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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第十話 『偶然の出会い』

視界の中に広い湖が見えたところで、ガーゴのパート従業員『サイラ・キーリア』の口からは大きなため息が出てしまった。


「ふぅ…」


一度周囲を見回した彼女は、すぐ近くにあったベンチに静かに腰を降ろす。

両手に持っていた買い物袋もベンチに降ろしたところで、またため息が出てきてしまった。


━カァ、カァ…━


頭上からはカラスの鳴き声がして、見上げてみると赤色に染まった大空が見える。

見上げたままぐっと背筋を伸ばし、夕方の匂いを存分に吸い込んだ彼女は再び顔を前に向けた。

そして無言のまま、茜色に染まった湖を何の気なしに眺めていると…、


「何かお困りですか?」


突然、背後から誰かに声をかけられた。


聞いたことのない声だったので自分ではないだろうと一瞬思ったが、周囲には誰もいない。

振り向くと、そこにはやはり知らない女性が立っていた。


「どうかしましたか? このような場所で一人で佇んで」


シルバーのセミロング。

後ろに伸ばした髪を三つ編みにしたその女性は、見た目はサイラと同じ年齢に見える。


「どなたです?」


サイラは怪訝そうな表情を女性に向けた。


「勧誘でしたら他を当たってください」

「あ、すみません、お節介の虫が騒ぎ出してしまいまして」


女はそういって朗らかに笑った。


「そのお背中がどこか思い悩んでいるように見えたので、つい…」


女性の表情は柔らかい。

『モルト卿』が逮捕され、空中分解となった『レギリン教』にいた連中のような、裏のある表情には見えなかった。


どうやら自分の“過去”を知って近づいてきた人物ではなく、本人が言っている通り純粋なお節介焼きな人のようだ。

きつい目つきをしたサイラとは違い、見るからに人柄の良さそうな彼女は、「お隣、良いでしょうか?」、とベンチの空いたところを指差した。


「…どうぞご勝手に」


そう言いつつも置いていた買い物袋をどかすと、彼女は嬉しそうにお礼をいってベンチに座った。


「いい場所ですね、ここは」


湖に顔を向けつつ女はいった。


「都会にしては自然が多くて、広い公園だから人がまばらで静か。ぼーっとするにはうってつけの場所です」

「まぁ…そう、ですね」


生返事をしながら、サイラはつい女のほうを見てしまう。


“レギリン教時代”のクセで、初対面相手にはまず警戒心を抱いて見てしまっていたのだが、そんなサイラの視線を女は別の意味で捉えてしまったらしい。


「あ、すみません、適当なことをいってしまいました」


突然白状を始めた。


「実はここに来たのは今回が初めてでして…」

「初めて?」

「はい。お引越し作業がようやく完了しまして、周辺の施設を下見していたんです」


女の話に特に興味もなかったサイラは、「そうですか」と適当に受け流すつもりでいたのだが、


「あなたと同じですね」


という女の台詞に、また顔を彼女に向けてしまった。


女は笑顔のまま言う。


「お引越し。あなたも最近引っ越してきたのではないですか?」

「…何故そう思ったのです?」

「私、こう見えて人を見る目はあるので」


女の笑顔はそのままだ。


「色んなところを旅してきて、様々な人々を見てきたので、一目見ただけでその方がどういう方か、大体分かるんです」

「…やっぱり何かの勧誘ですか?」


サイラが再び警戒心を強くさせると、「ああ、違います、違います」と慌てたような表情で手を左右に振った。


「実は、あなたがお買い物しているところを目撃してしまいまして…」


すぐにまた白状を始めた。


「随分と迷ってお買い物をしてらしたので、きっとこの街に越してきたばかりなのだろうなと思って…」

「つまり、買い物をしていたときから私の後をつけていた、と?」


サイラの表情が一段と険しくなり、さすがにまずいと思ったのか、「すみません」と女は正直に謝った。


「あなたからは色んな共通点が見えてしまったので、どうにも気になって…」


それも本心だろう。言動から悪意めいたものは全く感じられない。


「共通点って…引越ししたばかり、という点しかないのでは」


サイラの突っ込みに、「いえ」、と女は少し微笑んだ。


「共通点はもう一つあります」


そういって目を瞑った瞬間、女の全身が一瞬だけ白く光った。


「あ…」


サイラの目が見開かれる。

女の背中には、真っ白な翼が現れていたのだ。


「この街には、まだまだエンジェ族の数は少ないですから」


再び翼を隠した彼女は、人差し指を口元に当てて笑った。


「こうして“証拠”を隠してませんと、周辺の人たちが騒いでしまいますから。あなたもそうなのでしょう?」


確かにその通りだった。

この街にはヒューマ族が多く住んでおり、エンジェ族やドワ族のような外見的特徴を持つ人がいると何かと目立ってしまう。

だからサイラも外に出るときは翼を隠していたのだが、そういうところから女は共通点を見出したということなのだろう。


「別種族の大陸に越してきてまず困惑するのは、食文化の違いですよね」


サイラの心情を理解したような表情で女は続ける。


「異なる多くの食文化を取り入れ、独自に進化させたヒューマ族のお料理は、美味しいのは間違いないのですが肉類が多く…穀物や野菜類を主食とする我々では、なかなか肉類を食べるのに躊躇いがあるのも事実です」


そういってから、女はまたサイラに笑顔を向けた。


「悩まれてお買い物をされたり、こうしてこの場に佇んでいらしたのは、毎日のお食事に困っていたからでは?」


女の表情は自信に満ちている。名推理でしょう?、とでもいいたげだ。


長年ガーゴに従事してきた勘が働き、サイラもサイラで女のことが何となく見えてきた。

この不思議な女性は、恐らく“普通の”エンジェ族ではないのだろう。

きっと、少し“特殊”な生い立ちを持っている…のかも知れない。自分のように。


「…大体、外れです」


女に対してそこまで警戒する必要はないと判断したサイラは、ここで初めて彼女に小さな笑顔を見せた。


「大外れといってもいいですね」

「あ、あれ? そうでしたか?」

「ええ。食生活の戸惑いは確かにありましたが、そこまで悩んではいませんよ」


サイラは柔らかい表情のままいう。


「ただ、これでよかったのかな、と考えていただけです」

「それは…お引越し関連で?」

「関連…まぁ、関連かもしれませんね」


考え込むようにサイラがいったところで、「是非お聞かせください!」と女はさらにサイラとの距離を詰めた。


「大してお力になれないとは思いますが、悩みというものは吐き出せば少しはすっきりするもの。そのお力になれるのなら是非に!」

「いえ、さすがに初対面の方に深い悩みを打ち明けても…」

「根掘り葉掘りきくつもりはありません。確かに私たちはたったいま知り合ったばかりで、お互いのことを何も分かっていませんが…ですが、お互いの内情を知らないからこそ話せることもある。そうでしょう?」


女は何故か得意げな顔つきだ。


「不平不満は匿名だから話しやすくなるのと同じ原理です」


確かに彼女の言うことも一理あるだろう。

本当に言いたいことというのは、見知った人物には打ち明けにくいものなのだから。


「…“同居人”との接し方ですよ」


考え直したサイラは、ついに悩みを打ち明けた。


「作ったものは美味しいと言ってくれますし、見たいテレビも優先してくれます。元々がずぼらなせいか私の掃除のやり方にイチャモンをつけてこないですし、この生活が始まってまだ間もないですが不満な点は特にありません。私の場合は、ですが」


ふんふん、と女は何度も頷いている。

サイラは続ける。


「ただ、同居人のほうが窮屈な思いをしてないかと。一人で悠々自適に過ごしていたところに、私という“余計なモノ”が紛れ込んできたのですから。ストレスを感じないはずはないなと思ってしまいまして…」


サイラは悩みを打ち明けてはいるが、それが誰であるかという詳細は話していない。

どういった経緯で他人の家にお邪魔しているのかも明かさなかったが、頷き続ける女にはある程度察することができたのだろう。


「つまり、その同居人の方とはまだ距離を感じる…と」


女がそういうと、「まぁ…」とサイラは認めた。


「迷惑だったのでは…とね。元々が押しかけたような形ですし」

「なるほど…」


女は顎に手をあて、何やら考え出す。


「では、いっそのこと直接聞いてみては?」


サイラを見つつそういった。


「毎日顔を合わせている方でしょうし、何か思うことがあるのなら溜め込まずに打ち明けたほうがいいです。でないとお互いにすれ違いが出てきてしまいますし」


真っ当な意見だったが、


「私自身がそういう楽な性格だったらいいんですけどね」


サイラは両肩を上げて自虐的に笑った。


「自身の“内側”を見せるということは、私にはまだ色々と難しくて…」


これまで彼女は色々な“秘密”を抱えて生活していた。


レギリン教に拾われたことや、モルト卿から教え込まれていたこと。

“目的”を達成するためにスパイ活動紛いのことをしていたこと。


ずっと素を隠し続けていた。

それこそシグやカイン、ジーニという仲間ですら裏切り続けていたのだ。

ある日を境に突然自由の身になったところで、これまでの自分の性格というものを簡単に矯正できるはずもない。


「ややこしい性格なんですよ、私は」

「そうなのですね…」


必要以上に突っ込んでくることもなく、女はまた考え込む。


「このようなときにまず参考になるのは、ドラマやマンガでありがちな…」


ぶつぶつ独り言をいい出した。


「あの…?」


サイラが声をかけようとした瞬間、「ん、見えました!」と女は元気良く顔をあげ、サイラを見た。


「思い悩むあなたに、一つアドバイスをさせていただいてもいいでしょうか?」

「アドバイス?」

「ええ。きっとお役に立てるはずです」


お節介焼きからのアドバイス。

どうせまた何かそれらしいことを言われるだけだろう。

そう思って聞き流そうと考えていたサイラだが、


「今晩のお夕飯は鍋物料理にしてみてください」


と、これまた予想外な“アドバイス”が飛び出し、サイラはまた彼女のほうを見てしまう。


「お鍋…ですか?」

「はい!」

「今日は暑いぐらいなんですけど…」


四季のはっきり分かれたここオブリビア大陸は、来週にはもう真夏に突入するといわれている。

実際いまもむんむんとした熱気が漂っており、こんな暑い中で鍋料理というのは常識を疑われてもおかしくない。


「大丈夫です!」


しかし、女はそういってまた笑った。


「鍋料理はその食べ方の性質上、どうやってもお互いの手なり身体なりを近づけなければなりませんからね。肉体的な距離が近づけば心の距離も縮まる。きっと悩みも打ち明けやすくなるはずです」

「いえ、ですがこの時期に鍋物はさすがにどうかと…」


サイラは常識的な話をしようとしたのだが、女は含み笑いを漏らすだけ。


「きっと良いほうに転びます」


そういって、「さて」、とベンチから立ち上がった。


「そろそろ次の観光地の下見にいってきますので、私はこの辺りで失礼します。次に会ったとき、どうなったかのお話だけでもお聞かせください」


そのままサイラの返事も待たずに背を向けて、てくてくと徒歩でどこかへ向かっていった。


「…“次”があるかどうかも分からないのに…変な人…」


そうサイラが呟いてる間に、女の姿は林の角で見えなくなる。


結局この時間は何だったのかと考え込んでしまったサイラは、ふと脇に置かれた買い物袋に目がいった。


ちなみに今日は、シグが好物だといっていた冷しゃぶ料理をする予定だった。

今日も暑い一日だったので、まだ仕事中のシグはきっと暑い暑いといいながら帰ってくるはず。


「…鍋…か…」


冷しゃぶなので、その材料を鍋料理に回すことは容易い。

が、こんな暑い季節に鍋料理とは、シグに驚かれる以上に頭の心配でもされそうだ。

容易に彼の表情が脳裏に浮かんだサイラだが、買い物袋を抱えて立ち上がった彼女は、マンションではなくスーパーのほうへと足を向けた。



それから数時間後━━


空が暗くなり夕飯時になった頃、その街ではある異変が起こっていた。

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