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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第二十話 『高級ホテル、ミラクルピロー』

どっぷりと暗くなった窓の外を見てから、ニーニアは何度目かのため息を吐く。


「はぁ…」


その明らかに落ち込んだ表情は、煌びやかな家具の並べられたスイートルームには似つかわしくなく、目の前に広がる豪勢な料理を目の前にしても止まらなかった。


「そろそろ機嫌直してくれよ」


そんな彼女にダインは明るい調子で声をかけつつ、この客室に当てられた、円柱型のお世話ロボ『ナカイサン』の配膳が終わるのを待っていた。


「こんな豪華な部屋を用意してもらって、こんな見るからに美味そうな料理にありつけるんだからさ。せっかくの楽しい思い出が台無しになっちまうぞ?」


高層ホテルの最上階。

大きな窓からは地下都市を一望することができ、広々としたダイニングには穏やかな曲調のBGMが流れている。

その景色と曲に負けず劣らずの料理が次々に運ばれてきて、その光景は高級レストランさながらだ。

誰しもが否応なしにテンションのあがる状況のはずなのに、ニーニアはまだ優れない顔をしている。


その一番の要因は、ある意味で彼女自身にあるといってもいいだろう。

ニーニアは今回の『メデル捜索作戦』に当たって色々と午後からの予定を組み立てていたらしいが、そのスケジュールを若干詰め込みすぎてしまったのだ。


博物館。資料館。水族館に動物園。映画館に、ショッピング。

とにかくダインとデートしたいところを思いつく限り予定に組み込んだ結果、有名人のような分刻みのスケジュールとなって、最終目的地である高級ホテル『ミラクルピロー』に到着したときには、もう夕方の時間となっていた。


慌ててホテルにやってきてチェックインしようとしたとき、予定していた夕食の時間まで五分もないということを知らされ、ホテルの中を見回る間もなく最上階にあるスイートルームに通され、手早く風呂を終えるよう勧められた。

そしてあれよあれよという間にダイニングに案内され、落ち着く間もなくディナーが始まろうとしているのである。


そう、慌しく時間に追われるだけで、ゆっくりする時間がほとんどなかったのだ。

できる限り時間に余裕を持たせようとダインは動いていたつもりだったのだが、さすがにニーニアが組み立てた過密スケジュールには追いつけなかった。

何だったら、授業がある平日よりも慌しい一日だったといっても良かっただろう。


「うぅ…私は強欲…強欲だった…!」


ニーニアは頭を抱えだす。

彼女が何よりショックだったのは、旅の醍醐味だといってもいいお風呂を、ダインと一緒に入れなかったことだ。

ダインの背中を流せなかったことが、ニーニアにとっては一番の不満だったようだが…それも予定を詰め込みすぎていたニーニア自身のせいということだろう。


別に風呂くらい、室内にあるし何度でも入って構わないのだが…しかしもう一度入ろうとは、さすがにニーニアは言い出せず、ダインからも恥ずかしいため切り出すこともできない。


「どうして余裕を持ったスケジュールを組めなかったのかな…私は…」


風呂上りのローブ姿でいたニーニアは、まだ落ち込んでいる。


彼女の背後には壁に大きな絵画が飾られており、その手前にはいかにも高そうな花瓶やガラス細工がある。

人目を気にしなくていいという理由から、会場ではなく部屋での食事を希望したわけだが、テレビでしか見ないような豪華な料理を前に、ニーニアの落ち込んだ顔はやや不釣合いにも見える。


「別に旅行なんて今日限りってわけでもないんだからさ、今回の反省は次回に活かせばいいんじゃね?」


ダインはまったく気にしている様子は無い。


「朝にも言ったけど、予定が予定通り進むなんてこと滅多に無いんだからさ。トラブルは付きもんだよ」

「う、うん…」

「それより、目の前のことを楽しもうぜ。もう腹減ってしょうがなかったんだよ」


ちょうどそのときだった。


『お料理の説明に入らせていただいてもよろしいでしょうか』


配膳を終えたらしく、お世話ロボの『オカミサン』が動き出し、四角い頭部から女性のような機械音声を発する。


「どうぞ」


ダインがいい、ニーニアも姿勢を正したところで、オカミサンはテーブルの上に並べられた料理の説明を始めた。

それらは地元で採れた野菜や魚介類を使った、ドワ族の郷土料理をアレンジしたものだった。


透明なガラスボウルに、十種類以上の野菜を盛り込んだサラダ。

トマトをベースに、イカや貝類を煮込んだスープ。

白身魚をソテーしたものにベリー類が添えられ、透明な緑色のオイルが振り掛けられている。

大きなフライパンにトマトや貝類を一緒に炊き込んだライスがあり、そこにも野菜や香草類が散りばめられていた。


どれも見た目に鮮やかで、分かりやすく現代風に表現するならば、『地中海料理』といったところだろうか。


『それでは、ごゆっくりとお楽しみくださいませ』


三頭身のナカイサンはダインとニーニアに丁寧にお辞儀をし、大きなキッチンワゴンを引いて部屋を出て行った。


「ほら、食べようぜ。もう我慢できねぇよ」


ダインが促すが、「あ、ま、待って」とニーニアはテーブルの隅に置いていた携帯を手に取った。

綺麗に盛り付けられた“映える”料理にその携帯を向け、撮影を始める。

早速シンシアたちとのグループチャットに画像を送ったようで、ダインの携帯にも待ち構えてたかのようなシンシアたちの反応が返ってきた。


「あはは。みんな羨ましがってるよ」


シンシアたちの素直な反応にニーニアは笑い、ダインも笑ってしまったが、「冷めないうちにな」と再びニーニアを促す。


「いただきます」


ダインとニーニアは同時に両手を合わせた後、ニーニアはサラダ、ダインはスープを口にした。


「んー!」


料理を口に含んですぐ、その美味しさにお互い顔を見合わせて唸る。

郷土料理とは言え、一流ホテルの一流のシェフが作った料理なのだ。

最新の調理器具を使い、調味料の配分や焼き加減など、全てが個人の好みに合うように計算して作られた料理は、まさに極上といえるものだった。


あまりの美味しさにニーニアの不満も吹き飛んでしまったようで、少食な彼女にしては珍しく、あれもこれもとワンパク少年のように料理にがっついている。

ダインも同じようにご飯やスープを慌しく口の中に放り込み、その味に満足したように何度も頷きながら飲み込んでいく。


「はー…美味しい…」


ニーニアの口から、思わずといった感想が漏れだす。


「な? うまいもん食べりゃ、嫌なことなんて忘れるもんなんだよ」

「あはは。そうだね」


ニーニアはすっかり機嫌が直ったようだ。


「せっかくの旅行だもん。いまを楽しまなくちゃ損だよね」

「お、分かってきたな」


それから二人は、その料理に何の食材が使われ、どう調理されたものなのか、食べながらゲーム感覚で推理を始める。


高級ホテルのスイートルームなど、学生身分の二人にはあまり似つかわしくない場所かもしれない。

その上ダインもニーニアも初めての二人きりの旅行だったのだが、どちらも緊張した様子は見られない。


いや、全く緊張していないというわけでもないのだが、いまは美味しい料理に楽しさの方が勝っていたのだ。

気分も盛り上がる一方で、二人の会話は次第にシンシアたちのことや、学校でのことに切り替わっていく。


一緒にいる時間は長いはずなのに、話題には不思議と事欠かなくて、常にどちらかが笑い声を上げている。

そんな和やかで楽しい時間はあっという間に過ぎていき、窓から見える夕日が地平線に沈み、完全な夜になったところでダインたちも完食した。


「う、う〜ん…ちょっと食べすぎちゃった…」


ニーニアは少し苦しそうにしている。

調子に乗って、食後のデザートであるプリンをおかわりしたのがまずかったのだろう。


「そのまま休んどけ」


ダインは笑いながら言って、テーブルに備え付けられていた呼び鈴を鳴らす。


するとすぐに廊下に控えていたお世話ロボ『ナカイサン』がやってきて、よろしいでしょうか、と機械音声で聞いてきた。


「文句無く美味しかった。シェフにそう言っといてくれたら嬉しいかな」

『ありがとうございます』


ナカイサンは全てが機械で感情や表情は全く読み取れないが、少し嬉しそうにしているのが何となく分かる。


『明日のご朝食は何時ごろに致しましょうか?』


そう聞かれ、「明日は…そうだな…」、と、ダインはチラリとニーニアの方を見た。


「ちょっと遅めの八時でお願いしてもいいか?」

『畏まりました』


また丁寧にダインたちに頭を下げたナカイサンは、空になった食器を重ねて片づけを始める。


「あうぅ…」


その手前で、ニーニアはまだ苦しそうに唸っていた。


「ニーニア、片付けの邪魔だから」


ダインが言うも、「う、動けないよぉ…」とニーニアはぐったりしている。


「お前がそんな状態になるなんて珍しいな」

「ほ、ほんとに美味しかったから…」

「まぁ分かるけどさ」


どうしようかと周囲を見回すダインは、隣のリビングルームに目が止まった。そこにはバルコニーへ続くドアがある。


「ちょっと外の空気吸ってこようぜ」


ナカイサンの邪魔にならないためにも、ダインは未だに苦しそうにしているニーニアをお姫様抱っこした。


「ご、ごめんなさいぃ…」


謝るニーニアに笑ってしまいながらリビングルームに入り、ガラス張りのドアを開けてバルコニーに出る。

外の景色を見た瞬間、ダインは思わず「お」と声を出してしまった。


高級ホテル『ミラクルピロー』は高層ビルばりに高い建物で、ダインたちに用意されたスイートルームは最上階にある。

地上約百メートル上空から見下ろす都市部の景色は壮観の一言で、地上の所々に灯された明かりは様々な色を放っており、まるで宝石が光を放っているように見える。


「見てみろよ、ニーニア。すごいぞ」


ダインの言葉に促され、彼に抱っこされたまま夜景に目を向けると、ニーニアの口からも「わぁ…」という感動の声が漏れた。


「夜の街って、上から見るとこんなに綺麗に見えるんだね…」

「ほんとにな」

「夜空の星もすごい綺麗だし…全部が宝石みたい」


ちなみに、彼等がいる場所はあくまで“地下都市”であり、ビルの最上階とはいえそこも地下の中だ。街の景観は本物だが、頭上に広がる空は地上の空をリアルライブで投影したものになる。

いってしまえば本物の空ではないということなのだが、月明かりも星の輝きも地上のものと何ら変わりなく、夜風の冷たさや独特な匂いまでもが外の空気と全く同じだ。


「世界はこんなにも美しいってことだな」

「あはは。壮大すぎるよ」


ニーニアは笑って、また夜景に顔を戻す。


「ソフィル様に感謝しないとな…」


ぼそっと言った。


「こんなに眺めのいい部屋を手配してくれて、美味しい料理も食べることができて…」

「そうだな」


ダインも頷く。


「あの人の裏事情とか色々と怪しいところはあるけど、実際にもてなされたら感謝しかねぇな。こんなところ、ソフィル様の話が無かったら一生縁が無かったところだろうし」

「ふふ、そうだね」


そのまましばらくニーニアを抱っこしたまま夜景を眺めていたが、背後にバルコニー用のお洒落な椅子が備え付けられていたのを発見し、そこにニーニアを座らせた。


「はぁ…でも駄目だったなぁ…」


ニーニアからため息が漏れる。


「もっと計画的に動いて、トラブルが起きても対処できるようなマニュアルでも作っておけばよかった…」


また今日の反省点を振り返りだしたようだ。


「こんなに動けなくなるほどお腹一杯に食べちゃうなんて…」

「もうそういうのはいいって」


ダインは笑ってニーニアの頭にぽんと手を置く。


「過程がどうあれ、楽しかったのは事実なんだから。ニーニアもだろ?」

「それは…うん…」

「だったら反省とかする必要は無いよ。全てはお互いが楽しむためにあれこれ予定を立ててくれてたんだからさ。目的は達成できたってこった」


そこで彼はニーニアの頭を優しく撫でる。


「ありがとうな。楽しかったよ…って、まだその最中なんだけどさ」


月明かりを背に受けるダインはどこか幻想的に見え、ニーニアの顔は徐々に赤くなっていく。


とそのとき、ニーニアが着ている浴衣の裾から、ポロリとメモ帳が出てきた。

ニーニアはすぐにそのメモ帳をしまおうとしたのだが、「なぁ、それちょっと見せてもらってもいいか?」とダインが聞いた。


「どんなプラン立ててたのか確認したくてさ。迷惑じゃなければ」

「あ、う、うん。はい」


引き続きニーニアには満腹状態が治まるまで待ってもらうことにして、メモ帳を受け取ったダインは、彼女が入念に計画したという予定表に目を通した。


その内容を目にした瞬間、彼は懐かしい気分に駆られた。


どこをどう回るか。行った先で、ダインをどうもてなすか。

ダインが最初にニーニアの家にお邪魔したときも、彼女はこうやって細かな予定表という名のおもてなしプランを作っていた。


七竜を倒し、英雄だと散々もてはやされたはずなのに、ニーニアは何一つ変わってないことが窺えるような内容だった。

特にそのメモの終盤辺りに書いている内容は、予定というよりは願望に近いものとなっており、最近の恋愛ドラマでもあまり見ないような展開が書かれてあって、ダインはつい無言のまま肩を揺らしてしまう。


「わ、笑っちゃ駄目だよ」


早速お叱りの声が飛んできた。


「悪い悪い」


堪えきれない笑みを浮かべつつ、ニーニアにメモ帳を返す。


「あまり予定通りにいかなかったって言ってたけどさ、大方メモ通りにはいけたんじゃねぇのか? 水族館も博物館も行ったしさ」

「それでも大分厳選したんだよ? ダイン君に見てもらいたいところや、一緒に行きたいところはもっと沢山あったんだけど…」


ニーニアにとっては、その予定表に組み込んだ目的地はまだほんの一部らしい。


「観たい映画もあったし、遊びたいゲームセンターもあったし…一日じゃ全然足らないよ…」

「はは。そういうのは一度にしていくもんじゃないだろ。もったいないじゃん」


ダインは再びニーニアに笑いかける。


「そういった楽しい事は一つに絞って、時間をかけて堪能していかないとさ。その方が楽しみは長続きするだろ?」


彼の台詞の通りだと思ったのか、ニーニアは「そうだね」と素直に頷く。


「でもそんな様子じゃ、“最後に予定していたお世話”は実行できそうにないな」


ダインはニヤリと笑う。


「着替えに歯磨き…だっけ? 無理そうだな」


そこでニーニアは「あっ!?」、と目を丸くさせる。


「そ、そうだよ、この部屋に入った瞬間から、ダイン君の全部のお世話は私がするつもりで…!」

「諦めろ」


ダインは身体を起こそうとしていたニーニアの肩を押し、椅子に座らせる。


「今日は俺の言うことを聞いてもらうからな」

「え、ど、どうして…朝はそんなこと…」

「確かに今朝、ニーニアの言うことは何でも聞いてやるっつったけど、そんな苦しそうな状態で世話されてもこっちが心苦しいだけだからな」


ダイニングルームで食器を片付けていたナカイサンはとっくにいなくなっている。

既に作業を終えたようで、施錠もしっかりされてあるようだ。


二人きりだったことを確認したダインは、ニーニアをそのままバルコニーに留め、素早い動きで浴室まで向かって何かを手に取って戻ってきた。


「さ、お互い腹いっぱいすぎて間食もしないだろうから、“コレ”を済ませようか」


そういってニーニアに見せたのは、ホテルのアメニティとして準備されてあった歯ブラシ(とてもお高いもの)だった。


「え…ま、まさか…」

「そのまさかだ」


ダインは言い、二つある椅子を引き寄せあい、ニーニアを寝かせて頭を自らの足に乗せる。


「い、いいいよ! せ、せめて自分で…!」


遠慮して起き上がろうとする彼女だが、ダインが再び押さえつけた。


「お前にはいつも“こういうこと”されてきたからな。たまには世話される奴の気持ちを思い知ったほうがいい」


ダインはノリノリで、「えぇ…」、とニーニアが口を開けた瞬間を逃さず、その小さな口に歯ブラシの先端を突っ込んだ。


「はむっ!?」

「危ないからジッとしてろな」


それからダインはニーニアの頭がずれ落ちないよう手を添え、ゆっくり歯ブラシを動かし始める。

ブラシには歯の洗浄・活性効果のある歯磨き粉が刷り込まれてあったので、ニーニアの口の中は瞬く間に泡まみれになった。

夜のバルコニーには、しばしシャコシャコという歯を磨く音がする。


「痛かったら言ってくれ」


ダインはそう言うが、ニーニアの歯を磨くダインの手つきは、そんな必要がないほどの丁寧で優しい洗い方だった。

歯の広い面はしっかりと、狭い面は小刻みに。


正直、気持ちよすぎる磨き方だった。

幼少時代、母のシディアンによく歯を磨いてもらっていたが、あの時の気持ちよさに匹敵するほどのものだ。

ダインにこのような特技があったとは驚かされるばかりだが、そういえば彼はルシラの歯磨きをよくしてあげているといっていたことを思い出し、納得した。


「うん、もういいかな」


高性能歯ブラシから洗浄液がそのまま口内に射出され、ニーニアが何もしなくても口の中が濯がれていき、残った泡と共に洗浄液がその歯ブラシに自動的に吸い込まれていく。


「この歯ブラシの説明書見て胡散臭ぇなと思ってたけど、マジで便利だなこれ」


確かに便利すぎる歯ブラシだが、ダインに歯を磨いてもらった気持ちよさでボーっとしていたニーニアは、適当に頷くことしかできない。


「あっ!? じゃ、じゃあ次は私が…」


ハッとして攻守交替しようとしたニーニアだが、「もう終わったよ」、とダインは自身の口に突っ込んでいた歯ブラシを取って見せてきた。


「お前はもう腹いっぱいで動けないんだし、今日は俺の好きにさせてもらうよ。素直に俺に世話されろ」

「そ…そんな…」


ニーニアはショックを受けたような顔になっている。


「つっても、もう後は寝るだけなんだけどな」


小さな頭をぽんぽんと叩きつつ、ダインはいう。


「予定通りとはいかなかったけど、結構色んなところ歩き回ってさすがに疲れたろ。まだ少し早いけど、そろそろ寝て…」


言いかけて、彼の台詞が途中で止まる。

ニーニアの小さな手がダインの腕をがっしりと掴んでいたのだ。

満腹で苦しそうながら、ダインを見上げるニーニアの表情は、不満を通り越して悲しそうだ。


たったいま、夜になったばかり。

バルコニーから見える夜景は幻想的で美しく、静かで広いスイートルームに二人きり。

この上ない理想的なシチュエーションなのに、このまま何もせず寝るなんてあり得ない。


もちろん人見知りで控えめなニーニアからそのような台詞が飛び出すことは無いが、無言のままダインを見上げているその潤んだ瞳には、何かしらの強い“圧”を感じる。

ダインも決して鈍感ではないので、「あ〜…」と人差し指で頬を掻く。


「ま、まぁ、確かにまだ寝るには早すぎるよな」


ニーニアの無言の圧に屈し、先ほど言いかけたことを撤回した。


「眠くなるまでゆっくりしようか。せっかくの二人きりの旅行なんだし…このまま寝ちゃもったいないよな」

「う、うん!」


そこでニーニアは元気を取り戻す。


「ま、まだ、夜は始まったばかりだから…!」


そう、夜はまだ始まったばかり。


年頃の男女が、夜景を望めるスイートルームで二人きり。

誰にも邪魔されることはなく、誰に見られることもない。


今日こそ、忘れられない夜にしたい。


ニーニアは覚悟を新たにした。

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