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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第十二話 『同級生との交流会』

昨日行われたシンシアたちへのインタビューはすぐに校内新聞で記事にされ、翌日学校の掲示板に貼り出されることとなったのだが、その情報が出回った段階で大反響を呼んだ。


新聞部には該当記事のコピーをくれと沢山の生徒たちが殺到し、授業中であってもお構い無しに記事を読み込む奴らが多発した。


英雄という枠を飛び越え、もはや神格化したシンシアたちには話しかけることはおろか、視界に入れることさえ憚られている状況だが、シンシアたちに対する興味は記事を呼んでさらに増したのだ。


記事の内容はマイブームや愛用している筆記具など、至って取りとめの無いものに終始し、“真相”に関することもマイルドに触れられる程度だったのだが、それでも彼らにとってはなかなかに刺激的な内容だったのかもしれない。


シンシアたち(英雄たち)の考え方や、強さの秘訣。将来の夢。


多くのマスコミが何度取材を申し込もうとも却下され、世界中の人々が知りたくとも知り得ない情報が、その新聞記事には僅かながらも書かれてある。

個人情報保護という分厚い壁に覆われた中での、シンシアたちのプライベートに焦点を当てたその内容は、生徒たちを…いや、学校を大いに盛り立てた。


恐らく、ユーテリアや教員のクラフト、“未来視”のできる校長のグラハムですらも“この展開”は予想できなかったのかもしれない。



「…ごめんっ!」


開口一番、横に並ぶダインたちにユーテリアは両手を合わせて謝罪した。


「まさかこんなことになるなんて、僕も予想外だったよ…」


昼休みの時間だった。

ダインたちはいつものように体育館裏の広場で各々弁当箱を広げ、昼食を取っている。


もはや見慣れた光景の中、ユーテリアは神妙な面持ちで彼らの前に現れたのだ。

ちなみに何に対しての謝罪なのかは、“周囲の光景”を見る限りいうまでもない。


体育館の屋根、前方にある林、本校舎側。

以前からあったシンシアたちに対する興味や尊敬の視線が、校内新聞配布後に倍以上に増えていたのだ。


ダインたちの周囲を取り囲むように彼らの気配が密集し、全生徒の半数以上はいるかもしれない。

場所によっては“見学席”の争奪戦まで繰り広げられている。


「僕もビックリだよ…まさかここまで反応があっただなんて」


状況が悪化したと思ったのか、ユーテリアは少し落ち込んだ様子だ。


「朝はどうだった?」


尋ねるユーテリアに、「いやまぁ、確かに前日よりも視線の数が倍以上に増えていた気はしてましたけど…」、とディエルが答える。


「授業中でもずっと視線を感じていましたし、悪化したというのは間違いないでしょうね」

「私のクラスも大概よ」


とラフィン。


「教室のそこら中からヒソヒソ話が私にまで聞こえてきて、気になるったらありゃしないわ。何か私たちのこと“様付け”までされてるみたいだし」

「私のところには、珍しいことに三年生の方々がいらっしゃってました」


そうティエリアが続いたとき、え、と全員の顔が彼女へ振られた。


セブンリンクスの三年生といえば、ほぼ全員が最高位の“ギガクラス”といってもいいだろう。

最も厳しいとされる卒業試験が控えており、その試験に専念できるようにと自由登校が認められている。

そのため三年生が登校してくるのは校内行事以外ではほとんど無いことだったのだが、そんな彼らですらも、英雄であるシンシアたちのことは気になって仕方なかったということなのだろう。


「昨日は私たちとクラスメイトたちとの“壁”を取っ払うためにとユーテリア先輩が頑張ってくれましたが、その壁は余計に分厚くなりましたねぇ」


そのディエルの台詞に、ユーテリアは「うぐ」と言葉を詰まらせる。

確かに、記事の内容こそシンシアたちは一般市民と変わりないというものではあったのだが、もはや有名人以上の認識を持ってしまっていた一般生徒たちにとっては、シンシアたちのどんな情報でも特別なものに感じてしまっていたのだろう。


「昨日のインタビューが校長先生かクラフト先生のどちらが提案したものなのか分かりませんが、完全に裏目に出ちゃいましたねぇ」


ユーテリアの反応を見て、ディエルはどこか楽しんでいる様子だ。


「い、いや、しかし杞憂しないで欲しい!」


そこでユーテリアは顔を上げて真剣な表情を彼女らに向けた。


「確かに反応は予想外なものだったが、それは決して悪いものじゃない。どの反応も好意的なもののはずだよ。それに関しては君たちも分かってくれているはずだよね」


ユーテリアは続ける。


「グリーン幹部候補生として、そして先達の方々の名誉を守るためにも、もう一つ企画を用意させてもらったんだが…どうだろう?」


校内では基本だらしないユーテリアだが、いまの彼の目は本気だ。グリーン組織のために、というのは本当なのだろう。


「何か余計酷くなるような気しかしないんですけど」


冷ややかにディエルはいう。


「変な風にはしないよ」


安心してくれと、彼は続ける。


「こうなれば、もういっそのこと直接話し合いの場を設けるよ。交流会のようなものをすればいいんだよ」

「交流会?」

「そう。そして流れでゲームとかやってね。ちゃんと景品も用意するし」

「な、なんか初等部の学校みたいですね…」


シンシアが突っ込むも、


「おもしろそーだよ!」


ルシラが反応した。


「みんなとげーむしたら、きっともっと仲良くなれると思う! るしらもやっていいのかな!?」

「あ、ああ、もちろんだよ。ルシラ様…いや、ルシラちゃんがいてくれれば、きっと盛り上がるはずだ」

「おー!」


ルシラは恐らくお遊戯会のようなものを想像したのだろうが、それでも面白そうだと喜んでいる。


「う、う〜ん、でも今更何を話したら…」


ラフィンは少し渋った様子だ。


「仮にもクラスメイトなんだし、話すことなんてそんなに無いような気が…」

「わ、私も、知らない人とかはあまり…」


ニーニアは早速人見知りを発動させている。


「まぁ、いいんじゃねぇか?」


手早く弁当を食べ終えてから、ダインがいった。


「ユーテリア先輩の言う通りだと思うしさ。こうなりゃとことん連中の“興味”ってもんに付き合ってやろうぜ」

「おお、ダイン、分かってくれるかい?」


ユーテリアが期待を込めた目でダインを見た。


「ええ。“いい意味で”敬遠されてるとはいえ、同じ立場のはずのクラスメイトに避けられてるってのは、あんま気分のいいもんじゃないっすからね」

「やっぱりそうだよね」

「はい。だからせめてクラスメイトからは同等に見られるよう、こっち側からも歩み寄ったほうがいい」


ダインはそのままシンシアたちを見た。


「奴らだって別にお前たちのことを気味悪がって避けてるわけじゃない。恐れ多くて話しかけづらいってんなら、こっちからアクションとっていくしかねぇって」


その彼の提案は正論でしかないかもしれない。

が、「あなたは気楽でいいわよね」、とラフィンがため息混じりにいってきた。


「ニーニアやティエリア先輩ならよく分かってることだと思うけど、こっちから歩み寄るのってなかなかのハードルよ? もっと避けられることになったらどうしようとか、変なことを口走って引かれないかって不安になったりするものなんだから」


隣でニーニアとティエリアは何度も頷いている。同意見だといいたげだ。


「いや、そこはほら、ディエルがうまいこと盛り上げてくれるはずだからさ」


そうダインが返すと、「ちょっと、何で私?」、とディエルが声を上げた。


「私だってそれなりに緊張感はあるのよ? 一度疎遠になった友達にまた話しかけるのって、相当な勇気が必要だって分かるでしょ?」

「お前ならできるだろ。ミーナとも関係を取り戻せたんだしさ」

「あ、あのときはあなたの協力があったからで…そうだ、あなたが仕切ってよ」


と、ディエルはダインに期待を寄せた。


「家柄だの肩書きだの“壁”が無いあなたなら、分け隔てなく誰にでも気軽に話しかけられるでしょ? これまでもそうしてきたんだし」


確かに、ダインならばもしかしたら場を盛り上げることができるかもしれない。


が…、


「いや、俺はその交流会には行けないよ」


ダインがそういったところで、全員が「え」と意外そうに彼を見た。


ダインはいう。


「みんなが興味あるのはお前たちなんだからさ。ここで俺がでしゃばったら余計にこじれちまうよ」


何故実力も何もない一般生徒が、英雄たちの中に紛れているのか。

どうして普通に会話できているのか。どうして仲良くしているのか。


数多くの疑問を向けられているというのは、ダイン本人が一番感じていることなのだ。

だから彼は必要以上に突っ込むようなことはしなかった。でしゃばらず、発言も極力控えている。


「まぁ交流会の場にはいるつもりだけど、俺のことは気にしないで楽しんでくれよ。質問に答えていくだけなんだし簡単だろ」

「え〜…?」


残念そうにしているのはルシラだけではなく、シンシアたちも見るからに不満げだ。

が、不満そうにするだけで抗議の声を上げはしない。

ダインに対する周囲の視線が奇妙なものだというのは、彼女たちにも良く分かっていたからだろう。


「ってことで、ユーテリア先輩、会場のセッティングとか質問者の選定とかお願いしますね」

「ああ。任せてくれ」


ユーテリアは自身の胸をドンと叩いた。


「常識と空気をちゃんと読める子を見繕うよ。人数も絞るから、そこは安心してくれ」


数百人以上の視線に晒される事はない。

そのことが分かって、人見知りなニーニアとティエリアは心から安堵したような息を吐いた。


「よし、じゃあ早速今日の放課後に開催するから、授業が終わり次第ノマクラスの教室でみんな待っててくれないか」


そこでちょうどチャイムの音が鳴り響き、昼休みが終了した。


━━



その日行われた“交流会”は、奇妙なものといえば奇妙なものだったのだろう。


教室二つ分の広い会議室にテーブルが並べられ、中央にシンシアたちの姿がある。

横一列に並んで座る彼女たちの正面には八人ほどの質問者がおり、彼ら、彼女らは一様に顔をこわばらせ、背筋をピンと伸ばしていた。


まるで集団面接か説明会のような光景だが、どちらも同じ学校の生徒であり、中には上級生もいるはずだ。

にも関わらず質問者たちの表情は明らかに緊張した様子で、口が渇くのか何度も水を飲んでいる人もいる。


だがそうなるのも無理はないのかもしれない。

何しろ彼らは、英雄たちに憧れ、崇めている沢山の生徒たちの代表としてやってきたのだから。


直接会話し、質問できるまたとない機会であり、多くの人たちの思いを背負ってこの場に臨んでいる。

ひどく緊張しているのはそれだけではなく、がらんと開かれた会議室の外では沢山の生徒たちがいて、聞き耳を立てているのが分かっていたからだろう。


全学年、全生徒たちの大きな期待が、この会議室…ひいては彼ら質問者たちに集中しているのだ。いくら普段は話し上手で聞き上手な彼らであっても、緊張しないはずがなかった。

おかげで会議室全体に重苦しい空気がのしかかっており、静か過ぎるためか誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。


「え、え〜と、じゃあまずは…どうしようかな…」


仕切り役をかってでたユーテリアですら、表情には緊張が漂っていたようだ。

あまりの空気に、脳内で描いていたフローチャートは完全に飛んでしまっている。


珍しくしどろもどろになった彼は、進行不可能のため仕切りなおそうかとまで考えていた…

が、こんな誰もが緊張していた会議室内で、唯一“いつもどおり”な女の子がいた。


「なにがききたいのー?」


ルシラだった。

天真爛漫、子供そのもののような明るい声と調子で、質問者たちに声をかける。


「いまならなんでも答えるよ!」


そのルシラの笑顔は、あらゆる方面で救いをもたらしてきたのは間違いないだろう。

可愛らしいとしかいいようがないその屈託のない笑顔は、見ているだけで和まされる。

職場に子犬や子猫がいたら和むという現象と同じく、重苦しい空気に包まれていた会議室を幾分か和らげてくれた。


「あ、じゃ、じゃあ、まずは私から…」


質問者サイドの中から手が上がった。エル族の女子生徒だ。


「あ、ああ、ニニス君。どうぞ」


手を上げた女子生徒の顔を確認したユーテリアは、内心ホッとしつつ質問を促した。


「あ、えと、は、初めまして。私は一年のハイクラス三組のニニスという…あっ、え、エル族です」


立ち上がった彼女はわざわざ種族名まで名乗り、震える手でメモ帳に目を通しながら、シンシアたちにこう質問した。


「その…す…す、好きな、お菓子などを、尋ねて…も…?」


…一発目の質問としてはどうかというものだったのだが、全員が緊張していたため誰も突っ込まない。


「おかし!?」


ルシラが反応した。


「おかしなら、るしらは何でも好きだよ!」


ルシラの元気で可愛らしい声が会議室内に反響する。


「しんしあちゃんのメープルぷりんとか、にーにあちゃんのシュークリームとか! てぃえりあちゃんのエクレアとか、すごいおいしいよ!」

「え、つ、作ってるん…ですね?」


意外そうにニニス。


「み、みなさん凄いところのお嬢様だから、そういうことはしないものだと…」

「ま、まぁ、作るのは楽しいから」


幾分か緊張がほぐれてきたようで、シンシアが答えた。


「ネットで人気のあるレシピからヒントを得て、独自にアレンジしたりとか色々作ってきたな〜」

「そ、そういえば、みなさんよくご一緒に行動されてるようで、お茶会を開いているのもよく見かけると…」

「うん。お菓子を一緒に作ったり、買い物にもほぼ毎週いくかなー」

「へ、へー! みなさん本当に仲良しなんですね」


そうニニスが相槌を打ったところで、「はい!」、と今度はティエリアが反応した。


「お茶会は毎日の楽しみでして、シンシアさんとニーニアさんがお作りになるお菓子も大変美味しく、ラフィンさんやディエルさんも入手困難なお飲み物を持ってきてくださり、とても充実した時間なのです!」


彼女が急に饒舌になったのは、ニニスから「仲が良い」といわれたからだろう。

大切な人たちとの絆の深さを知って欲しかったのか、「美味しいとバクバク食べられるルシラさんは非常に可愛らしくて…」、とさらに続く。


「特にダインさんの食べっぷりが気持ちいいほどでして、当初はダインさんのあの笑顔を見るために作ったといっても過言ではありません」

「…ダイン?」


誰のことだと、ニニスその他が不思議そうな表情になる。

しかし、「あ、ああ、彼のことですか」、とすぐにシンシアたちの中に“混ざっていた”人物だと分かり、愛想笑いを浮かべた。


それから場の空気はさらに明るくなっていき、質問者たちからも笑顔がちらほら見え始める。

シンシアたちも笑顔で受け答えしていたのだが、しかしプライベートな解答の端々から『ダイン』という名前が飛び出し、その度に彼らは一瞬だけ奇妙そうな表情を浮かべていた。


ダインという、あの男は何者なんだろうか…。

質問者たちの脳裏には同様の疑問が浮かび、その都度数人が後ろを振り返る。


会議室の壁際には、当のダインがぽつんと椅子にかけていた。

彼は質問者たちの視線には気づいてないようで、テーブルの上に置かれた大量のお菓子やジュースに顔を向けている。


それらは質問コーナーの後に行われる予定の、ゲームの景品たちだった。

スナック菓子にチョコにケーキ。魔法を使った特殊製法で作られたものもある。


各国のスイーツ専門店から取り寄せたというそのお菓子類は、主催者であるユーテリアだけでなく、校長のグラハムやクラフト、そのほかの教員たちが協力してかき集めてくれたもののようだった。


学校内に堂々と置かれたお菓子。

飲食物持ち込み禁止という校則はどうなったんだと突っ込みたいところではあるが、シンシアたち英雄関連の“事案”ともなると、そういった常識は適用しなくてもいいということなのかも知れない。


だが、しかし…。


シンシアたちと質問者たちの声を背に受けつつ、ダインは「う〜ん」と唸ってしまう。


並べられた景品の隣には、四角い色紙のようなものがあった。

手のひらサイズのそれは硬い紙でできており、紙の一部をくり抜けるようにと所々に点線が引かれてある。

それはゲームで使用するものらしく…簡潔にいえばビンゴゲームのカードだった。


「子供のお遊戯会とかで見たことあんな、これ…」


果たしてこれで盛り上がるのだろうか。


そうダインが懸念しているところで、


「ちょっと、あなた」


近くから誰かの声がした。質問者がいる方向からではない。


「んぉ?」


不思議に思い顔を横に向けると、いつの間にそこにいたのか、女子生徒が三人、立っていた。

全員ヒューマ族だろうか。

腕を組み、やや睨むような表情でダインを見下ろしている。


「あれ、いいのか?」


彼女たちが誰であるかを考える前に、ダインは声を出してしまう。


「ここ、いまは関係者以外立ち入り禁止のはずじゃ…」

「いいの。私たちは“英雄様たち”じゃなくて、あなたに用があるんだから」


リーダーと思しき、やや不良っぽい見た目の女がいった。


「俺に?」


ダインは意外そうな表情をした。


「ここじゃ何だから、ちょっと場所を変えたいんだけど」

「え…あ〜…」


ちなみにシンシアたちは質問に答えることに専念しており、こちらの状況に気づいてない。

どうしようか迷っているダインに、リーダーの女は険しい表情のままいった。


「いいから、ちょっとツラ貸しな」

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