第十五話 『優しい人』
もうそろそろ日付が切り替わった頃だろうか。
空には無数の星が見え、大きな月が眩しいほどに輝いている。
星の海のような大空のどこにも雲はなく、目線より下にその雲たちはあった。
眼下の雲は風に乗って優雅に流れ…ているのではなく、動いているのはダインたちの乗る『雲のゴンドラ』だ。
四人乗りのやや大きなゴンドラは空中にぷかぷかと浮いており、揺れや音もなくダインたちを静かに運んでいる。
「みんな寝ちゃったね」
質量を持ったふかふかの雲の座席には、妹ルシラとレフィリスがお互いの身を寄せ合うようにして眠っていた。
二人揃ってすやすやと寝息を吐く姿は可愛いという他なく、側に居たダインはつい彼女たちの頭を撫でてしまう。
課外授業を終え『欲望の森』から帰ろうとしたとき、たまには二人きりで話がしたいとルシラが言ってきた。
なので、ゴンドラの光速移動やワープ機能を使わず、こうして空の旅を楽しんでいたのだが…ダインを真正面に見て、ルシラの表情は突然申し訳なさそうなものになる。
「ごめんね、ダイン。明日も学校があるのに、こんなに遅くなっちゃって」
確かに、夜の課外授業はいつもなら一時間程度で終わっていた。
今回も小一時間ほどの予定のはずだったが、帰りがこれほど遅くなったのは今回が初めてだ。
しょうがないよ、とダインは笑う。
「金葉樹にまつわる人心の移り変わりとか、善行とか、レフィリスに伝えたいことが沢山あったからな。おまけにインフェルノウルフの子供までいたんだしさ」
今日はイレギュラーな出来事が沢山あったというと、ルシラは「そうだね」とにこりと笑った。
「あの子供たちが懐いてきたのは予想外だったね。終盤にはレフィリスもダインもあの子たちの遊びにつき合わされていたし」
「母親が叱り付けなかったらいまも遊ばされてたかもな。遊びにかける子供の体力ってのは無限だからなぁ」
「あはは。でもずっと遊んでいた反動で、妹もレフィリスも完全に落ちちゃってるよ」
ルシラのいう通り、隣で眠り続ける二人はぐったりとした様子で、ダインたちの声にも全く反応を示さない。
「でもほんと、可愛かったねぇ。あのインフェルノウルフの子供…」
つい先ほどの出来事を思い出すように、ルシラはゴンドラの天井を見上げる。
「走るたびに後ろをちょこちょこついてきて、立ち止まったら飛び掛ってきてぺろぺろ舐めてきて、ほんとに可愛かったなぁ…」
夜中に突然始まった追いかけっこ大会のことを思い出したのだろう。
「お母さんに怒られたところでお開きになったけど、別れ際にすごく寂しそうな鳴き声上げてたのが忘れられないなぁ…」
ルシラと全く同じ光景を思い出したダインは、「そうだな…」といってゴンドラの外に顔を向ける。
「確かに可愛かったよな…母親と違って、何もかも信用してそうな様子でさ…そこが子供なんだろうけど…」
どこか含みのある言い回しだった。
「ダイン?」
気になってルシラが呼びかけるも、ダインはすぐに返事を寄こさない。
無言で夜空を見ているその横顔に笑みはなく、何かを憂えているような表情だった。
どうしたのだろうと一瞬疑問に思ったルシラだが、彼とはあらゆる意味で強い絆で結ばれている。
その表情や仕草から何を思っているのか瞬時に理解し、また顔に笑みを浮かべた。
「何か優しいこと考えてるね?」
そこでダインはハッとしたようにルシラを見て、「いや、優しいかどうかは分かんねぇけど…」と頭を掻きながら続けた。
「俺たち以外の、他の奴らがあの金葉樹を見つけちまったらどうなっちまうんだろうって想像してさ」
「うん」
「オリジナルの樹は争いの火種にしかならないからってんで、当時の国王の指示通りに燃やされて、そこで金葉樹のことは人々の記憶から消え去ったようだけど…」
「でも、まだ金葉樹…ううん、その争いの火種は存在している。“挿し木”された金葉樹がこの世界のどこかにあるはずだって、欲に目が眩んだ人たちが探し回ってるかもしれないね」
ダインが何を想像したのか“覗き見た”ルシラが引き継ぐ。
「私たち以外の誰かが発見したら、きっとすごく騒がれるだろうね。挿し木した人の思いも何もかも無視して、かつてのように争いが始まるかも」
「そうなんだよな。話し合いで済めばまだ良いけど、モノがモノだけに絶対に強硬手段を取るヤツも出てくるだろうし。場所が場所だからそうすぐに発見されないとは思うけど、このまま未来永劫誰にも見つからないなんて可能性はなさそうだし…」
ルシラのほうに顔を戻し、ダインはさらに続ける。
「欲に目が眩んだ奴らってのは、厄介なほどに執念深くて危険も顧みなくなるからな。例えインフェルノウルフが番犬を勤めていたとしても、あらゆる手を尽くして排除するだろうな」
ダインが懸念しているのは、もちろん金葉樹のことなどではない。
あの樹の側に住処を作ってしまった、先ほどの親子らのことだった。
「確かにそういう意味で考えれば、あの子たちにとってはとても危険な場所かもしれないね」
ルシラはいう。
「人間っていうものはどこまでも残虐なことを思いつくものだから。あの金葉樹のところにいると、人間たちの邪悪な思念の的になっちゃう」
「ああ。だからどうにか説得できねぇかなって…」
「大丈夫だよ」
と、ルシラがダインに、にこっとした笑顔を向ける。
「ちゃんと、お母さんには伝えておいたから」
「え? 伝えた?」
「うん。いまは大丈夫だけど、危険な場所かもしれないよってね。でもどう危険か、人間のことをあまり知らなさそうだからうまく説明できなかったけど」
「どんな反応だった?」
「もう定住しちゃってるようだから、あんまり興味がないみたいだった。でも一応頭の片隅には入れてくれたみたいだし、ダインが想像してるような悲しいことにはならないと思うよ」
ルシラがそうまで言うのだったらと、ダインは少し胸を撫で下ろした。
「悪いな。俺はモンスターと会話できないから、ルシラに任せるしかない」
「ふふ。でも何も言わなくてもダインなら上手に伝えられたかもしれないね?」
「そうか?」
「だって子供たちもダインにすごく懐いてたし」
そういってから、彼女は再び眠りこけている妹とレフィリスに顔を向ける。
「ダインって子供によく懐かれるタイプじゃないかな?」
「え、いや…どうだろ。確かに村の子供とはよく遊ぶけど」
「孤児院の子供たちにもずっと付き纏われてるよね」
孤児院の『ハッピーホワイト』のことをいっているのだろう。
ルシラは“ダイン越し”に現場の状況を覗き見ていたようだが、彼女のいう通りダインが訪問するといつも孤児たちから熱烈な歓迎を受ける。
「ダインのお話は子供たちも真剣に聞き入ってたし…もしかしてダインって教師とか向いてるんじゃないかな?」
「教師? 俺が?」
かなり意外そうにダインがいうと、ルシラはまたにっと笑って頷いた。
「子供たちに懐かれる体質があるのなら、そっち方面に向いてると思うけどなー」
「いや、教師て…」
一応自分が教壇に立って子供たちに教える光景を思い浮かべるが、すぐに「ないな」と首を横に振った。
「授業っていうか、俺は単に自分の経験談を語ってるだけだしな。そもそも学はない」
そのとき脳裏に浮かんだのは、政治家という明確な夢を目指し、いまも必死に勉強しているであろうラフィンの姿だった。
「スーツ姿も似合わないのは想像しなくても分かるし、ガラじゃない。俺はシンシアたちの夢の手伝いができればそれでいいよ」
相変わらずの目立ちたがらない性格である。
「裏方が性に合ってるんだ。表立って何かやろうとは思ってないよ」
「もー、ダインって変なところで頑固だよねぇ」
ルシラから不満の声が上がった。
「残り少なくなってきたヴァンプ族がどうなるか、ダインの行動にかかってるといってもいいのに」
いきなりヴァンプ族存続の話に逸れたが、「それは言いすぎだろ」、とダインは笑い飛ばす。
「前から言ってる通り、なるようにしかならないんだよ。俺がどうこうしたところで結果は変わらない」
「シンシアちゃんたちとの絆が出来たのに? その絆から異種族との交友にまで発展したんだよ? これはダインのおかげじゃないとは言わせないよ?」
「それは…親父たちの対応が良かっただけで…」
ダインは言い訳めいたものをしようとしたが、全てのきっかけはダインが学校に通いだしたことであるため、ここでいくら否定しようとも意味はない。
「まぁ、シンシアちゃんたちはちゃんと“考えてくれている”ようだし、ダインは何もしなくていいかもね?」
どこか意味深な台詞だった。
一瞬疑問に思ったダインだが、その台詞に関連するように思い出したことがある。
「そういや…ルシラは何か聞いてないか?」
「うん? 何を?」
「シンシアたちのことだよ。どうもあいつ等何か企んでるみたいでさ…」
それからダインは、放課後に偶然目にしたニーニアのメモ帳について話し出す。
「メモ帳の最後のページに『神の子計画』って書かれててさ、字面があまりにアレだから、本人に聞くに聞けなくてな…」
「あ〜…」
ルシラは困ったような表情で微妙そうな声を出した。
「お前のことだから、何か知ってるんだろ?」
その反応を見てダインは尋ねたが、
「知ってるには知ってるけど、でもダインに教えるつもりはないよ」
はっきりとそういわれてしまった。
「は? い、いや、何で…」
「だってその方が面白そうだから」
ルシラは含み笑いを漏らす。
「それに知ったところでダインにはどうすることもできないことだよ? あの子たちが画策した“あの計画”は、みんなの幸せのためにって考え出されたものだから」
「みんなの幸せのため…」
「ダインはそのままでいいと思うよ? いつも通りでいて。なるようにしかならないから」
悪戯っ子のような笑みだった。
「…ったくさ、理不尽だよ」
小さく息を吐き出し、ダインは諦めたような笑顔を浮かべる。
「俺のことは何でも知りたがるくせに、自分たちのことは隠そうとするなんてさ」
怒った風でもなくダインがいうと、ルシラはまたおかしそうに笑った。
「男…ううん、この場合は雄っていうのかな? 雄は、刺激を求めたがるものだからね」
「刺激?」
「うん。全て分かっているよりも、ある程度謎が残っていたほうが面白いし、解き明かしていく楽しみも残しておきたいものなんでしょ?」
「いや、そういうのは俺はあまり…どっちかっていうと全部を知っていたいほうなんだけど」
そうダインがいうも、「そう深く考えないでいいよ」、とルシラがいった。
「旅行計画同様、あの子たちが考えることは可愛らしいことや、誰かのためのものばかりなんだし。真相はいずれ明かされるはずだから、大人しく待ってて欲しいかも」
「…まぁ、そうするしかないわな」
そこでダインは天井を仰ぎ見る。
「悩み事とかじゃないなら何でも良いか。素直に騙されるよ。それが、あいつ等をまとめて受け入れた俺の運命なんだろうしさ」
「大げさだなぁ」
眉をハの字に曲げて困り笑顔でルシラはいうが、「う〜ん」と少し考え出す。
「じゃあ一つだけ、あの子たちが何を考えているか教えてあげようかな」
ダインが不満を抱くのも無理はないと思い直したのか、ニコニコ顔のままダインを見た。
「確かにシンシアちゃんたちは、お互いに争わないために『ダイン同盟』というものを作って、みんなで仲良くあなたとの関係を築き上げていってるけど…でも、水面下では争奪戦が始まってるんだよ」
「…争奪戦?」
「そう。どれだけ足並みを揃えても、ダインという存在は一つしかない。つまりどう頑張っても“ラブラブなイベント”には順番が生じてしまう」
「順番…」
「今回の旅行計画は、その“初めて”の奪い合いでもあるんだよ? もちろん平和的に、仲良く、だけどね」
その“初めて”は何なのか、ここでわざわざ聞かなくても分かることだった。
争奪戦の果てにあるもの。
ルシラはそこまで言及しなかったが、きっとシンシアたちの真の狙いは争奪戦のさらに先にあるのだろう。
「そういう意味で考えれば、ダインの周りは敵だらけなのかも知れないね?」
笑顔のまま彼女は続ける。
「みんなダインを狙っていて、どこかに“綻び”が生じないかずっと窺っている。少しでも油断したら、すぐにガブッだよ」
「いや、そんな、モンスターじゃねぇんだから…」
「女の子だって獣になるときがあるんだよ?」
そのルシラの声は向かいではなく、下のほうからした。
「当然、私もその中の一人。私もダイン同盟に入ってるんだもの」
ダインの目の前に瞬間移動したルシラは、そのままダインの背中に腕を回して寄りかかっていく。
「え、ちょ…る、ルシラ?」
「静かに。妹とレフィリスが起きちゃうよ」
ダインの耳元でいい、さらに彼に体重を預けた。
その広い胸板に顔を押し付け、ルシラから吐息が漏れる。
「ようやくだね…二人きりの時間がなかなか作れなかったから…」
「い、いや、あの…明日もまだ学校があるんだけど…」
先の展開を予測してダインが言うと、「ダインはそのままでいいから」、とルシラが言ってきた。
「何だったらそのまま寝ちゃっててもいいよ? 私はやりたいことを勝手にやらせてもらうから」
赤い顔にやや熱っぽい吐息。
ルシラが“夢の続き”をしようとしていることは明白だ。
ルシラはヒトではなく、ひょっとすれば“生物”ですらないのかも知れない。
しかし、彼女には女としての本能があり、好きな人をモノにしたい欲求もあるのだろう。
「楽にしてていいからね」
そのとき、ゴンドラの内装が自動的に変形し始める。
足元の絨毯が盛り上がって椅子の高さと同じになり、後ろの背もたれの部分も消えた。
全面が平地のようになり、眠り続ける妹ルシラとレフィリスの身体に雲の毛布がふわりと覆いかぶさっていく。
ゴンドラの内部が完全にベッド化してしまったようで、さらに妹ルシラとレフィリス、ダインと姉ルシラの間に雲の壁が隔たれた。
まるでカプセルホテルのようになり、仰向けに寝かされたダインの上に、ルシラが跨ってくる。
「別に最後まではしないよ?」
つい無意識に身構えてしまうダインに対し、ルシラは半分興奮、半分慈しみを込めた声でいう。
「ただ、二人きりのチャンスを活かして、ダインの温もりをできる限り味わっておこうかなってね? 次はいつになるか分からないし」
「ぬ、温もりって…」
いいかけて、ダインはハッとする。
ルシラの肩を掴もうとしていたダインの腕に、細い糸のようなものが巻きついていたのだ。
その細い糸は月明かりに反射しており、自身の腕だけでなく、首や胴体、足にまで巻きついているのが見える。
「ダインはね、ある意味ではとっくに私のなんだよ?」
その長い髪から無数の細い糸を伸ばしながら、ルシラはいう。
「ほとんど毎日、妹に魔力を吸われ続けたせいで、ダインの中は私の“根っこ”でいっぱいになってるもん。もうほとんど、私と同化してるようなものなんだからね?」
もちろん、物理的な意味でルシラの根が体内に張り巡らされているというわけではない。
だが、倒れていた妹のルシラを保護し、それをきっかけにダインはほぼ毎日ルシラと魔力のやりとりを行っていた。
ルシラは、ダインの最奥にある“魔力核”というものに触れ、接触するたびにルシラ自身の魔力を少しずつ植え付けていったのだ。
もしダインの精神体のようなものを肉眼で捉えることができたのなら、恐らく指先や頭の天辺にまで、ルシラの“根っこ”でがんじがらめにされていた姿が見えたことだろう。
相手の体の隅々にまで根を張り、そして養分を吸い上げ、やがては身も心も、その全てを本体へ取り込む。
それが、人間ではない“異形”に魅入られた者の末路…なのかも知れないが、もちろんルシラはダイン相手にそんなことをするつもりはない。
実際して見せることはできるのだろうが、しかしその必要は無いのだ。現状で、もう既にダインと同化できているようなものなのだから。
触れているだけで彼が何を考え、どういう感情でいるのかが手に取るように伝わる。
自分のことを可愛らしく思ってくれていることや、こんな子供体型で“貧相な体”でも、ちゃんと女として見てくれていることまで分かる。
━━そしてもちろん、興奮してくれているということまで。
「最後までするつもりはないけど…ぎりぎりのことはするかも?」
ルシラがそういった直後、ダインに絡み付いていた糸が動き出す。
「う…?」
ダインの中で妙なむず痒さが走り、何なのだろうかと思った次の瞬間、自身の腕や腹部から透明な管のようなものが出てきた。
それはダインの触手で、ルシラが“抜き出したもの”だった。
「むぉ…!?」
まさか触手を引きずり出されるとは思わなかったダインは、思わぬ光景と感触に全身をびくりと震わせてしまう。
「この触手って、ある意味でダインの本体でもあるんだよね?」
“根っこ”を使って太い触手を自身の目の前まで持っていきつつ、ルシラはいう。
「ダインよりも本能に忠実で、シンシアちゃんたちを何度も襲っちゃってたもんね?」
それは事実なので、「ま、まぁ」とダインは頷くしかない。
「あの…何しようとしてるのか分からないけど、“ソレ”、まだ自制が効かないから、あんま刺激しないほうが…」
ダインの忠告をしっかり聞いていたはずなのに、ルシラはその触手をむんずと掴んだ。
「ちょ…!?」
また全身をびくりと奮わせたダイン。
と同時に触られた触手が突然枝分かれしたように分裂を始め、ルシラの腕や足に巻きついていった。
「ふわ…」
驚いたり気持ち悪がる様子は微塵もなく、ルシラは大人しく触手に絡まれている。
「る、ルシラ、何して…」
触手はルシラを“捕食対象者”に選んでしまったのか、それとも純粋に触れたくなったからか、ダインの体から次々と触手が現れ、ルシラの全身に絡んでいく。
「や、やっぱりすごいね、コレ…私でも、普通の女の子みたいに感じ…んっ…!」
ルシラも触手の特別な感触で身体を震わせている。
顔を真っ赤にさせ時折喋れなくなりながらも、その熱っぽい視線はダインだけに注がれていた。
「お、おい、どう…したいんだ?」
ダインがルシラの目的を尋ねるも、「ダインはそのままで」、とルシラは彼に笑いかける。
「ただ、もっと引っ付きたいなって思っただけで…どうせなら、“普通じゃないハグ”もやってみたいかなって」
「普通じゃない、ハグ…?」
「うん。こうしてダインの触手と、私の根っこを絡ませてね…」
糸のような光る根が、ダインの触手と絡まりあっている。
うねうねと音がするかのように。自身の身体をこすり付けあうように。
傍から見ると不可思議な光景でしかなかったのだが、触手にしっかりとした感覚を持っていたダインには、とても淫靡なものに映ったのだろう。
ルシラから伸びる光の根もまた、彼女の本体といってもいいようなものだった。
細い糸のようなものでしかないのに、ルシラの肉体のように温もりや柔らかさを感じる。
普通じゃないハグ、といっていたルシラの言葉の通りで、普通に抱き合う以上にルシラの女の子な感触や匂い、想いまでもが伝わってくるかのようだった。
太さや長さの違う触手同士が絡まっているようにも見え、人ではないルシラと、異端種であるダインだからこそできる、特殊すぎるプレイなのかも知れない。
「る…ルシラ…」
何度も身体を震わせるダインを、ルシラは相変わらず笑顔で見つめている。
「ふふ…気持ちいいね、ダイン…」
彼に馬乗りになったまま、始めよりも大分息が上がっており、顔の赤みも増している。
きっとルシラもダインと同じように興奮してきているのだろう。
「このまま、眠くなるまでこうしていたいけど…でも…駄目…かな…やっぱり…」
そう呟いたとき、ルシラの表情は悩ましそうなものに変わった。
「さっきは最後までしないって言ったけど…でも…やっぱり、したいな…最後まで…できないかな…?」
彼女が期待を持ってしまったのは、ダインの心を読み取ったから、だけではない。
彼の男としての欲望の証が、下腹部に確実に表れていたからだ。
「こうして“抱き合ったまま”、肉体でも繋がりあうことができたら、きっとすごく…すごく、幸せで、気持ちよくなれるん、だろうな…」
ダインに跨ったまま、ルシラが下半身を揺らす。
白いスカートに隠れて中がどうなってるかは見えないが、感覚的にナニかとナニかが触れ合ったのを感じた。
「ま、まずいから…それは…な…?」
ルシラの心変わりに焦り、ダインは説得する。
ダインよりも小柄で華奢なルシラだが、不思議なことに彼女を押しのけられない。
身も心もルシラに支配されているからなのかもしれないが、ダイン自身にも欲望が顔を覗かせてしまったのもあるのだろう。
「いまならできるよ…?」
静かな声でルシラがいう。
「ダインがここまで“反応”してくれたのは初めてだし…」
「い、いや、隣に妹もレフィリスもいるから…」
「でも壁は作ってあるし、途中で起きても見えないし…」
ルシラはすっかり最後までやるつもりだ。
彼女を押しのけようとしていた手を掴み、ダインが満足に動けないことをいいことにその手を頬擦りしたり、キスしてきたりした。
「ね、ダイン…」
その表情も声色も、もはや誘っている…いや、襲いかかろうとしているようにしか見えない。
「る、ルシラ!」
このままではまずいと思ったダインは、力を振り絞って上半身を起こし、ルシラを抱きしめた。
「わわっ!?」
ダインの突然の行動に驚いた彼女だが、彼は構わずにその小さな首元にキスをする。
「うひゃぁっ!?」
そのダインの必死の“一撃”は、興奮状態にあったルシラにとってはかなりクリティカルに響くものだった。
「ふやぁ…」
ダインを支配していた糸が引っ込んでいき、全身から力が抜けたルシラは、そのまま彼に押し倒されるようにしてベッドの上に落ちる。
あっという間に形勢逆転となったが、まだ油断ならないと思っていたダインは、そのままルシラの首や肩口へのキス攻撃を続ける。
傍目にはダインに食べられているかのようだ。
「も…もー…ずるい、なぁ…」
ダインの“口撃”に力を奪われながら、ルシラから不満の声があがる。
「どうして、ダインのこの感触には…いつも耐えられないん、だろう…」
誰に問いかけるでもない言葉を口にした瞬間、背中が反り上がるほど全身が大きく震え、そしてがくりと落ちた。
どうやら事故を未然に防ぐことができたらしく、ダインはホッとした…のも束の間、“共感覚”によってルシラと同じく意識を失ってしまう。
そのまま重なり合うようにして倒れこむダインとルシラ。
壁一枚隔てた隣では、妹のルシラとレフィリスは心地良さそうな寝顔のまま抱き合っている。
窓の外は月と星が輝いており、穏やかな夜風が流れる中、雲でできたゴンドラは眠りに落ちた四人を静かに運び続けていた。