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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第十六話 『逃亡犯の力』

「もしもし、どうされましたか?」


大きな岩石の上に座り込んでいた男女二人組みに向け、一人の女性が心配そうな様子で声をかけた。


ぐったりとうなだれていた男はゆっくりと顔を上げ、声をかけてきた人物を見やる。


「…君、は…」


子供のように背丈の低い男━━ドワ族と思しき彼の顔つきは、明らかに衰弱しているようだ。


「あ、あなたは…観光客の方、ですか…?」


隣のドワ族の女性も唇の色が紫色に変色しているが、声をかけてきた女に怪訝そうな視線を向けた。


「ここは、観光客の方は立ち入れない場所のはず、ですが…」

「あ、すみません、実は道に迷ってしまいまして…」


観光客の女はいう。


「帰り道を尋ねようと思ったのですが、お二人ともぐったりされていますし…」


どうしたのかと再度尋ねようとするも、彼らの顔色と気だるそうな表情を見て瞬時に理解した。


「熱中症の一歩手前ですね。大丈夫ですか?」


女がさらに近づいて容態を窺うと、男の方がややばつの悪そうに「すまない」と謝ってきた。


「私たちは、ここ『フレイムマントル』の保全と調査員を務めている者…なんだが、あろうことか…『アイスジャケット』を忘れてしまってね…」


その彼の告白に、同じく調査員であろう女性も、プロとしてあるまじきことだと肩を落とす。


彼らがいる場所は、まさしく“七竜の元封印地”である『フレイムマントル』と呼称される中規模の島で、辺りは緑の少ない岩山に囲まれていた。


名の通り、陸地全てが灼熱のような熱気に包まれた場所で、地下数メートル先にはマグマが流れている。

そのため、地上を歩くときには冷却魔法が仕込まれたアイスジャケットの着用が義務付けられていたのだが、調査員の彼らは調査を急ぐあまりか、装備してくることを失念していたらしい。


「少々お待ちを」


観光客の女は背負っていたカバンを降ろし、中を漁りだす。

そこから水の入ったペットボトルを二本取り出し、「どうぞ」、と彼らに差し出した。


「熱中症対策用のお水ですので、これで症状が和らぐはずです」

「い、いやしかし…」

「いいですから、ほら。熱中症を甘く見てはいけません」


女の勢いに負け、彼らは大人しくペットボトルを受け取って水を飲む。

その間に女は立ち上がり、何やら詠唱を始めた。


そして彼らの頭に手をかざした瞬間、背中に翼が現れ全身が光りだす。

どうやら精神系の回復魔法を使ったようで、調査員たちの体が一瞬だけ緑色に光った。


「お、おぉ…」


朦朧としていた意識が徐々にはっきりとしてきて、顔色も良くなっていく。


「もう大丈夫なはずですが…」

「ああ。すっかり良くなったよ」

「ありがとうございます」


調査員らに笑顔が戻り、立ち上がる動作もしゃっきりしている。


「さて、じゃあ帰り道だったね」


元気を取り戻した男は早速観光客を案内しようとしたが、


「あの、すみませんが、調査風景を少し見学させていただいても良いでしょうか?」


女がいった。


「現地調査というものに興味がありまして…生で見るのも初めてですし」

「え、いや、しかし…」

「お願いします。熱対策のバリアも張らさせていただきますので」


女はそのまま調査員の彼らに薄青く光るバリアを張った。

あらゆる状況に対応できる便利な魔法らしく、彼らの汗がたちどころに消えていく。


「さ、さすが、エンジェ族ですね…」


調査員の女はそういって、「いまから事務所に戻るのも手間ですし、いいのでは…?」、と男に話しかけた。


「命の恩人の頼みですし、この方がいらっしゃれば落石や水蒸気の心配もなくなるはずです」

「それはそうかも知れんが、観光客にそのようなことを頼むのは…」

「私は構いませんので」


女はいう。


「調査の邪魔はしませんし、見学しているだけですから」


女の身なりは観光客よろしく軽装で、危険を伴う調査には明らかに不向きな格好だが、他種族より突出して聖力が高いエンジェ族ならば、大抵の危険ごとは全て魔法でカバーできる。


「お願いします」

「…う〜ん、まぁ、そこまでいうのなら…」


男はようやく頷いた。


「じゃあ正午までで良いのなら、一緒に行動しようか」

「特別サービスですよ?」


調査員の女にいわれ、ありがとうございます、と観光客の女は嬉しそうに礼をいった。


「では向かいましょうか。ちなみにいまは何の調査をしているのですか?」

「地質調査をね。この辺りは前人未踏の場所だから、何か珍しいものが落ちているかもしれないんだ」


男は大きなカバンを背負いなおし、岩肌が剥き出しになった山道を歩き出す。


「あなたは、鉱物関係にはお詳しいですか?」


調査員の女が問いかけた。


「私たちは、主に鉱物や砂といった素材から、過去にこの島で何があったかを調べている調査団体でして…」


それから女は、自身の紹介も兼ねて世間話を始める。


彼らは、民間経営の調査組織『シラベーナ』の職員だちだった。

トルエルン大陸を統治する現首相『ルチル王』より正式な依頼を受け、一般開放間もないこの『フレイムマントル』にどのような素材が落ちているのか、他にどんな生命体がいるのかを調べていたらしい。


「他にも、かつての『ヴォルケイン』がどのように生活していたかも調べているんです」


職員の女、『ラブラド』はいう。


「ヴォルケインの足跡がこの島のそこかしこにありまして、封印されていた当時、七竜は封印地の中で眠っているだけだとされていた定説がひっくり返されてしまったんですよ」

「へー、そうなのですね」

「ええ。この島にはまだまだ様々な謎が眠っていそうですし、期待が持てそうです」

「期待、ですか?」

「実はここだけの話なんですが…」


前方でしゃがみ込んで調査をしている男、『クォイツ』の背中を見つめながら、ラブラドはこそっという。


「この島で希少価値の高い鉱物や素材が出たときには、当社の利益にしていいと国王と約束を交わしておりまして…」

「まぁ。独占して良いと?」

「はい。危険を伴う調査ですし、何社も断られたことがあったそうで、そのような条件をつけてもらったそうです」

「なるほど。確かにそれは夢がありますね」

「そうなんです。以前は誰も立ち入られなかった場所だけにどこも手付かずですから、調査はお宝探しのような感覚なんですよ」


ラブラドは笑顔でそういうも、「ですが…」、とすぐに落胆した表情に変化する。


「ここで発見したものは『シラベーナ』が独占してもいいのですが、調査費用や運営費などは半分以下しか出していただけないそうで…いまのところめぼしいものも見つかっておらず、ジリ貧状態なのが実情なんです」

「そうなのですか?」

「そうなんです。ですから観光客向けに色々なグッズを作ったり、本を出したりツアーを企画して観光業務のようなことをしたりして、どうにか私たち社員へのお給料分だけは捻出できているようですが、それもいつまで続くかは不透明で…」


聞けば聞くほど、なかなかに深刻な問題のようだった。


お金欲しさに、といえば聞こえは悪いが、全社を挙げて一攫千金を狙うのは別に悪いことではない。

おかげで彼ら社員たちのやる気も向上しているようだし、何も見つからずジリ貧状態なのも覚悟の上だったのだろう。


「あ、すみません、観光客の方にこんな身の上話のようなことを話してしまって…」

「いえ…心中お察しいたします」


同情を寄せたように女はいい、「いつの世も会社経営というものは大変ですね…」と続ける。


「特に観光業界などは流行り廃りがダイレクトに影響する業界です。安定した生活というものは無いのかも知れませんね…」


どこか達観したような横顔だった。

不思議そうなラブラドの視線に気づき、「少し思うところがありまして」、と女はいう。


「私は観光が趣味で色々なところを見てきたのですが、息を呑むような絶景が望める名所があるのに、地元の観光会社が廃業寸前のところもありましたので…」

「え、そうなんですか。厳しい業界だったんですね」


あまり他の大陸に行ったことがなかったラブラドは驚いた様子だ。


「文明が進み、小型の機械であらゆる情報を取り込める時代になりましたからね。現地に向かわなくても絶景を拝められますし、現地でしか食べられないはずのものは楽にお取り寄せができるようになりましたし。おかげで旅行客の数は年々減少傾向にあるようです」


女の表情に翳りが差す。急な機械文明の発達と引き換えに、アナログの良さが失われていることに憂えているような表情だった。

が、暗い話もそこまでにして、「あ、そういえば」、と女は表情を明るくさせて手を叩く。


「私もお土産を購入させていただきました」


カバンを漁り、大きめの弁当箱サイズの四角い箱を取り出した。


「『ヴォルケイン饅頭』。まさか調査会社の『シラベーナ』さんが作ったものだとは思わなかったです」


その箱のパッケージには、『獄炎の竜ヴォルケイン』を可愛らしくデフォルメされた絵がプリントされていた。


「失礼ながら饅頭の内容は見ておらず、この絵柄に惹かれてつい買ってしまいましたよ」


プリントされてるのはデフォルメされたヴォルケインだけでなく、背景も可愛らしく描かれており、まるで御伽噺の中に登場する一枚絵のようだ。


「実はそれをデザインしたの、私なんです」


ラブラドがしてやったり顔でいい、「えっ」、と観光客の女を驚愕させた。


「ほ、本当なのですか?」

「はい。当初はヴォルケインのリアル画像をプリントしようと企画されたらしいですが、それでは子供たちが避けてしまうと進言しまして、私がデザインの見直しをさせてもらったんです。昔絵本作家を目指したことがありまして、上手にできたかなと」

「素晴らしいです!」


女はラブラドの手を取って、意外な発見に喜びの声を上げる。

そのままラブラドの才能を褒めちぎると、彼女は照れたように笑った。


そうしてすっかり意気投合した二人は、そのままヴォルケイン饅頭やその他のグッズについて語り合う。


ちなみに、ラブラドの相方であるクォイツといえば、足元にある石や雑草を虫眼鏡で眺めては写真に収め、黙々と調査作業を進めていた。

仕事そっちのけで観光客と会話するラブラドに何かいってやりたい気持ちは正直あったものの、観光客を楽しませるのも仕事の一つだと思い直し、彼は引き続きハンマーで石を叩き割り、珍しい鉱物が混入してないか調査を続ける。


「この苦境にありながら、シラベーナのみなさんは頑張っておられるのですね」


ラブラドからシラベーナの運営方針を聞かされた女は、感銘を受けたよういった。


「一攫千金を夢見ながらも利益のみを追求することはなく、お客さんを呼び込んで地域貢献に努めている。そしてお客さんをあらゆる手を尽くして楽しませようとしているのが分かります」

「それもいつまで続けられるかは分からないんですけどね」


ラブラドは乾いた笑いを漏らす。


「楽しみながら世の中のクエスチョンを追及する。そんな社長の理念に共感して私もこの会社に入ったんですが、その内情を知れば知るほど簡単なことじゃないなーって」

「そうですねぇ…」


女も難しそうな表情になって周囲を見回す。

と、足元に顔を見やった瞬間に「ん?」と声を上げた。


「あの、この石は珍しいのでは?」


足元に転がっていた手のひらサイズの石を拾い上げ、ラブラドに見せる。

それは赤い色をしており、亀裂の内部には透き通ったようなさらに赤く美しい色が放たれている。


「ああ、それは『永火晶石(えいかしょうせき)』ですね」


それを受け取りつつラブラドはいった。


「この島のみならず、トルエルン大陸の地上でもそこら中に転がっているものですよ。高い温度を内部に持っていて、よく暖房器具の素材として使われています」

「あ、そうなのですか」

「ええ。ですが確かに他の大陸にはないものですので、珍しく見える方もおられますね。観光客の方が売店でよく購入されますし、お土産ランキング上位を占めて…」


ラブラドは永火晶石を眺めながら説明を続けるが、途中で台詞が止まった。


「…あら? これは…」


何かを発見したのか、石を見つめながら前方にいたクォイツのところまで歩いていった。


「クォイツさん、これ…」

「ん?」


ラブラドから同様の石を見せられ、亀裂の内部を確認した瞬間…、


「ッ…!?」


彼は、その石を思わずといった様子で奪い取ってしまった。


そしてすぐさま石の亀裂部分に太い釘のようなものを突き刺し、手持ちのハンマーで釘を叩く。

バカッという音と共に石が割れ、改めてその断面を確認したクォイツは、


「な、なぁ、君…これ、どこで見つけたんだ?」


そう、第一発見者の女にきいた。


「え? それでしたら、足元に落ちてましたけど…どこにでもあるものでは?」


女が尋ね返すも、クォイツは返事をせず周囲を見回し始める。


「ここなんですが…」


割った石のもう片方を手に、ラブラドが女にその断面を見せてきた。


「素人の方には少々分かりにくいかもしれませんが、この辺りにうっすらと青色が混じってるんです」


確かに、透明で鮮やかな赤色の中に、青い色が線のように走ってる。よく見て分かるレベルだが。


ラブラドは続ける。


「この島では永火晶石しか発見されておらず、他の鉱物は存在しないと思われていたのですが…」

「ですが、別の鉱物も存在しているかもしれない、と?」

「ええ。それに、この深い青色から察するに…」

「そういえばこっちはまだ足を踏み入れてなかったな」


岩山の間に続く道なき道を見ながら、クォイツがいった。


「この石が転がってきた方向を考えれば、ここを真っ直ぐ上ったところに…」


ぶつぶついいながら、クォイツが歩き出そうとしたときだった。


(ブシュウッ!!)


頭上の岩山の側面から、突然水蒸気が真横へ向けて噴出される。

その規模は大きく、噴き出す勢いに押されるようにして岩壁の一部が崩れた。


「あ…」


ゴロゴロとした大小さまざまな岩石が、噴石のように飛び出してクォイツたちの頭上に降りかかってくる。


「うわ━━っ!?」


直撃を受けたら一瞬でぺちゃんこになるであろう質量の岩石だが、それらはクォイツたちにぶつかることなく、大きな衝突音と共に空中で静止する。

どうやら観光客の女が張り巡らせていたバリアにぶつかったらしく、そのまま粉々に砕け散って霧散していった。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ、問題ない」


バリアで守られていたんだと遅れて気づいたようで、クォイツとラブラドは硬直してしまった身体をほぐしていく。


「二度も助けてもらいましたね。本当にあなたがいてくれてよかったです」


ラブラドは感謝を述べ、「いえ、ご無事ならそれで」、と女は少し照れたように笑った。


「気をつけて進まないとな」


気を引き締めてクォイツが歩もうとするが、


「ちょっと待ってください」


彼を止めたのは相方のラブラドだった。

彼女は頭上を見上げたまま動きを止めている。


「あの…先ほどの水蒸気が噴出した部分に空洞ができているようなんですが…」

「ん? ああ。そうみたいだが、それがどうし…」


同じようにしてクォイツも見上げるが、その空洞を確認した瞬間、彼は岩山の側壁に突進し、岩のごつごつした部分を掴んでよじ登り始めた。


高さにして三メートル程度だろうか。

よじ登ってすぐにその空洞内部を確認したクォイツだが、彼はどういうことかそのまま全身を硬直させている。


「あれは…どうしたのでしょうか?」


こちらからでは空洞の内部が良く見えない。


「私たちもいってみましょう」


ラブラドはそういって岩山を登ろうとするが、「あ、私が」と観光客の女が翼を広げてラブラドの腰を掴んで持ち上げた。

そのままふわりと浮いていき、立ち尽くしたままだったクォイツの隣に着地する。


そして改めて空洞の内部に目を向けるが、


「…ぁ…」


その瞬間、ラブラドはへなへなと腰を抜かしてしまった。


「…こ…こんな…ことが…」


クォイツは驚愕に目を見開いたまま。


「まぁ、綺麗な石ですね! これも水晶なのでしょうか?」


唯一状況を掴みきれてない女は、空洞内部に広がる鮮やかな“光景”を前にして、率直な感想を述べた。


その空洞は、天井も壁面も地面も、全てが色とりどりの水晶で覆われていたのだ。

よく見てみれば赤と青、黄といった三色程度でしか構成されてないが、それらの色が合わさって、まるで虹のような輝きを放っている。


「これは何と言う水晶なのですか?」


鉱物に関する知識がほとんどない女は、詳細をラブラドに尋ねた。


「…原初の石…」

「原初?」

「『オリジナイト』とも呼ばれるものです…」


ラブラドはいう。


「とても希少なもので…これほどの晶洞、この世界のどこにも存在してないのでは…」

「希少、ということは、お高いものなのでしょうか?」

「高いなんてものじゃないですよ!」


ラブラドは突然立ち上がる。


「『絶金剛石』や『ヒヒイロカネ』に匹敵するほどの価値がある石です! 一グラムに満たないものでも、一年は遊んで暮らせるほどの相場が…!」


やけに興奮した彼女は、隣でまだ硬直したままだったクォイツを見た。


「く、クォイツさん、どうします? これ…」


これまで少量でしか発見されたことはなく、その希少性の高さから金以上の価値がある。

それが洞窟を覆うほどに出てきたとなれば、総額はいくらになるのか見当もつかない。


まさにお宝発見の瞬間だった。

調査会社『シラベーナ』が社運をかけて取り掛かり、これまでの苦労が倍以上になって返ってきた、世紀の大発見…だったのだが、


「う、う〜ん…」


何故かクォイツは喜ぶよりも腕を組んで眉間に皺を寄せてしまった。


「これは、さすがに当社だけでは扱いきれんな…規模が規模だし、独り占めするというわけにも…」


難しそうな表情で呟いている。


「あら? 一攫千金の夢が叶ったのでは…」


悩ましそうな二人のリアクションに、女はいまひとつピンと来てないようだった。


「これほどの量があれば、会社が潤うばかりか、働く必要もなくなると思うのですが」

「そう単純に事が運んでくれれば、楽なんだけどねぇ…」


クォイツはそういって笑った。


「超希少といってもいいこのオリジナイトを全て掘り起こして一気に売れば、金融市場は混乱を極めてしまうことになるだろう。この石の希少性も落ちてしまうし、鉱物市場の環境も一変する」

「そうなのですか?」

「ああ。お宝を見つけた瞬間から大金持ちになれるというわけでもないんだよ。高価なものを売るにはそれなりに手順がある。面倒なルールだが、そのルールのおかげでこの世界は成り立っているといってもいいからね」

「ルール、ですか…」


まだまだ現世に疎い彼女には、そう簡単に理解できる話ではなかったのかもしれない。

だが必要だからそのルールが作られたのだと思い直した彼女は、「ではどうしましょうか」と水晶の扱いについて再度尋ねた。


「私たちの手には負えないので、国王に判断を委ねましょうか」


ラブラドが提案した。


「ルチル王でしたら適切に判断してくださるでしょうし」

「そうだな。じゃあ連絡のほう、頼んでも良いか?」

「はい」


ラブラドは早速携帯を取り出して連絡を取ろうとするが、「その前に」とクォイツが付け加える。


「分かっていると思うが、モノがモノだけにマスコミに知られたら大騒ぎになる。余計なトラブルを生まないためにも、この存在を知らせるのはごく一部の人たちにしてくれ」

「はい」


神妙そうに頷き、ラブラドが自身の携帯を操作して行政機関と連絡を取り始める。



「この発見だけでは、みなさん幸せにはなれないのですね…」


せっかく大発見に至ったというのに、今後の複雑な手続きを想像したのかラブラドもクォイツも笑顔はない。

喜ぶ素振りのない二人を見て、女も残念そうに息を吐いた。


「いや、とはいえさすがに交渉はさせてもらうよ」


クォイツがいう。


「発見したのがオリジナイトの鉱脈とは全く予想だにしないものだったが、我々はこの瞬間のために莫大な資金を投入し続けてきたのだから。だから今回のことを“夢のない話”で終わらせるつもりはないよ」

「そう、ですか?」

「ああ。もしかしたら世界に二つはない場所として、この環境を維持するようにとルチル王なら判断を下すかも知れないが、第一発見者は我々である以上はある程度の報酬はもらうつもりだよ」

「本当ですか?」

「我々は遊びにきているわけではないしな。国王もそれは分かっているはずだ」


ラブラドはまだ誰かと通話している。

が、通話相手が鉱物に余り詳しくなかったようで、オリジナイトというものがどれほど貴重なものか、一から説明しているようだ。


「さて、“モノ”は発見できたが…我々が追い求めるものはまだある」


クォイツはいう。


「お宝は目に見えるものだけが全てではない」

「というと?」

「そこに眠る“情報”もまた、お宝になり得るかもしれないということだ」


クォイツはおもむろに虫眼鏡を取り出した。


「ヴォルケインの封印地として、この島は長年人が立ち入ることはなかった。裏を返せば、この辺りは数千年も昔のままの状態で残っているということでもある」


その笑顔が、不意に不敵なものになる。


「数千年もの長きの間、ヴォルケインはどこにいて、何をしていたのか。真相を暴いていこうじゃないか」

「あの、私も見学を続けても…?」


女の遠慮した問いかけに、「もちろん」とクォイツは頷く。


「是非とも我々に付き合ってくれ。君のおかげでこの鉱脈を発見することができたのだから。君がいなければ、我々は何もない場所を延々と調べまわっていただろう」


感謝の言葉と共に、クォイツはもう一度女に笑顔を向けた。


「よろしく頼むよ、稀代のラッキーガール」

「ふふ、はいっ!」


女も笑顔になって頷く。


ただの観光客…いや、“お尋ね者”の『メデル・フィンブリ』が巻き起こす幸運旋風は、まだ始まったばかりのようだった。

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