアはほくほく顔でまっすぐにレインの家へ向かった。例の占い師は今日まででいなくなってしまうんですって、と事情を伝えるとレインはまずアメリアのように落胆した。それから続けて手土産を渡すと、一気に顔をほころばせた。


「さっすがアメリア。ありがとう、大好き!」


 レインとハグしてハイタッチを交わして、ついでにしばらくお喋りをして。そして彼女の家を離れる頃には、太陽はすっかり隠れてしまっていた。ノスカリアはかなり治安が良い方であるものの、それでも若い娘が夜道を一人で歩くのは好ましくない。アメリアは街灯のある大通りに出ながら、足早に夜道を駆けていく。


 ふと空を見上げると二つの月が輝いている。高みに光る白い月を追うように、妖しく昇り来た紅い月。寒さも温んだ双月季(そうげつき)の始まりだ。


 この月明かりに、もらったカードの純白の地がよく光る。おかげで札の紋様もよく見て取れた。


 歩みながら、アメリアはじっくり紋様を眺めていた。何度かこういう雰囲気の物を見たことがある。


「……やっぱり、魔法の何かよね」


 疑惑が確信に変わった。であれば、マスターには内緒にしなければ。魔法の道具を持って来たなんて知られたら、以前魔法屋クシネに見せたような敵対心を現すか、逆にとんでもなく気に入って得意の知識披露を始めるか、どちらに転ぶかわからない。どちらにしたって面倒だ。どちらになっても最悪は没収されてしまう。


 絶対にマスターにばれないようにするならどこに隠すか。アメリアは小さな頭で精一杯考えた。単に後ろ手に持つのはだめだ、この前それで秘密の手紙が見つかったばかり。ポケット? 袖の中? いや、もっと見え辛く、動きの邪魔にならない場所は――ひらめいた。


 アメリアはワンピースの襟口の中に手を差し入れ、ちょっぴり膨らんだ胸の上にカードを置いた。そして隠した跡を上から右手でぽんぽんと叩き、襟を整える。これで表面からはわからないし、わざわざ覗かれる事もないだろう。ばっちりだ。


 よし。アメリアはうきうきした気分で、葉揺亭のある袋小路への角を曲がった。



 作戦が功を奏して、マスターをやり過ごす事は容易に叶った。どこへ行っていたのかと問われたら、レインの家へ行っていた、お喋りが盛り上がってしまったと答えれば、じゃあ仕方がないと流されたのである。日が暮れてからの帰宅には厳しく苦言が呈されたものの、それ自体はアメリアも失敗だと思っている。素直に謝って、それで終わりだった。


 アメリアは軽く炙ったパンと残り物のスープで簡単に夕食を済ませると、さっさと就寝する態勢についた。身繕いを終わらせ、夜間着を着て、ベッドに潜り込む。もちろん魔法の札は一番初めに設置済みだ。


「じゃあ、おやすみなさい!」


 誰にともなく嬉しそうに宣言すると、一息に枕へ頭を埋めた。


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