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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第十三話 『狙われたダイン』

不良っぽい女三人組に連れられてやってきたところは、会議室近くにある空き教室だった。

教室の端には詰め込むようにして机と椅子が寄せられており、長い間掃除されてなかったのか全体的にホコリっぽい。


女たちは制服が汚れることも気にしない様子で、その山の中から適当に椅子を引っ張り出し、「ほら」、とダインの目の前に置いてくれた。

大人しくダインがその椅子にかけると、彼女たちはダインを囲むようにして椅子を置き、腰を降ろして脚を組む。


「あ〜、で…何だ? 何の用なんだ?」


ダインが尋ねるも、誰一人として返事がない。

ただ、様々な角度からダインの顔や体つきを値踏みするような眼差しで見つめていた。


「? あの…?」


何をそんなに見られているのか分からないダインだが、女たちの誰からも反応がない。


「…ねぇ」


そんな中、ダインから見て左側の女が仲間に顔を向けた。


「何もおかしなところはない…よね…?」

「そう、ね…」


中央の、リーダー格の女がダインを直視しながら頷く。


「顔も雰囲気もフツー…目つきがちょっと怖いぐらい…」


…よく分からないが、失礼なことを言われてるような気がする。


「おい…?」


再び声をかけると、「ねぇ」、と今度は右側の女が話しかけてきた。


「“モミーズ”についてどう思う?」


急な振りだった。

ダインは「へ?」としかいえない。


「モミーズよ。どう思う?」

「え、いや…」


そもそも“もみーず”が何なのか分からず、ダインは首を傾げる。


「なんだそれ? どっかのマスコットキャラの名前か?」

「は? 知らないの?」

「へ? ああ、知らないけど…」

「いやいや、モミーズだよ!? 『もみもみまるんがー』って、めっちゃ流行ってんじゃん!!」

「もみもみ…何か卑猥だな」

「“ドコイッター”で常にトレンド一位を取りつづけてる、いまめちゃめちゃ流行してる曲なんだけど!」


どうやらモミーズとは、どこかの音楽ユニット名らしい。


「そうなのか。音楽関連には…っていうか最近の流行とか全く知らないから分からなかったよ」


正直にダインがいうと、「マジか…」、と女たちはショックを受けたような顔をする。


「あ〜、じゃあ、あんた、何か趣味とか持ってないの?」


左側の女が質問してきた。


「スポーツとかさ。大会とかでめっちゃいい成績とか残したりしてんじゃないの?」

「ん? いや、特にそういったのは…基本インドアだし、そもそも無趣味だしなぁ、俺」

「無趣味って…ないの? 何にも?」

「そうだけど」

「マジかよ…」


また左側の女は衝撃を受けたような顔になった。


「いや、っていうかこれ何だよ? 何かの取調べか?」


再度何の用事か訪ねるも、「いいから」、と中央のリーダーの女が遮ってきた。


「私たちは純粋にあんたに興味がある。だから質問してるだけ」

「興味?」

「そう」


頷いた女はおもむろに立ち上がる。


「かつての混乱期に猛威を振るった邪神…あの『創造神エレンディア様』ですら封印せざるを得なかった七竜とレギオス。邪教の陰謀によって復活という事件が起こり、人類は再び存続の危機に陥った。その最中、“あの方々”はやってきた」


突然語りだしたが、レギオス事変のことをいっているのだろう。

ダインの不思議そうな視線をものともせず、女は続ける。


「力を取り戻し、大自然そのものとなった脅威に、あの方々は臆することなく対峙した。とてつもない力で七竜を圧倒するその姿は、まるで創造神様の再来を彷彿とさせた。伝説の…いえ、伝説を越えた瞬間を、私たちは見たの」


そこで女の語りは止まり、「…そりゃ気になるでしょ」とダインを見下ろした。


「あの方々は、いまや世界的なヒーローといってもいい。そんな大英雄様たちが、家柄も普通、成績も顔も並以下のあんたに入れ込んでいるなんて、何か秘密があるとしか思えないじゃん」

「…なるほど」


何となく話が見えてきたダインは、軽く頷く。


「つまり俺たちの秘密を暴きたいというわけだな?」

「あ、暴くとか、大英雄様にそんなことするわけないじゃんっ!」


女はうろたえたような表情になる。


「そ、そんなおこがましいこと…“親衛隊”に聞かれたら何をされるか分かったもんじゃないってのに…」

「…親衛隊…」


どうやらシンシアたちを取り巻くようにして、生徒たちの中でも何かしらの変化があったらしい。


「知らないうちにあいつ等も人気者になったもんだなぁ」


ダインは思わずへらへらと笑ってしまう。


クラスメイトにすら避けられている現状に心苦しい気持ちもあったのだが、やはり彼らはシンシアたちが気味悪くて避けていたわけではなかったのだ。

むしろシンシアたちへの人気が増す一方のようで、それが知れただけでも良かった、とダインは感慨深げだ。


「と、とにかく、私たちは純粋にあんたに興味があるだけよ」


咳払いをし、リーダーの女はいう。


「あんたにどれほどの魅力があるのか。あの大英雄様が虜になるほどなんだから、相当な何かがあるのは間違いないじゃん」

「いやぁ、どうだろうなぁ。自分自身では分からないもんだとは思うけど…」

「当然。だから私たちがこうして根掘り葉掘り調べてるってわけ!」


女は椅子に座りなおし、スカートのポケットからメモ帳を取り出した。


「さて、あんたに何かとてつもない魅力があるとすれば…そうそう、特技とかは?」

「特技?」

「そう。誰が見ても驚くような、誰も真似できないような特技とかあったりするんじゃないの?」

「…特技か…」


ダインは腕を組んで考え込む。


料理。掃除。読書。ゲーム。

自分にできることが次々と思い浮かぶが、しかしそのどれもは誰でもできることだった。


ダインは希少種とされるヴァンプ族で、他種族には無い“パワー”というものはあるにはある。

が、その“パワー”を使ってできることは、大体が大人数でできることに収束するし、素早く移動することだって転移魔法でどうにでもなる。


結果として“誰も真似できないような特技”というのは思いつくはずも無く、「特にはないな」、とダインは答えるしかなかった。


「じゃあ特技とは言わなくても、得意なこととかはないの?」


右の女がダインにきいた。


「別にスポーツ関連とかじゃなくてもいいからさ、ゲームがめちゃうまいとか料理が一流シェフレベルとか、何かあるでしょ」

「う〜ん…得意…得意なものねぇ…」


ダインはまた腕を組み、天井を見上げてしまう。


「料理は一応できるけどさ、俺は基本的に不器用だからそこまでうまくもないと思うし、ゲームにしたって…ディエルによく負けてるな」


それも正直に答えたつもりだった。

が、「えぇ…?」、と女たちは何故か引いたようなリアクションを取る。


「ちょ、ちょっと、どういうこと、エリザ…!」


左の女が中央の女に問い詰めだした。


「あんたが何かあるかもってこの男を拉致ってきたのに、なんも見つかんないじゃん…!」

「い、いや、ラハルも乗ってくれたから私も行動を起こしただけなんだけど!」


何やら揉め始め、エリザと呼ばれた女は慌てふためくように弁明した。


「もしかしたら誰も知りえないような大きな秘密に迫れるかも知れないってラハルがいったから、マイラも誘って会議室に忍び込んだんでしょ…!」

「そ、そうだけど…」

「なのにいざ会って話してみれば、噂どおりの、何の特徴も才能もなくて、顔も喋りも普通すぎる単なるモブ男じゃん!! こんな男のどこに魅力を感じたのか、私が知りたいぐらいよ!」


…やっぱりかなり失礼なことをいわれてる気がする。

そっちが呼んでおいて何なんだといいたいところだったが、悪気はなさそうなので、「ご期待に添えられなくて悪かったな」、とダインのほうから謝った。


「どこに惹かれてるかなんて当人にしか分からないものなんだし、直接あいつ等に聞けばいいじゃんって思うんだけど」


そうアドバイスするも、「そ、そんなことできるわけないじゃんっ!」、とリーダーのエリザが顔を赤くしていってきた。


「会議室へ忍び込むのだってかなり勇気がいったのに…! 直接話すだなんて、そんな恐れ多い…!」

「いや、でもこんなとこでコソコソやってても答えは見つかんねぇだろ。お前等がいってる通り俺は至って普通の男子学生なんだから。俺が憶測でいっても納得しないだろ」

「それは…まぁ…。でも話すだなんて…」


エリザとラハルはそのまま口ごもってしまい、最初の勢いが完全に消え失せてしまう。


「話はそれだけか?」


このままだと埒が明かなさそうだったので、「んじゃそろそろ…」、とダインが椅子から立ち上がろうとした。


「…待ちな」


が、最後に右側の女が声をあげ、鋭い視線でダインを見る。


「まだ…まだ、もう一つだけ、調べてないことがある」


「マイラ?」、とエリザとラハルの顔が彼女に向けられた。


「調べてないところなんて…何もかもフツーか並以下のコイツにこれ以上見るところはないんじゃ…」


またもや失礼な発言をするエリザに、「男の魅力って、何も表面的なものばかりじゃないでしょ」とマイラは意外なことをいった。


「性格が最低な男でも、ありえないほどにブサイクな男でも、何故か異様にモテてるのを見たことはない?」


マイラに問われたエリザとラハルは無言になり、顎に手を当てて思案しだす。


「それは…かなり稀だけど、あるわね…」


とラハル。


「そういえば…ハイクラス四組にいる、ブサオってあだ名つけられてる男に、最近美人な彼女ができたって噂で聞いたことあるわね…」


そうこぼすエリザに、「リリーナでしょ」、とマイラがいった。


「この学校にいるエル族の中でも取り分け美人で有名なね」

「あ、そうそう! あのユーテリア様ですら落とせなかった人なのに、どうしてブサオなんかと付き合うことになったのか、私だけじゃなくてみんな疑問だったのよね」


エリザの疑問に、「だから、私直接聞いてみたのよ」、とマイラはいう。


「えっ! 聞いたの!?」


とラハル。


「そう。私もとてつもなく疑問だったから。それでちゃんと答えてくれたんだけど、なんて言ったと思う?」

「なんて言ったの?」

「それはね…」


そこでマイラはエリザとラハルを交互に見て小声でいった。


「“すごい”らしいの」

「すごい?」

「そう」

「いや、すごいって…何が?」

「それは…」


マイラは不思議そうにする二人を自身のところまで近づけさせ、こそこそと何かを耳打ちする。

するとエリザとラハル二人の表情は驚愕に染め上がり、ついでに顔面がみるみる赤くなっていった。


「そ…そそ、そんな、に…?」

「ええ、それはもう…足腰が立たなくなるんだって…」

「ま…マジでか…」


内緒話に不良女たちは沸いている。

一人放置されていたダインはぽかんとするばかりだが、彼女たちのリアクションを見た段階で、ある程度察することはできた。


「あ、じゃあ、俺はこの辺で…」


今度こそ嫌な予感がして立ち去ろうとするも、「だから待ちなって!」、と女たちは素早い動きでダインの正面に回りこんだ。


「ねぇ、知りたいと思わない?」


ダインを上から下へ舐めるように見つつ、マイラがいう。


「あの大英雄様たちが、他のどんな男も見向きもしないほど虜にしたっていう、コイツのすごさってものを…」

「あ、足腰が立たない程度じゃ済まないかもね…」


エリザが続き、「ごくり…」とラハルは生唾を飲み込んでいる。

不良だが生真面目な一面も覗かせていた彼女たちなのだが、いまダインを見る目はまるで捕食者のような鋭い目つきだ。


「あ、あ〜…そういうの、あんま良くないと思うんだけど…いや、何するか分からないけどさ…」


ダインは念のため忠告するが、「あんたも気持ちいいだけだから別にいいでしょ」、とエリザがいった。


「ちょっと…ほんのちょっと味見するだけだから。あんたも役得だと思ったらいいじゃん。男ってそういうもんでしょ?」

「い、いや、他の奴らはどういうもんか分からないし知らないけど、少なくとも俺は誰でも良いってわけじゃ…っていうか、こういうのって普通は男女逆なんじゃねぇのか…?」

「うるさい! かかれ!!」


色欲に目が眩んだ女三人が、ダインへ向けて一斉に飛びかかろうとする。


ダインは素早く身をかわそうとした。

…が、女たちの後ろを見て「あ」と声を出してしまう。


「…あ…?」


獣のようだったエリザたちの表情は一瞬固まる。

そして次第にその表情が不思議そうなものへと切り替わっていった。

彼女たちはダインに飛びかかろうとしていた姿勢のまま、その動きがぴたりと止まっていたのだ。


「え…は…?」


腕も足も微動だにせず、頭すら満足に動かせない。


「な…なんっ…だっ…!? こ…氷、か…? これ…!!」


確かによく見てみると、彼女たちの全身は顔以外を氷で固められていた。


「あらあら、これは喜ばしいことかしらね?」


空き教室のドア付近から声がした。

ダインからは見えていたその人物は、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。


「だ、誰だよ!!」


全身を封印されていたエリザたちは声を荒げて術者の顔を確認しようとしたが、その視界に飛び込んできた人物の顔を見るなり、声を失った。


「“私たちの”ダインと仲良くしてくれてたの? ありがとうね?」


やってきたのはディエルだった。

どうやら彼女が氷魔法でエリザたちの身体を固めたらしい。


「あ…な…っ…!?」


大英雄のディエル様━━。


女三人の顔は未だ驚愕を貼り付けたまま、ろくなリアクションも取れない。


「でも仲良くしてくれるのは良いんだけど、いきなりの急接近は駄目よ?」


エリザの真正面に立ったディエルは、ニコニコ顔のまま忠告する。


「ダインは相手との距離感を大切にする人だから。意外と警戒心強いし、怖がっちゃうしね?」


そういわれてもまだ硬直したままだった彼女たちだが、徐々にハッとした表情を浮かべ始める。

自分たちがダインに何をしようとし、そして誰にバレてしまったのかにようやく思い至ったようだ。


「そういえば、まだあなたたちには言ってなかった気がするわね。ダインと話すときは、まず私たちの誰かに許可がいるって」


初耳だったダインは、そこで「え?」と声を上げてしまう。

が、そんな彼の声を無視して、「そうしないと怒っちゃう子がいるのよ」とディエルは続けた。


「みんな大人しそうな顔してるけど、意外と独占欲が強いからね。だから…」


顔面蒼白になっていくエリザたちに向け、ディエルはさらに“暗黒微笑”を近づけていく。


「あなたたちも気をつけたほうがいいわ。もし“さっきダインにやろうとしていたこと”を見られたら…何をされるか分からないわよ…?」


ひっ、と、エリザたちから短い悲鳴が上がる。

そこでディエルは氷魔法を解いたようで、彼女たちは動けるようになった。


「す、すみませんっしたあああああああぁぁぁぁぁ…!!!」


同時にとてつもない素早さで教室を出て行くエリザたち。

ものの数秒でその足音は聞こえなくなっていった。



「…まったく、油断も隙もありゃしないんだから…」


ディエルはそういってため息を吐く。


「いや…よくここが分かったな」


ダインが素朴な疑問をぶつけると、「本当はみんな駆けつけたかったみたいなんだけどね」、とディエルがいった。


「さっきの女子連中にあなたが連れて行かれるのが見えたから。あなたが何かされるんじゃないかってみんなやきもきしてたみたいだけど、でも何かあればすぐ“飛べる”ようにあなたの周囲に魔法を張り巡らせてあるし、ニーニアが作ったアイテムで会話も聞こえていたからね」

「お、おう、そう…なのか」

「ええ。だからみんなは質問に答えることに集中してもらって、私だけ抜け出してきたのよ」


俺のプライベートはどこにいったんだ、といいたいところではあったが、もはや今更な話だろう。


「しっかし、どうして少し目を離した隙にこんなことになっちゃってたのかしらね」


ディエルはやれやれとした仕草でいった。


「ま、まぁまぁ、あいつ等も純粋に俺たちの関係が気になってただけみたいだからさ」


ダインがフォローするも、彼女はダインをジロリと睨みつける。


「あの子たちのことじゃなくて、あなたのことなんだけど」

「え、俺?」


ディエルは座ったままのダインの目の前まで歩いていき、見上げる彼の額に、「こらっ、駄目でしょっ」、と軽くチョップした。


「私たちというものがありながら、どうして他の女のところにほいほいついていっちゃうのかしらね」


その台詞は嫉妬心からくるものに他ならない。


「い、いやいや、俺は単にツラ貸せっていわれただけでな…」


他意はないといったが、「はぁ」、とディエルはまたため息を吐いてしまう。


「たまにあなたの行動が読めなくなるから、内心穏やかじゃないときもあるんだけど…まぁいいわ。ゲームもそろそろ終わりそうだから戻りましょ」


議論することを諦めたディエルは、そういってダインに背を向けた。

そのまま教室を出て行こうとした彼女だが、思わずといった様子で呟いた。


「どうせ自分に関係する噂話が気になってついていったんでしょうけど、いい加減慣れて欲しいものね…」


そこでダインはピクリと反応する。


「ほらダイン、早く━━」


ドア前でダインのほうを振り返ろうとしたディエルだが、その彼女の腹部に突然誰かの腕が巻きついた。

ダインのものだった。


「うひゃあっ!? な、なな何!?」


いきなり背後から抱きつかれ驚愕したディエルは、驚きのあまり少しだけ飛び上がってしまう。


「ど、どど、どうしたの?」

「いや、一言いっておきたくて…」

「ひ、一言って…?」

「俺に関する噂話が気になってついていったわけじゃないよ」


ディエルを抱きしめたまま、彼は続ける。


「前から何度も言ってきたと思うけど、俺は別に誰に何を言われようが構わない。何の実績もなくて魔力もないってのは事実なんだからさ。連中からしてみれば、俺は英雄であるお前たちに付きまとってる虫にしか見えないんだろ」

「ダイン、それは…!」


ディエルが何か反論しようとしたが、「分かってる」、とダインが塞ぐようにしてさらに続けた。


「自分を卑下するような考え方はとっくに克服したよ。お前らにここまで想われてるんだ。ここで自分のことを嫌ってたら、お前らの想いまで否定しちまうことになるからな。それぐらいは分かってる。大丈夫だ」


笑いながらダインはいい、ディエルを抱く腕に力を込める。

彼の感触と温もりに支配され、「ふわ」、とディエルは全身から力が抜けそうになった。


「ただ、そのことでお前たちのことを悪く言われてたなら嫌だなってさ。連中の本心っつーもんを知りたかっただけなんだよ」

「あ…そ、そう、なの…」


途端に大人しくなってしまったディエルは、そのままダインの腕を掴む。


「だったら、いいんだけど…」

「ああ。でもやっぱり杞憂だった。俺の存在は未だに不思議がられてるけどさ、お前たちに対してはみんな尊敬の念しか持ってないみたいだったよ」


シンシアたちに対する世間の評価が高いままだったことが分かり、ダインは嬉しいようだった。

そのままエリザたちと何を話したかをディエルに伝えようとしたが…恐らく抱きしめたままだったのがまずかったのだろう。


「も、もぉ…ほんと…ずるい…」


そういった直後、ディエルの足ががくりと崩れ、背後のダインに完全に寄りかかってしまう。


「あ、あれ、ディエル?」


呼びかけても返事はない。

顔を覗き込んでみると、ディエルの目は閉じられ、口からは寝息のような吐息が吐き出されていた。


「…あ〜…」


どうやら触れすぎてしまったようだ。


本人はいまだに認めたがらないようだが、ディエルはシンシアたちの中でもとりわけ“ダインの感触”に弱い。

触れたらすぐに力が抜けるし、この間は見つめただけで気を失ってしまったこともある。


その“症状”はディエルだけではない。最近ではシンシアたちにも同様のケースが現れるようになってきた。

誰に言われたか分からないが、シンシアたちはこの感覚に慣れるためにダインに頻繁に触れようとしてきているが、それが逆効果となってしまっているのかもしれない。

明らかに以前より症状が重くなってきている。


「確かに…困るんだよな…」


途中で気を失うから何もできず、先に進めない。

失神しないようにとシンシアたちはいま努力を重ねているようだが、ダインもダインでどうにかしなければという気持ちはあった。


夜中にこっそりと村の知り合いに尋ねてみたりもしたんだが、同族としか付き合ったことがない男たちの話はあまり参考にはならなかった。

シンシアたちがヴァンプ族だったなら、これほど困ることもなかったはずなんだが…。


「ん?」


気を失ったディエルをおんぶしようとしたとき、彼女の制服のポケットから何かが落ちてきた。

拾い上げて見てみると、それは小さなメモ帳だった。

学生が愛用しそうな簡素な表紙の下部に氏名欄があり、そこに名前が書いてある。


「ニーニア…?」


何故ディエルがニーニアのメモ帳を持っているのか疑問が沸いたが、中身を見て合点がいった。

そのメモ帳は、ダインに関するあらゆる情報が書き込まれてあったのだ。


『同盟』を結んだシンシアたちが、ダインにしたこと、されたこと、場所や時間といった証言が細かく書かれてある。

その証言から自身の身にどのような変化が現れ、意識を失うまでに至ったのか。

それら症状と共に、どうすればいいのかという対案まで書き込まれている。


ダインと“最後までする”ためにレポートされたメモ帳のようだった。

モノづくりが得意で、分析能力にも長けたニーニアらしい行動だが、このメモ帳はシンシアたちの中で共有しているらしい。


「なんか恥ずいな、これ…」


ダインにいわれたことまで文章で書き起こされていて、途中で直視できなくなってしまう。


「って、早く戻らねぇと」


メモ帳をポケットに突っ込もうとしたダインだが、何の気なしに最後のページを見て、また「ん?」と声を出してしまった。

そこには、タイトルと思しき一文が書かれてあった。


「…天使の子…計画…?」


とても気になるそのタイトルの下部には何も書かれていない。


「あ、ダイン君!」


そのとき、廊下の奥から誰かがやってくる。


「遅いから探しに来ちゃったよ…ってあれ、どうしてディエルちゃん寝ちゃってるの?」


やってきたのは、『天使の子計画』を発案したであろうニーニアと、シンシア。そしてティエリアとラフィンだった。

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