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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第二話 『問題点』

「ほんと、飽きさせてくれないわね、みんな」


ダインの母、『シエスタ』は口の端に笑みを浮かべながらティーカップを傾ける。

カールセン邸のリビングだった。

毎日の食事に使っている長テーブルにはそのシエスタとダインが向き合うようにして椅子にかけており、就寝前のいつもの“報告会”を始めている。

窓の外は完全に暗くなっており、鈴虫の鳴き声が聞こえていた。


「人探しのついでに旅行ねぇ…いいわねぇ」


その日一日の出来事をダインから聞き、シエスタはどこか羨ましそうだ。


「毎週旅行なんてすごいわね。お土産頼むわよ」


あくまでダインは現在学生であり、ソフィルから保護者の同意を得るよういわれていたのだが、自由主義のシエスタにはそもそも同意など必要がなかったようだ。


「いや、メインは人探しだっての」


羨ましがるシエスタに、ダインは旅行じゃないと否定する。


「メデルって人がどこにいるか分からないから、情報どおりに七竜の元封印地を巡って痕跡を追いかけてくれっていわれたんだ。徒歩で情報収集しなきゃなんねぇから、労いの意味を込めて宿の手配をしてくれるってだけでな…」


ダインが続きをいいかけたとき、


「そんなはずないでしょう」


と、使用人の『サラ』が口を挟んできた。


「お話を聞く限りでは、人探しのほうこそついでのような気がしてなりません。急がなくて良いとソフィル様は仰られてたそうですし、ここは何か別の意図があると読むべきでしょう」

「意図って…どんな?」


ダインが尋ねるも、「それをここで憶測しても面白くはありません」とサラはシエスタの隣にかけつつお茶を口にした。


「ソフィル様もお嬢様方も、どなたも可愛らしいことしか考えないのですから。ダイン坊ちゃまはここで余計な口出しをせず、あの方々のいう通りにしていればいいのですよ」

「い、いや、でもな、流されてばかりってのもな…」


ダインが何か反論しようとしたが、「それでいいのです」とサラが遮った。


「男女の関係を維持したいのならケンカしないことが一番。女の尻に敷かれるぐらいがちょうどいいとよくいわれますし、ダイン坊ちゃまは素直に従うほかありませんよ。何しろ向こうの方が多人数ですし」

「そ、それはそうなんだけど…」


ダインはまだ困惑した表情を浮かべている。

誰か自分と同意見の人はいないか周囲を見回すが、部屋の端にあるソファでルシラがホテルのパンフレットを広げたまま眠りこけており、彼女の周囲には子供ドラゴンである『七竜』たちが固まって身体を丸めている。

ダインと意見を同じにする人はどこにもいないようで、彼はつい嘆息してしまう。


「まぁでも、確かにダインのいう通りな部分もあるわね」


そういったのは意外にもシエスタだった。


「自分の意見を持つということも大事よ。何もいわなかったらいわなかったでトラブルに発展することもあるし、優柔不断な男は嫌われるわ。声には出さないまでも、自分の考えは持っていたほうがいいわね」

「やっぱそうだろ?」


ダインは嬉しくなって母を見つめるが、「ええ」と頷いたシエスタは改めて息子と向き合った。


「ということで、あなたのいまの正直な気持ちを聞かせて頂戴」


そういった。


「正直な気持ち?」

「ええ。昨夜も“失敗”しちゃったんでしょ?」

「…失敗?」

「シンシアちゃんとの初エッチよ」


突然ぶっこまれ、ダインは固まってしまう。

言葉を失う彼に、「失敗し続けてる原因は、私たちにもあると思ってるのよ」とシエスタはいった。


「私たちヴァンプ族は、他の種族に迷惑をかけないために暴走しないこと…つまり精神を強く保つことが義務付けられている。他種族が集まる学校へ通うことになったあなたには、特に強い制限をかけたわ」


彼女は続ける。


「どんな事態に陥っても動揺しないように、どんな事態でも対処できるようにって。あなた用の特別な特訓メニューを沢山したし、私でも数え切れないほどの暗示も施してきた」


確かに、思い当たる節はある。


「そのおかげかどうかは分からないけど、あなたはこれといったトラブルを起こさずに今日まで来れたと思っているわ。シンシアちゃんたちがあなたのことを気に入ってくれて、あの子たちとの家族と縁まで出来た。レギオスを助けられたのも特訓の成果かもしれないし、それらに関しては文句無いわ」

「ですが、その特訓の成果が障害にもなっている、ということですね」


サラが引き継いだ。


「以前より懸念していたことですね。ダイン坊ちゃまはお年頃の割りには無欲で、あれだけの可愛らしい方々を目の前にしても鼻の下を伸ばすようなことはしなかった。ダイン坊ちゃまがなさることなら何でも受け入れるつもりだったお嬢様方なのに、今日までダイン坊ちゃまが変態行為に走られたことは無い。普通の男子ならば、可愛い女子の下着の一つや二つ持っているものなのに」

「普通の男子でもそんなことしねぇよ!」


ダインがすかさず突っ込むが、「改めて聞きたいの」とシエスタが真顔でダインにいった。


「あなたは、シンシアちゃんたちのことどう思ってるの?」

「ど、どうって…可愛いとは思ってるけど…」


正直にダインは答えるが、「可愛いってどんな?」とシエスタはさらに詰め寄る。


「子供が可愛い。動物が可愛い。“可愛い”にも色々種類があるの。あなたがシンシアちゃんに対して抱いている“可愛い”という感情は、そういったものなんじゃないの?」

「ち、違ぇよ! ちゃんと、女の子としてだな…」

「可愛いと?」


サラがきく。


「女の子として可愛いとお思いなのですか?」

「あ、ああ。当たり前じゃん」

「触りたいとお思いですか?」

「え?」

「まさぐりたいと。揉み倒したいとお思いですか?」

「な、何の話だ?」

「男性として健全な…いえ、女性も抱く健全な感情ですよ」


サラは続ける。


「好きな異性には触れたいと思うし触れて欲しいとも思う。惹かれ合うという現象は至極自然なもので、子孫繁栄の観点からも重要なものなのです」

「し、子孫…!?」


たじろぐダインに、「もうはっきりきくわ、ダイン」とシエスタがさらに詰め寄った。


「あなた、あの子たちを孕ませたいとは思わないの?」

「はら…!?」


ダインの許容量が限界を迎えそうになったそのとき、どこからか視線を感じた。

書斎がある方向へばっと視線を向けると、そのドアが僅かに開いていたのが見えた。

隙間から、厳つい顔がこちらを覗きこんでいる。


「お、親父…!」


ダインの父、『ジーグ』の視線だった。

恐らく、何か仕事上のことで話したいことがあってリビングを覗いたのだろう。

が、息子が女二人に卑猥な話で詰め寄られているのを見て、瞬時にまずいと判断したのかもしれない。


「親父、助け…!」


ダインはすぐさま父に助けを求めようとしたが、ダインが動き出す前にそのドアがバタンと閉じられた。


「お、親父ィ…!!!」


相変わらずこの手の話に弱いのは父子共通なのだろう。いや、それはヴァンプ族全体にいえることなのかもしれない。

ただでさえヴァンプ族は子供ができにくい体質な上に、男たちは奥手が多い。

彼らが種族存続の危機に陥っているのは、ある意味でそういった事情からきているのだろう。


「大事なことよ、ダイン」


シエスタはこの話から息子を逃すつもりは無いようだ。


「あの子たちと子を成すつもりはないの? エッチしたいと思わないの?」

「え…えぇと…」


どう答えるのが正解なのか。

困惑するダインに、「あなたたちはまだ学生で焦る必要はないとは思うけど、かといっていつまでも待たせて良いものでもないのよ」、とシエスタは畳み掛けた。


「あなたは私の息子なんだから、あの子たちの本心ぐらいは理解しているとは思う。その上でいわせてもらうけど、シンシアちゃんたちはそれぞれがとても魅力的な女の子よ」


シエスタはさらに続ける。


「みんな思いやりのある子たちで尽くしてくれて、性格から何から何まで可愛い。その気になれば…いえ、その気にならなくても、男なんてうじゃうじゃ寄ってくるでしょう。性格が良くて可愛い女の子なんて、男だったら誰もが思い描く理想の彼女像なんだし。そんな子たちをあなたは独占しているの。好きになってくれているの。まともに向き合わないと失礼っていうものだわ」


突然説教が始まってしまったが、シエスタのいうことは尤もだ。

自分にはもったいなさ過ぎる相手というのはダイン自身も重々承知しており、だからこそ簡単に手出しできなかったというのもあるだろう。


「あの子たちにあまり無理をさせすぎちゃ駄目よ。決めるべきところはあなたがビシッと決めなさい。好きになってくれた以上の恩を返して、甲斐性のある男になりなさい」

「今回の人探しの依頼はチャンスと考えるべきですね」


サラが口を挟んできた。


「二人きりの旅行だなんて盛り上がらないはずは無いでしょうし、シチュエーションとしても申し分ありません。あの可愛らしい方々をこれまで以上にメロメロにさせ、身も心も骨抜きにしてあげてください。ダイン坊ちゃまの男性としての魅力をこれでもかと見せ付けてやるのです」

「わ…分かったよ」


ダインは頷くしかない。


「俺だってちゃんと考えてるから…あいつ等が魅力的なのは俺自身が良く分かってるつもりだからさ」

「だったらいいわ」


息子の返事を聞いて、シエスタは一応納得したようにいう。


「まとめて妊娠させるぐらいの気概を見せなさい。それぐらいやってのけられたら、私としても鼻が高いわ」

「に、妊娠どうこうはアレだけど…ま、まぁ、頑張るよ」

「“そっち方面”の相談にはいくらでも乗りますので」


サラがいった。


「ムードのある雰囲気作りや自然にエッチに持っていける話術など、大人の我々にお任せください。何しろ“専門職”ですから」


意味深にいったその台詞を、ダインはあえて突っ込まない。

サラがいうこともあながち間違いではなかったからだ。いま現在、ここ『エレイン村』の主な収入源は“そっち関連”なのは間違いないのだから。


「そういえば、シンシアちゃんたち自身が敏感すぎるのも悩みだってきいたわね」


シエスタがいう。


「感度を下げるツボとか教えて、途中で気を失わないよう最後までいける方法を模索していかないと」


学校での出来事を話す報告会のはずだったのに、何だかそっち方面の話ばかりになってるような気がする。


「“あっち”の問題の解決法も考えた方がいいと思うぞ」


とダインが軌道修正を図った。


「シンシアたちのことももちろん考えるけど、緊急性でいえばあっちの方が高いだろ」

「レフィリスちゃんのことね」


シエスタがいう。


「これまた難問ねぇ…あの子がなんていう種族なのか、見つけ出さなきゃならないなんて」


そう、ダインたちはいま、ある難問に差し掛かっていた。

いまも『宇宙船』の中で、ルシラの世話になっているレフィリス。

ダインのことが大好きで、いずれはダインと一緒に暮らしたいといっているので、近いうちにレフィリスを養子としてカールセン家かリステン家が迎え入れるつもりではいる。

養子縁組の手続きに関してはさほど難しいものはない。両者の同意があれば、滞りなく迎え入れることができるだろう。

しかし書類での審査があった。

養子となる人物がどこの出で、何という種族なのかを明らかにする必要がある。誘拐や人身売買を阻止するためにも当然の措置だろう。

だからレフィリスのことを調べなければならなかった。何も分からないまま養子縁組を申請しても、書類審査で弾かれることが目に見えてるから。

とはいえ、レフィリスを『邪神レギオス』だとまともにいっても、恐らく誰も信用してはくれないだろう。

一応、レフィリスの正体に関しては世間には隠している。

仮に正体がばれたとしても、レギオス事変で『クラフト・アーカルト』が真相を全て明かしてくれたおかげもあり、そこまで混乱することは無いかもしれない。

だが伝承上の存在が近くにいると分かれば騒ぐ人は必ずいるはずで、マスコミも放ってはおかないだろう。

だから、『邪神レギオス』などと“捏造されたもの”ではなく、レフィリスの“本来の種族”というものを明らかにし、審査官に伝える必要がある。

そこが難しい問題だった。何しろ自身の出自に関してレフィリス自身に記憶が全くなく、あのルシラですらも知らないようなのだから。


「適当に誤魔化せば良いのでは?」


考え込む二人を見て、サラがいった。


「ルシラのときはドワ族で申請が通りましたし」


彼女のいうルシラとは、妹のほうのルシラのことだ。

ダインが保護した時点ではカールセン家が養子として受け入れるつもりだったのだが、紆余曲折あってリステン家が迎え入れることとなった。


「あの子の場合は種族っていう枠組みに囚われないものだったし、どんな種族名で申請しても通ってたはずよ」


シエスタのいう通り、確かにルシラは特別な存在だった。

ルシラは“プログラム”が具現化した存在であり、だからこそ該当する種族などないのだから。そのためどんな種族で申請してそれが通ったとしても、虚偽にはならない。


「けどレフィリスちゃんはねぇ…あの子にはちゃんとした種族があるはずでしょうし、身体的な特徴もあるから適当に書くわけにもいかないわ」


雪のように真っ白な肌に、真っ白な髪。

そのときの感情によって瞳の色が変わる。

確かに、レフィリスには身体的な特徴が多い。とはいえ、その特徴に該当する種族が何なのか、いまのところ見つかってないのだ。

しかしそれも当たり前な話かもしれない。彼女が生まれたのは、何しろこの地上ではないはずなのだから。


「…『獄界』か…」


シエスタは呟く。


「どうにかしていけないものかしらね。獄界までいければさすがにレフィリスちゃんの正体も判明するはずでしょうし」

「だろうけど、獄界に行く方法を知ってる奴なんていないと思うぞ」


ダインがいった。


「獄界の存在すら誰も認知してなかったんだし、そんな文献も何も見つかってない。分かりやすい入り口なんて無いだろうし、別次元にどうやっていくんだって話だよ」

「そうねぇ…」


『種族辞典』を開いていたシエスタは、「ま、実際に動くのはあなたなんだし、全部任せるわ」といって辞典を閉じた。


「は? 俺?」

「ええ。だってレギオスを助けたのはあなたなんだし」


シエスタが涼しげにいうと、サラも真顔のままコクリと頷いた。


「ルシラも七竜も全てダイン坊ちゃまが解決し、身元も引き受けましたからね。今回もまたうまくやってくれることでしょう」

「い、いや、さすがに今回は無理だろ」


慌ててダインがいうも、「私たちだって忙しいんだもの」とシエスタは取り合わない。


「新事業は順調すぎるほど順調だし、おかげでやることが沢山あるからね。あなたほどじゃないけど、慰安旅行も計画してて、夫がいま旅先を考えてくれているの」


仕事のことを持ち出されては、息子であるダインは何もいえなくなってしまう。


「頑張ってね、ダイン」


シエスタは息子に笑いかける。


「進級に人探しにレフィリスちゃんのことに、シンシアちゃんたちとの旅行。そしてあの子たちとのエッチ。ん〜忙しい」

「羨ましいですよ」


サラは口の端に笑みを結ぶ。


「メイドのお仕事はやることが決まっていて単調ですし刺激もない。代われるものなら代わりたいですね」

「じゃあ代わって…」


ダインがいい終える前に、「まぁ無理なんですけど」とサラは先制した。


「私たちはあくまでダイン坊ちゃまの保護者という立場ですから」

「そうそう。メインはあなたなんだから。大人の私たちがでしゃばるわけにはいかないわ。草葉の影から見守ってるから頑張ってね」


そこで二人は口元に手を当てて、「おほほほ」、と笑い合う。

書斎に通じるドアは再び開かれており、父ジーグが隙間からまたリビングの様子を窺っている。

相変わらずな状況に、ダインは「ぐ…」と表情を歪めることしかできなかった。

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