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雪の日、特別な一杯をあなたに(2)

「――それで、外はどうだった?」

「どこも道が埋まっていて、みんなで一生懸命雪かきをしてましたよ」

「ご苦労なことだ。もちろん、わざわざ出て行った君もね」


 炭火のストーブに手をかざしてうずくまるアメリアを見ながら、マスターがからからと笑った。カウンターの内側で椅子にゆったりと背を預け、分厚い書物を広げている。そして万感を込めて言う。


「やっぱり、こんな日は家にこもって耐え忍ぶに限るよ」

「……もうっ! こんな日じゃなくたってマスターはこもりきりじゃないですかっ! こんな日だからこそ、外で雪かきのお手伝いをしたらどうですか?」


 アメリアの不満げな声に、店主は困り顔で肩をすくめた。


「別に、僕の場合は好きで引きこもっているわけじゃあないんだけど。心の中は今すぐにでも飛び出して行きたい気持ちで一杯だよ」

「じゃあ行けばいいじゃないですか。まだそこの十字路が雪で埋まってますよ、道を作ってきてくださいよ」

「だめだ。僕が外で力仕事なんてしたら世界が滅ぶぞ」

「おもしろくない冗談ですね」


 アメリアはぷんとそっぽを向いて、呆れて怒っている事を見せつけた。なおかつわざとらしい溜息をはいた。


「まあ、確かに、マスターが雪かきをしに出て来たら、神様だって超びっくりして、うっかり世界を滅ぼしちゃうかもしれませんよねー?」

「……おもしろい冗談を言ってくれるな。まったく」


 苦笑混じりのマスターの吐息が葉揺亭に染み渡った。


 怠惰なマスターの事は放っておくとして、働き者のアーフェンたちを労わる準備をしないといけない。アメリアは冷えた手が温まった所で立ち上がった。どうするかは決めてある、自分が淹れた紅茶にお手製のお菓子を添えるのだ。


 アメリアは家の奥にある小さな食糧庫へ向かい、小麦粉を筆頭にしたお菓子の材料をかごに抱えて戻って来た。


「マスター、ちょっと失礼します」


 作業台の真ん前に陣取る店主を押しのけて、荷を広げる。するとマスターは椅子ごと隅へ避難した。


「お菓子づくりかい?」

「後でアーフェンさんたちが来るって言ってたので、クッキーの差し入れです。誰かさんと違って、みんなのために一生懸命働いていましたよ? だから私からのお礼です」

「そりゃいいや」

「マスターがラム酒漬けにしていた干しブドウ、貰ってもいいですよね?」

「もちろんさ」


 マスターは言いながら、台上に取り残されていた自分のティーカップを引き寄せて、戸棚のわずかな出っ張りに置き直した。それきり目線は書物の上へ落ちて行く。自分の存在は無視して好きにやれ、そういう事だ。


 今日は他にお客さんも来ないだろう。だからアメリアは作業台一面に道具や材料を広げて、のびやかに手仕事を始めた。


 焼菓子の中でもクッキーは簡単だ、ざっくり言うと油脂と卵と粉と砂糖を混ぜ合わせるだけ。パンのように発酵させたり、ケイクのように泡立てたりする必要がないから時間もかからない。今日は干しブドウも入れて材料をさっくり混ぜて生地を作り、それをスプーンで掬って天板に並べたら、後はオーブンで焼き上げれば完成だ。


 オーブンの火加減を見ながら使った道具を片づけ終わると、あっという間に暇になってしまった。


 ちょうどその時、かたんと小さな音が聞こえた。マスターがティーカップを置いた音だった。


 ――私もお茶にしよう。


 のんびりと味わっている内に、クッキーも焼き上がる。アメリアは食器棚からポットを下ろそうと手を伸ばした。そこへ不意にマスターから声がかかった。


「アメリア、ついでに僕にも淹れてくれ」

「はーい。何が良いですか?」

「任せるよ」


 一瞬考えたものの、アメリアはティーポットを一つだけ下ろした。ついでに、と言うくらいだから自分と同じものでいい、だったら一つのポットでカップ二杯分は取れる。


 さて、自分が何を飲むかだが、アメリアにはやってみたい事があった。二種類の茶葉、アセムとシネンスを取って並べる。これを等量で混ぜて淹れてみたかった、きっと軽めのミルクティにするのにぴったりになるから。


 淹れるのはいつも通りに。少し短めに蒸らしたところで一度味を確認する。


 ――うん、いい感じ!


 今は軽すぎるが、やや蒸らし時間がかかるアセムの抽出が終わる頃には、しっかりとコクのある味わいになるだろう。


 その時、ふと、クッキーに使った干しブドウの瓶が目に留まった。これはマスターが去年に仕込んだ物で、製菓に使う以外にも、お茶のお供にマスターがつまんでいることがある。一緒に喫食するくらいなら、紅茶に混ぜてしまってもいいのではないか。アメリアはスプーンでラム酒ごと掬うと、蒸らし中のポットに入れてみた。


 待ち時間にクッキーが焦げていないか確認して、蒸らし終わった紅茶を試飲する。思い付きのブドウはどんな味になっただろうか、自分でもどきどきしている。


 そっと一口つけて、そして思わず眉を上げて目を見張った。思った以上に良かった。酒の匂いが強くて大人びた風味であるものの、甘みもあって味は良い。ブドウの風味もする。


 元々の予定通り、ここにミルクを足してみると、これもまた意外なほどに相性が良かった。酒特有の苦々しさが緩和されて、口当たりがうんと優しくなる。温かいミルクに酒の力も借りて、体を温める効果が普通のミルクティより何倍も増しているような。


 アメリアは満足気な息を吐きながら、窓の外をみやった。まさにこんな寒々とした日にぴったりだ。雪の日は温かい紅茶を飲みながら家にこもる、マスターの言う事にも一理ある。


 そして外の屋根に積もったままの雪を見て、アメリアの脳内をひらめきの光が駆け抜けた。手元に置いてあるミルクをじっと見つめる。できるだろうか、いや、思いついたら行動だ。


 アメリアは先ほど洗ったばかりのボウルにミルクを入れると、泡だて器で勢いよくかき混ぜた。そう、ミルクを雪のようにふわふわにしてティーカップに浮かべたら、もっと素敵になるじゃあないか、と。


「……うーん」


 ところが、上手くいかない。かき回すと泡はできるものの、あっという間に弾けて消えてしまう。力を入れても同じこと。空回りする盛大な音だけがやかましく響いていた。


 すると、騒音の隙間を塗ってマスターの助言が飛んできた。


「ミルクを泡立てたいのなら、少し温めた方がいい。かき混ぜながら弱い火にかけて、上の泡だけを掬う、そんな風にしてみなよ」

「なるほど」

「もちろん、沸かせすぎたらいけないよ」

「それはいつも聞いています。臭いが出るって」

「わかっているなら大丈夫だ。……ところで、今度は何ができるんだい? ずいぶん時間をかけているようだけど」

「できてからのお楽しみです」


 アメリアは悪戯っぽく笑った。そして小鍋を手に取った。


 こと喫茶に関する技については、店主の言うことに間違いはない。ミルクを弱火にかけながら勢いよく混ぜると、冷えた時と違って細かい泡が消えずに残ってくれる。後は根気だけ。額にじんわり汗をにじませて、おいしくなるよう願いをかけながらミルクをかき混ぜて、カップ二つ分の泡をつくり上げた。


 ポットで保温していた紅茶を二つのティーカップに注ぎ、上にミルクの泡をスプーンでそっと浮かばせる。もこっと盛り上がった白いふわふわは、雪というよりは浮雲のように見えた。最初に思った感じとは少々違う。だが大丈夫だ、こういうのは思い込みが大事で、アメリアが雪だと言い張れば雪になる。


「はい、マスター。大変お待たせしました」

「ありがとう」


 マスターはアメリアの声の方へ手を伸ばしながら、書物から視線を上げた。そしてカップを見るなり、ふっと動きを止め、代わりにおもちゃを与えられた子どものように目を輝かせた。


 マスターの宇宙を映したような眼が、アメリアを好奇と共に見据える。言葉に出されるより先に、アメリアは得意気な笑顔で、マスターのようにぴっと人差し指を立てて答えた。


「ラム酒漬けの干しブドウの紅茶です! お酒が入っているので、体がうーんと温まりますよ。雪が積もった寒い日にぴったりの紅茶です」

「いいねえ。じゃあ、この丁寧に泡立てたミルクの意味は、もちろん――」

「雪です! 雪は眺めたいけれど、外は寒いじゃないですか。だから温かい部屋の中で雪を見る気分になれるようにしました」

「素晴らしい!」


 マスターはこれまで見せたことが無いくらいの良い笑顔で声を張った。


 そしてそのままカップを手にし、口へと持って行った。一連の動作をアメリアは身を固くして見守っていた。親か師匠かの相手と言え、自分の創作物に評価が下る一瞬は緊張する。見た目が褒めちぎられてしまったからなおさら。


 マスターは一口二口をじっくりと味わうと、静かにカップを置いた。


「うん、ちゃんと味も良い。アメリア、上出来だよ。正直驚いた」

「あ、ああ、ありがとうございます!」

「冷めないうちに、君も自分で飲んでみた方がいい」

「そうします!」


 あまりの褒められっぷりに、アメリアの顔は赤らんでいた。そそくさと自分のカップを手に取ると、照れ隠しに食器棚に向かって紅茶を楽しんだ。不意に立ち上がったマスターが後ろを通ったが、あえて振り向かないようにした。


 確かに会心の仕上がりだ、おいしい、と自分でも実感する。泡立ったミルクは見た目だけでなく味も変わるのだろうか、それとも気分の問題なのだろうか、いつものミルクティよりもずっと甘くてまろやかに感じられる。ほとんど思い付きだったのに、こんな風になってしまうとは。


「――ねえ、アメリア。ちょっとこっち見てよ」


 マスターに肩を叩かれた。振り向くと、彼はいつの間にかメニュー帳と羽ペンを手にして、満面の笑顔で背後に立っていた。


 そしてアメリアの眼前に突き付けられたメニュー表には、まだ乾ききっていないインクでこう記されていた。


『店主のおすすめ。アメリア特製、ラム・レザンの雪紅茶』


 心の中で読み上げた瞬間、アメリアの顔に赤々と火が付いた。いくら自分で納得するおいしさでも、身内で楽しむのと客に出すのとではわけが違う。しかもマスターの太鼓判つきで、自分の名前と一緒に葉揺亭のメニューに刻まれるだなんて。


 アメリアの口はからっからに乾いていた。そんな口では言葉も上手く紡げない。溺れた魚のようなアメリアの様子を見て、マスターは無邪気な笑い声をあげた。


「どうしたんだアメリア、顔が真っ赤だぞ。これくらいで酔っぱらっているのかい?」

「ちっ、違います! んもう、マスターの馬鹿っ! ばかぁっ!」


 アメリアの黄色い声が響いた。嬉しくないわけじゃないが、やっぱり恥ずかしいし、それに――きゅう、とアメリアは変な声を漏らして顔を伏せてうずくまった。


「ああ、アメリア。そんな風にしている場合か、クッキーは?」

「あっ!? あわわわ!」


 ばっと気持ちを切り替えてオーブンへ向かう。焼き加減を見る目は真剣そのもの。大丈夫だ、焦げていない。ちょうど良くこんがり焼けている。


 なにはともあれ、雪かきに疲れた客人を労わる準備は整った。雪の日らしい手のかかった一杯に、手作りのクッキーを添えて。とってもおいしくできたから、間違いなく喜んでもらえるだろう。


「そうだ、マスター。メニューに書くなら、こう付け加えてください」

「なんだい?」

「『雪の日限定』って。大変な中でも頑張って来てくれた人への、特別な紅茶ですから」


 アメリアは気恥ずかしげに笑った。マスターもほほ笑んで頷くと、羽ペンをもう一度インクにつけた。さらさらと軽やかな音が、温もりの葉揺亭を彩った。


『店主のおすすめ。アメリア特製、ラム・レザンの雪紅茶。雪の日限定、特別な一杯をあなたに』

葉揺亭 本日のスペシャルメニュー

「アメリア特製 ラム・レザンの雪紅茶」

ラム酒につけた干しブドウを一緒に抽出した、少々大人向けの味わいの紅茶。雪に見立てた泡ミルクはアメリアこだわりのポイント。

芯まで凍てつく寒い日にうってつけの、ほのかに香るアルコールの風味が体を内側から温める一品。

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