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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第九話 『本心』

ユーテリアが…いや、学校の生徒たちがシンシアたちに向けた質問は、どれも可愛らしいものばかりだった。


休日はどんなことをしているのか。

マイブームは何か。

普段使いしている石鹸はどんなものか。シャンプーの銘柄は?


いきなり核心を突くような質問が来ると身構えていたシンシアたちだっただけに、はっきりいって拍子抜けだった。


「あの…これ、面白いんですか?」


我慢できずに、ディエルが質問者であるユーテリアにきいた。


「こんなの、誰が知りたいんだってものばかりのような気が…」

「君たちはそれほど有名になっちゃったってことだよ」


眩しい笑顔と共にユーテリアが答える。


「有名人ともなれば、その人に関する些細なことも知りたいと思うのが普通だろう? 純粋な興味なんだから、そこに面白さなんて求めてないんだよ」


そういったユーテリアだが、「あ、でももちろん質問の内容は厳選させてもらっているよ。真相に触れるような質問はどこで情報が漏れるか分からないし、忖度させてもらっている」、と続ける。


どうやら彼の独断で質問内容を選んでいるようだった。シンシアたちが答えたくない、または答えたら余計な憶測を生みそうなものは排除しているらしい。

質問の順番も彼が決めたのだろう。始めは取りとめも無い質問で相手をリラックスさせ、次の解答につなげようとしている。


女性を口説くときのテクニックでも活用しているのかもしれない。実際場は和んでおり、答えるシンシアたちに緊張した様子は見られない。

がしかし、ユーテリアに対して警戒感を抱いているのは相変わらずだった。冗談を織り交ぜてシンシアたちを笑わせようとしているが、彼のどんなトークスキルにも彼女たちの心が動くことはない。


「さ、さすがだね…」


多くの女性を落としてきた技術がシンシアたちには一切通用せず、そのことに内心ショックを受けていたユーテリアだが、「もう少しで終わりだよ」、と質問を続けた。


「この質問はかなりの数が寄せられたんだ。みんな気になっているっていうことだと思うんだけど」


「何ですか?」とラフィン。


「君たちの強さの秘訣だよ」


アンケート用紙を見てからユーテリアはいった。


「七竜を倒すほどの力をつけた君たちは、これまでどんな修行をしてきたのか。みんなかなり知りたがっていたようだ」


核心…とはいかないまでも、それに近い質問だった。


「答えられる範囲で良いから、教えて欲しい。みんな強くなりたくてこの学校に通っているからね」


ラフィンは周囲に首を振り、シンシアたちと目を合わせる。


「秘訣…というほどのものはないと思います」


代表して答えたのはシンシアだった。


「もちろん強くなるために私たちも努力を重ねてきました。ですが、“あの瞬間”に起こった奇跡は、努力や才能といったものをさらにプラスされて巻き起こったものだと思うんです」

「というと?」

「精神論に近いものかも知れません」


シンシアは続ける。


「私たちは、ただ強く念じ、願っただけですから。大切な人たちを守りたいと。そして、“ある人”の力になりたいと。あの時の私たちのあの姿は、その結果です」


そう話しつつ、シンシアも、他のメンバーも、きっと誰も信じてくれないだろうと思った。


実体化したかつての凶暴な七竜を目の前に、莫大な魔法力によって圧倒したシンシアたち。その力は地上のどんな存在をも凌駕するものだった。

“姉ルシラ”の干渉によって、感情を力に変えることができたのだ。

感情の昂ぶりによって、無尽蔵に魔法力が増えていくという能力。


“大好きの魔法”━━


きっと、その詳細をユーテリアや他の学生たちに説明したとしても、科学的根拠の無いものなので理解してくれないだろう。


「あらゆる条件と状況が重なった末に起きた奇跡なので、もう同じことは起こせないと思いますよ」


シンシアが笑いながら続けると、訳知り顔でルシラたちも頷いた。

確かにその通りかもしれない。あの時は何もかもが必死で、“正の感情”だけを爆発させていたのだから。


「それはつまり…当時ほどの力は、いまはないということなのかな?」


ユーテリアがいうと、「そうですね」、とシンシアは笑った。


「あの時が特別だっただけで、いまはクラスメイトたちが良く知る私たちのままなんです。あの時の力はもう出せないですし」

「う〜ん…良く分からないけど、君たちがそういうのならそうなんだろうね」


望んでいた答えではなかったようで、ユーテリアは微妙そうな表情で唸っていたが、すぐに笑顔になった。


「ま、みんなを納得させるために、強くなったのは努力と気持ち次第だった、っていうことにしておくね」


彼はそのままメモ帳に文章を書き込んでいく。


「さて、次なんだけど…これは僕個人としても一番気になっている質問なんだ」


そういって、ユーテリアの顔が正面に向いた。


「ラフィン君」


指名を受け、「はい?」、とラフィンも見返す。


「君にはとても感謝しているんだ」

「は…はぁ…?」

「入学当時の君からでは想像もつかないほど、いまの君は感情豊かに、そして慈しみを感じる」


彼の意図の読めない台詞が続く。


「生徒会長としての役目を立派に勤め、いまやその立場に疑問を抱く人は完全にいなくなったといってもいいだろう。『下克祭』の最中に七竜の幻影が湧いたり、一度退学処分を受けたダインが再び戻ってきたりと、学校内でも色々と変化があったが、僕にとっては君の変化が一番驚いた」

「あの…何の話ですか?」


どういった内容の質問だとラフィンが問いかけると、「この学校の校則を改変したことだよ」、とユーテリアはいった。


「具体的には、“交際禁止”の項目だね。“不純としないものの交際に限っては容認する”って明確にしたんだよね? 一新された生徒手帳にそう書いてあるよ」


そこでラフィン以外のシンシアたちの口から「あー」という声が漏れる。


「格式高く、由緒正しいこの学校の校則にまで手を加えだして、本当に校則が“緩和”したことにみんな心底驚いていたよ。特に君はそういったルールや決まり事には従順なまでに従ってたはずなのにさ。急にどうしたんだって」


確かに、“部外者”である他の生徒たちからしてみれば、ラフィンの急激な変化に疑問を抱いてもおかしくはない。

以前のラフィンならば校則は厳守で、風紀を乱す者を見つけようものなら徹底的に追いかけ、是正させていた。


「…刷新前の校則はいまから数百年も昔に規定されたままで、現代にそぐわないものでしたから」


若干顔を赤く染めつつラフィンは答えた。


「世の中の常識は時代の流れと共に変化しています。大昔の校則に囚われたままではそうした時代の流れに取り残されていくだけですし、効率上の観点からも不便さが目立ってくる。ルールは簡単に変更してはならないものですが、時代の変化に合わせたアップデートは必要だと判断したまでです。ですから先生方から多くのご賛同を頂き、変更することが可能となりました」

「うんうん、そのおかげで僕も大手を振って女の子と付き合えているんだよ」


ユーテリアは満面の笑みでいった。


「もうコソコソ隠れる必要はなくなったし、真面目なクラスメイトに咎められることもなくなった。だから君には感謝しかないんだよ」

「ユーテリア先輩の場合は真剣交際じゃなくて、不純なものとしか思えないんですけどー」


ディエルがちくりと口を挟んできた。


「二十股なんて先輩ぐらいじゃないかしら。見かけるたびに腕とか顔に引っかき傷よく作って…」

「と、ともかく、古い校則をアップデートした中で、どうして交遊関連のものだけ細かく設定したんだろうっていうのが、みんなの疑問だよ」


ユーテリアは咳払いをしてディエルの台詞を遮った。


「噂では、ダインと交際するために変更したんじゃないかっていわれてるけど…どうなんだい?」


昼休みは毎日同じメンバーが集まり、放課後も同じメンバーで帰る。

生徒会の仕事があるときはダインは必ず呼び出され、遅くまで付き合っている。

学校内でこれだけ仲の良さを周囲に見せ付ければ、そんな噂が立つのも当然だろう。


「まぁ…事実ですね」


答えたのはディエルだ。


「私“たち”と交際するために、ラフィンはそっち関連の校則を明確化…いえ、緩和しました。こっそり付き合ってればいいのに、真面目ですからこいつは」


以前のラフィンならここで何か反論していたはずだが、彼女は赤い顔のまま押し黙っている。

世の中の常識に合わせたアップデートと聞こえの良いことをいっていたが、ダインと公式に付き合いたいがための口実作りに過ぎなかったのだ。


「確かに校則の変更には“そちら”の目的もありましたが、校則を全体的にアップデートしたいというラフィンさんのお気持ちは本物で…その、いけませんでしたでしょうか?」


ティエリアがフォローすると、「ああ、いや、うん、そこはいいんだよ、別に」、とユーテリアは面食らったような表情で彼女たちを見回した。


「認めちゃうんだね。みんなダインと付き合ってるっていうこと」


そこが彼には驚きだったようだ。


「てっきり隠しているものだと思って。傍観者の立場から見れば、無名なダインと英雄である君たちとはあまりに不釣合いに見えるし、実際ダインは君たちのパシリなんだ、みたいに思ってる人もいるようだしさ」

「最初は隠してようかって話も出てましたけど、それも何だかバカらしくなって」


足に座らせたダニーを抱きなおしつつ、シンシアが答えた。


「私たちはみんな、自ら望んだ上でこの関係を維持しているんです。傍目には不純に見えるかも知れませんが、みんなダイン君と真剣に交際しています。その気持ちだけ持てていればそれでいいと思い直しまして」


他人の目線などどうでも良いというような口調だった。

確かにユーテリアもシンシアたちとダインが付き合っていることは認識していたが、こうもはっきり認めるとは思いもよらなかった。


「だから、るしらたちのだいんに手を出しちゃ、めっだからね!」


笑いながらルシラがいった。


「だいんはるしらたちのだもん! きょーゆーざいさん、っていうのかな?」

「あはは。そうだね」


シンシアが笑顔でルシラの頭を撫でている。渦中にいるはずのダニーは赤面したまま何も発さない。


「もうこれ以上“輪”を広げるつもりはないですし、私たち以外にダインを渡す気は無いですよ」


真面目な顔でディエルがいうと、ティエリアは何度も頷いている。


「い、いやぁ、それはさすがにないと思うけど…みんなのダインに対する認識はノマクラスのいち生徒のままだからねぇ」


冗談のつもりでいったんだろうとユーテリアは笑うが、彼女たちは真顔のままだ。どうやら本気だったらしい。


シンシアたちのダインに対する想いは相変わらず強い。

そのことを再確認した彼は、「じゃあ、次の最後の質問が“それ”に関連するものなんだけど…」、といいつつ周囲を見回す。


「ちょうどダインも学校が休みでいないようだし…」


本当にどこにもダインがいないことを確認し、「これだけは是非とも答えて欲しいんだ」、といって真面目な顔を彼女たちに向けた。


「方や大財閥の娘で、方や大発明家の娘。英雄という称号を抜きにしても、君たちにはそれぞれとてつもなく優秀で高名な家柄を持っている。その麗しい容姿も相まって、君たちに“相応しい”男たちは放っておかないと思うんだ。あ、これは僕の意見じゃなくて、寄せられた質問を総合的にまとめたものだよ」


そう付け加え、ユーテリアはさらに続ける。


「対するダインはほぼ無名の村の出だし、ノマクラスの中でも飛び抜けて魔力が低い。一体そんな彼のどこに魅力を感じて、君たちは彼と付き合っているんだい?」


その気になれば、ダイン以上に知名度や財産のある男と付き合えることも容易なはず。

なのに何故彼女たちはダインを選んだのか。

確かにダインがいたらぶつけにくい質問で、しかし彼女たちの関係を知る者ならば誰もが知りたいことだったろう。


実際ダニーは居づらそうな表情を浮かべており、「あ、あー、私、そろそろ戻ろうかな…」、と再度この場を離れようとした。

が、やはりシンシアに優しくも力強く抱きしめられ、立ち上がろうとしたところを阻止されてしまう。


「私たちは、家柄や魔法力といった“外見上”のものからでしか魅力を感じるタイプじゃありませんから」


離して欲しいというダニーの視線を笑顔で受け流し、シンシアがいった。


「ダイン君と出会って、色んな話をし、色んなことをして、笑いあって。そうして一緒にいるうちに、気づけば好きになっていた。それだけのことなんです」

「はい!」


ティエリアが大きく頷いて引き継いだ。


「ダインさんは私たちにはないものを沢山持っています。それは物の見方であったり、考え方であったり様々ですが、そのダインさんの“色々”に私たちは惹かれ、魅力を感じているのです。簡単に説明できるものではありません」

「大好きになるのに理由はいらないもんね〜?」


ルシラがダニーに笑いかけながらいった。


「もちろんすごく優しくしてくれたとか、いつも見ていてくれたとか色々あるけど、るしらの中ではだいんがいちばんかっこいいもん!」

「その通りね」


今度はディエルがいった。


「私たちのそういった“事情”を知らないメイドにも何度かきかれたことがあるわ。どうしてダインなのかって。スウェンディ家にふさわしい男は他にも沢山いるのにってね」


そこで不意に彼女の表情が険しくなる。


「お節介にも私の婚約者にふさわしそうだとかいって、超有名人の写真や若くして大企業を経営している男のプロフィール画像とか見せてきてね。お金目的だろうとダインに悪評が立ってしまうだの、私に見る目が無いと陰口を叩かれてしまうかもとか、勝手な杞憂を抱かれて家柄や容姿マウントとろうとしてこられたわ」


「そんなことあったの」、とラフィン。


「ええ。ちょっとうざったくなってきたから、じゃあダインがやってきた以上のことができる相手で、かつダインとほぼ同じ性格の人を見つけてくれたら考えてあげるっていってやったわ」


次にディエルはにやりと笑う。


「偏見の目を持たず、沢山の人たちを助けて、とんでもないほどの力持ち。何より優しくて、一緒にいるだけで安心できる人で、魔法を使わなくても七竜を軽くあしらえるほどの人」


ディエルに余計な進言をしようとした、顔も知らないメイドの反応が見えたのか、シンシアとティエリアはくすくすと笑い出す。


「おまけにあのレギオスをも倒せる人だったら考えるっていったら、さすがに黙り込んじゃったわ」


容易に想像できるシーンが浮かび、ラフィンまでもが笑い出した。


「そういうことです、ユーテリア先輩」


ラフィンは笑顔のままユーテリアに顔を向けた。


「私たちは、他の人には見えてないであろうダインの“様々な良いところ”を見てきて、そしてどんな人なのか知っています。ダインが何を成し遂げ、彼のおかげでどれだけの人が救われたかも知っている。人を好きになるのに理由はいらないとルシラがいっていて確かにその通りなのですが、私たちがダインを好きになった理由は数え切れないほどあるのです」


それこそが、彼女たちの本心だった。


「う、う〜ん…」


彼女たちのそのままの返答をメモに書き込もうとしていたユーテリアは、やや複雑そうな表情でペンを止めている。


「君たちの返事をきいて、もしかして、と思っちゃったんだけど…」


そのまま彼女たちをチラリと見た。


「ひょっとしてさ、彼を…ダインを、ある意味で束縛しちゃってないかい?」


意外な言葉に、ダニーだけが「え」と反応してしまう。


「束縛…ですか?」とラフィン。


「おかしいとは思っていたんだよ」


ユーテリアはいう。


「確かに僕もダインがしてきたことは知ってるよ。知り合ったときから、エレンディア様やレギオスのことを何とかしてくれるかもしれないと思っていたし、期待以上のことをダインはやってのけてくれた。君たちはその場面を間近で見てきたはずなのに、どうして彼がしてきたことを世間に広めようとしないのか、ずっと疑問だったんだよ」


彼はさらに続けた。


「普通だったら自慢したいじゃないか。彼はすごいことをやってきたんだぞって。自分たちより“下のランク”に見られていることに我慢できなくなるものなのに。なのに君たちは誰一人としてダインの功績を公言せず、彼を無名なままで()()()()()()。ヴァンプ族という絶滅寸前の種族の地位向上を図ろうとせず、ダインは未だにノマクラスの最底辺と思われている。真相を知る君たちなら、世間が混乱するからという理由だけで、ダインがしてきたことを黙秘するとは思えないんだよ」


シンシアたちは小さく笑いながらお互いの顔を見ている。その中でダニーだけが困惑した表情を浮かべていた。


「…私たちはこう見えて、案外嫉妬深いんですよ」


シンシアがいった。


「私たちはお互いのことも大好きで、ダイン君を取り合って揉めたり嫌いになったりしたくない。だから同盟というものを結び、みんなでダイン君との関係を築いていった。その同盟“外”の女の人とダイン君が親しくしているところは見たくないし、仲良くなるようなきっかけも与えたくない。だから…」

「…ダインの功績を隠すことにした、と。知られれば、きっと多数の女性が言い寄ってくるはずだと思ったから」

「あはは。きっと、私たちはみんなずるいんだと思います。絶滅の危機に瀕しているヴァンプ族の地位を高めようとせずに、私利私欲でダイン君を取り囲んでいるんですから。ダイン君の優しさも、その優しさからやり遂げた功績も、私たちだけで独占しているから。ダイン君の全部を知るのは私たちだけでいいんです」


きっといまシンシアたちの脳裏には、“闇の深淵”で実体を現したレギオスと対峙していたダインの姿を思い起こしているのだろう。

大陸のようにとてつもなく巨大な漆黒の存在…レギオスを目の前に、シンシアたち五人の力を受け取り、全身を輝かせていたダイン。


無意識だろう、背中に魔法の翼を広げていたあの姿は、ゴッド族…いや、天上神と見紛うほどに神々しいものだった。

恐らく、シンシアたちはこれから先も忘れることは無いだろう。

シンシアたちそれぞれの姿に変化し、無数の魔法を使い分けるダインの姿は、神々しいと思う以上にかっこよかったのだから。

だから独占したいと思ったのだ。あの時の姿は、自分たち以外に知らせる必要も、また知らせようとも思わない。


その“真相”はダインだけが知らされておらず、シンシアの解答によっていま初めて知ることとなったのだろう。

ダニーはさらに困惑した顔でシンシアたちを見回しており、「お、おい、マジなのか?」、と小声でシンシアに問いかけようとしている。


そんな困惑する彼(彼女?)がとても可愛らしく見えたのか、シンシアは我慢できずにダニーを力いっぱい抱きしめ、その丸い頭部に何度も口付けしていた。

ルシラは笑ってダニーの前面に抱きつき、ダニーの小さな身体はシンシアとルシラで包まれる。


彼女たちの“真の姿”を垣間見たユーテリアは、「あ、ああ、君はまだだったね」、とダニーを見た。


「君も良ければ聞かせてくれないかい?」

「え? な、何を…」

「ダインを選んだ理由だよ」

「え…はっ!?」


ダニーはギョッとする。


「お、俺…い、いや、私もですか!?」

「ああ。君たち英雄一人一人の言葉を載せたいからね」

「え、えぇ…?」


たじろぐダニーはついまた逃げ出そうとしたが、相変わらずシンシアに抱きしめられ拘束されている。


「いっちゃいなさいよ、ニーニア」


ディエルのやけにニタニタした笑顔が視界に飛び込んできた。


「ダインへの好意を一番早く自覚したのはあなたなんだもの。答えられるでしょ?」

「え…い、いや…えぇと…」


ニーニアがダインを好きになった理由を、ダニー(ダイン)がいわなければならない。

一体どんな羞恥プレイだとダインは思った。

見るからに困惑した表情を浮かべているダニーだが、そんな彼(彼女?)をシンシアたちは悪戯っぽい笑みで見ている。


「そ…その…」


どうしようもなくなったダニーは、


「あ、あの…!」


思い切ったような表情でユーテリアを見た。


「ゆ、ユーテリア先輩、教えてくれませんか!?」

「ん? 何を…」

「え…エッチの仕方を…!」


…約五秒ほど、周囲は静かになる。


「ん…ん?」


ユーテリアが硬直したまま声を出した。


「え、きゅ、急にどうしたんだい?」


まさか極度の人見知りなはずのニーニアからそんな台詞が飛び出すとは、ユーテリアもさすがに予想してなかったのだろう。


「じ、実は、私たちはそのことでいますごく悩んでて…」


シンシアたちの残念そうな表情をあえて見ないようにして、ダニーは続ける。


「相当おモテになっているユーテリア先輩なら、と…。かなりの“場数”を踏んでいるはずですし、私たちの悩みが解決するヒントがあるかも知れないと思いまして…」


明らかなはぐらかしだった。

ダニーがどう答えるか期待していたディエルだったが、「確かに…」、と思い直したように考え込む。


「経験者であればあるほど、多くのテクニックを知っているはず。女性関係にだらしなくて女の敵でしかないユーテリア先輩に助言を求めるのは不本意だけど、相談する価値はあるか…」

「あ、あの…ディエル君? 考えてることが口に出てるんだけど…」

「お願いします、ユーテリアさん!」


ティエリアがユーテリアに頭を下げた。


「ユーテリアさんならば、きっと良いアドバイスをしてくださるはずです!」

「そ、そんな、ティエリア君まで…」

「私たちはアンケートにきっちり答えましたから」


ラフィンがいう。


「なので、今度はユーテリア先輩が私たちのお願いを聞く番ではないでしょうか」

「それは…そ、そうかもしれないけど…」


色恋には百戦錬磨のユーテリアのはずなのに、彼の反応が少しおかしい。


「何か相談に乗れない事情があるんですか?」


気になってシンシアが尋ねると、「い、いや、大丈夫だよ、うん」、とユーテリアは首を左右に振ってから頷いた。


「確かに僕は沢山の場数を踏んできた。君たちはみんなの質問にちゃんと答えてくれたし、後輩たちの悩みはどんなものであれ聞いてあげないとね」


任せてよ、というユーテリアだが、不意に背中を丸め、「で…」、と彼女たちにこそっと聞いた。


「そっち関係の悩みということは、その…うまくできない、ということ? どっちかが痛がったり、ダインががっつきすぎて怖くなって逃げ出したとか…?」


内緒話の体勢に入ったが、「いえ、そういうのは全くなくて…」、とシンシアが答える。


「その逆、といいますか…」

「逆?」

「はい。いつも失神しちゃうほど、アレで…だから最後までできないというか…」


最後はごにょごにょと濁してしまったが、ユーテリアには何のことか伝わったらしい。


「ほ、本当かい!?」


ユーテリアは驚愕で目が見開かれた。


「あ、あんなウブな反応しか見せないダインなのに、彼は滅茶苦茶テクニシャンだった!?」


どうやら彼にはそういった解釈をしてしまったようだ。


「い、いや、テクニシャンとかそんなんじゃ…!」


ダニーがすかさず訂正しようとしたが、


「ううん、そうかも…」


とディエルが呟くようにいう。


「触れられるだけで“ふわとろ”になるし、心地よすぎて眠っちゃうことも何度かあったし…あの動きというか感触というか、普通の人なら絶対にできないことよね…」


彼女は当然ダインの特殊な肌質や触手のことを指して言ってるのだが、ヴァンプ族の特性をそれほど理解してないユーテリアは「そ、そんなに…」、と純粋に驚いている。


「るしらもだよ?」


真っ赤になって大人しくなっていたダニーに抱きついたまま、ルシラまで言ってきた。


「るしらもね、だいんに抱っこされるとすぐに寝ちゃうんだよ? すや〜って。すっごくきもちーの!」

「こ、こんな子供にまでか…」


ダインの巧みな指使いでも想像したのか、「僕が教えて欲しいぐらいなんだけど…」、とユーテリアは呟く。


「何かいいましたか?」


良く聞こえなかったとシンシアが尋ねるが、「い、いや、それより、最後までできないのが悩みなんだね」、と話を戻した。


「感じすぎていつも失神してしまう、か…」


これまでの経験を総動員し、彼女たちに何かアドバイスできることは無いか。

色々と考えた末、「だったら、アレしかないかも知れないね」、と彼はいった。


「月並みなアドバイスかもしれないけど、慣れるしかないと思う」

「慣れる…ですか?」

「そう。個体差はあれど、ヒトというのは何であれ慣れていくものだからね」


ユーテリアはいう。


「どれだけ美味しい料理でもそれが続けば飽きるし、面白いものだって何度も目にすれば何も感じなくなってくる。味覚も嗅覚も慣れていくものなんだから、性感…っていっていいのかな。それも慣れていくはずなんだよ」

「なるほど…」


その通りかもしれないと、ディエルとラフィンはご丁寧にもメモを取っている。


「ダインからされる“気持ちよすぎること”だって、それを四六時中受け続けていればきっと慣れていくはずだよ」


“順応”という能力は、ヒトが生きていく上で必要なもの。

その順応はどのような場面でも機能するはずだというユーテリアのアドバイスは、シンシアたちの胸にすとんと落ちた。


「つまり、毎日ずっとダイン君に触れていればいいっていうこと…だよね?」


シンシアがディエルに聞いている。


「そうね。勉強中だろうが授業中だろうが、常にダインのアレにさらされ続けていれば、私たちの身体も慣れていくはず」

「それが一番確実ね」


そういったのはラフィンだ。


「負担がかからない程度にやってみる価値はあるわ」


彼女たちの中では何か得たものがあったようだが、ユーテリアはやや気まずそうだ。


「う、う〜ん…僕がいうのもなんだけどさ、節度はちゃんと持ってね?」


きっと彼の脳内では成人向け漫画のような展開を想像しているのだろう。


「ラフィン君は生徒会長なんだしさ。一番風紀乱しちゃ駄目な奴じゃないか。ほんと僕が言えたことじゃないんだけど…。ティエリア君もだよ?」


先のことを憂えて忠告するも、「大変参考になりました!」、とティエリアは嬉しそうだ。


「早速、明日から実践できるよう、ダインさんに掛け合ってみます!」

「い、いやぁ、それは難しいかも知れないですね〜」


唯一否定的な声を上げたのはダニーだった。


「が、学校の中でも四六時中触れ合うだなんて、め、目立っちゃうし、変な噂が立っちゃうかもしれないし…」


懸念の声を、「大丈夫よ」、とラフィンが遮った。


「いざとなれば不可視の魔法なりなんなりでみんなから認識させないようにするし。私たちの魔法で如何様にもできるから」

「せ、生徒会長がいっていい発言じゃないと思うな〜」


反論しようとしたが、「問題ないってば」、と今度はディエルが遮ってダニーの近くまで寄ってきた。


「ダインだって私たちと同じ悩みを抱えているんだもの。私たちの優しい彼氏さんは、きっと私たちの悩みを解決しようと協力してくれるはずだわ。ダインなら。ね?」


真正面にいたディエルに両頬を手で挟まれ、「むぇ」とダニーは妙な声を上げてしまう。


「頑張りましょうね、ダインさ…い、いえ、ニーニアさん!」


ティエリアはダニーの手を両手で包み込んで笑いかけた。

ダインに対する期待を思い思いに口にしており、ダニーは困惑するしかない。


「やっぱり余計なことをアドバイスしちゃったかも知れないね…悪い、ダイン…」


ユーテリアは少女たちの仲睦まじい光景を眺めつつ、この場にはいないはずのダインへ謝罪した。


「確かに僕は自分でもモテてる実感はあって、色んなことをしてきたけど…実は僕、割と“下手”なんだ…」


その彼のカミングアウトの声は、希望を見出したシンシアたちの嬉しそうな声によってかき消されてしまった。

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