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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第六十三話 『可愛らしいお誘い』

数ヶ月前より交友関係が多彩に広がったカールセン家ともなると、平日でも客人が訪れ、そのまま宴会に突入してしまうことはよくあった。


子供のこと、家庭のこと、仕事のこと。

軽い相談や、楽しく世間話をしているところにまた新たな客人がやってきて、“世話好きの隣人”がどこからともなく現れておもてなしを始め、そこから宴会が始まって夜へと突入する。


彼ら、彼女らの出会いのきっかけと言えば、“子供が同じ学校に通っている”という一点のみではあったのだが、いまでは色んなプライベートな話をするようになり、家族ぐるみでの付き合いになったと言っても過言ではない。


がしかし、そのような中でも『姉ルシラ』という存在は少々特殊なものだっただろう。

神でも人でもなく、どのような種族にも分類されない、『惑星の守護者』という立ち位置。

どのような大魔法使いや大賢者でも使えない特殊能力が使え、万年を生き、そして神出鬼没。

“存在”という概念すら自由自在で、ダインがルシラを保護しなければ、決して認知できなかった。


そんな彼女とダイン…ひいてはカールセン家の面々が知り合えたのは、奇跡と言っても良かったのかもしれない。

そして本日カールセン邸にふらりとやってきた客人とは、珍しいことにその『姉ルシラ』だった。



「っぷぁ〜…!」


夕暮れ色に染まった中庭で、姉ルシラは、その幼い外見に似合わない中年のような吐息を吐き出している。


「いやぁ、改めて思うけど、人間ってすごいよね〜」


その表情はほんのり赤く染まっている。


「穀物や果物を発酵させて、“お酒”を開発するだなんて…偶然発見された現象とはいえ、そこから作り方を確立させて、飲み物として普及させたのはすごいよ」


小さなテーブルを挟んだ真向かいにはジーグがおり、彼はどこか居心地の悪そうな表情で「う、うむ…」と頷いていた。


万年を生きてきたルシラだが、最近の彼女は『お酒』がブームになりつつあったらしい。

下界に降りてくるまではお酒などからっきしだったのだが、親友のソフィルが嗜んでいるところを見たり、お酒の話で盛り上がっているところを見て興味が引かれたようだ。


そして試しに甘い果実酒を一口飲んでみたが最後。

果物の甘さと、鼻を抜けるようなお酒独特の香りにいたく感動し、様々なお酒に手を出すようになってしまった。


「この、ふわふわした状態…酩酊っていうのかな? なんだか良い気分になれるよねぇ、お酒って…“ジーグちゃん”はいつもこういうの飲んでたんだねぇ」


ちゃんづけで呼ばれた、大柄で強面のジーグは、「あ、ああ」、とまた頷いて果実酒をちびりと飲む。


酒の味を覚えてしまったルシラは、たまにこうしてお酒を飲みにカールセン邸にやってくることがあった。

もちろん第一の目的はダインに会いに行く、という部分は変わらないのだが、そこに酒を飲む、という行動が加わるようになったのだ。

当然ながら、ルシラはこの世の中で誰よりも年上のはずなので、彼女がどれだけ酒を飲もうが全く問題ないはずではあるのだが…。


「…ダイン坊ちゃま、これどう思われます?」


中庭に続々とリステン家の面々が集まっていくのを眺めているダインに、サラが近づきながら携帯の画面を見せてきた。

そこにはいま目の前にある中庭の光景が収められており、気まずそうなジーグと楽しげな姉ルシラが酒を酌み交わしている場面が映っている。


「題目は、『激写! 村の権力者による未成年者飲酒強要!』辺りでいいですかね?」

「…俺の親父の脅しのネタに使うのは止めてくれ」


二人が会話している間にも、中庭にはテーブルが次々と運ばれていき、そのテーブルの上に取り皿やコップが置かれていく。

人が増えてきたことによってシディアンが仕切り始め、ニーニアの祖母であるカヤと、祖父のギベイルがキャンプ用の簡易コンロを組み立て、シエスタとシディアンで食材を刻んで鍋を振り、調理を始めている。


「今日も楽しいお夕飯となりそうです」


宴会の準備を進める大人たちはみんな笑顔を浮かべており、何を食べようか、どんなことを話そうかと、遠目からでも分かるほど盛り上がりを見せていた。


「うん…いや、まぁそれはいいんだけどな…」


楽しげな雰囲気はさておき、ダインは姉ルシラをリビングから見つめたまま。

彼女は赤ら顔のまま、グラスに入ったお酒をごくごくと飲み続けている。もう三杯目に突入していた。


「あの見た目で酒を飲んでるってのは、やっぱ慣れねぇよな…」

「最近のマイブームはウィスキーのようですよ。複雑な味わいと芳醇な香りが癖になるとか」

「また渋めだし…」


ルシラの見た目はどうあれ、ダインよりも何倍も年上なのは事実なので、彼から言えることは何もない。


「ダイン坊ちゃまはどうされます? ここでお夕飯が出来上がるのを待ちますか?」

「あ〜…いや、酔っ払ったルシラに掴まると色々とめんどくさそうだから、別のところに退避しておくよ」


そのダインの台詞から何かを察したのか、サラの目がきらりと光る。


「先日の件がありますからね」


そう言い出した。


「みなさんがいる前でいちゃいちゃし始めて、ルシラさんが“行為”に及ぼうとしたときの、ダイン坊ちゃまのあの慌てよう…かなり見ものでしたよ」


サラはにやにやとした笑みを浮かべている。


「あのままおっぱじめてしまわれても、私どもは一向に構いませんでしたが」

「構えよ…」


ダインは小さく息を吐き、中庭に背を向ける。


「とにかくそういうことだから、晩飯できたら声かけてくれよ」

「かしこまりました」

「で、あいつ等は…」

「お部屋にいらっしゃるかと」

「分かった」


サラと別れ、リビングから廊下に出てすぐ、中庭から家の中まで肉や魚の焼ける良い匂いが漂いだす。

空腹感を抱きつつダインがやってきたのは、屋敷の北側に位置する、長い廊下の突き当たりだった。

そのドアには、カラフルで可愛い丸文字のプリントシールが貼られてある。


『ルシラ』と表示されているドアをコンコンとノックする。が、返事は無い。

その変わりに、「おーーー!」、というルシラの驚嘆する声がドア向こうから聞こえてきた。


『この服かわいーね!』

『これ、実際に売られてるんだよ』

『えー、そーなんだ!』


ルシラの他にニーニアの声もして、何やら盛り上がっている。


「入るぞー」


ダインは一応ドア越しに声をかけ、ドアノブに手をかけてガチャリと開けた。

ベッドや人形のある可愛らしい部屋には、部屋主のルシラと遊びに来ていたニーニアがゲームをしていた。


ゲームと言っても携帯ゲームではなく据え置き型のゲームで、二人はコントローラーを握り締めながらテレビ画面を見つめている。


「あれ、珍しいな。ゲームなんて」


インドアなニーニアはともかく、体を動かして遊ぶことがメインのルシラがゲームをしている姿は、ダインにはとても珍しく見えた。


「だいん、おもしろいんだよ、これ!」


そのルシラがダインに気づき、笑いかけてくる。


「お着替えするげーむなんだけどね、服の種類がすっごくすっごくたくさんあるんだよ!」

「お着替え…?」

「小さな女の子向けのゲームなんだけど、最近すごく流行ってるみたいでね」


ニーニアもダインに笑いかけてきた。


「沢山の服から自由自在にコーディネートできて、それを着ておでかけしたり、ファッションショーに出てモデルデビューできたりするんだよ」


確かにゲーム画面はかなり華やかで、女の子が好きそうなゲームデザインだというのは分かる。


「しかも現実に存在する服ばかりだから、気に入ったのがあればそのままゲーム画面から注文しちゃったりできるんだ」

「それはまた…すげぇな」

「だいんも、かわいーと思うのあったら教えてね!」


ルシラが言う。


「おじーちゃんとおばーちゃんが、何でも服を買ってあげるっていってくれてたから!」


ルシラの言う祖父と祖母とは、そのままギベイルとカヤのことだ。

ルシラは一応はリステン家と養子縁組しているので、形式上ではニーニアとは姉妹ということになっている。


養子になった直後は、孫が増えたとギベイルもカヤも喜んでいたが…世話好きだというドワ族の体質と相まって、ルシラを必要以上に甘やかしている状況はいまも変わりないようだ。


しかし過剰な愛情を向けられても、真面目で正直なルシラなので、わがまま放題に育つということはなさそうだが…。


「ダイン」


このままルシラの部屋で夕飯が出来上がるのを待っていようかと考えていると、すぐ近くから別の誰かから声がかかった。


「おお、レフィリスか」


レフィリスだった。

可愛らしく、しかし無表情な顔がダインを見上げている。

どうもルシラとニーニアがゲームをしているところを眺めていたようだ。


「待機組みか?」


ルシラたちからプレイを交代してもらうのを待っているのかと尋ねたが、「ううん」とレフィリスは首を左右に振った。


「ただ見てただけ」

「そうなのか?」

「うん。げーむ…? は、レフィリスにはまだよく分からないもの、だから」

「良く分からないか」

「げーむよりも、他に知りたいことが沢山あるから、レフィリスには」

「ふーん…?」


つまり、ゲームというもの自体、まだそれほど興味はないということなのだろうか?


「もっと、“この世界”のことを知って、触れていかないと、だから」

「勉強熱心なのはいいことだな」


ダインは笑ってレフィリスの頭を撫でた。


「ん…」


表情に変化は無いながらも、ほんのりと頬を赤く染め上げていくレフィリス。

相変わらず感情が表情に表れにくいようだが、嬉しそうにしているのは分かる。


「…もっと、知りたい」


ゲームに夢中なルシラとニーニアをそのままに、レフィリスはダインにぼそっと伝える。


「ダインのこと、また色々と教えて欲しい」


ダインに対する知識欲も相変わらずらしい。


「ん〜、そうだな…」


ダインとしても、レフィリスとはもっと話したいと思っていたし、教えたいことも沢山ある。


部屋の中にある時計は、午後六時過ぎと表示している。

窓の外の景色は夕暮れの色が濃くなっており、まだ夜とはいえない。


「時間的に余裕がありそうだし、話すか」

「うん」


レフィリスは頷き、さらにダインの近くまで歩み寄り、彼の手を握り締める。

ダインはその小さな手を握り返しながら、「ゲームもほどほどにな」、とテレビ画面に釘付けとなっているルシラとニーニアに声をかけた。


「かわいーの選ぶから、だいんも楽しみにまっててね!」

「待っててね、ダイン君」


二人の台詞にやれやれとした吐息を吐き出しつつ、ダインとレフィリスは一緒に部屋を出た。


「静かなところでお話したい」


どこへ向かおうか考えていると、レフィリスがそう言ってきた。


「静かなところ?」

「うん。お互いの声がよく聞こえないから」


中庭はカールセン家とリステン家が総出となっており、かなり賑やかな声が廊下にまで響き渡っている。


「静かな場所か…」


状況的に、家の中のどこも静かな場所はなさそうだ。

ということは、外か…? と考えているところで、


「お勧めの場所があるよ〜」


突然、ダインの背後から声がした。

振り向くと、ほろ酔い加減の姉ルシラがそこにいた。


「事情は全部聞いたよ〜」


そういってけらけらと笑っている。


「また盗み聞きしたのか…」


過去のことを思い出しながらダインが言うも、「一応、私はレフィリスの保護者だからね〜」、とニコッと笑う。


「それは理由になってないような…」

「お勧めの場所ってどこ?」


興味が引かれたのか、レフィリスが反応した。


「それはね…ちょいちょい」


レフィリスを近くに引き寄せ、ルシラが耳打ちする。


「ん、分かった」


何を聞いたのか、レフィリスは特に表情を崩すこと無く頷いた。


「使い方は分かるよね?」

「うん。前に教えてもらったから」

「さすがだね」


ニッコリと笑ったルシラは、「じゃあ、はい、どうぞ」、とダインとレフィリスそれぞれに風呂敷に包まれた箱のようなものを差し出した。


「バーベキューのお弁当だよ」

「え…作ったのか?」

「シエスタちゃんとシディアンちゃんに頼んで作ってもらったんだよ。ついでに、ダインとレフィリスがお出かけするって言っておいたから」


つまり、ルシラはダインとレフィリスの会話を盗み聞きし、話の流れから外出することを予測して、お弁当を作ってもらったということだろう。


「なんか、用意周到というか…ここまで来ると少し怖いんだけど…」


少しヒキながら弁当箱を受け取ると、ルシラはまた笑い声を上げた。


「レフィリスだけじゃなくて、ダインも私が保護者のようなものだからね〜」

「保護者…」

「うん。それに、私の大好きな人同士がもっと仲良くなれることができるなら、色々とお節介を焼きたくなっちゃうものなんだよ」

「ありがとう。ルシラお姉ちゃん」


レフィリスが言うと、「あはは、いいよいいよ」、とルシラは笑顔のままお茶の入った水筒をダインに手渡した。


「静かな場所で、この美味しいお弁当を食べながら、二人きりで存分に語り合ってね。そこでのことは、さすがに盗み聞きとか邪魔とかしないから」


正直まだ疑わしい部分はあるものの、これまでルシラが嘘をついたことは無かったため、信じる他無い。


「じゃあ行こ、ダイン」

「ん、ああ」


レフィリスは再びダインの空いた手をきゅっと握り締め、さらに騒がしくなってきた中庭とは正反対の方向へ歩いていった。



「おや、またお出かけですかな」


二人を見送るルシラの背後から、ファショナがふわりとやってきた。


「さすが、我がご主人。隣には常に誰か女性がいて、常にモテモテ。いやはや甲斐性のあるお方でございますなぁ」

「あはは、そうだねぇ。ずっと忙しそうにしてるけど、でも、あの状況はダイン自身が選択した結果だからねぇ」


玄関から外に出て、『雲のゴンドラ』に乗って空の高いところまで昇っていくところまでを“視て”から、ルシラは言った。


「始めの頃はいろんな人に優しく接してたんだもの。その分好意も集まっていっちゃうものだよ。私含めてね」

「ふむ」

「しかもダインは、そんな沢山の…私たちの好意をまとめて受け入れることを決めた。こうなるのは必然だったというわけだよ」

「ふぉっふぉっふぉ、なるほど。しかしそうなると、人数分の愛情を平等に注がなければならず、なかなかハイレベルな立ち振る舞いを要求されますな」


ダインの苦労を慮ったような、ファショナの意見だった。


「片方に愛情を注げば、もう片方は愛情が足らないのではないかと不満を抱いてしまうもの。平等と口にするのは簡単ですが、これほど実現不可能な言葉はないと、このファショナめは思いますがね」

「ふふ、そうかもしれない。でもそんな中でも、ダインは上手くやれてると思うよ」


ルシラは天井を見上げてから、目を閉じてダインの笑顔を思い浮かべた。


「相手の感情の気配を察知することができるんだもの。求められれば求められるだけの愛情を返して、注ぎこめる度量と技量を持っている。滅多にいない…というか、私が存在してきて初めて見た人だよ」

「思う存分に愛情を注ぎこめる度量と技量…それがヴァンプ族の特性、ということでもあるということですな」

「だねー」


ルシラは再び目を開けて、賑わい始めた中庭へと体を向ける。


「でも、今度は逆のパターンかもしれないね」

「逆…というと?」

「レフィリスがね。何か思うところがあるみたい」

「ほう…?」

「私の妹と初キスを済ませたみたいだからねぇ。あの報告を受けたとき、レフィリスってば少し動揺しちゃってたからなぁ」


最後に、彼女は意味深な笑みを浮かべだす。


「感情表現が苦手な相手からの、真っ直ぐな愛情を向けられて…ダインはどこまで耐えられるかなぁ」

「それは、詳しく…詳しくお聞かせ願えますかな?」


興味を抱いたファショナに、「いいよ」、とルシラが笑いかける。


「ストレートな愛情というものは、誰だって弱いんだもの。ダインもその限りじゃないということを、きっと今夜知ることになるはずだよ」


ほろ酔い加減のルシラは始終笑顔で、始終上機嫌だった。

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