第十八話 『熱風』
「ダイン君とニーニアちゃん、今頃どうしてるかなぁ」
シンシアが独り言のように呟くと、「まだ封印地にいらっしゃいますね」、と隣にいたティエリアが自身の携帯を眺めながら言った。
その携帯には位置情報のアプリが起動しており、ダインとニーニアの現在地を赤い点が示しだしている。
「現地は晴れ模様で観光客の方も沢山いらっしゃいますし、同じように観光を楽しんでらっしゃるのかもしれません」
そこは『エーテライト邸』の中にある、シンシアの部屋だった。
淡いピンクの絨毯や白いレースのカーテンなど、いかにも女の子らしい部屋で、シンシアとティエリアの二人はベッドを背にし、隣同士で地べたに座っている。
ちなみに、“いつメン”であるラフィンとディエルは習い事のため不在だ。
シンシアとティエリアには特に用事はなく、宿題も早めに終わらせていたため、こうして部屋で落ち着いて雑談していたところだった。
「封印地かぁ…」
小さなテーブルに広がった女性週刊誌を流し見しながら、シンシアがいう。
「テレビとかあんまり見ないから最近の流行とか全く知らなかったんですけど、いまって封印地巡りがトレンドなんですねぇ」
自ら進んで読むことの無い週刊誌ではあったのだが、タイトルに“封印地巡礼”の記述があったので、つい気になってリビングから持ってきたものだ。
その内容は現地に赴くためのトレンドファッションやお勧めのお土産など、週刊誌らしくあまり詳しいことは書かれてなかったのだが、予備知識として読む分にはためになる。
「人工物がほとんどなく見るところも少ないそうですが、研究者の方にとってはかなり注目された土地のようです」
ティエリアがそう言いつつ、別の雑誌を手にとってシンシアに見せてきた。
そこにも同様の話題に触れていたのだが、現地調査員に取材でもしたのか、封印地に関するより詳細な情報が書かれてあった。
そこには絶滅したと思われていた古代植物が存在していた。
新種のモンスターや昆虫がいた。
長い年月立ち入りを禁じられ、人の手が一切加えられていない封印地には新しい発見がそこら中にあるらしく、多くの科学者、生物学者、考古学者が調査に名乗りを上げているらしい。
「へー」
シンシアは興味深そうに雑誌の記事に見入っている。
「え、『メモリークォーツ』も出てきたんですね」
記事の一部分に注目し、声を上げた。
どこからか封印地に転がり込んだのか、そのメモリークォーツには当時の生活様式が垣間見えるものもあったようで、大昔の種族間関係がどういうものだったかが書き記されている。
「ドワ族とヒューマ族は昔から仲良しで、エル族は排他主義的な思想があり、フェアリ族は自由気まま…。歴史認識を裏付けるものや、改める必要のあるものもあったって」
絶滅してしまった種族の存在を確認できるクォーツも発見されたと記事には書いており、『タランチュリー族』の名称を確認したティエリアは嬉しそうな声を出した。
「人の手が加えられてない封印地には自然しかなく、見所がないように思われますが…研究者の方々にとっては宝の山のような場所なのでしょうね」
ティエリアの台詞に、「そうみたいですねぇ…」、と頷いたシンシアは、雑誌を閉じる。
「でも私たちが一番気になるのは、メデル様が向かう次の大陸はどこになるのか、ということですけどね」
そういって笑った。
メデルの捜索…もとい、ダインとの二人きりの旅行はいつになるのか。
当日はどういう格好をして、どういう振る舞いをしようか。
彼に可愛いと言ってもらうためにはどうすれば良いのか。
どういう“おもてなし”をしようか。
彼女たちが考えること、用意するものは沢山あったのだ。
「またとない機会ですからね」
不意にティエリアの表情が引き締まる。
「人生の中で泊まれるかどうか分からないほどの高級なお宿に、ダインさんと二人きりで泊まる。自身にとっても、ダインさんにとっても、思い出に残るような旅にしたいですから」
「ですよね」
大きく頷いたシンシアは、「あの、ちなみになんですけど、どんな“おもてなしプラン”にするかは…?」、とティエリアに尋ねた。
「あ、い、いえ、まだ漠然としたものでしかなく…そこまではっきりとしたプランはいまのところは思い浮かばなくて…」
頬を赤くさせたティエリアは、恥ずかしそうな仕草でテーブルに視線を落とす。
「た、ただ、できるだけ長い時間、その…ひ、引っ付きあえたらな、とは…」
ベッドか敷布団のある個室に二人きり。
そこではどんな邪魔も入らない上に、ダインのことだからよほどの無理難題を言わない限りは、こちらのどんな要求にも応えてくれるはず。
つまり、ダインのあの筋肉質な腕も、広い胸板も、全部独占していいのだ。何をしてもいいのだ。
そう考えたら興奮しないはずはなくて、ダインと一緒にしたいこと、してあげたいことが次々と浮かんでしまい、結果として具体案が全く浮かばない。
「あ、で、ですが、ニーニアさんのおもてなしプランは凄そうですよね…」
と、話題を現在進行形でメデル捜索をしているニーニアたちへと向けた。
ニーニアは普段でさえ、ダインに対して甲斐甲斐しく世話を焼こうとしている。
ダイン専用の筆記具の替えは常に携帯しているし、制服の解れをすぐに直せるよう裁縫道具も常備している。
常にダインの側に居て、何か不備があれば即座に対応しようという様は、まるで世話女房のようだ。
そんな彼女がダインとの二人きりの旅行で何も考えてないはずはない。
どれほどの世話に“まみれた”ものになるのか、軽く想像しただけでシンシアもティエリアもくすくすと笑い声を上げてしまった。
「ニーニアちゃんのことだから、ご飯とか食べさせてあげたりしそうですよね」
笑顔のままシンシアがいう。
「ずっと飲み物を切らさないようにしたり、お菓子沢山用意してたりしてるかも」
「ふふ、そうですね。ダインさんを飽きさせないためにと、オモチャも持ってきているのかもしれません」
「あはは、ありそうですね。何だったら着替えまでも手伝ったり…して…」
と、突然シンシアの台詞が途中で止められる。
「どうしました?」
「い、いや、そういえば、二人きりの旅行なら“アレ”は外せないかもなぁって…」
シンシアの顔がみるみる赤くなっていく。
「あれ…とは?」
「その…」
シンシアはぼそっとティエリアにいった。
「お…お風呂…」
数秒、ティエリアは固まる。
そして「あ…」、という声を漏らし、次第に顔を赤くさせていった。
「た、確かに、外せませんよね…お風呂は…」
宿のイベントといえば料理だが、お風呂もその大イベントの一つに当たる。
恋仲の男女ならば、一緒の風呂に入るというのは理想のシチュエーションそのものだ。
お互い裸になって(裸とは限らないが)、ダインのあの広い背中を洗わせてもらう。
そして一緒に湯船に浸かり、今日一日の出来事を話し合ったり、場合によっては触れ合ったりしてイチャイチャする。その先も望めるかもしれない。
きっと身も心もとろけるような、とても濃厚なイベントになるだろう。
彼女たちはダインとは過去に一度だけ、一緒に入浴した経験はある。
だがそのときはシンシア、ニーニア、ティリアを含めた四人での、大浴場での入浴だった。
その上水着着用だったため、マンガでありがちな“トラブル”は起こることなく、普通に終わってしまった。
あの時はダインの半裸を見れてかなりドキドキしたものだったが…今度はその緊張感も桁外れなことになるだろう。
「あ、洗いっことか…いい、ですよね…」
シンシアが呟くようにいうと、ティエリアも顔を真っ赤にしながらも大きく頷いた。
「そ、それはとても…とても良い、と思います…」
二人の表情は、熱に浮かされたようにボーっとしている。
ダインと一緒に入浴し、どこから洗ってもらおうかという妄想でもしているのだろう。
お互い素っ裸となり、ダインは真っ赤なままこちらを見ることができないでいる。
それでも羞恥にまみれながらも、自分を洗ってくれたお返しとしてこちらの身体も洗ってくれるのだ。
腕を洗うために手首を掴んでくる。そして泡のついたタオルを素肌に押し当て、ごしごしと洗ってくれる。
ダインのことだから、きっとどんな動きも優しすぎるものに違いない。
肌に傷がつかないようにと気遣う余り、優しくやりすぎてくすぐったくなってしまうに違いないのだろう。
「あっ! し、シミュレーションしてみませんか!?」
思わず抱きしめていた枕をベッドに放り投げ、シンシアが思いついたようにいった。
「他人の身体を洗うなんて経験そうそう無いですから、力加減とか、どこから洗ったらいいのかとか、気持ちのいい洗い方を会得すれば、ダイン君も喜んでくれるはずですし」
「あ、そ、それはいいですね!」
ティエリアは嬉々として同調した。
「予習を沢山すれば失敗する確率も減りますし…!」
「はい! 早速お風呂の準備をしてきます!」
シンシアはすぐに部屋を出て風呂場へ向かおうとしたが、「あ、手伝います!」、とティエリアも立ち上がって一緒に部屋を出た。
風呂の準備はすぐに済み、お互い裸となったところで緊張しだした二人だが、元から親友同士だった二人は次第に慣れてきて、やがて朝の風呂場から楽しそうな笑い声が響くようになった。
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獄炎島フレイムマントルの立ち入り禁止区域にある、発見されたばかりの“オリジナイト鉱脈”付近には、政府関係者と思しき制服を着た沢山のドワ族が詰め掛けていた。
岩壁の中腹にはぽっかりと大きな穴が開いており、その入り口に多くの人がいて、内部の様子をカメラで撮影している。
その入り口がある岩壁の下にも多くの人たちがいて、ダインとニーニアは小走りで彼等の元へ向かった。
二人はすぐに周囲を見回す。
が、そこにいる人たちはどれも背が小さく、ドワ族ばかりのようだ。
「いないのか?」
「そう…みたいだね。鉱脈の中かな」
「人が多すぎて中には入れそうにないな」
どうしようかと考えたとき、前方の人垣を見つめていたニーニアから「あ」と声が上がった。
「ラブラドさん!」
そう声をかけた瞬間、その人垣の中の一人が「ん?」とこちらを振り返ってくる。
「あ、ニーニアちゃん」
温和そうな女性はニーニアの顔を見るなり笑顔になり、そのまま近づいてきた。
「こんなところまでどうしたの?」
ダインたちが進入禁止区域にいる理由。ニーニアとラブラドはどういった知り合いか。
話さなければならないことは色々とあるものの、それどころではないニーニアは焦った様子でメデルの写真をポケットから取り出し、ラブラドに見せた。
「あの…この方を探していて、この辺りにいるであろう情報を掴んで来たんですが…何か知らないですか?」
「この方…」
差し出された写真に目を通すラブラド。
そう間を置かずして、彼女の口から「あぁ」という声が出た。
「この方ですか」
「知ってるんですか!?」
やはり、とニーニアは期待を込めた目でラブラドを見る。
「お、教えてください! いまどこにいますか!? あの人垣の中にいますか!?」
突然詰め寄ってきたニーニアに驚きつつも、「お、落ち着いて」、とラブラドがニーニアの両肩に手を置いてゆっくりといった。
「なかなか状況が飲み込めてないけど、その方のことを知っているのは本当よ。けれどついさっき知り合ったばかりの方なの」
「ついさっき…?」
「そう。観光客として来ていた方みたいでね、この立ち入り禁止区域内に迷い込んでいたそうで、私と上司が熱対策を怠って座り込んでいたところを助けてくれたの」
「なるほど。その“ついで”に、いま上で騒がれているオリジナイト鉱脈を発見した、ということっすか」
ダインが割り込んでいった。
「それで、その人はいまどこにいるか分かりますか?」
何故たったいま来たばかりの彼がそんなことを知っているのか、ラブラドは一瞬驚いた顔をした。
が、ニーニアの慌てようから何か事情があるのだろうと察し、あえて詳細は尋ねずに「ちょっと惜しかったかも」という。
「つい数分前まではいたんだけど、帰っていっちゃってね…」
「え、そうなんすか。魔法で?」
「そう。オリジナイト鉱脈を発見した報酬を受け取って欲しいから引き止めたかったんだけど、『地元でお世話になってる人にお土産を届けたいから』って、ついさっき魔法を使って帰っていっちゃったわ」
「あー、ニアミスでしたか」
「そうなるわねぇ。報酬は『コレ』でいいですから、とかいって、足元にあった“適当な水晶”を拾っていったわ」
「適当な水晶…?」
少し気になったダインは、「それ、どんなのっすか」、とラブラドに尋ねる。
「確か、普通の透明な石で…メモリークォーツ、だったと思うわ」
ラブラドは答える。
「この辺りには永火晶石しか存在してなかったはずだから、いまになって思えば、どうしてあんなものがあったのか不思議ね…それにあの方がたまたま持った石がそれだっていうのも、少し疑問かも」
それについては、メデルの“あり得ない豪運”の持ち主ということで説明はつくはずだが…。
「まぁ、とはいってもこのフレイムマントルに関する情報は現地調査で色々と明らかになってきたし、そんなに大した情報はないと思うけどね」
「そう…っすか…」
そこで人垣の中から、「おぉーい!」とラブラドに向けて誰かが手を振ってきた。
「あ、ごめんなさい、呼ばれたわ。じゃあ申し訳ないけどこれで…」
立ち去ろうとしたラブラドだが、「あ、そうそう」と何か思い出したのか、再びダインたちの方に顔を向ける。
「もし写真の方とお知り合いなんだったら、後で正当な報酬を受け取るよう言っておいてくれない? オリジナイト鉱脈の発見に貢献してくれたんだから、メモリークォーツ一個っていうのはさすがに割に合わないわ。ルチル王もそれじゃ納得してくださらないでしょうし」
「はぁ…分かりました」
ダインがいうと、「よろしくね」と笑顔を残し、彼女は研究者と思しき人たちが集まっている中へ入っていった。
「ピィ…」
ダインの肩に乗っていたセトから小さな鳴き声が上がる。
状況によってはメデルを飛んで追いかけ捕まえてやろうと意気込んでいたようだが、自分の出番がないと分かり残念がっているように見えた。
「惜しかったね…」
ニーニアも少し落胆しているようだったが、「いや、でも収穫はあったよ」とダインがいった。
「少なくとも次の目的地は判明した」
「え、そうなの?」
「ああ。メデルさんは、地元でお世話になっている人にお土産を届けたいって言ってたろ。んじゃ次の目的地は明白じゃん」
「あ…ということは、メデル様が次に訪れる場所は…」
「多分、ゴッド族の住処になる…バベル島だろうな」
そう断言したダインだが、「でも知り合いにお土産を届けに行くだけで、そこの封印地を巡礼するかは分かんねぇけどさ」、と続けた。
「お土産を届けてから元の場所に戻るのか、それともタイミングを見てまた別の封印地に行くのかも分かんねぇけど…」
「そう、だね…でも分からない以上はそうするしかないか」
「ああ。そこでまた何か新しい情報が掴めるかも知れないしな」
「うん」
無駄足ではなかったことが分かり、ニーニアの表情に笑顔が広がる。
「よし、じゃあこのままもう一つの用事を済ませておくか」
「用事?」
「あれ、忘れたか?」
ダインは笑って、肩に乗っていたセトの胴体を掴み、目の前へ持っていく。
「セトも役目を忘れたか?」
「ピ?」
セトの首も可愛らしく傾げられる。
「おいおい、ソフィル様から、封印地に残ってるはずの“エレンディア様の聖力”を抽出してこいって依頼されてたじゃん」
メデルを“強制召喚”させるための最終手段だった。
「セトたちの協力が必要不可欠だからな。だから頼むよ」
そこでセトも封印地に来たもう一つの目的を思い出してくれたようで、「ピィ!」と元気な鳴き声を上げた。
「でも具体的にどうすればいいのかな?」
ニーニアが不思議そうに聞いてきた。
「封印地に漂う聖力を集めるといっても、セトちゃんも他の子達も魔法なんて使えないみたいだし…」
「それはこいつ等の感覚に任せるしかないな」
ダインはいう。
「経緯はどうであれ、こいつ等が長い間封印地に留まらされてきたことは事実なんだ。だからセトたちにとっては封印地が古巣で地元のようなものなんだし、この地でセトは数千年以上も生きてきた。封印地に関する扱いに関しては感覚が覚えているはずだと思う」
「感覚…」
「まぁセト自身が七竜時代の記憶を無くしちまってるみたいだけどさ。でもここが懐かしい場所だって感覚はあるはずだ。そうだろ?」
セトに問いかけると、「ピィ!」とまた元気な返事が返ってきた。
「よし、じゃあセトには、その“懐かしさの元”を辿っていって欲しいんだよ」
再び首を傾げるセトに向け、ダインはいう。
「懐かしさの根元…つまりこの数千年以上もの“封印時代”の中でお前が最も長く居たであろう場所に、エレンディア様の聖力の残滓があると思うんだ。封印地全てを彷徨ってかき集めるのもいいが、封印魔法を一番効かせていたであろう場所から抽出するのが一番効率が良い」
「うん、そうだね」
ニーニアも大きく頷いた。
「封印地といっても広いから、セトちゃんたちが飛んでかき集めるのも大変だよ。残滓が濃厚に残っている場所を発見できたら、そこから抽出するのが一番いいね」
「だろ?」
ダインは両手に持っていたセトを地面に降ろす。
「ってことで、セト、感覚を研ぎ澄ましてくれ。懐かしい場所をどうにか検知できないか?」
「ピィ…?」
セトは小さな鳴き声を上げつつ、何度か周囲を見回す。
くんくんと匂いを嗅ぐような仕草を見せた後、首の動きが止まった。
「ピ! ピピ!!」
東側に身体を向けたまま、翼をぱたぱたさせだした。
「お、そっち方面に何か感じるか?」
「ピ!」
「分かった。じゃあ後をついていくから、気の赴くままに向かってくれ」
「ピィ!!」
「え」とニーニアが声を上げた間にセトはばっと翼を広げる。
そしてそのまま地面を蹴り、小さな体が空の高いほうまで一気に上っていった。
「あ、ま、待って、セトちゃん!」
ニーニアが声をかけたのが一歩遅かったようで、セトは懐かしさの感じる元まで飛翔していく。
「も、もう、この辺りは危険地帯なのに…」
セトが向かった先も危険地帯は続いているので、ニーニアは慎重に向かってくれといいたかったようだ。
「あいつは空を飛べるんだから、危険地帯だろうが大丈夫だろ」
「それはそうかも知れないけど…」
「それより見失わないうちに俺たちも追いかけないとな」
ちなみに、セトが飛んでいった方向はいくつも山が連なっており、ついでにいうなら目の前は岩壁だ。
「あっ!? そ、そうだよ! どうやってついていけば…!」
ニーニアは今更焦りだしたようだが、「問題ないよ」、とダインはまた笑った。
「俺たちヴァンプ族にとっても、地形なんざあってないようなもんだからな」
そういって、彼は自然な動作でニーニアをお姫様抱っこした。
「わ、わわっ!」
驚くニーニアをそのままに、ダインは地面を踏みしめ…跳躍した。
見えていた地面と山は一瞬にして大空へと切り替わる。
「わ、わああああぁぁぁぁっ!?」
一秒も無い感覚で“飛ばされた”ように感じたニーニアは驚きの声を上げた。
「ちゃんと掴まってろよ!」
大ジャンプした彼等の前方には、古巣を探しているセトがいる。
ダインは跳躍しただけであり、そのまま落下していったのだが、地面に着地したと同時にセトが飛んでいる方角を定め、また大きく跳躍した。
「わあああああああぁぁぁぁぁっ!?」
着地した地面がまた遠ざかっていき、全身に激しい風を感じた後に、また地面に着地する。
何度も天高く跳躍し、目的地へ移動する…ヴァンプ族でしか為しえないその“独特な移動法”は、ニーニアには未だに慣れないのだろう。
「だ、ダインく…ダインくーーーーんッ!?」
彼女にしてみれば、突然安全装置の無いバンジージャンプが始まったようなものだ。
ニーニアは悲鳴をあげっぱなしで、何度も新鮮なリアクションを見せる彼女に、ダインはしばし笑い続けていた。