第十七話 『のんびり逃亡犯確保作戦、開始』
『獄炎島フレイムマントル』は、地中から湧きあがる熱気に包まれた、ほぼ岩石しかない火山地帯だった。
緑らしい緑はなく、点在する水溜りは沸騰したようにぐつぐつ気泡を吐き出しており、肌色を剥き出しにした山がいくつも連なっている。
その山の所々から熱い水蒸気が噴出している箇所もあり、その景色は地獄と呼ぶに相応しい。
かつては誰であろうと立ち入りを禁止された封印地だが、その地獄のような島にはいま、観光客らでごった返していた。
一塊の集団が大通りの至るところにあって、その集団の先頭を歩く案内人と思しき人物は、旅行会社のシンボルマークが描かれた小さな旗を持っている。
どうやら彼ら観光客のほとんどはツアーでやってきた人たちらしく、案内人の後ろに列を作りながら物珍しそうに周囲を見回していた。
「す、すごい人の数だね…」
そんな人ごみの山を、ニーニアとダインはやや離れた場所から眺めていた。
アイスジャケットを着用し、リュックサックを背負っていたニーニアは、他の客と同様観光客に見える。
ダインもジャケットを着込んでおり、これからどうするかを考えていた。
要人捜索…いや、“週間旅行計画”は、週末で学校が休みとなった本日よりスタートした。
早朝に家の前で隣家のニーニアと落ち合い、目的を確認し合った後にこの獄炎島にやってきたのだ。
ホテルのチェックインまではまだ時間があるし、二人で島の名所を見て回ろうと思っていたのだが…。
「封印地って、いまこんなことになってんのか…」
ヴォルケインがまだ生きていた数週間前、討伐作戦を間近で見ていたダインは、当時の状況といまの状況の違いの差に驚いている。
どこを見ても人の姿しか見えなくて、とても獄炎島という名の通りな光景には思えない。
「あ、売店とかも出てたんだね」
大通りに整地された道の両脇を見て、ニーニアが指摘する。
確かにその大通りの左右には、縁日かと思うほどの露店がずっと先にまで並んでいた。
その露店にまで観光客らは殺到しており、何もない島だったはずなのに、“七竜バブル”が見て取れるような湧きようだ。
「こんなところで店って…何が売ってんだ?」
ふと気になったダインたちは適当な露店に立ち寄り、他の観光客に混じって覗き込んでみる。
売られていたのは獄炎の竜ヴォルケインをモチーフにした饅頭やクッキー、キーホルダーといったものだった。
他にも蕎麦やうどん、ワッフルやプリンといった、七竜と全く関連がないだろう様々な商品のパッケージに、ヴォルケインのデフォルメされた絵がプリントされている。
さらにフィギュアや木刀、石鹸や歯磨き粉まで売られていて、この七竜ブームに全力で乗っかろうというのが見て分かるラインナップだった。
「…ドワ族って、案外商魂逞しかったんだな…」
「わ、私も知らなかったよ…」
そう二人が話している間も、ヴォルケインに全力であやかったお土産が飛ぶように売れている。
特に売れ行きが好調そうなのが、大きなカゴに乱雑に積まれた“赤い石”だった。
この島で採れるものらしく、商品説明が書かれた看板には『永火晶石』と書かれてある。
「…う〜ん、お土産に何個か買っていこうかな」
その天然の永火晶石の見た目は、無加工のはずなのにガラス細工のような鮮やかな色を放っており、非常に綺麗だ。
ドラゴンたちやルシラ辺りが好きそうかもと思い、“握り感”の良い石を数個手にとって購入しようとしたが、
「あ、私が払うよ」
ニーニアが止めて財布を取り出そうとした。
「いや、ちゃんとお土産分の金はもらってるから」
と、ダインが笑いながらいった。
「こういうのは俺にさせてくれよ。一応、デートのつもりなんだしさ」
ニーニアにも好きなものを選ばせようと思っていたのだが、
「だったらなおのこと、私に払わせて欲しいのに…」
とニーニアは不服そうにいう。
「デートは片方だけが負担するものじゃないと思うんだけど…」
相変わらず、彼女は世話されることが嫌い…いや、苦手なようだ。
「他のことはお前に任せるからさ」
ニーニアの分のお土産を購入し、紙袋に包まれた石を受け取りながらダインはいう。
「ニーニアのことだから色々と考えてあるんだろ? その計画…っていうか、要望か? 俺は全部合わせるからさ」
ニーニアの性格を考えてダインがいうと、「本当?」、とニーニアが嬉しそうな顔を向けてきた。
「い、いいの? 私の考えてることに合わしてくれても」
「ああ。何でも聞くよ」
「…何でも…」
ニーニアの顔が若干伏せられる。
「何でも…何でもいいんだ…」
ぶつぶつ呟きだした。
何か余計なことをいってしまったのかもしれない。
一瞬危惧したダインではあったが、今更撤回してもしょうがない。
「ほら、他の客の邪魔だからさ」
話はそれまでにして、ダインはニーニアの腕を引いてわき道に逸れた。
そしてお土産として買った石をリュックサックに詰めようと、ジッパーを開ける。
「ピィ!」
そのカバンの中から元気な鳴き声がした。
そこにいたのは、子供ドラゴンのセトだった。
彼はダインと目が合った瞬間に口を開け、可愛らしく翼をパタパタさせている。
ついさっきまで大人しくしていたようだが、詰め込まれた永火晶石と“かつての住処”の匂いに懐かしさを感じ、若干興奮しているようだ。
「はは、やっぱ落ち着けないか」
セトの心情というものを理解したダインは、彼の顔を見ながら「ん〜」、と考えた後、
「やっぱ出るか。カバンの中は狭いし暑苦しいだろ」
そういった。
「ピ?」
翼の動きを止め、セトの首が傾げられる。外に出ても良いのかと尋ねているかのようだ。
「ペット連れが沢山いるし大丈夫だろ」
ダインはそのままカバンからセトを持ち上げ、自身の肩に乗せる。
「ピィピィ!!」
懐かしい光景と外に出られた喜びに、彼は早速元気一杯な鳴き声を上げた。
その独特な鳴き声を聞いて数人の旅行客が振り向いてきたが、他人にはセトのことはトカゲのようにしか見えなかったのだろう。さほど興味を示さず素通りしていく。
「ほら、な?」
セトの頭を撫でつつダインは笑った。
「目立つ行動さえ気をつけてくれりゃ、誰もお前のことに気づかないって」
「ピィ!」
セトはまた翼をパタパタさせる。
「あはは」
ニーニアが笑い出した。
「何だか不思議だね。本物がここにいるのに、みんな素通りしてヴォルケインのお土産を買ってるだなんて」
ニーニアの言うとおり、セトは確かにヴォルケインの本体だ。
本物を他所に仮初の姿であったヴォルケインの関連商品が売れていくのは、少し妙な光景ではある。
「七竜といや、あの凶悪そうな顔つきと体つきしかみんな見てないからな。こんな可愛らしい見てくれのヤツが本体だなんて、誰も思いもしないし、説明したところで信用されないだろうな」
「ふふ、そうだね」
笑顔のニーニアは、「それで、これからどうしたらいいのかな?」、とダインに向き直った。
「私たちも観光ルートを歩いていったらいいのかな?」
「ああ、そうだな…」
どこから見て回ろうかと考えかけて、「いや違う違う」、と慌てて首を左右に振った。
「俺たちは観光しに来たんじゃない。人探しだったろ?」
「あ…そうだった」
ニーニアは柔らかく笑う。
「この空気に流されそうになっていたよ」
「俺も忘れそうだった。一応、行方不明者の捜索を依頼されてるんだから、そっちを優先して考えないとな」
思い直したダインは、顔を上げて大通りのほうへ目を向ける。
「とりあえずそれっぽい人はいないか、ここで観察してみても…」
そういいかけ、広い通路を埋め尽くさんばかりの人ごみを確認して、つい顔をしかめてしまった。
「なぁ…これ、例えこの中にメデルさんがいたとしても、見つけ出すのは至難の業だよな…」
砂山の中から一粒の砂を見つけ出す感覚に近い。
いや、人は常に動き回っているので、余計に難易度が高いような気がする。
「そうだね…ゴッド族とはいっても、見た目はエンジェ族の人とほとんど変わりないし、翼を隠されちゃ見分けすらつかなくなる…」
協力してセトも探そうとしてくれたようだが、彼の視力を持ってしても困難なようだった。
「う〜ん、どうするか…」
効率よく捜索する方法をニーニアと相談し合っていると、
「あれ?」
と、ふと前方を見たニーニアが声を上げた。
「何かあったのかな…」
「どうした?」
「う、うん、何か、警察の人が観光客の人たちの中に混ざってるみたいで…」
「警察が?」
ダインも改めて大通りのほうへ視線を向ける。
様々な私服を着た観光客たちの中に、確かに同じ制服を着込んだ警察と思しきドワ族の人たちがいたのが見えた。
彼らは全員が表情を引き締めており、一団となってどこかへ歩みを進めている。
傍目には巡回しているようにも見えるが、周囲に目を光らせているようにはあまり見えない。
というより観光客らの流れに逆らうように歩いており、どこか目的地へ向かっているように見えた。
「何か事件でもあったのかな…」
そうニーニアにいわれ、ダインが即座に思い浮かべたのは、現在も行方不明となっているメデルのことだった。
何か事件を起こしてしまったか、はたまた巻き込まれてしまったか…。
そんな偶然はあまりないように思えるが、しかし万が一ということもある。
「気になるな。ちょっとついていってみるか」
ダインが想像してしまったことがニーニアにも伝わったようで、頷き合った彼らは警察の団体の後をつけていくことにした。
「あ、ちょっとちょっと、そこの君たち」
大通りにかかっていたロープを潜り抜けようとしたとき、後ろから短い笛の音と共に呼び止められた。
「それ以上は駄目だよ。その先は一般人は立ち入り禁止だよ」
そう忠告してきたのは警察官だった。
その中年の男も警察の制服を着ており、どうやら交通整理を担当していた人のようだ。
「立ち入り禁止だって分かっていながら行こうとしていたけど、どういうことなの」
彼はやや怪訝そうな表情で近づいてきた。
ダインたちの返答次第では持ち物を見せてもらおうと考えていたようだが、お互いの距離が狭まってくるなり彼の表情に変化が現れた。
「あれ? 君は…」
ニーニアの方をジッと見つめだす。
ちなみに当のニーニアは顔バレを防ぐため大きめの麦わら帽子を被っており、ニーニアがゆっくりと顔を上げた瞬間、警官の男は「え」と驚愕した表情で固まった。
「や、やや、に、ニーニア様!?」
すぐさま一歩二歩後ずさり、「こ、これは失礼致しました!」、と勢い良く頭を下げてくる。
“例の一件”以降、ニーニアが英雄視されているのは学校の中だけでなく、地元でも同じだ。
同族のニーニアが偉業を成し遂げたとドワ族全体が知れ渡ることになってしまい、彼女はいまやどんな有名人よりも有名だろう。
おかげで大手を振って外を歩けなくなり、どうしても外出が必要な場合は顔が見えない格好をしなければならなかったのだ。
有名になったことで大変な思いをすることが多くなり、不便そうだなとダインは思っていたのだが、こういう場面で役立つとは思いもよらなかった。
「かの大英雄の方に失礼な口を利きました。申し訳ありません」
丁寧な口調でもう一度謝った彼は、「しかし、何故お二人がこのようなところに…?」とニーニアとダインを見る。
「あ、えと、それは…」
初対面の相手に若干おどおどしつつも、ニーニアがいった。
「実は、その…ひ、人を探していまして…」
「人?」
「は、はい。あまり詳しいことは話せませんが…」
人探しなのに危険地帯に入る、ということの整合性が取れないのではとダインは思ったが、そこは“英雄力”である。
「なるほど。どなたかより特命を授かった、ということですね」
都合よく解釈してくれた(実際その通りだが)彼は、納得したように一人いった。
「その俺たちが探している人が、いまこの島に観光に来ているという情報を掴みまして」
ダインが引き継いだ。
「この人なんすけど…見たことないっすかね?」
ソフィルから預かった『メデル』の写真を胸ポケットから取り出し、男に見せる。
その写真を覗きこんだ彼は、「う〜ん…」と唸りだした。
「すまない、実はそんなに記憶力は良いほうじゃないんだ」
そういってきた。
「それでなくても、名所となったこの島には色んな人が日に数千人も行き交うから、一人一人の顔は覚えきれるはずもなくてねぇ」
「まぁそうっすよね…」
「あ、何だったら防犯カメラを見てみようか? もしかしたらそっちに映っているかもしれないし」
ありがたい申し出だったが、「いや、そこまでは」、とダインが断った。
「映像を分析するのも、こんな人ごみじゃかなり時間かかっちまうでしょ。探してる間にどっか行かれるかもしれないし」
「それはまぁ、確かに…」
「この写真の人は自由気ままに行動する人っぽいので、俺たちも動きつつ情報を集めていくしかないんすよ」
「なるほど」
納得した彼は、「じゃあ、どうやって情報収集をするつもりなんだい?」と、引き続き協力してくれる姿勢を見せる。
「大英雄様の頼みなら、我々の力を結集しても…」
「い、いえ、そこまでお世話になるわけには…」
ニーニアが断り、「それよりも、何かあったんですか?」、と男にきいた。
「ついさっき、警察の集団がこの先に向かったようなんですけど…」
「あ、そうなんすよ」、とダインも付け加える。
「何か事件性を感じて、もしかしたら俺たちが探している人がそのトラブルに巻き込まれたか、トラブルを起こしてしまったんじゃないかって思って…」
「ああ! それでロープをくぐろうとしてたんだね」
頷いた彼だが、「でも残念…と言っていいかどうか分からないけど、関係ないと思うよ」、と続けた。
「ニーニア様と知り合いの君になら教えるけど、実はこの先の危険地帯で、島の調査員がある大発見をしたようでね」
「大発見…?」
「そう。とてつもなく貴重な『オリジナイト』の鉱脈を見つけたそうなんだよ」
「お、オリジナイトですか!?」
突然ニーニアが反応した。
「滅多に採掘されず、採り尽されてもう地上にはないのではと言われた、あの…?」
「はい」
「少量でも一生暮らしていけるほどの値打ちがあると言われている、あのオリジナイトですか…!?」
やや興奮してきたニーニアに「そうなんです」と男はいう。
「私も現物を見たことがないので、本当に見つかったのかどうかいまも疑わしいんですが、発見した調査員が国王に直接連絡を取ったそうで、映像を見た国王の命によって視察と鑑定、警備員もついでに送られていったんです」
「な、なるほど…」
オリジナイト、という希少価値の高い鉱物で盛り上がるニーニアと警察官。
鉱物にあまり詳しくないダインはしばしぽかんとしていたが、しかし“大発見した”という点に何か引っかかるものを感じた。
「あの、発見したときって、調査員は一人だったんすか?」
そう男にきいた。
「誰か相方がいたとか…」
「いやぁ、自分は現場を見てないからなんとも…」
と男はいいかけ、「ん? いや待てよ、そういえば…」、と顎を触り、思い出すように呟く。
「ついさっき通りがかった警備団体の中に同僚がいて、ちらっと話をしたんだけど…鉱脈を発見したのは、具体的にいえば調査員じゃなかったって言ってたな」
「調査員じゃない?」
「ああ。何でも、観光ルートから外れて危険地帯に迷い込んでしまった観光客がいたらしく…その人のおかげでオリジナイトの鉱脈が見つかったとか」
「迷い込んでしまった観光客…」
「監視員として完全な落ち度だと反省すべきところなんだけど…でも自分はずっとここにいて観光客の動きを見ていたけど、このロープをくぐる人なんていなかったんだよね」
気になる証言が次々と出てくる中、男はさらに続ける。
「監視カメラでも確認したけど、やっぱりここを抜けていったのは調査員以外いなくて。どこから迷い込んだんだろうって、他の監視員と話していたんだよ」
「で、その人が鉱脈を発見したと?」
「いや、発見した“きっかけ”を作ってくれたっていってたね。偶然だとかラッキーだとか、調査員の人が言ってたそうだけど」
そこまで聞いて、ニーニアは驚いたような顔をダインに向ける。
もしかして、という思いはダインも、そしてセトも抱いていたようで、ダインは「あの」と再び男に話しかけた。
「その迷った観光客の方って、いまどこにいるか分かりますか?」
「ん? 分からないけど、多分いまもオリジナイト鉱脈の発見現場にいるんじゃないかな。発見時の様子とか、報酬配分の話とかしなくちゃいけないらしいし」
「あ、あの、私たちもその現場にいってもいいでしょうか!?」
ニーニアが慌てたように聞いた。
「その人、もしかしたら私たちが探してる人かもしれなくて…!」
もし仮にニーニアとダインが単なる一般人だったなら、ルール上彼らを危険地帯に入れるわけにはいかなかったのだが、
「ええ、いいですよ」
と彼は簡単に了承した。
「ニーニア様とその付き添いの方なら、もはや一般人ではないですし、ルチル王もそのように仰るはずです」
何とも理解のある男に、ダインとニーニアはお礼を言いつつ頭を下げた。
「この悪路を突き進んだ先に鉱脈があり、そこにみなさん集まってます。しかし危険な場所でして、時折地中より水蒸気が噴出することがございますので、十分にお気をつけください」
「はいっ!」
元気良く頷いたニーニアは、「いこ、ダイン君!」と彼の手を掴む。
男がロープを上に持ち上げてくれたので、二人一緒にロープをくぐった。
「一回目で確保までいけるかな?」
ソフィルの頼みごとがすぐに解決するかもと思い、ニーニアは興奮気味だ。
「逃げられる可能性もあるから、始めはソフィル様のことは隠していこう」
「う、うん、そうだね」
「もし気づかれて転移魔法で逃げようとしたら、ニーニアが作った“キャンセ君”で魔法を阻害してくれ」
「分かった!」
ニーニアはキャンセルの魔法が込められたゴムボールを見せてくる。
「飛ばれたときは、セト、頼むぞ」
「ピィ!」
ダインの肩に乗ったままのセトは、任せろといわんばかりに元気な鳴き声をあげた。
「よし、それじゃ行こう」
二人と一匹は周囲を警戒しながら、岩石が転がり、何の整地もされてない悪路を突き進む。
この先に、自由人なゴッド族、『メデル』は本当にいるのか。
いたとしてどんな人で、そしてどんな理由で元封印地巡りをしているのか。
オリジナイトの鉱脈というものも気になるので、二人の足取りは自然と早まっていった。