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白と灰色4

こんばんは。たかいわ勇樹です。

それでは本日2回目の更新をどうぞ。

「“永遠の鍵”を──運命より──力を──」




 どん底通りは隕石の落下で出来たクレーターに露天やバラックがひしめいているが、クレーターを抜けた通りの外れ近くは倒壊を免れたビルが立ち並んでいる。

 が、それらのほとんどはまっとうな業者が利用することなど無く、損傷が軽微な建物はどん底通りで日々縄張り争いを繰り広げる組織、もしくはそれに関係する者達に利用され、損傷が酷くて放置されている建物も少なくなかった。

 そうしたビルの一つで、どん底通りの北側にある、ロシアンマフィアが要人の接待などに利用しているビルの一室で、ロシアンマフィアの構成員二人が激しく言い争っていた。

「前から散々言ってるがなイワン、てめえのそういう考え無しのおかげでどれだけこっちが巻き込まれてワリを喰ってると思ってんだ!?」

「何言ってやがるアンドレイ、てめえこそ考えてるんじゃなくて気が小さいだけだろ!」

「俺のどこが気が小さいんだコラ!」

「自覚ねえのか? てめえ馬券買う時はいつも複勝の多点買いじゃねえか。これが気が小さいんじゃなくて何て言うんだよ!?」

「堅実と言え堅実と! そう言うイワン、てめえこそいつもオッズに目が行って一点買いしやがって、だからいつも外れるんだよ!」

「バラまくみたいに買って何が楽しいんだよ? それで外れたら目も当てられないっつーの。一点にデカく張るのがギャンブルの醍醐味だいごみだろうが!」

「やかましいぞてめえら!!」

 そんな二人の言い争いは、バンと叩きつけるようにドアを開けて入って来た中年男の怒声によって強制的に中断させられる。

「「ボ、ボリスの兄貴──」」

親分パカーンの誕生日祝いの準備で人手が足りないってのに、何サボってやがる。おまけにマフィアの兵隊が、余所よそが仕切ってるギャンブルでカモられやがって!」

 ボリスの拳骨を脳天に一発ずつ落とされ、アンドレイとイワンは頭を抑えてうずくまる。

「で、そこのガキにちゃんと薬は入れてあるんだろうな?」

 室内に置かれたソファーに横たえられている少女を見ながら、ボリスは尋ねる。

「「いえ、それがまだ……」」

「肝心な事をやってないで、何やってんだ!!」

 再度ボリスの拳骨が二人の頭に落ちる。

「別にサボってた訳じゃ無いですよ。他の大事な事でアンドレイと話し合ってたら意見が合わなくて、ついさっきの有様に……」

「何がどうなったら、ギャンブルの話に逸れちまうんだよ?」

 ボリスは腕組みをして、とりあえず話してみろと促す。

「へい、親分の誕生日祝いにお出しするんですから、こいつが今着てる服じゃなくて、もっと祝いの場に合った服装にしようって話になりまして……」

「まあ、そうだな」

「見たところこいつは日本人みたいだし、なら芸者ガールの格好をさせようと俺が言ったらアンドレイの野郎が反対しやがって」

「ほう?」

 ボリスに睨み付けられ、アンドレイも反論する。

「だって兄貴、イワンの野郎はあのガキを日本人だって言ったけど、身元を証明する物は何も持ってないんですぜ。確かにアジア系には違いないだろうけど、中国人や韓国人かも知れません。そんな不確かな状況で芸者ガールなんてピンポイントな格好をさせて、もし外れだったら恥をかくだけじゃ済みませんよ。だから、アジア系なら幅広くカバーできるチャイナドレスにしようって言ったら、イワンが噛み付いてきやがって」

「だって見て下さいよ兄貴。こいつはまだどん底通りにまだ全然染まってないみたいですし、きっと芸者ガールが似合います!」

「確かに日本人だったらそうだろうよ。でもな、中国人や韓国人だったら、俺達ゃマヌケも良い所だ。そんな分の悪い賭けなんかしなくたって、チャイナドレス着せときゃ外れはねえだろ!」

「ね、アンドレイがこうやって安全策に逃げようとしやがるから!」

「イワンこそ、確証も無いくせにピンポイント狙いやがるから!」

「うるせーな! そうやって確証だの不確かだの言いやがって。だから馬券の買い方もみみっちくなるんだよ!」

「ピンポイントで買って外れるよりマシだろうがよ!」

「どっちもどっちだバカ野郎!!」

 怒声と共に、三度目の拳骨。

「大体ケンカの理由が芸者ガールかチャイナドレスのどっちを着せるかだと? しょうも無さ過ぎて怒る気もなくなるっつーの!」

「いや、今兄貴怒ってるじゃないすか……」

「俺は怒ってるんじゃない! 呆れてるんだ! また拳骨喰らいてえのか!?」

「「すいません、兄貴!」」

 拳骨の連続で痛む頭をヘコヘコと下げるイワンとアンドレイ。

「ったく、日本人は芸者ガールが良いだの、アジア系ならチャイナドレス着せときゃ間違いないだの、くだらない、くだらな過ぎるぞ!」

「お言葉ですが兄貴、服は重要です。ああいう若い子は特に」

「ンなこた分かってる。俺が言いたいのは、芸者ガールかチャイナドレスかでケンカしてるお前らがどんだけ低次元かって事だ! 何故これほど上物の素材を見つけておいて、メイド服を着せようと思わなかった!」

 ボリスの言葉に、イワンとアンドレイはハッとした表情になる。

「そうか、言われて見れば確かにそうだなイワン!」

「メイド服なら万国共通だ! 何故思いつかなかったんだ!」

「そうだろ? メイド服なら万国共通、且つ素材の良さを最大限に引き出す! ましてこれだけの上物だぞ。想像するだけで──」

 ボリスは言葉を切って目を閉じる。同時にアンドレイとイワンも同じく目を閉じて、数秒もすると三人の顔に恍惚とした表情が浮かぶ。

「うぅむ、素晴らしい……やはりメイド服こそ至高だ」

「兄貴、俺、今、人生で一番感動してます!」

「俺も、アンドレイと同じです!」

「そうだろう。分かってくれて俺は嬉しいぞ」

「「兄貴!」」

「だったら早く、こいつにサイズが合うメイド服を調達して来い。分かってるだろうが、ミニスカのフレンチメイド服なんか持って来るんじゃねえぞ!」

「もちろんです、ちゃんと伝統的なヴィクトリアンメイド服を探して来ます!」

 そんな感じでアンドレイとイワンが部屋を出ようと振り返ったその時──

「随分と楽しそうじゃないかい?」

 樽のような体型をした中年女性が、出入口を塞ぐように現れる。

「タ、タチアナ……」

 ボリスの顔が途端とたん強張こわばる。

「この所アタシに全然構ってくれないから、怪しいと思って来てみれば、そんな若い子と──!」

「ご、誤解だ! これはボスの誕生日祝いに──」

「言い訳は聞きたくないよ!」

 タチアナはエプロンのポケットに両手を突っ込むと、右手で拳銃、左手で手榴弾を取り出す。

「アンタもその子も殺して、アタシも死んでやる!」

「落ち着いて下さい姐さん!」

「そんな物騒な物は置いて、ね!?」

 アンドレイとイワンがタチアナの得物を奪おうと、彼女の両腕にそれぞれ飛びつく。

「離しな、こいつ!」

 二人を振りほどこうと、タチアナは両腕を振り回すが、その拍子に拳銃の引き金に掛けていた指に力が入り、引き金を引いてしまう。発砲された銃弾は天井の火災報知器に当たり、それが原因で誤作動を起こしてスプリンクラーの水が室内に降り注ぐ。

「うわっ、冷てぇ!」

「バカッ! さっさとその物騒な物を取り上げろ!」

「そうはいくかい!」

「うわっ!」

 床が水で濡れて三人とも滑って転倒し、そこへボリスも加わって、組んずほぐれつの状態になる。

「よっしゃ、拳銃いただき!」

「いいぞアンドレイ! こっちも、よっしゃ手榴弾取ったぁっ! ……って、あれ?」

「おい、ピンとレバーはどこ行った?」

 全員の視線が、イワンが握るピンとレバーが外れた手榴弾と、タチアナの左手に残っているピンとレバーを瞬時に往復する。

「イワンのバカ! 早く外へ捨てろぉぉぉっ!!」

 年齢に似合わぬ俊敏な動きでボリスが窓に飛びついて全開させ、イワンがそこをめがけて手榴弾を投げる。そして部屋の全員が床に伏せた刹那、外から轟音と爆発が来て、壁が破壊される。

 その間、すっかり忘れ去られていた少女だったが、ソファーの背もたれが盾になったおかげで直撃は免れたものの、衝撃で床に転げ落ち、それで意識を取り戻す。

「痛っ──ここは……?」

 少女は周りを見回す。ここがどことも知れない建物の中だったが、未だスプリンクラーが作動して室内も自分もびしょ濡れ、しかも壁には穴が空いていて、尋常でない状況である事は容易に理解できた。しかも爆発音を聞きつけてか、少なからざる足音が向かってくるのが聞こえて来て、早くここを離れなくてはならない、と直感的に少女は判断すると、覚醒して間もない足に力を入れる。幸いにも多少膝に負担が掛かるものの立ち上がることができ、ふらつきそうになる足に鞭打って、壁の穴から外に出る。

 ボリス達が「待て!」と呼び止めるが、起き上がってまた騒ぎ出すタチアナと、爆発音を聞いて駆けつけたロシアンマフィアの構成員達や周辺の野次馬に隠れて少女の姿を見失ってしまう。

 そうして色々な意味での危機を脱した少女だったが、土地勘の無い新宿、それもどん底通り、増して気を失っている間に運び込まれたのでは自分が何処にいるのかそうそう分かる訳が無い。真っ先に思い出した見慣れない形の十字架を、辺りの屋根を見回して探すが、もう日暮れ近くで薄暗い空では上手く見つけられなかった。

 とにかく少しでも現場を離れようと歩を進めるが、思った以上に爆発のダメージと、水で濡れた事による体温の低下は深刻だったようで、足がもつれて転んでしまう。立ち上がろうとするが、手足に力が入らず幾度も失敗して地面のほこりを吸い込んでしまい、遂には倒れた状態で意識がだんだん薄らいでいくのを感じた。

 そのまま少女は意識を失い、冬の風が包み込んで彼女の体温を奪おうとしていたが、その時まだ辛うじて残っていた太陽の名残が、ロングコートに身を包んだ女性のシルエットを、倒れた少女の上に映し出した。




「こいつはまた派手にやったな」

 ビルの壁に空いた穴を、野次馬達の後ろから背伸びして恭介が言う。

「どこの組織がやったんだ? 韓国か? それとも台湾かミャンマーの連中か?」

 後ろから英樹が尋ねる。

「まだ分からない」

「お前がそう言うって事は、まだ調べてる最中か。調べが付いたらロシアンマフィアに情報を売るんだろ?」

 英樹の問いに、恭介は「当然」と答える。そんな遣り取りをしながら、二人は野次馬を掻き分けてビルに向かう。

「これって、アタシが前に見たいと言ってた映画のチケットじゃない。しかもクリスマスイブの指定席って!?」

「やれやれ、直前に見せて驚かそうと思って内緒にしてたのに……ああ、その後の夕食も予約してあるぜ」

「疑ってごめんよ、アンタ」

「いいってことよ」

 人目もはばからず抱き合う中年の男女に向かって恭介が近付くと、

「何だてめえ、今良い所なんだから水を差すんじゃねえ」

 側で二人を微笑ましく見ていた若い男二人が立ち塞がる。

「よう、景気はどうだ凹凹ボコボココンビ」

「「凸凹デコボコでもねえのかこの野郎!」」

 恭介がロシア語で声を掛けるとアンドレイとイワンが凄んでくる。

「先週も競馬でボロ負けしたんだってな。マイナスとマイナスが掛け合わさってもプラスにならないで一層バカが深まってるんだから凹凹じゃねえか」

「「ケンカ売りに来たのかコラ!?」」

 眉間に深く皺を寄せ、身を乗り出して、上目遣いにアンドレイとイワンが睨み付けてくるが、一般人であれば顔色を失うだろう凶悪な形相を、恭介は平然とした様子で受け止める。

「いや、今日は情報を買いに来たんだ」

 恭介は携帯電話を取り出し、少女の顔写真を画面に表示させる。

「この嬢ちゃん、あんたらが火事の現場から運んでるのを見た人が何人もいるんだ。今どこにいる?」

「ンな事聞いてどうすんだ?」

「あのガキだったら、さっき爆発で壁に穴が空いた時、自分で出て行っちまったよ!」

「バカ! 値段決める前に言ってどうすんだよ!」

 イワンの頭をはたくアンドレイ。

「どこへ行ったかは分からないか。じゃあこの辺を虱潰しらみつぶしに探すしか無いな」

 苦い顔で恭介はアンドレイに千円札を渡す。

「おい、何て言ってるんだ?」

 そう尋ねる英樹に、恭介は先程までの遣り取りを説明する。

「おい、何で大友が一緒にいやがる?」

「まさか、あのガキを探してるのはお前か?」

 渋い顔で千円札を見ていたアンドレイとイワンだったが、英樹の姿を見つけると再び色めき立つ。更に妻と抱き合っていたボリスも英樹に気付いてやって来る。

「おい、この立て込んでいる時に何の用だ?」

 アンドレイとイワン以上の迫力で、ボリスが睨み付けてくる。

「兄貴、こいつさっきのガキを探しているそうですよ」

 アンドレイが言うと、ボリスは眉間の皺を深くする。

「何だと? じゃあさっきの爆発はあのガキ絡みでブチ込まれたってのか!?」

「えっ? 兄貴、あの爆発は──」

 イワンがそう言いかけた所で、後ろからタチアナに口を塞がれる。

「話合わせな。あの爆発の責任を、あのガキとあいつに押し付けるんだよ」

 小声でタチアナに耳打ちされると、流石のアンドレイとイワンも納得顔で頷く。

「よくもそんな厄介事背負ったガキを野放しにしやがったな!」

「責任取れ責任!」

 そしてボリスに続いて二人も英樹を非難すると、周りにいたロシアンマフィアの他の構成員達が険しい表情で、英樹と恭介を取り囲む。

「おいおい、どうすんだよこの状況」

「何言ってるんだ。こっちは言葉が通じないんだから恭介がどうにかしろ」

 言葉は分からなくても、相手が何を言っているかを察した英樹は、周りを見回しながら必死で考えを巡らせた。

次回の更新は、22日12時の予定です。

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