第五話 『元邪神と元七竜』
「まず情報を整理しましょうか」
大きな切り株のテーブルを前に、ラフィンが口を開いた。
「先日ソフィル様より『メデル・フィンブリ』様の行方を掴むようご依頼された。元封印地を巡礼なさられているという情報を元に、私たちはメデル様の足取りを追っていかなければならない」
いまは正午を少し過ぎた時間だ。
ダインたちはカールセン邸の裏庭にいて、その広い空間には小人用かと思うほどの小さな家々が七つほど建っている。
そこは数ヶ月前にダインが作った家であり、元七竜である『セトたち』の住処だった。
整地された“小村”の中央には大きめの噴水があり、その噴水を小さな家々がぐるりと取り囲み、さらにその家々の外側には柵がある。
小村の上部には日焼け防止用の大きな屋根があり、小村の入り口手前には『七竜村』という文字が刻まれた看板があった。
「ピィピィ!!」
水場には元獄炎の竜『ヴォルケイン』であり『ピーちゃん』でもあった『セト』がいて、噴水から流れ出る水を浴びながら優雅に水上を泳いでいる。
「シャー!」
そんなセトを追いかけているのは、元暴風の竜『シアレイヴン』であり『シャーちゃん』でもあった『ライカ』。
二匹は水浴びの真っ最中であり、そんな彼らを見てから、「あなたにはまだ知らせてなかったけど」、とラフィンがダインを見た。
「ソフィル様から新しい伝令よ」
「伝令?」
「ええ。元封印地にメデル様がいないことが分かったとしても、その場所には一度だけ立ち寄って欲しいって」
「どういうこった?」
「ソフィル様が手を焼くほど、メデル様の“神隠れ能力”は高い。最悪、封印地を全て回ったとしても見つけられない可能性がある。だから念のため切り札を用意しておきたいって」
「切り札?」
「そう」
ラフィンは続ける。
「元封印地にはね、創造神…『エレンディア』様のお力がまだ少しだけ残ってるみたいなの」
「え、そうなのか?」
「らしいの。それで、各封印地にあるエレンディア様の聖力の残滓をかき集めて、最終手段としての“特別な召喚魔法”を準備しておきたいと仰ってたわ」
「“アルテモン”という魔法だそうです」
隣でお茶を飲んでいたティエリアがいった。
「何でも、どのような方でも強制的に呼び寄せることのできる魔法だとか」
「へー、すげぇなそれ」
「ですが対象がゴッド族なので、相応に聖力のコストもかかるらしく、ですから封印地に眠るエレンディア様の聖力を使わせていただくことにしたそうです」
創造神の力を使うとは、また壮大なものになってきた。
「だから私たちが元封印地までいって、残滓をかき集めなきゃならないんだって」
ティエリアの隣にいたニーニアがいう。
「といってもそんなに難しく考える必要はなくて、他の観光客と同じように立ち寄るだけでいいらしいよ」
「立ち寄るだけで聖力を集められるってのか? 何もしなくても?」
いまいち分からないというダインに、
「“この子たち”がやってくれるんだって」
ダインの右側に座っていたシンシアが、両手に持っていた“それ”を見せてくる。
「ミャー!」
シンシアに抱きかかえられていたのは、元極寒の竜『アブリシア』であり『ミャーちゃん』だった『リリ』だ。
「封印地は、この子たちが元いた場所でもある。この子たちを連れて行けば、七竜だった時代の魔力を吸収してくれるはずだってソフィル様はいってたよ」
「で、この子たちがかき集めた魔力にエレンディア様の聖力も混じっているはずで、それをソフィル様が抽出するってわけ」
ダインの背後にいたディエルも一匹の子供ドラゴンを抱えている。
「ヒョー!」
元毒魔の竜『プノー』であり、『ヒョーちゃん』だった『ジン』だ。
「七竜だったこの子たちを魔法で閉じ込め、封印地としたのはエレンディア様だからね。何千年とそのエレンディア様の魔法の影響を受け続けていたんだから、少しぐらい残ってるはずだっていうのがソフィル様の見立てよ」
「ヒョー!!」
ジンは同意見だというかのように両翼を広げ、魔力をかき集めるのは任せろといいたげだ。
「確かに理に適ってるな。創造神の聖力をかき集める、か…」
ストローを口に咥えたまま、ダインの目が細められる。
旅行がメインだというシンシアたちの気持ちは理解した。が、やはり気になるのはソフィルの“本当の目的”だ。
ソフィルは曲がりなりにもゴッド族の長であり、自身に仕える人物を呼び戻すぐらい簡単なはず。
例えできなくとも他に色んな方法があるはずなのに、わざわざ自分たちを頼ってきた。
封印地に残存するというエレンディアの聖力を集める。
そこに何かソフィルの狙いが垣間見えるような気がしなくもない。
「ちょっとダイン、きいてる?」
思わず考え込んでしまったダインは、視界の中にラフィンの顔が飛び込んできてハッとした。
「ああ、悪い。何だ?」
「最初にどこへ向かうか話してたの」
ラフィンはいう。
「ついさっきソフィル様から連絡があって、メデル様が最初に向かわれたであろう場所が『フレイムマントル』っていう島らしいの」
フレイムマントル。
ダインたちがいまいる大陸、トルエルン大陸の最西端にある島だ。
「っていうと…ヴォルケインのところか」
「ええ。そこから先の消息が分からないようだから、まずはそのフレイムマントルまで行って、情報収集しようかなって」
「そうだな」
頷いたダインは、「で、封印地を回るときは全員で行くのか?」と気になってきいた。
当然、という返事が返ってくるかと思いきや、「いえ」、とラフィンは首を横に振る。
「私たちは一応学生なんだし、毎週暇ってわけでもないわ。みんなそれなりにやることがあるんだもの」
確かに最もな話だ。ソフィルも学業や家のことを優先しろといっていた。
「だから、ダインはその封印地から一番近くに住んでいる人と一緒に行動するようにして。ソフィル様が仰ってらした旅行のことも、その人とね」
「ああ、なるほど。それならみんなの負担も少ないか。ソフィル様の懐事情もあるし」
「そういうこと。でもまぁあなたが一番大変だとは思うけどね。毎週どこかに出かけなくちゃならないし」
「俺は特に習い事とかしてないし、家のことはサラやルシラがいるからな」
週末は暇だと正直にいったダインは、「じゃあそのフレイムマントルから一番近いところにいる奴ってのは…」、周囲を見回し、ニーニアと視線がぶつかった。
「ニーニアか」
「う、うん」
トルエルン大陸はドワ族が統治しており、ニーニアはそこの住人だ。
「旅先は決まったのか?」
尋ねるダインに近づいていったニーニアは、彼に一枚のパンフレットを見せた。
「ここ、いいなって思って…」
そのパンフレットには旅館の名前が書かれており、『ミラクルピロー』という文字の下に旅館の外観が映し出されている。
冒頭に紹介文が載っており、ありふれたうたい文句でやや控えめな印象を受けたが、施設紹介のページや料理の画像など、どれも高級感漂うものばかりだ。
パッと見で一般庶民お断り感が出ており、歓楽街の一等地に建てられているというのを見て納得がいった。
しかし何よりダインが驚いたのは、パンフレット末尾にある料金表だ。
ニーニアが指定したコースは一番高いプラチナコースで、一泊が高級マンションの月額ぐらいある。
「たっかいな!?」
金額を見た瞬間に、思わずダインはそういってしまった。
「え…だ、駄目かな?」
ニーニアが少し残念そうにいってくる。
「あ、あーいや…」
一気にソフィルに申し訳ない気持ちが湧いてしまったのだが、このパンフレットを提示したのはそのソフィルであり、ニーニアはダインとここに泊まりたいといって選んだに過ぎない。
ここで自分が下手に庶民感覚を発揮させたら、悪戯にニーニアを落ち込ませてしまうだけだ。
「いいよ、いいんじゃないかな、うん」
何週間分の食費になるんだろうかと考えつつも、ダインは笑いかけた。
何より旅行を楽しみにしている彼女たちに遠慮させるわけにはいかない。
それにソフィルの厚意なのだから、ここは存分に甘えさせてもらおう。
「んじゃ来週はそこで…って、予約とかってどうやって取ればいいんだ?」
「あ、それはもうソフィル様がしてくれて…」
「おお、そこまでしてくれんのか。至れり尽くせりだな」
楽しみだな、とニーニアにいうと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「メデル様に関することで、何か分かったことがあったら逐一報告して」
ラフィンがいう。
「私たちで情報を共有して、発見の手がかりを集めていきましょう。次の目的地も決めていかないとならないしね」
「そうだな」
メデルの足取りを探していき、見つかるまではシンシアたちとの旅行を続ける。
一連の流れが決まり、シンシアたちが雑談を再開しようとしたときだった。
「あはははは! れふぃりすちゃん、びちゃびちゃになっちゃったよ!」
噴水場からルシラの甲高い笑い声がした。
その隣にはずぶ濡れのレフィリスがいて、彼女の背後には子供ドラゴンの『トト』がいる。
「ポー!」
可愛らしい女の子二人は泡まみれのスポンジを手にしており、ドラゴンたちの身体を洗う作業をしていた。
レフィリスはルシラから洗い方を教わりつつ、セトたちの身体を洗っていたようだったのだが、そのレフィリスに誰かが水をぶっ掛けたようだ。
「ぽーちゃんはいたずらっ子だから、気をつけなくちゃ駄目だよ!」
犯人は背後にいるトトだったようだ。
「も、もう、トト…!」
レギオス時代の記憶はないレフィリスだが、自身が使役していたというセトたちのことは僅かながら記憶に残っていたらしい。
だから彼らに関してはダインと同じように気兼ねなく接することができたようで、トトの悪戯によって珍しく怒った表情をしている。
「ポー! ポー!」
してやったり顔のトトはレフィリスに背中を向けて駆け出し、「待って!」、とレフィリスは反撃に出ようと追いかける。
そんなとても微笑ましい光景をダインたちはしばし眺めていたのだが、「あ、そうだ」、とダインが思い出したことがあってディエルに顔を向けた。
「なぁディエル、レフィリスのことなんだけど…」
その台詞と表情から瞬時に察したようで、「ええ、分かってる」、とダインがいい終える前にディエルは頷いた。
「あの子の正体と獄界のことについてでしょ」
先日シエスタとサラとで相談した内容は、ディエルたちにも報告していた。
「元邪神の正体を暴くだなんて、相変わらずあなたはややこしいことばかりしてるわね」
確かに、ルシラの正体を調べるのにもかなり苦労した。結果、惑星の守護神というものにまで行き着いてしまったのだ。
今回のレフィリスの件もなかなか骨が折れそうなものになるかも知れない。
そんな危惧があったダインだが、「でも、私に相談を持ちかけたのは正解だった」、とディエルはにやりと笑った。
「私は“エンド族”の末裔だもの。そのエンド族は獄界から来たとされているから、あなたは真っ先に私に何か知らないかきいてきたんでしょ?」
「そうだけど…何か分かったのか?」
ディエルは返事をする代わりに自身の手提げカバンに手を突っ込み…何かを取り出そうとしたが、少し動きを止めて周囲を窺った。
「私たち以外に誰もいない…わよね?」
急に警戒しだした。
「どういうこった?」
「いえ、“これ”はお父様の秘密の書斎から持ち出したものだから…」
「秘密? 大丈夫かよ」
「あーいや、法に触れるようなものじゃないわ。多分…」
「多分って…」
ディエルはそのまま握り締めた何かをダインたちの目の前に差し出した。
それは、手のひらサイズの石…いや、無色透明の水晶だった。
六角柱状で、内部の所々が割れており、そこから虹色の光が放たれている。
「書斎の一番奥の、分厚い辞書の中に大切そうに保管されてあったの」
「ん…? ただの水晶のように見えるが…」
ダインはそういったが、「あ、これ…メモリークォーツ?」、とニーニアが割り込んできた。
「何だそれ?」
「“起源を記す水晶”だっていわれてるものだよ。大昔から存在するものでね、私たちが普段使ってる携帯とかテレビとかの元になってるんだよ」
ダインたちが知らなかっただけで、割とありふれた素材のようだ。
「で、これがどうしたんだよ?」
ダインが続きを促す。
「そんな珍しいもんでもないんだろ?」
「ええ。でもそんなに珍しくもないものが、お父様の書斎で大切そうに保管されていた。これは何かあると思って、『解析板』っていうアイテムを使って何が記録されているのか映し出してみたのよ」
ディエルはその水晶を切り株の上に置き、ポケットから万華鏡のような形状をしたアイテムを新たに取り出す。
それは特殊な加工が施された拡大鏡のようで、その解析板の先端部を水晶に当てた瞬間、切り株の上部の空間にホログラムのように映像が現れた。
「これは…」
映し出された映像は、何も無いただの原っぱだった。
夜らしく空は黒く、地面は土で、それがずっと遠くまで広がっている。
しかし映像といってもそれ以上の変化はなく、水晶が記憶した瞬間の画像が映っているのみだ。
「これ…どこなんだ?」
ダインが疑問を口にした。
「ただの夜の原っぱにしか見えないけど…」
「あれ、でも上には星が出てないね」
とシンシア。
「空が真っ暗で夜みたいだけど、星が無くて、何の生き物も見えないし…」
「この映像…いえ、このメモリークォーツは、かなり古そうな本の中に保管されていたわ。それこそ数千年程度じゃなさそうなほどに古びたものだった」
ディエルがいう。
「私たちエンド族の末裔が保管していたもの…って考えると、この景色は普通のものじゃないということに行き着くんじゃない?」
「…もしかして、ここに映ってるのって、その獄界の…?」
ラフィンは目を丸くさせている。
「た、確かに、転がってる石とか雑草とか、見たことないものばかりのような…」
素材に関して豊富な知識があるニーニアは、興味深そうに映像の中の地面を凝視していた。
「静止画のようですが…ここから、地上には無いような荒々しい魔力の流れが感じられます…!」
ゴッド族のティエリアは、映像から何か感じ取れるものがあったようだ。
獄界の存在は未だにあるかどうか分からない、都市伝説レベルでしか語られないもので、その文献はおろか映像を目にしたものもいない。
世紀の大発見かもしれないとシンシアたちは沸き立ちそうになったが、
「でもまだ断定はできねぇよな」
とダインが釘を刺した。
「大切に保管されていたってだけで、似た景色なんてこの世界にだって沢山有りそうだしさ。親父さんからは何も聞いてないんだろ?」
「ええ、まぁ…っていうより無断で持ち出したものだから、答えるよりも前に怒られると思うけど」
ディエルは少し気まずそうにいうも、「でも、ほぼ確定でいいんじゃないかしら」と続けた。
「間違いなく獄界の映像よ、これ」
「何で言い切れるんだ?」
「だって、ほら」
彼女は人差し指を足元に向け、下を見るよう促している。
地面には元七竜のリリとジンがいたのだが、二匹は例の映像を食い入るように見つめていた。
目を丸くさせたまま動かない二匹だったのだが、やがて、
「ミャー!」
「ヒョー!」
興奮したような鳴き声を上げ、とてとてと前方へ駆け出していく。
そして噴水場にいたセトたちに声をかけ、全員を引き連れて戻ってきた。
「ミャー、ミャー!」
切り株の上にある映像を見るよう手振りで促し、同じ映像を見た彼らは、すぐにリリやジンと同じように興奮し始める。
「…ね?」
彼らのリアクションが正解だと、ディエルはダインを見た。「“元住人”のこの子たちには、何の映像か分かったんじゃない?」
「どしたのー?」
そこでルシラが濡れた手をタオルで拭きながらやってきた。
「ダイン…?」
レフィリスまでダインのところにやってきて、彼の隣にぴたりと引っ付く。
「ああ、レフィリス、ちょっとこれ見てくれ」
ダインはそのままレフィリスにも映像を見るよういった。
「? これが?」
「どうだ?」
「?」
「何か感じるものは無いか?」
「…?」
ダインに言われるがまま映像を凝視するレフィリスだが、彼女は始終首をかしげている。
「何か、あるの?」
何も分からないという表情を向けてきた。
「ん〜? あれ、でもぴーちゃんたちはちょっと違うね」
ルシラがいった。
「みんな、このばしょ知ってるかもーっていってるよ?」
彼女はセトたちの“声”が理解できるらしい。
「ほらね?」
ディエルは胸を逸らして得意げだ。
「いやでも、この映像が獄界だとしても、で? っていう話で終わっちまうんじゃ…」
そういうダインだが、「何いってるのよ。このメモリークォーツが見つかった“場所”が重要なんじゃない」、とディエルが反論した。
「この水晶を持っていたのは私の祖先だっていうのは間違いないはずよ。で、生まれ故郷である獄界から持ってきたんだとすれば…」
「…獄界への入り口も、知っているかもしれないと」
ラフィンがいった。
「いえ、もしかしたらその入り口は、あなたのお家から意外と近いところにあるかもしれない…?」
「その通り」
ディエルはまたニヤリと笑う。
「お父様かお母様なら何か知ってるはずだし、それとなく探りを入れてみるわ。何か分かれば連絡するわね」
「頼む。あーでも何かヤバそうなもん感じたら調査は打ち切ってくれよ。隠してたってことはそれなりの理由がありそうなんだしさ」
「ええ、分かってる」
そう二人で話していると、
「ダイン、何の話?」
ダインの隣にぴったりと引っ付いたままのレフィリスは、いい加減気になりだしたようだ。
「レフィリスと、セトたちに関することだ」
ダインは正直に説明した。
「お前らが元いた場所を突き止めないとならなくてさ」
「突き止める…?」
「ああ。レフィリスもセトたちもみんな記憶が無いみたいだけど、みんなはこの獄界って世界からこっちの世界に連れ出されたところまでは掴んでるんだ」
かつての故郷に戻れるかもしれない。
そのことにレフィリスは嬉しがってくれるかと思いきや、
「え…ど、どういう、こと…?」
何故だかショックを受けたような表情になった。
「れ、レフィリスたち…戻される…の…?」
その台詞をきいて、ダインはすぐに理解する。
「あー、言葉足らずだったな」
頭を掻いたダインを、シンシアたちやルシラが微笑ましそうに見つめている。
ちゃんとレフィリスを安心させてあげて、という彼女らの無言の期待に応えるため、
「いいか、レフィリス」
ダインは彼女の両肩を持って、鮮やかな色合いをした赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「近い将来、俺は…いや、俺たち家族は、お前を正式な手続きを踏んで受け入れようと思っている」
「え…れ、レフィリスを…?」
「そう。ルシラと同じように…っつっても、ルシラの場合はちょっと違うけどな」
ルシラは一応“リステン家”の養子に入っていることを説明しつつ、ダインは話を続けた。
「でも俺たちが正式にレフィリスを受け入れるには色々と手続きが必要でさ、その中にレフィリスがどんな奴でどこから来たのか、出身を明らかにしなくちゃならない項目があるんだ。この国の法律上ではお前はいまのところは存在しないことになってて、ちゃんとした手当てや法の保護を受けるために…ってこれは難しいか」
笑ったダインは、「要は、みんなにレフィリスを守ってもらうために必要なことなんだ」、とレフィリスにも分かりやすいように説明した。
「だからレフィリスがどこにいたのか、俺たちは知る必要がある。別にお前を“向こう”に戻そうなんざ考えちゃいないよ」
「そう…なの?」
「ああ。仮に“向こう”にお前のことを知っている人がいたり、元いた場所に戻すべきだって誰かがいってきたとしても、俺たちはお前を帰すつもりは無い。レフィリス一人を放り出すようなことはしない。絶対にな」
こちらを真っ直ぐに見つめてくるレフィリスの小さな頭を撫でつつ、ダインはさらに続けた。
「自覚も記憶も無いんだろうけどさ、お前はずっと暗くて狭くて冷たいところに閉じ込められていたんだ。ずっと孤独で、ずっと不幸なままだった。そこから助け出したのは俺たちなんだし、その責任はきっちり請け負うつもりでいる。いや、責任っつーと義務っぽくなっちまうな…」
少し考えたダインは、「お前には、不幸だった以上に幸せになって欲しくてな」という。
「一人には、もう…ならない…?」
ゆっくりときいてくるレフィリスに、「ああ」とダインもシンシアたちも頷く。
「俺たちが側にいることでお前が幸せを感じてくれるんなら、俺たちはずっとそうしているよ。寂しい思いはさせない」
レフィリスはそのまま周囲を見回す。ダインと同じように、シンシアたちやセトたちの優しい表情がこちらに向けられていたことに気づいた。
彼女は再びダインを見上げる。
「な? みんな同じ気持ちだ」
そうまでいったところで、レフィリスにもようやく自分が大切に思われていることを理解したのだろう。
一瞬泣きそうな表情になった彼女は、そのままダインの胸に飛び込んだ。
「あ…あり、がとう…」
そういって彼にぎゅっとしがみついている。「ありがとう…みんな…」
「礼をいうようなことじゃない」
ダインは笑い飛ばしてレフィリスを優しく抱き返す。
「さっきはレフィリスの幸せのために〜、みたいなこといったけど、俺たちは好きでそうしてるだけなんだ。地上の色んなものに触れておっかなびっくりするお前が見てて飽きないし、楽しそうにしているとこっちまで嬉しくなる。それだけなんだよ」
「ん…うん…」
不安がるレフィリスを抱きしめ、少しでも笑顔になってくれるようにとダインは話しかけている。
その二人の姿を笑いながら見つめていたルシラは、
「あはは、なつかしーなー」
と、そういい出した。
「るしらも初めの頃はれふぃちゃんと同じように不安に思うときがあって、いつもだいんがそうして抱きしめてくれてたよ〜」
そこで、「え」とレフィリスの顔が上がる。
「る…ルシラ、も…?」
ルシラに対しては笑顔の印象しかなかったレフィリスなので、かなり意外そうだ。
「るしらはずっとここにいていいのかなって。だいんやぱぱやままが迷惑じゃないかなって、よく考えちゃってたよ」
いまのレフィリスの心境は当時の自分と同じだといい、「でもね」と続ける。
「るしらの不安な気持ちとか心配ごととか、いつもだいんが全部ふきとばしてくれてたんだよ? ずっとるしらの近くにいてくれて、ずっとるしらのことを見てくれててね、気づいたらるしらは幸せでいっぱいになってた! もっともっとだいんのことが大好きになって、これだけの大好きなお友達も増えたんだよ!」
「だいんはすごいんだよ!」と続け、セトたちは翼を広げながら元気な鳴き声を上げる。ルシラの台詞に同調しているかのようだ。
「俺は何もしてないっての」
ダインは笑いながら否定する。
「ルシラには俺が思ったことをそのまま伝えただけだし、シンシアたちにしてもたまたま優しくて、たまたま友達になってくれたに過ぎない。俺はとてつもなく運がいいってだけだ」
相変わらずの遠慮したいい方だ。
「嘘ばっかり」
今度はラフィンが反論した。
「人望というものは運だけで集まるほど単純なものじゃないの。私たちは何も考えずにあなたの側にいるわけじゃない。あなたが本当に運だけでここまで来れたというのなら、いまこの場に私たちはいないわ」
その台詞に、シンシアたちは大きく何度も頷いている。
どういうことかと不思議そうなレフィリスを見て、「ちょうどいい」、とディエルが割り込んできた。
「じゃあ私たちがダインの何を見てきて“こう”なったのか、そしてダインにどれほどの嬉しいことをされてきたのか、レフィリスに教えてあげましょうよ」
え、と固まるダイン。
「い、いいの?」
レフィリスは明確な興味を示した。
「レフィリスちゃんもダイン君のことが大好きだもんね。そんな大好きな人のことをもっと知りたいと思うのは当然だよ〜」
シンシアがレフィリスとの距離を詰めてきて、ニーニアとティエリアまでもが身を寄せてくる。
恥ずかしい話が始まると予感して立ち上がろうとしたダインだが、レフィリスが力いっぱい抱きしめて阻止してきた。
「ダインもいて」
逃げられなくなってしまい、予感した通りにシンシアたちはダインとの思い出話を始める。
恥ずかしい台詞に恥ずかしい行動など、ダインは始終顔を赤くすることしかできなかった。