しがない公務員です
翌朝。
テープルさんから借りた家で目を覚ました。
雨はまだ降り続いている。
昨日着ていた戦闘服は、椅子に掛けているがまだ濡れていた。
ステータスを確認すると、レベルは5のままだ。モンスターを倒さないとレベルは上がらないようだ。昨日は気付かなかったが、階級が1等海士に昇任していた。ステータスに何か関係するのかな?
新たなスキルは騎乗Lv1を覚えていた。覚えたのは、手綱を握らせてもらった時だろう。
そしてHPとMPは全回復していた。寝たら回復するみたいだ。ゲームみたいに……
「やっぱりこれは夢なのかな……迷彩戦闘服……出た……現実だよな……」
目の前に現れた戦闘服に袖を通し、テープルさんの店に向かった。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「おはようございます!お陰様で全開です!」
自分は挙手の敬礼をした。
「それは良かった。さぁ、皆さんが待っています。鳥籠亭で朝食にしましょうか」
「はい。あっ、その前に」
スキルで迷彩戦闘服を3着出してテープルさんに渡した。
「本当に素晴らしいで……」
戦闘服を広げたところで、テープルさんがピタリと止まった。
「どうかしましたか?」
「……もしかして……ヒトツメ……ですか?」
「一つ目?」
「ゼ、ゼンジさん!まさか、あなたはヒトツメに属しているのですか!?」
驚いた表情のテープルさんは、ガタガタと震えていた。
「一つ目?ですか?昨日アイズワルドさんが言ってた二つ目の仮面の話ですか?どう言う事でしょうか?」
「こ、この左腕の印は、ヒトツメのエンブレムでは?」
日の丸のワッペンを、ガタガタと震える指で差している。
「ん?それは我が国の象徴。日の丸の国旗です。自分の出自は遥か東の島国、日出る国で、これは太陽をモチーフにしたものですが、知らないですよね」
「あなたこそ、ヒトツメを知らないのですか?」
「知ってますよ。目が一つ。もしくは最初の事でしょ?」
「……本当にご存じないみたいですね。ふぅ〜驚かさないでください」
「これがそんなに気になりますか?」
自分はワッペンを取り外し、手の平に乗せてテープルさんの目の前に差し出した。
「これは自分の誇りです」
そう言って再び腕に付けた。
「な、な、なん、何ですかそれは!」
突然、声を裏返してテープルさんが叫んだ。
「ですから、これは自分の国の国旗で……」
「ください!」
「は?別に良いですけど」
自分はワッペンを取り外した。
「違います!その権利を下さい!」
「え?権利を……ですか?」
「はい!是非欲しい!その、付け剥がし可能な物を作り、そして販売する権利を私に譲ってください!!」
「そっちですか!でも、自分が作った物じゃないので何とも言えませんが、これは珍しい物なんですか?」
「見たことも聞いたこともない!それを作る権利を売ってください」
「良いですよ。見ます?」
「是非!!」
テープルさんは、自分の腕に付いている日の丸のワッペンを付けたり剥がしたりして、その度に感嘆の声を上げている。そして胸元からモノクルを取り出し、右目にはめてワッペンと腕のマジックテープを交互に観察し始めた。
「こちらが鉤爪のようになっていて、少し硬いですね。イエローアントの体毛と似てますが。ふむふむ。こちらは、お〜。輪っかなのか!これがここに引っかかり。ほ〜!それで何度も使えるのですね!何か代用出来そうな物は……」
「テープルさん」
しかし自分の声は、テープルさんの耳には届かなかった。
「普通の糸では耐久性に欠けますね。頑丈だけどシーシープの毛は太過ぎる。いや!あれを高温で温めれば、使い物にならないほど縮まります。その特性を利用すれば!」
「テープルさん!痛いです!」
夢中になっているテープルさんは、自分の腕を握り締めている事に気付いていない。
「太いうちに縫い付けて、それから……」
「テープルさん。ゼンジが困ってますよ」
丁度店に入って来たリオンが、テープルさんの肩を叩くと我に帰った。
「は!も、申し訳ない!つい夢中になってしまいました。ゼンジさん。今ある全財産をお支払いします。と、言っても、手持ちは140万ギャリー程度しかありませんが」
テープルさんは、カウンターからギャリーの入った袋を取り出した。こんなに貰えないな。だけどこの状況じゃ引き下がらないだろうし……
「それでは遠慮なく頂きます」
その中から1000ギャリー取り出して、残りはテープルさんに返した。
「マジックテープを作るには元手が必要でしょう。今の自分にはこれだけで十分です」
「なんと!ありがとうございます!私のためにそのような名前を付けて頂いて」
「え?」
「いや〜、マジックテープル。良い名前です!魔法のテープルかぁ」
「もう、それで結構です」
「話がまとまったみたいだし、朝食にしようよ」
リオンの言葉で思い出したのか、テープルさんは申し訳ないと言いつつ店を後にした。
深緑の鳥籠亭の食堂には、すでにダオラ達3人が待っていた。長雨の影響か、相変わらず他に客はいない。占い師のアイズワルドさん達の姿も無かった。
「遅いぞギリゴブ!飯は頼んでおいたからな」
円卓には、6人分の食事が用意されていた。
「話は聞いたわ。ありがとう。あなたは命の恩人ね」
回復したミラが笑顔でお礼を言ってきた。寝て回復したんだろう。顔色も良くなっている。
「とんでもない!こちらこそ助かりました」
自分は咄嗟に挙手の敬礼をした。ミラが微笑み、隣の席を勧めてくれた。自分が座るとダオラがパンを齧った。そして、そのまま口からパン屑を飛ばしながら話し始めた。
「それで、これからどうするか決まったのか?」
「いいえ。まだ何も決め……」
自分の言葉を遮り、聞いてもいない事をダオラが矢継ぎ早に話す。
「決まってる訳ないよな。でだ、何よりもまずは金だ。稼ぎ方は色々あるが、手っ取り早い方法が2つある。1つ目は錬金で創造した物を売る。これはギリゴブにしか出来ない芸当だ。2つ目はモンスターを狩り素材を売る」
スキルで出した物を売るのは気が引けるな。しかも一種の詐欺だろ。だったら一択しかない。
「素材を売る方で」
「どうして?錬金で出した物を売れば良いのに!それに、錬金術師は戦闘職じゃないんでしょ?戦える?大丈夫なの?」
自衛官は、どちらかと言えば戦闘職だよ。いや、間違いなく戦闘職だ。錬金術師は内職向きなのかもしれないけどね。そうとは知らずに、ミラが不安そうな顔をしているが、ダオラは得意げに人差し指を立て、左右に揺らしている。
「チッチッチ。ギリゴブは戦闘向きだ。お前のファイアボールも弾いただろ」
「そうなの!それよ!どう考えてもおかしいでしょ!魔法を弾く盾をホイホイ錬金するなんて絶対おかしい!」
「欲しいのか?」
ダオラが、立て掛けている防弾盾に手を乗せた。
「違うわよ!それにダオラが着てる青い服もよ!防御力が鎧よりも高いなんてあり得ないでしよ!」
「え?そうなんですか?」
「そうなんですかって、こんなに良い物を自分で創造したのに知らないのか?実は……昨日貴族の護衛に斬られそうになった時、いや、正確には斬られたんだ」
「えっ?寸止めしたように見えましたが……」
「確かに剣が首に当たったんだ。だが、痛くも痒くもなかった。血も出ない。ましてや服は斬れてもいない。服が剣を弾いたような不思議な感覚だった」
いやいやいや。普通の服より多少強度はあるけど、剣で斬れないはずはないだろ。
「あなた何者なの?」
「しがない公務員です」
「何それ?」
「勇者」
「それだ!」
レイアが呟いた言葉に、ミラが大声で反応した。
「古の勇者は、何も無い空間から武器を出したり、防具を自由に変えたりしたと伝わってるわ!実はゼンジも勇者だったりして」
勇者?そんなはずはない。なんてったって、特別職国家公務員の自衛官なんだから。
「じ、自分は錬金術師じゃないんですか?」
「どう言う事だ?自分の職業も忘れたのか?」
しまった!
「それなら教会で職業を見てもらおうよ」
リオンさん?それはどう言う事なのかな?
「職業は教会で分かるんですか?」
「うん。神官は鑑定のスキルを使えるんだよ。昨日の貴族の護衛のようにね。教会の他にも、ギルドで登録時に使う鑑定水晶みたいなアイテムでも分かるよ。こっちは簡易版だけどね」
職業がバレる!ん?そもそも、職業がバレたらダメなのか?バレても良いんじゃないか?いや、きっとダメだな。
「自分は結構です。何とかなりますから」
「記憶喪失なのかも見てもらえ。鑑定はステータスの全てが分かるぞ。もしかしたら、何かの呪いかもしれないしな」
「そうだね。レベルも教えてもらえるよ。お布施は1000ギャリーだから、丁度持ってるよね」
さっき1000ギャリー手に入りました。マジックテープの馬鹿野郎!
「皆さん、その前に朝食を食べましょう」
ナイステープルさん。話題を変えてくれた。テープルさんは良い人だ。
「そ、そうですね。いただきます」
「ご馳走さん」
皆が食事を開始したのと同時に、ダオラは食事を終えていた。
(女神様、こちら自衛官。
ヒトツメとは何のことでしょうか?テープルさんが、異常なまでの反応をしていましたが。何か良からぬことが起きなければ良いのですが。どうぞ)